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「若者活動ゼミナール@村山」パネルトークの記録 (2015/02/28)

パネルトーク村山①

[パネリスト] 

●イシザワエリさん「天童アートロードプロジェクト」(天童市)
 → まちなかで、アートで地域と人の魅力を掘りおこす活動をしています。

●今野透さん「ほんきこ。編集部」(川西町)
 → 地域のあちこちで、読書会やミニコミづくりなどの活動をしています。

●成瀬正憲さん「日知舎」(鶴岡市)
 → 地域の伝統文化を伝承するコミュニティビジネスに取り組んでいます。

●福田真さん「カフェフクダエン」(新庄市) 
 → 商店街でカメラマンとカフェ店主とお茶屋の3枚看板で活動してます。

[パネルトーク] 

――今日は、県内の各地域でさまざまな活動に取り組んでおられる活動者の方がたに集まっていただきました。みなさんはどのような問題意識でその活動をなさっているのですか?

●イシザワ 「天童アートロードプロジェクト」は、アートと地域の新しい関係性づくりを目指す活動で、東北芸術工科大学OB/OGの若手アーティストが天童のあちこちでアートを用いた場づくり――地域の人たちと協働でのアート・ワークショップやアーティスト・トーク、展覧会など――をさまざまなかたちで行っています。活動のなかから、いつもはなかなか気づけないような地域の魅力を見つめ直したり、年齢や立場をこえた関係性がうまれたり、といった動きがうまれています。これこそが、さまざまな領域をこえて人や資源をゆるくつなげるアートの力だと感じています。

●今野 「ほんきこ。編集部」は、本好きの若者たちが集まるゆるやかな居場所です。作家・井上ひさしゆかりの施設「川西町フレンドリープラザ・遅筆堂文庫」を拠点にしています。本を媒介に「おもしゃいごと(面白いこと)」を「ほんきこ(本気)」で楽しむ、というスタンスで2003年に始まりました。ミニコミ誌『ほんきこ。』を発行しながら、月1回の定例読書会、ブックイベント「Book! Book! Okitama!」などをそのつど楽しみながら実施しています。「来る者拒まず去る者追わず」のゆるやかさ、敷居の低さ、関わりの多様さが、私たちのコミュニティの特徴だと考えています。

●成瀬 「日知舎」は、羽黒地方の地域文化の継承のしくみづくりをねらいとするコミュニティビジネスです。私は岐阜県出身ですが、学生のときに山伏修行を行う機会があり、羽黒に惹かれ続けてきました。その後、紆余曲折を経て6年前に羽黒に移住。するとそこは、宿坊の経営難や伝承文化の後継者不在など、問題が山積でした。例えば、出羽三山はおいしい食材の宝庫ですが、採る人がいない。採らなければ株がやせ細り、いずれ山の文化がついえてしまう。これを回避するには、山の幸を流通させ、小商いや職にしていくしかない。ということで、マーケティングやデザインの発想をとりいれ、文化を継いでいくしくみづくりに取り組んでいるのです。

●福田 「カフェフクダエン」は、新庄のお茶屋・福田園の4代目である自分のオリジナルのプロジェクトで、「本物の抹茶をカフェスタイルで飲む」がコンセプトのショップinカフェです。その他、フォトグラファーの仕事も並行してやっていて、看板を複数かかげるスタイルで生きています。2001年にUターンし、ミニFMや音楽イベントなどに関わりながら、10年くらいかけて上記スタイルを確立させました。安定した雇用が乏しい田舎でも、自分のもつ能力や技術を生活の糧に代えて何とか生きていけるようなコミュニティのしくみや文化をつくっていく必要があると感じています。

パネルトーク村山②

――それぞれの取り組みからは、ヤマガタという地域のどういった将来が展望できますか? 言いかたをかえると、例の「地方消滅」論――地方はもう手遅れ、だから都会に資源を集中しよう!――にどう反論できますか?

●今野 「ほんきこ。編集部」メンバーは半分が移住者です。なぜか。地域に彼(女)らを受けとめる場所がない、ということなのだと思います。地域から浮いている感じの人にとっての避難所として機能しているわけですね。そういう機能は、これからますます重要になってきます。若い世代の人口は減っていくのに、それへの期待はどんどん増えていく。草刈りや雪かき、消防などですね。なので、逃げ場所がますます必要となっていく。とにかくたくさんのさまざまな避難所が確保されるべきだと考えます。逆に言うと、そういう場が保障されているところには、田舎であろうと人が集まる。

●成瀬 確かに、私が最初に山伏修行にきたころは、地域の若者といえば、宿坊などの後継者が多かったのですが、近年はUターンで戻ってくる若者が増えてきた印象はありますね。地域で生きようとしたときに、ひとつの職に両足をのせて終身雇用というスタイルはもう難しい。それに代わる方法として、小商いの複合という方法がある。先ほどの福田さんのお話然り、「日知舎」然りです。「日知」とは列島古代の知識人で、まつりごと(祭=政)に関わっていました。自治にたずさわっていたわけです。自治とは、自分たちで自分たちの場や仕事をつくりだすこと。私たちはこれまで、大きなシステムに自分たちを委ねすぎてきた。そのことへの反省として、ミクロな実践や営みを通じた自治の回復が試みられているのだと思います。

●福田 自治ということでいうと、お金ってその本質において地域振興券なのだと思います。自分や自分の生きるコミュニティにめぐってくる可能性のあるところにお金を使う。そういう意識をもつかどうかで、同じ金額を使うにしてもお金の巡りかたが変わってくる。こういうのも、コミュニティを守るひとつの戦いかただと思います。それと、やはり課題となるのは、ひとつの仕事、生業で生計を立てるという価値観だと思います。自分も以前は、副業や二足わらじはよくないと思っていましたが、若い人たちと活動を通じて知り合い、いろんなスタイルと出会ううちに、自然とそう思うようになりました。なので、何をしているかわからない人、分類不可な人って大事です。意味不明な人たちを既存のカテゴリーをあてはめるのではなく、寛容に受けとめる。そういう地域にしていけたらと思っています。

●イシザワ カテゴリーということで言うと、私たちの多くは、既存の組織や制度に枠づけられた縁でしかつながれていないところがあって、だからこそ、アートのような趣味の縁でつながることの新しさや面白さがあるのだと考えています。一方で、地域の人びとには「商品化できる水準に達していないと、とても表には出せない」という思い込みが深く根をはっています。実際には、地域のふつうの営みの中に面白いものや美しいものはたくさんある。それをわかってもらうには、実際に発信してみてそれに対する反応を受け取ることのできる場が必要です。「天童アートロード」然り、そういう互いの顔の見える場が地域にもっと増えていけばと思います。

――なるほど。活動は、自分たちの居場所づくりであると同時に、自治の取り組みでもあるわけですね。その観点で、これからの課題は何でしょうか。

●イシザワ 先ほどのカテゴリーの件ですが、それは何も地域の人たちだけの課題ではなくて、私たち活動している側の課題でもあると思います。「そういうカテゴリーで見てほしくない」と思ってはいても、代案が出せていない。まだまだ言葉が足りていません。成果の出しかたや伝えかたの工夫が必要だと感じています。そこが課題でしょうか。

●今野 「ほんきこ。編集部」の強みは、その弱さ――弱さを出せる場であること――だと考えています。弱さを出せるとは、マイナーでマニアックな趣味、こだわりを出せる、そういう弱さをわかちあえる場や関係性がそこにあるということです。肝は、聴く側のちからやかまえ、ゆるさにあると思います。そういうものを地域全体でどう担保していくかが課題ですね。

●成瀬 そういう弱さを肯定も否定もせずに居場所を与えるのが「変わり者」という語彙だと思います。それにより、あちこちの変わり者が集まり関わりあうことができる。異文化どうしのシャッフルを簡単につくれるわけです。これは、都会にはない田舎ならではの強みだと思います。

●福田 田舎のせまさや小ささの強みは、全体を見渡せる、俯瞰できるということだと思います。そうした俯瞰視点にSNSを組み合わせれば、あちこちで視界に入ってくる動きや可能性の芽を可視化させ、加速させていくということが可能になる。これこそがヤマガタの先進性だと思います。

――自分たちがどんな武器を手にしているのか、まずはきちんと自覚する必要があるようですね。またどこかで、この続きができたらと思います。(了)
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三枚の看板 ~ 福田 真

仕事、活動、なりわい・・・など、言い方は様々あると思いますが、僕がやっている事や、取り組んでいる事、その中で思う事、感じていることをお話させていただこうと思います。

僕は新庄市にある、有限会社福田園というお茶屋の四代目です。
創業は明治 39 年。100余年の歴史がある店です。
僕はそこに生まれ、高校卒業まで新庄で暮らして高校卒業と同時に新庄を離れ、東京で写真の専門学校に入り、卒業後は広告写真のカメラマンとして働き挫折して辞め、その後はバ イクの業界で働いていましたが、31歳の時に親の病気がきっかけで新庄に戻り、家業のお茶屋を継ぎました。
帰ってみると、新庄の商店街のどまんなかにある店も回りの商店街も衰退していてちょっと途方に暮れたりもしましたが、仲間達と地域活性化的な団体を作って、ミニFMを始めたりイベントを企画しはじめました。
その結論として、自分の仕事だけに専念している状態が今の僕ですが、その頃に出会った人やその人達のありがたいご縁が連綿と繋がり、今の僕を形作っています。
僕の仕事やなりわいを簡単にお話しますと、福田園というお茶屋、カフェフクダエンという抹茶を中心にしたイベント出店と、福田園店内での不定期営業カフェ、それから、 "FMP"FukudaMakotoPhotography としてのカメラマン、この三つがメインです。
福田園というお茶屋を継いで試行錯誤を重ねたり、先ほどお話した人のご縁で導かれるようにして確立していった僕のライフスタイルが、この三つのなりわいです。

一度挫折してあきらめたカメラマンとしての自分に再び向きあうきっかけをくれたのも、ミニ FMを一緒に始めた時のデザイナーの友人でした。
福田園の仕事の中で自分の仕事というものをうまく確立できずに悩んでいたときに、カフェフクダエンというプロジェクトを考え付いたのも、その時出会った人達からいただいたアイディアや、インスパイアの中から導かれて産まれてきたものでした。

家業のお茶屋の中の僕のオリジナルのプロジェクトであるカフェフクダエン
そしてかつて捨てた道であるカメラマンと言うなりわい。
両方とも自分で切り開いたというより、色々な方からいただいたご縁に導かれたものです。
新庄という長く離れていた故郷に戻って試行錯誤している時に出会った、素晴らしき人たちからいただいたご縁です。
それが今の僕の大半を形作っています。
その中には僕の妻も含まれます。
そして今僕は新庄でお茶屋の福田園を営みながら、カフェフクダエンとして、またカメラマン福田真として山形県内各地や仙台圏、たまに海外など、色んなところで活動させていただいています。

そこで思うのが「人」というテーマです。
新庄に戻ってからの僕はいつも人に導かれ続けています。
僕の周りには魅力的な人がいっぱいいて、その人たちからたくさんのものをいただいているなあと思うのです。

「なにをやるか、よりも誰とやるか」だと言った友人がいました。
なにをやるかはもちろん大事な事ですが、時にそれよりも大事なのが誰とやるかという事なんだという意味です。
地方でも都会でも海外でもどこにいてなにをやるにしても、いつも大事なのは「誰と」の部分。
今の僕にはそれが凄く身に染みます。
新庄に戻って14年経ちましたが、いつも人に導かれてきた経験がそう思わせるのでしょう。
幸い、ここには魅力的な人たちがたくさんいる。
これはこの土地の財産です。
これからの僕も人様からいただいたご縁に導かれて、どこに連れていかれるのか、とても楽しみにしています。

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三枚の看板:福田さん
〈プロフィール〉
ふくだまこと
昭和44年12月27日生まれ
新庄市のお茶の福田園&カフェフクダエン店長
FukudaMakotoPhotographyフォトグラファー

【お茶の福田園 webサイト】
www.fukudaen.jp

カフェフクダエン Facebook】
https://www.facebook.com/fukudaen

【 "FMP" fukudamakoto photography  webサイト】
www.fukudamakoto.tumblr.com


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よくある名前ひろし 英語ならジョニー ~ Johnny got his gun ~

ぬまのさん
ぬまのひろし(無職)

若者の居場所を求め、『まどあかり』を手に取った皆様、こんにちは、東京行け、ぬまのひろしです。

「生き延びるためのデザイン」などと言って少し頭の悪いモノたちをずっと作っていたり、「現代民族音楽」などと僭称してゴミガラクタばかり鳴らしていたり、そんな尻の座りの悪いことばかりコマゴマ繰り合わせ、なんとか暮らしています。
子供が3人、妻が1人、空き家に住んでいる、31才。
ぢつと手を見る。

「無職です。」と誰かに職業を聞かれる度に答えていますが、色々面倒臭いです。
古来身柄の怪しい人たちの最後の砦は「自称肩書」と決まっている。なるほど、なんたらクリエーターとかのあれだ。
いろいろ面倒臭いときのために歴史と伝統はあるので、僕も考えてみました。
「カナリヤ」です。僕。
戦場で毒ガスを探知するためのカナリヤ。
カナリヤは死ぬが、兵隊さんは逃げる。
山形の新庄で僕のようなのが生きている間は、みんな大丈夫。
自分より下の人間がそれでも生きている安心という名の社会福祉を、身を挺して提供するプロフェッショナル。
がんばりますぴよ。
僕にも給与生活者として暮らしてきた数年間がありました。
資産も後楯もない若者が条件不利地域で生きていく世知辛さ、骨身に沁みています。
よき日本人である為の三大義務もその全てが覚束ないドツボ節。
立派な大人になる筈だった。オモチャ大人買いできる筈だった。
時不利兮騅不逝騅不逝兮可奈何妻兮妻兮奈若何…

取り乱しました。
こんなのは野垂れ死んで犬に食われればいいですね。
犬に食われるといえば、例えばインドには、死に直結するような条件不利を託つ階層化された「不可触賎民」とされる人たちがいます。
「逃げたらいいべや。」等と外人の僕らは思うのですが、どうも違う。
教育がないから未来を選べないのが一つ、もう一つは、彼らもまたヒンドゥー教徒だということ。
今生の理不尽をカルマ論で受け入れながら、カースト内では強固に相互扶助をする。
ヒンドゥー社会の立派な一員です。
さて「フカショクセンミン」と「ヤマガタケンミン」、似てますね。
ヒンドゥー教徒の彼らには来世があります。
僕らには何があるのでしょう。
日本人には「お天道様」のような素朴な信仰があると言われます。
素晴らしいです。
が、現状を見るにつけ、僕はそこにもっと抜き差しならない何か、いわば呪詛のようなモノの臭気を感じてしまうのです。

長年のフィールドワークの結果分かりました。
「世間」「社会」「普通」などを枕につけた物言いは、100%、話者の都合です。
また、貴方の為を思って云々はほぼ嘘です。
彼らの言を要約すれば、「お前にだけ楽はさせねーぞ、俺のように不幸になれ」ということ。
呪詛です。
彼らはあなたの幸せなぞ考えません。
むしろ不幸でいてくれてこそ物も売れ世の中廻るのです。
真に受けてしまうと大変。
残念な人たちが「現実」と呼んでしまうしょうもない目先のヤリクリに人生を消費させられてしまいます。
そんなもの犬に食わせてやりましょう。
「世間」「社会」「普通」。
目に見えない、あるかないかもわからない毒ガスのようなモノに怯えてしまうあなた、カナリヤを飼いましょう。
社会の中に僕を飼いましょう。
僕が生きている間は大丈夫。
僕を生きさせてください。

僕の生まれた新庄、幾度の飢饉を経て生活文化に飢餓への恐怖を色濃く残す町です。
有名な新庄祭りの興りとなった天明の大飢饉。
当時大量の流民たちを坑めたお寺には幾体もの大きな地蔵が並び、250年経った今も毎年口にぼた餅を擦りつけるという剛毅な祀られかたをしています。
行き倒れや親より先に死んだ子など、救われない者たちのために地獄に赴くのが地蔵菩薩です。
それを脈々と祀り続けてきた新庄に生まれたのが僕。
もうしょうがない。
妻、ごめん。

ぬまのさん②

――ある夜のこと。
当座の支払いに窮した僕はいつものように妻に己の不甲斐なさを詫びていた。
妻は手を止め向き直ると、勤めて無造作に通帳を取り出し、言った。
「自分の収入くらい自分で管理してちょうだい。なんで無いと思っているの?」 …見慣れない通帳だ。
名義は、僕。
一、十、百、千…おい嘘だろ、なんでこんなに金があるんだ。
僕が状況を飲み込むのも待たず妻は続ける。
「私あんたと結婚して不幸だなんて思ったことないから。あんたバカだけど、少しずつお金も貯まってる。今まで言ってたやりたい事、やればいいよ。ほら例えばさ…」
よく覚えているものだ。
そしてよくしゃべる。
そうか、できるのか、あれも、あれも。
相槌しか打たなくなった僕の呼吸を確かめるように、妻は息を吸い、吹いた。
「やろうよ、だって…」 「だって?」 「人間は犬に食われるほど自由だ。でしょ?」 藤原新也だ。
やはり彼女は僕の妻なのだ。
そして、彼女は、僕を名前で呼んだ――

まぁ。
実際には無かったんだけどね。
こんな夜は。

ぬまのさん③

僕の名前はぬまのひろし
日本人によくある名前ひろし。
英語ならジョニー。
古い映画があります。
『ジョニーは戦場へ行った』ひろしは新庄にいます。
あの映画のラスト、ご存知でしょうか。
日本の名もなきひろしたちの1人、新庄にいるひろしが、戦場へ行ったジョニーの道を辿るのか。
ナマ暖かく見守っていただければ幸いです。
S.O.S...h.e.l.p...m.e..........

本と人を愛するすべての人へ ~ 「ほんきこ。編集部」 今野 透

ほんきこ。編集部」とは、ミニコミ誌『ほんきこ。』を発行している団体です。
「ほんきこ」は置賜地区の方言で「本気」のことです。
そんなネーミングとは裏腹に、平成15年に本好きな若者たちが立ち上げてから10年とちょっとの時間をマイペースに過ごしています。
来る者拒まず去る者追わずの姿勢で多くの人が出たり入ったりしながら、その緩やかな関係性や参加する人々の多様性を楽しみつつ、自分たちが面白いと思うものには本気になって活動している集団です。

現在の活動内容は、『ほんきこ。』の発行と「月イチ読書会」が柱となっています。
 『ほんきこ。』は、エッセイや小説、イラスト、詩などのスタイルを問わず、自分たちの関心があることを気ままに綴っています。
テーマを決めて原稿を募ることもあれば、雑談で盛り上がった内容を対談風の記事にまとめることも。
そうかと思えば、出産や育児のあれこれや旅行記を書く人もいて、編集長いわく「ごった煮冊子」。
バラエティに富んだ内容はまさに何でもありの「ごった煮」状態です。
発行に当たっては、そのすべての作業を自分たちで実施しています。
原稿執筆はもちろんのこと、編集、校正、印刷、製本、配布。
作業が多いことから、関わる人も自然と多くなります。
その中には原稿を書くのが得意な人もいれば、製本に力を発揮する人も。
また、読書側として関わる人もいます。その関わり方の多様さや懐の深さもこの団体の特徴です。

ほんきこ。①


 「月イチ読書会」は、その名のとおり毎月実施している読書会。
毎回、幹事が「旅」や「いきもの」「人生楽しく」といったテーマを決めます。
参加者はテーマに沿った本(小説、雑誌、写真集、マンガ等ジャンルは問わず)を持ち寄り、その内容や選んだ理由などを紹介し合います。
会場は置賜にあるカフェ等をお借りして、美味しいコーヒーやスイーツを頂きながら。
読書会の面白さは、自分が手にしないような本を知ることや本を通して参加者の人となりに触れることだと感じます。
毎回、新鮮な刺激があり、一気に見えている世界が広がることもあります。
参加者は10代から50代くらいまでと幅広く、『ほんきこ。』同様に多様な人が集まる場所になっています。
また、「ほんきこ。」では、これまでに様々なイベント企画も行っています。
去年は9日間に渡る大規模なブックイベント「Book!Book!Okitama」を開催しました。
本を媒介にまちと人とお店をつなぐ機会づくりを目的として、装丁家等によるトークイベントの開催やたくさんのお店に協力してもらい、それぞれのお店の企画として店主お気に入りの本を飾ったり、絵本に出てくる料理を再現した特別メニューを提供したりしてもらいました。
またメインイベントとして「読書と昼寝の日曜日」(一箱古本市・紙もの市・ワークショップなど)を開催し、本にどっぷりとつかる濃厚な一日を創りあげました。

「ほんきこ。」を一言で表せば、「本を媒介として、面白いことを本気で楽しむ若者が集う居場所」。文化的な活動を基軸とした緩やかなコミュニティとも言えます。
年数を重ねてきたことで冊子『ほんきこ。』の内容がライフステージ(仕事・結婚・出産・子育て等)に沿っていく傾向にあります。
この居場所が長く続いていき、今のメンバーがじいちゃんばあちゃんになってもお茶飲みが出来る場になれたら良いなと思っています。
ほんきこ。②

日知舎のおえ草履について ~ 成瀬 正憲

日知舎①

昨年僕の営む日知舎で草履の販売をはじめました。
丈夫で、履き心地がとても良く、それを履くことが作り手を支え、地域文化の継承につながってゆく、そんな草履です。
おえ草履に出会ったのは4年前のことです。
2009年に山形へ移住した僕は当時羽黒町観光協会に勤めながら、以前より続けてきた聞き書きのため月山山系を歩いていました。
月山とそれに連なる湯殿山の裾は深い谷で縁取られ、その斜面に集落が点在しています。いずれも湯殿山に詣でる人たちの巡礼路にあたり、かつては旅人で賑わった集落。
雪深いため、そこでの暮らしは厳しい自然と深く対峙せざるをえません。
裏を返せば、自然のもたらす豊かさと分かちがたく結びついているということ。
おえ草履を編む志げさんの住まいはここに平成21年までありました。
同年この地に大規模な地滑りが起こり、住民は引越しを余儀なくされ、志げさんもまた90歳を前に慣れ親しんだ土地から離れざるをえなかったのです。
僕が尋ねたのはその翌年。
「散らかしといたんだ」と明朗な声で冗談を返しながら、志げさんは玄関を開けてくださいました。
初めて見る志げさんのおえ草履は目を見張るほど美しいものでした。
おえとは沼地に生えるある植物の地方名で、夏の土用前にこれを刈り取り、天日に干して乾燥させ、冬にかまくらの中でいぶして虫を出し、草履へと編まれます。
柔肌のような色彩を持つその植物は流れるような曲線を描き、人間の仕事とは思えないほどに端正。
山深いこの集落でひっそりとこうした草履が編まれていたことに驚きました。
ある春の日。志げさんと引越し前の家があった七五三掛を訪れました。
更地となった土手を歩きながら、この日当たりのよい斜面ではわらびがたくさん採れたこと。
集落の東にある大きな枝垂れ桜は美しくみなで愛でていたこと。
さらにその後方にそびえる月山の残雪が御爺さんの形になったら、田植えを始めたこと。
失われた故郷は記憶の中に存在するしかありません。
そのように暮らしが一変しても、手を動かし続ける志げさんの姿が、僕にはとても大切なものに思えました。

日知舎②


ほどなくして、おえ草履という手仕事の継承に向けて動きだしていました。
商品としてあらたに流通させてみてはと考えたのです。
持続的な需要は雇用を生むはず。
求める人に届けるために何が必要か。
東京で開催したとあるイベントで販売してみたり、若い世代が手に取れるようなデザインにしなおしてみたりと、試行錯誤をはじめました。
こんな若者の話を受け、志げさんは発注に応えてくださいました。
そんなときに出会ったのが井戸川美奈子さんでした。
偶然の出会いだったのにもかかわらず、井戸川さんはおえ草履について関心をもち、自分でも編みたいといいました。以後、この取り組みは新たな意味を持って歩み出すことになります。
井戸川さんは南相馬市から鶴岡市へ避難してきていました。
季節ごとに自然のもたらす幸を当たり前のように享受できる日常が、どれだけ多幸感に満ち、かけがえのないものであるかを、僕たちは皮肉にもあの原発事故によって、暮らしが一瞬にして根こぎされ無化される、凄まじい暴力とともに目の当たりにしました。
そのような経験を経たひとりの人を前にして何が出来るだろう。
井戸川さんがおえ草履づくりを生業にできる環境をつくっていこうと腹を決めました。
志げさんが教えてくれたように、自らの手を動かし、何かをつくるという経験が、彼女のこれからの暮らしを編んでいくことのひとつの手がかりになるかもしれない。
むろんそれは僕の考えに過ぎません。
しかしいつかは互いに理解し合い信頼関係を築けると、そのときを待ちました。
一年をかけて井戸川さんは志げさんのもとに通い、おえという植物の付き合い方や編み方、ものづくりのこころのようなものを身につけ、丁寧につくられた草履を編むまでになり、東北芸術工科大学を卒業し有機農業などに取り組んでいる飯塚咲季さんと知り合ったことによって、草履の鼻緒には素敵な庄内刺し子が施されることになりました。
この土地でこれからを生きていくにあたって、途切れたさまざまな関係性を結んでいくために。
良いと思えるモノを自分たちの手でつくり、求めてくれる人に届けてゆき、そのことが作り手の生業を成り立たせて、モノを作る文化の全体性が支えられ、継承されてゆくために。
そんな思いを形にした日知舎のおえ草履は、昨年10月に産声をあげ、じっくりゆっくりと各地に届けられています。

日知舎ホームページ http://hijirisha.jp/

夜間美術大学の活動まとめ 山田 正一郎

〇昨年、現代社会で表現に携わることの意味や、芸術と社会の関係について考える勉強会として「夜間美術大学」を始めました。 
そもそも芸術は、社会において、多様な価値観や生き方を担保するものなのではないかと考えますが、しかし現代の芸術は、そのような役割を果たせているのか?果たせていないとしたらそれは何故か?といった問題意識から、そのようなことを皆で考える場が必要なのではないかと思いこの活動を始めました。 
また、そのようなことをおぼろげに考えていた頃に、思想家・佐々木中のツイッターでの発言、“藝術は別の世界の感じ方を示すこと、つまり「知覚」を広げるためにある。社会運動も同じ。”という非常に共感のできる言葉に出会ったことも後押しになりました。 
昨年の11月から今年の1月までは、吉澤弥生『芸術は社会を変えるか』(青弓社、2011)をテキストとして月一のペース(毎回5〜6人)で読書会を行いました。 
この本では、全国的に行われるようになった様々なアートプロジェクトを通して地域/教育/医療/福祉の分野へ芸術が浸透、つまり芸術の社会化が起こっている状況が説明されています。 
また、アートプロジェクトとして、コミュニティアート・リレーショナルアートが既存の芸術に代わって台頭していることで、社会における芸術の位置づけが変化してきていることが述べられています。

〇本の概要

・そもそも日本では、近代化以降、政治団体としていくつかの美術団体が存立し、一般の人にとって芸術は「お上から与えられたもの」でしかありませんでした。
戦後、消極的な文化政策のなかで主眼になったのは「ハコ(美術館)の建設」。
美術館という純粋な展示空間の出現により、芸術は難解な「純粋芸術」となって一部の人しか享受できないものになり、以来、芸術は一般市民にとって日常から遠いものになりました。

・そのような状況のなか、90年代以降、欧米の動向に追従する形で、多様なアートプロジェクト(以下、AP)が行われるようになりました。 
そもそもAPとは、複数の人々によって遂行される芸術表現に関する企画で、日常の中のものを用いて作品を制作したり、地域の住民が参加するワークショップが行われたりするもの。日本におけるAPは、日常生活や社会の中に「芸術」を見出そうとする特徴がある。

・一方で問題点として、「アートが地域活性の手段として悪用」されたり、「地域問題の解決を丸投げされ」たりしてしまうことなどが挙げられます。

・また、地域アートに関して、美術批評家の語る言葉の貧困が問題視されています。そのようななか、これまで美術批評が排除してきた素人=市民がこれからの批評の主体になることで、美術制度全体の転回をもたらす可能性があるとこの本では述べられています。 
そもそも現代は情報社会や大衆社会の進展によって「芸術/非芸術」、「専門家/非専門家」の境界が溶解している状況です。 
そして、APにおけるアーティストの役割もコーディネーターやファシリテーターに変わり、その現場では、日常の中に創造的な営みを発見し、そこに潜在する力を共有していこうとする実践が行われています。

・思想家・鶴見俊輔は、純粋芸術(戦後現代美術)を標的とした大衆の叛乱を「限界芸術」という言葉で表現。限界芸術は、人びとの生活のなかにある創造性に光を当て、普通の人びとの手に創造性を取り戻すための実践。APはまさに限界芸術と言える。

・しかし、以上のような文脈を抜きに「誰もがアーティスト」、「何でもありのアート」と言うことはできず、APでは、①芸術を社会化する根本的な目的に立ち返りながら活動を進める必要がある、②アートの境界を問い続けることをやめてしまえば、その表現は異なる価値観と向き合うことなく霧消していく、とテキストでは述べられています。

◯ヨーゼフ・ボイス「誰もがアーティスト」

・また、鶴見は「一人ひとりが生きていることには、それぞれ芸術的側面がある」とも述べていますが、この言葉はドイツの芸術家ヨーゼフ・ボイスの有名な発言「誰もがアーティスト」と響き合っているように感じます。 
読書会でそのようなことを考えるなかで、そのヨーゼフ・ボイスが話題になりました。ボイスはどのような意味を込めて「誰もがアーティスト」と言ったのでしょうか。 
ボイスは様々な社会問題に対し、主体的に社会変革のために行動するすべての人が芸術家であると述べました。 現代は、格差社会の拡大や、人口減少による地域社会の衰退など、ボイスの生きた時代よりも一人ひとりが行動する必要性は高まっているように感じます。 
読書会では、
「近年じわじわといろんな活動が広がってきている。」
「地方が疲弊するなかで内発性から始まる活動が増えてきた。」
「活動をしている人たちの主語がはっきりしてきた。それぞれの足場がしっかりしてきている。」 
という発言からも分かるように、実際に行動を起こす必要を感じて、地域に必要とされる活動を始める人が増えてきている、とひとまず山形に関しては言えそうです。

〇「無理なく画廊を...」

一方で、テキストでは、近年のAPの現場で働く人びとの厳しい雇用の状況が問題にされていますが、地域社会で前例のない新奇な活動をして生計をたてるのはまだまだ難しい時勢であると言えます。 
読書会では、どうやって活動を続けて行くかがしばしば話題になりましたが、そのなかで「無理なく画廊をやれたらいいのに」というなにげないつぶやきがもれました。芸術的なものは、趣味など日常のいろんなところでその側面を見出せるわけですが、テキスト217頁で「芸術が専業の芸術労働者によって専有されている」と考察されているように、一般の人が芸術事業を趣味の延長上で兼業として展開することに萎縮してしまう、この時代の風潮を意識しての発言です。  
そのつぶやきから、「専業化しなくても、兼業としてアートに関わる人がもっといていいのではないか。」、「アート=敷居の高いものという意識を変える必要。学問などどの分野でも言える。」、「"素人=市民をこれからの批評の主体に"とあるように様々な分野で素人が主体的に活動してもいいのではないか。」、などの得難い発言が引き出されました。 
何気ないつぶやきが、連鎖的に重要な言葉が飛び出すきっかけとなる場面を目の当たりにし、一つのことについてみんなで考える勉強会の醍醐味を感じた瞬間でした。 
兼業として主体的な活動が草の根的に広がっていき、結果的に社会が少しづつより良く豊かになっていく状況こそは、ボイスが考えた理想的な社会を実現したものと言えるのかもしれません。

○網目の一つとして 芸術を鑑賞することは一般的には受動的な行為であると認識されています。
しかし一見受動的に思える鑑賞行為ですが、作品を受容することとは自分のなかに作品を取り込むことですので、実は主体的な行為です。
そのような主体性を鑑賞者に促すきっかけをもたらす"もの"や場が「芸術」と言えます(もちろん簡単に実現できることではありませんが)。 
主体的に何か活動を起こすことも、すでに取り組まれている多様な活動を目にしたり参加してみたりすることがきっかけになって連鎖反応的に始められるのだろうと思います。 
夜間美術大学も、そのようなネットワークのなかで、様々な人々の繋がりのなかで続けていくことができたらと思います。

アートワークショップの現場から(4)

第4回:活動を支える「人」のかかわり方

こんにちは、イシザワと申します。
私は、天童市を主な拠点として、公民館や美術館などで、子どもも大人でも気軽に参加できるものづくりの活動、アートワークショップを行っています。
アートワークショップでは、手を動かしながら思考錯誤することや、参加者同士の会話から生まれる気づきを大切にしています。
そのため、作品を完成させることよりも、制作過程そのものを大切にする活動内容となります。
そして、そこには必ず、参加者の活動をサポートする人が存在します。
このように、アートワークショップの中で、活動をサポートする人のことを「先生」ではなく「ファシリテーター」と呼んでいます。今回は、その「ファシリテーター」がどんな働きをしているのかを詳しくみていきたいと思います。

①時間・場所・道具の管理
まず、参加者に活動できる時間、場所や道具の使い方を伝えます。
活動の主な参加者である子どもたちは、興奮すると、つい周りがみえなくなってしまう時があります。
参加者にケガがないように、時々注意を促すことも、地味ですが大切な役割です。
イシザワさん(4)①
②活動に誘う
初めての方にも気軽に参加してもらうために、「何ができるのか」を短い言葉で伝えられるようにしています。
例えば、『プスプスブロック』という活動では、「○、△、□など色んな形にカットした発砲スチロールを爪楊枝でつないで、ブロックみたいに組み合わせて遊びます。」というように。
完璧に伝えられなくても、興味をもってもらえたらOKです。
イシザワさん(4)②
③安心できる空間をつくる
自分が作った物は、自分の分身のようなものですから、人に見られることを恥ずかしいと思う人もいます。
活動では、初対面の人との間でものづくりを行うことになるため、「自分を表現しても否定されない」場であることを伝えることが重要です。
「○○がステキだね」など、気づいたことを肯定的な言葉にすることで、安心感を持ってもらえるようにしています。
参加した子どもたちの中には、小さい声で「〇〇を作ってもいいですか?」と確認にくる子がいます。
「どんどんやりなよ!」と伝えると、その後もくもくと作りはじめます。
全員が同じ完成形を目指す必要がないため、参加者のやりたいことを後押しすることを大切にしています。
イシザワさん(4)③
④制作過程を共有する
手を動かす活動で、集中しているさいにはあまり会話がうまれません。
そんな時、作っている物に対して「これは何をつくっているの?」と質問します。
すると、参加している子どもたちは「これは家族を作ってて、下の部分は山なの」と、作品について語りだします。
参加者の方は、自分からはなかなか作品について語りませんが、作品にこめられたストーリーを他の参加者にも伝えることで、参加者同士の会話のきっかけを作っています。



このように、活動の現場では「ファシリテーター」は、参加者の状況に合わせて、複数の役割を同時に行いながら場を進めています。何よりも大切なのは、具体的な完成形を参加者に押し付けないことです。
ゆっくり、まったりとした時間の中で、手を動かしたり、参加者同士で会話することで、普段の生活では気づかない自分の一面に気づいたり、他の人の考え方を吸収できるような場をつくりたいと考えています。

イシザワエリの活動日記
http://ishizawasaketen.blog74.fc2.com/

芸工大卒展・スタディツアー

芸工大卒展①

2月10日(火)から15日(日)までの6日間、東北芸術工科大学(以下、芸工大)にて卒業/修了研究・制作展が行われました。
展示は10時~17時まで行われ、入場は無料。
連日多くの見学者で賑わいました。
そこで今回は編集部が参加した2月11、14、15日の様子をまとめ、「芸工大卒展・スタディツアー」と題して皆さまにお伝えしていきます。

まずは編集部が芸術学部の展示を見学した際の様子からご報告。
芸工大の学部は大きく分けて2つ存在します。絵や彫刻、工芸などのアートを専攻する芸術学部。
それから建築や映像、商品開発といったメディア・デザイン関係を専攻するデザイン工学部です。
芸術学部は三角屋根が特徴の本館から南側に位置する研究・実習棟を中心に展示が行われていました。
さっそく見学に立ち寄ってみると、そこには壁一面を使った絵画や版画の展示が。
色鮮やかな作品の数々。
見ているだけで楽しくなってきます。
中には卒業生が自身の作品の脇に立ち、訪れたお客さんに対して作品の解説を熱心に行っている姿が印象的でした。

工芸コースの展示スペースでは漆を使ったスマホのケースカバーなど、若い世代と伝統工芸品の距離を近づけようと試みる作品も見られ、とても斬新。既成概念にとらわれない柔軟な発想が、さすが芸工大生です。

また、本館の2階では文芸学科の展示が行われていました。
文芸は2011年度に美術科内に設立された、ライティングや編集を中心に学ぶ学科です。
今年が初めての卒展となる文芸学科は、展示と同時にカフェを運営。まったりお茶しながら卒業生たちが制作した小説などの本・冊子を読める工夫がなされていました。まるで喫茶店で本を読んでいるような気分になれて面白い。落ち着いたアットホームな雰囲気で、ついつい長居したくなってしまうような展示スペースでした。

芸工大卒展②


そしてデザイン工学部は芸術学部と反対方向の北側に研究・実習棟を構えており、編集部が訪れてみると、そこでは卒業生たちの4年間の学びの成果が論文や模型、映像など様々な方法で展示されていました。

中には学生が気軽に集まれる中心市街地構想や、独立して働く個人同士が共有できる仕事場(コワーキング・スペース)など、若者が生活しやすい街づくりの研究成果もいくつか展示されており、編集部にとって大いに興味を引かれる発案も。お客さんたちも、学生が提案する画期的なアイディアの数々に魅了されている様子でした。

さらに、本館1階では今年度デザイン工学部内に新設されたばかりのコミュニティデザイン学科の1期生の方々が、学科紹介を兼ねた展示を行っていました。
この学科はコミュニティデザイナーの山崎亮さんが学科長に就任されたことでも話題になりましたね。

コミュニティデザインは、地域をフィールドワークして作成した地域紹介の冊子など、1年間の授業の成果を展示。
1期生は「自分たちの住んでいる地域を密に取材することで、日常の様々な箇所に学びがあることを発見できた。今後ともさらに視野を広げて活動していきたい」とおっしゃっていました。

会期中は常設展示のほかにも、1日限りのイベントなどを実施。
編集部が参加した14日にはアトリエ棟にて美術科の学生が楽器での演奏とダンス、詩の朗読を組み合わせたパフォーマンスを行いました。
それまで静かだった展示スペースに突如として鳴り響く大音量に編集部もお客さんも圧倒されっぱなし! 大迫力のパフォーマンスに、非日常へ放り込まれたような衝撃を受けました。

会場ではどの学科の卒業生たちも4年間で蓄積された力を遺憾なく発揮しており、みんなのモノづくりに対する情熱がひしひしと伝わってきました。
若者ならではの視点から生まれた作品はどれも魅力的で、見学する側もとても楽しく、全体的にも非常に活気に満ち溢れた素敵な卒業展示だったと思います。 

(文責:大原 克彰)

若者活動ゼミナール@村山 開催します!

若者活動ゼミナール@村山


県内4地域から集まった異分野の若者活動団体による事例発表をもとに、パネルトークやディスカッションを行います。やまがたの若者活動についてみんなで考え、熱く楽しく語り合う時間です。
ご興味のある人は、ぜひお越しください!

■日時:2月28日(土) 13:00−17:10
■会場:山形県生涯学習センター 遊学館
   (〒990-0041 山形県山形市緑町1丁目2-36 )
   3F特別会議室
■入場無料
■Facebookページはこちら!
若者活動ゼミナール村山チラシ_カラー小_1

=====【事例発表団体・個人】=====
★福田 真氏(新庄市)
 お茶屋店長であり、フォトグラファー。県内各地のイベントで抹茶カフェ「カフェフクダエン」をオープン!

★日知舎(鶴岡市)
 山伏体験や山の幸のブランド化など、羽黒の地域文化継承に取り組むコミュニティビジネス!

★ 天童アートロードプロジェクト(天童市)
 天童市を拠点に、地域の魅力を再発見するきっかけや、人と人とがつながる場づくりを行う若手アーティストたちの活動ユニット!

★「ほんきこ。」編集部(置賜地方全域)
 本と人を愛するミニコミ誌制作や読書会、地域でのブックイベント開催など、言葉の表現でつながる人たちの居場所づくり!

=====================

■申込・問合:ぷらっとほーむ 
   住所:〒990-0041山形市緑町4丁目10-3 ファートンビル3階A
   Tel&Fax:023-664-2275   E-mail:hodohodokayako@yahoo.co.jp(担当:黄木)

主催:ぷらっとほーむ 「やまがた若者活動支援事業2014」
    この事業は「一般財団法人人間塾」の助成を受けて運営しています。
プロフィール

ぷらっとほーむ 「まどあかり」編集部

Author:ぷらっとほーむ 「まどあかり」編集部
山形市にある「NPOぷらっとほーむ」の〈若者の居場所づくり活動支援事業〉のブログです。
山形県内各地で活動している若者団体や個人のインタビュー、イベント情報や参加レポートなどを随時更新していきます。

2016年度の本事業は、〈一般財団法人 人間塾〉の助成を受けて取組んでいるものです。
〈一般財団法人 人間塾〉

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