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野生動物のこと、知っていますか?

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「今、ここ」で ともにあることを 確かめあう ~天童アートロードプロジェクト イシザワエリ~

ザワさん

●「てんてん展―道草のすすめ―」無事に終了!
ザワさん2
会場のようす

天童アートロードプロジェクト」(以下、アートロード)が企画・運営する展覧会「てんてん展―道草のすすめ―」が、11月末に天童市美術館で開催された。2週間の期間中に826名の方がたにご来場いただくことができた。(ご来場いただいたみなさま、本当にありがとうございました!)

アートロードの展覧会は、一般的な展覧会とはちょっと違う。どう違うかというと、まず、会場には、全国規模の公募展に出展している若手アーティストの大きな油絵があり、隣には尾花沢の小学生たちが地元の養蚕の文化を学んでつくった「繭ハウス」が並ぶ。ジャンルを超えた作品が同じ空間に展示されている。また、自由にものづくりができるスペース「あきばこでつくろう!ぼく・わたしの天童市」が出展され、子どもたちが目を輝かせながらもくもくと何かをつくりつづけている。そして、会期中の土日・祝日には、親子で楽しめる多種多様なものづくり活動が開催され、大勢の人びとでにぎわう。

今年は、新しい取り組みとして、出展者が作品を通して、自由に語り合う場をつくることができた。例えば「ひろしまmeeting」は、広島市出身の作者が「原爆ドーム」が誕生して100年目の節目に山形の地で「ひろしま」をとらえなおしてみようという試みだ。ともに語るゲストに、広島をテーマにした作品に出演した舞台女優や、父親が海軍に勤務していたという男性をお呼びして、空・海・陸の視点から、当時の人びとの暮らしや考えに想いをはせた。

ザワさん3
「ひろしまmeeting」のようす

このように、会場では、人や物が常に変化しつづけている。そして、年齢も、仕事もバラバラの出展者たちがさまざまな考えかたのもとに制作した「作品」が、同じ場所に並んで展示されている。これこそが、アートロードの展覧会の最大の魅力だ。そして、展覧会という場をつくることで、人と人が出あうきっかけをつくりだそうとしている。

●「つまり」って、なんだ!

先ほど書いたとおり、アートロードの展覧会は一言ではなかなか説明できない。よく、来場された方に「つまり、どういう活動なんですか?」と聞かれることがある。「つまり」のあとには、端的にまとめあげられた言葉が求められている。
しかし、端的にまとめてしまうとアートロードの魅力がなくなってしまう。異なる価値観が同時に存在していることで生まれる、ごちゃごちゃ感を大切にしたい。5年間をまとめようとして、なかなかまとまらないので、そこに大切なことがあるのだと思う。

●「成長」をのらりくらりかわして、「今、ここで」を大切に

これからも、活動を続けていけば展示内容は変わっていくだろう。でも、気をつけないといけないのは、活動を「成長」させよう意識しすぎることだ。「よりよくしよう」という思いは、現代社会を生きる私たちがいつの間にか内面化し、追い求めてしまうものだ。しかし、具体的な目的も理由もないのに「成長」を意識して無理をしては、活動そのものが負担になってしまう。そうしたら本末転倒だ。
アートロードに参加する人たちは、これまでの生きかたも、仕事も、考えかたもちがう。この活動を通して、お互いに刺激を与えあい、ときにはぶつかりあいながら、今、ここで生きていることを確かめ合っているのだと思う。顔と顔を突き合わせて、考えたり、悩んだり、笑ったりしていること自体をこれからも大切にしていきたい。 (了)

「見えないもの」を 信じること ~311ボラMeeting 多田 曜子~

多田さん

◆世の中の痛みを「痛い」と感じられること
熊本、北海道、鳥取、岩手――なんだかこの一年は本当に災害が多くて、このまま数年後には日本中が「被災地」と呼ばれるようになるのでは…と思ってしまうほどでした。災害がおきるたびに、それを見ている方もショックが続いてしまいますね。
災害や殺人などの悲しいニュースが日々テレビで流されていると、痛みを感じないように、「また同じことか」と心がガチガチに石のように固まっていく。「自分にだけ被害がないようにしよう」と狭い範囲にだけ目を向けるように思ってしまうこと、悲しい出来事に「無痛」になっていくことも、人にはおこります。きっとこんな痛みに麻痺していくことも、人間に備わった防衛本能なのかもしれません。
人の痛みを「痛い」と共感できること、「これは普通のことじゃない」と感じられることは、きっとまだ心がゴムのように柔軟に動く証拠。健康な心の証です。しかし「痛い」だけが続いては、物事に向き合うのが苦痛になってしまう。誰だって「痛い」だけの連続は嫌です。
世の中の痛みを「痛い!」と感じたら、「じゃあ、どうすればいいのか」へ変換していく思考と行動を、習慣づけていきたいと思うこのごろです。

◆誰かが、応援してくれている。
岩手県陸前高田市では、津波が海岸から数キロメートル先の街一帯を、すべて根こそぎ奪い去っていきました。一軒のビルも、家の土台もなくなってしまったその街は、もちろん人が住むところなどなく、残った人びとは高台の仮設住宅に住んでいました。
津波を受けた街は、がれきの破片が散乱し、津波が残した泥水が街の水路だった場所を埋めつくしていました。行方不明者が当時まだ二百数十名。時間の経過とともに、各地のボランティア・センターが閉所していく中、その市のボランティア・センターは、行方不明者が残ったがれきや泥水の中から見つかる可能性はある、とボランティアを受け入れ続けていました。
人が住まなくなった場所では、たとえボランティアが一日かけてがれき撤去を行っても、誰かが声をかけて「がんばれ」と言ってくれることもなければ、きれいになった場所を見て「ありがとう」と言ってくれる人もいません。
「精いっぱいやったって、だれも見て喜ぶ人がいないならやる意味なんてないんじゃないか」と、あるボランティアはつぶやきました。

あるとき、活動現場へ行く途中に、高台に住む仮設住宅の方が、ボランティアにあいさつがしたいと、私たちのところへやってきました。小学生の子どもがいるという、一人のお母さんでした。

来てくれて、ありがとうございます。
私は家を流され、仮設住宅で子どもたちといっしょに過ごしています。大きなことや、特別なことをやっているわけではありませんが、子どもたちといっしょに、ご飯を食べて、学校へ行って、そんな普通の日常を、毎日を、精いっぱい、生きています。
ボランティアに来る人に毎日会うことはできませんが、ボランティアに来てくれている人が今もいる、と仮設へも聞こえてきます。
「誰かが、今も、応援してくれている。」
そんなふうに思うと、私たちもがんばって、生きていよう、と。ただそれだけで、そんなふうに思えます。
応援してくれて、ありがとうございます。

彼女は慣れない手つきでマイクを握り、涙を浮かべ、ふりしぼった声でそう言って、現場へ行く私たちを見送りました。

「誰かが、応援してくれている。ただそれだけで、生きていようと思えます。」

彼女のふりしぼった声が、何年たった今でも耳に残っています。

何かがうまくいかないとき、望み通りの生活が叶えられないとき、「なんで誰かが○○してくれないの」と誰かが「してくれない」ことに目が行ってしまいがちです。私ならそうなってしまうこともあります。そんなときに、身のまわりの小さなことに耳を澄まし、心を澄まし、どこかで応援してくれている人を思いおこす。彼女のように感謝をもって毎日を重ねるそんな強さを、どこかにもっていたいと思った出来事でした。

◆祈りの効果
2017年3月で、震災から丸6年が経ちます。今回の3月11日は土曜日ということもあって、実際に被災地に行きたいという人や、復興支援商品を買おうという人、家で静かに祈りたいという人、いろんな過ごしかたができると思います。私はというと、毎年「静かに祈っていたいな」と思うことが多く、たぶん今年も静かに過ごすのだろうなぁと思います。
そういえばあるとき、「祈ったところで何かなるの?」と友人に言われたことがありました。「何かなるの?と言われても…」と思いながらも調べていると、意外な研究が見つかりました。
その研究というのは、とあるアメリカの病院で、同じ病状の方がたを無作為に「祈られるグループ」と「祈られないグループ」にわけて、同じ環境の中で経過を観察する、というものでした。そして患者たちには知らせずに、祈る人たちはできるだけ具体的に毎日祈り続ける。医師も、看護師も、どの患者がどのグループなのか知らない中で行われましたが、その臨床結果は「祈られたグループ」は「祈られないグループ」よりも驚くほどよい治療結果になった、というものです。そしてその効果は、祈る人との距離の関係もないこともわかったそうです。(興味のある人はぜひググってみて!)

「想い」や「願い」、「祈り」。目に見えないものは信じにくいかもしれません。けれど、そこには確かな何かが動き、誰かに届くことがあります。

あなたの祈りが、まだ会ったことのない誰かを幸せにする。
そんな祈りの時間を、今年は一度、いっしょにつくってみませんか?

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プロフィール 多田曜子
山形市出身。北京語言大学卒業。会社員、販売員を経て2011年の東日本大震災をきっかけに宮城・岩手・福島・山形でボランティアを始める。2011年8月より復興ボランティア支援センターやまがたに勤務。311ボラMeeting代表。

「あの日」をふりかえって ~庄司 樹 (庄司林業・So-tennen)~

この原稿を書いている2016年12月22日に何をしていたか、クリスマス・イブの前の前の日。答えられる人がどれくらいいるでしょう。私も本紙が発刊されるころには忘れていて、たぶん他の人もそのとき何をしていたかなんてほとんど覚えていないはず。

でも震災のあったあの日あのとき、どこで何をしていたか、ほとんどの人が鮮明に覚えています。不思議なような、スケールの大きな共通の認識。



あの日――。翌日都内で引っ越しを控えていた間の悪い私はビルの4階の家具売り場で買いものをしていて地震に遭遇しました。今まで体験したことのない揺れに慌てて非常階段を駆け下り、外に出ると人があふれかえっていました。交通機関はマヒしていましたが、家が近くだったので何ごともなく戻ることができたわけですが、家の前につくと塀が崩れていて、少しぞっとしました。

家の片づけが途中だったので、恐る恐るドアを開けると思ったよりかは散乱していなくて、皿が数枚割れたていどでした。メールやらなんやら情報が錯綜していたので、とりあえず何があったのか確かめようとテレビをつけました。

するとそこには、自衛隊のヘリコプターからの映像で、大きな津波が幾重にも連なって押し寄せているようすが映し出されていました。画面の端には日本地図に「大津波警報」の文字。宮城県の沖で大きな地震が発生し、津波が押し寄せている。実家に電話するもつながらず。停電が起きているかもしれないとのこと。しばらくの間呆然とテレビばかりを見ていました。

翌日気を取り直し、何とかレンタカーを借りて引っ越しを済ませ、新天地での生活がスタートしました。中目黒は震災直後の異様な雰囲気に包まれ、人びともどこか息をひそめているように感じました。コンビニやスーパーに行ってみると買占めが始まり、棚はスカスカでほとんど何もない状態。しばらく続くだろうな。当時私は映画業界で助監督のキャリアを歩んでおりましたが、仕事もすべてストップし、フリーランスというあこぎな仕事を今更恨めしく思いながら貯金を切り崩しての生活になりました。

夜、散歩がてら飲み屋の散策に出かけていると、お店というお店が節電で薄暗くなっていました。よさげな居酒屋を見つけ中に入ると電球色の頼りない灯りに迎えられ、今異常事態の最中にいるということを見せつけられたようでしたが、不思議と嫌な感じはなくむしろ心地よいくらいに感じました。

ビールを飲みながら室内を見渡すと、浮き上がった影があんばい悪そうに佇んでいます。店の雰囲気と影がどこか合っていない。でもその影には妙な美しさを感じました。どこにいても何をしていても、映画のフレームでものを見るクセがついてしまっていて、自分なりにここで撮影するならどこからどれくらいのサイズでどういう照明で撮影するか考えてしまうので、照明具合に目がいきます。

影。谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』をふと思いました。西洋と日本の影に対する考えかたの違い、日本人の美意識について書かれた本ですが、この本、映画業界では必読書となっています。特に撮影部、照明部の人でこれを読んでいない人はモグリと言われている本です。自分は演出部だったわけですが、その話を聞いてすぐ読んでみました。読むと納得、美しいものがなぜ美しいと感じるのか知ることができました。そして光と影に対する日本人としての考えかた、影に美を見出す豊かさなどたくさんの気づきをえました。



震災


その後、私は家業(林業)を継ぐ決心をし、1ヶ月もいないうちに東京を離れました。最後に住んでいた中目黒の街は今どうなっているのだろう。震災を忘れ、美しい暗闇を打ち消して夜を輝かせてしまっているのだろうか。

私たちはもっと美しく豊かに生きることを選んでいいと思います。太陽が顔を出したら目を覚まし、その季節に採れるおいしい旬の食べもので心と体に栄養を補給したら仕事に汗を流し、一休みしたらまた汗を流し、太陽が沈む前に家に帰って汚れを洗い落とし、火にあたりながら晩酌をして、暗闇に添い眠る。自然と共にある暮らし。日本人が本来知る美しさと向き合うことが必要なのかもしれません。

「いつまでもあると思うな親と金、地球環境」。経済より環境が心配で口より先に手が動く、元映画助監督で現在林業作業員の若者のつたない思いを書かせていただきました。 (了)

くまのさん、 養蜂はじめたって 本当ですか? ~ぬまのひろし(無職)~

くまのさん

「くまのひろし氏が養蜂をはじめたらしい」という、ある事情通からの確かな情報を元に、私ぬまのひろしは新庄へ飛んだ。
彼との初対面の模様は本誌既報のとおり、ちょうど一年ほど前になるだろうか、“ヒトよりちょっと毛深い(※クマにしか見えないていど)ためか職が定まらず、アルバイトを転々としつつも3人の子どもを養うふつうの男性(33歳無職)”、それがくまのひろし氏である。私は他人とは思えない何かを彼に感じ、熱く語りあったものである。
その彼が養蜂!? いろいろ大丈夫なのだろうか。不安は尽きぬまま、新庄に降り立った私を迎えたのは、変わらぬ笑顔の彼であった――。



くまのさん2

ぬまのひろし(以下ぬ) こんにちは。お久しぶりです。
くまのひろし(以下く) お久しぶりです。またお会いできてうれしいです。
ぬ 私もです。会いたくて会いたくて震えてました。本当です。さて、養蜂はじめたって本当ですか? どうしてまた?

くまのさん3

く はい。本当です。昨年の春からですね、縁あって新庄の養蜂家の方のもとで修行させていただいてました。ご高齢で跡継ぎもなく、そろそろ引き継いでくれないかとのことで今に至ります。
ぬ マジのガチなんですね。はじめてみていかがですか?
く とても楽しくやらせてもらってます。山の中でハチと花とを相手にしていると、もしかしてこれが僕の本来の姿なのかと思うほど、なんというか解放感のようなものに包まれますね。それに…

――「ハチは俺を差別しない」。そう続けた彼が私にはモハメド・アリに見えた。単に黒いからかも。話は続く。

く …(略)そういえば去年作業中にうまれてはじめてクマを見ました。怖かったです。あと蜜源の種類と時期は…(略)

――長い。が、要するに養蜂は楽しくて奥深くて楽しくて最高らしい。それはわかった。もうダメだ。興奮してきた。さっきからそこにあるのだ。私は唐突に切り出した。

ぬ ハチミツたべたいなぁ。あ、いえ、試食とかないんすか?
く 失礼しました。どうぞ。
ぬ どれどれ………ん!……うん!?……ゥンまああ〜〜いっ!!!ほとばしる甘味! めくるめく幸福! 絶対的法悦! これほどまでの圧倒的ヨロコビが現世にあったとはーー!!!
く ありがとうございます。
ぬ どんなに絶賛してもしたりないぃぃ! もはや何をか言わんや! イチオク万円分ください!
く すみません。今期のぶんはほとんど売れてしまったんです。
ぬ (しばし慟哭)ではせめてどこで食べられるかだけでもっ……!
く 戸沢村の国道47号線にあるあの超有名ドライブイン、「白糸の滝ドライブイン」さんの「パーラー白糸の滝」で「くまのさんのパンケーキ」として食べられます。
ぬ 絶対行く! イクッ! イク―――!!
く さらに今年の5月くらいまで待っていただければ、県内各地のイベントやお店で買えます。
ぬ 一瓶15万でも買います!!!
く そんなに高くはありませんよ。時価ではありますが1.2㎏瓶だと5,000円前後でお売りできると思います。
ぬ ゲェ!!! ゲボ安いボゥェエエッ!!!
く 落ち着いてください。
ぬ はい。落ち着きました。
く みんなで
ぬ 買おう
 くまさんのはちみつ。

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プロフィール ぬまのひろし
1983年、新庄市生まれ。貧困などをテーマにした「持たざる者のためのデザイン」を標榜し実践。新庄を拠点に“カナリヤ”活動を各方面で繰り広げる。無職。

「ほんきこ。」から 「Book!Book!Okitama」 までの道 ~荒澤 久美 (『ほんきこ。』編集長)~

ほんきこ

ほんきこ。」というミニコミ誌が生まれたのは今から14年前(2003年)のこと。図書館に出入りしていた20代後半の若者6人で、たった12ページの冊子を300部、すべて手作業で製作することからはじまった。ちょうど独り暮らしを始めた私のアパートで夜な夜な繰り広げられていた、実にくだらない話。そこから企画や特集は生まれた。内容は主に、仕事や恋愛、結婚について。自分が思っていること、悩んでいること(「人生相談」コーナーは人気だった)。遠くへ旅する者もいれば、自分の趣味について熱く語る文章もあった。混沌としていた「自分探し」時代である。

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もともと来る者拒まず、去る者追わずをモットーとしたゆる~い団体なので、メンバーは20名ほどに増え、内容は益々バラエティに富み特集の厚みが出てきた。と同時に、結婚や出産体験記、子育て、家族、生活について書く者も出てきた。中心メンバーが30代に入り、ライフステージが変わったのだ。私自身も結婚し子育てが始まると、冊子発行の編集や印刷に費やす時間が全くなくなった。なので、活動の中心を「読書会」に変更。担当者がテーマや場所、運営すべて段取り、誰でも回せるしくみにした。

ほんきこ。」の活動が長年続けられた秘訣は、ここにあると思う。そのときできる者が、無理のない範囲の内容ですること。20代~30代~40代では、社会的役割はさることながら、周りから求められることと、自分個人でやりたいことの割合が違う=時間の使いかたが違うのだ。だからそのときにできる範囲のことをする。そのうち、健康や介護、墓問題などの特集が出てくるだろう(笑)。


ほんきこ。」は日常のゆるい小さなコミュニティの場。それをイベント化したのが「Book!Book!Okitama」(以下BBO)である。BBOは「本」を通してひと、店、まちがつながることを目的としている。「本」のいろんな楽しみかたや可能性を見出し、置賜内のカフェやギャラリー、書店、図書館などに協賛いただくことで、私たちが住んでいる地域を違った側面から知るきっかけとなった。

ほんきこ3

ほんきこ4


3回目のBBOが終了した昨年、今まで関わった本づくりのプロの方(装丁家、漫画家、編集者など)の原稿やトークイベント内容、書評、まちのひとの紹介などをまとめた「nda nda!(んだ んだ)」という冊子を発行した。「ほんきこ。」と大きく違うのは、こちらは冊子を購入していただくことで運営費に使用できるよう販売物として製作したこと。人間、「お金」が絡むと(笑)、「ほんきこ。(マジ)」になる。手にとってもらえる表紙デザインとタイトル、レイアウト、写真、読んで何らかの楽しさを感じてもらえるか、得した気分にさせる情報を掲載できたか、コアなひとだけでなく活字が苦手なひとにも興味をもってもらえるか・・・などなど。読者ターゲットをどこにするか、いちばん迷った。

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イベントを通して知り合った本づくりのプロの人たちとの関わりで、私の出版物製作への意識は明らかに変わったと思う。そして、発行したのはいいが、これからが本番だということにも気がついた(遅い?)。宣伝、営業、取扱店との交渉、納品、集金・・・。書店などに置いた場合、いかに目立たせたポップにするか、実行委員と知恵を出し合い、手売りをし、反応を見ながら営業をしている。伝えたいのは、BBO本来の目的と、地域からの情報発信。これから知らず知らずのうちに消えていく地域独自の文化がある。それらを残していきたいという思い。

もっぱら「ほんきこ。」よりもほんきこになって宣伝、営業、販売している私である。販売物としての「冊子」づくりの挑戦はまだ始まったばかりだ。(了)

トランジションタウン準備室(2) 近ごろ起きた 小さな動きと 大きな変化 農的暮らし研究所 こまつかおる

こまつさん

前回、「トランジションタウン」についてどんな活動なのかを説明したものの、この説明がどれだけの人に届いているのか不安になり、急遽仕切り直して夏号から始まった「トランジションタウン準備室」。私の中でも、準備室になったことで頭の整理がつき、ふだんからの呼びかけにも冷静さが出てきたように感じます(笑)。

そんな中、私の周りでようやく「トランジションタウン」――地域自給を目指す提案と実践活動。地球温暖化や災害、ピークオイル(石油の枯渇)という地球規模の危機に対し、地域レベルでコミュニティをつくり直し、市民の創意と工夫と地元の資源(人・モノ・コト)を活用して、自分の足元から小さな変化を生み出し、その輪を楽しくつなげていく活動――という言葉に反応して声をかけてくれる人たちが徐々に集まりはじめました。「こんな素敵なつながりがあるなんて知らなかった~。山形ではじめるときは絶対に声をかけてね!」と県内各地域から声がかかるようになってきました。


そこで今回は、第一回説明会の報告と、はじまったらやってみたい部活動のお話をしたいと思います。


その1
トランジションタウン・ゴサロ
はじめのはじめのお話会 開催



新庄市地域おこし協力隊の吉野ゆうみさんからお声がけいただき、11月26日に、新庄市内にあるコワーキングスペース「ゴサロ」さんにて、「トランジションタウン説明会」を開催させていただきました。

内容としては、どんな活動なのかと簡単なはじめかたについてのお話です。平日の午前とあって、集まった人数は7名ほどでしたが、もともと地域コミュニティや持続可能な社会づくりに関心の高い方たちが集まってくださり、終始活発に意見が交わされ、この後、自発的に「トランジションタウン」が始まっていきそうなよい会になりました。

この説明会を開いて感じたのは、参加された一人ひとりがすでに地域課題に向き合っているということでした。「トランジションタウン」で大切なことのひとつが、みんなと課題解決していくこと、それぞれが自立し意欲的に参加していくことです。その点からも、「トランジションタウン・ゴサロ」に今すぐにでも出発できそうな勢いを感じました。「山形でも、そろそろトランジションタウンができるんじゃないのぉ~!」という期待で胸がいっぱいです。


その2
トランジションタウンの部活アイデア紹介



私が仲間と「トランジションタウン」を始めたら、まずつくりたいのが、魅力ある部活動。他の「トランジションタウン」でよくある部活動の紹介をすると、【畑部】、【自然エネルギー部】、【発酵部】、【DIY部】、【地域通貨部】などなど、自分たちの生活に役立つような魅力あふれる内容のものがたくさんあります。

そこで、「トランジションタウン山形(仮)」にあったらいいなぁと思うのが、【やまがたスパイス部】。小松家のパーカル先生こと、インド在住のチャタジーさんが春に山形に来られた際に、「パーマカルチャー勉強会」でアドバイスしてくれたものです。

このアイディアのきっかけは、上山市で昔ながらのお豆腐屋さんをはじめたいとがんばっている中沢花織さんが丹精込めてつくったお豆腐を――応援も兼ねて――食べる会を開いた際にあった、ある提案です。それは、より美味しく食べるための七味をみんなでつくってみたらどうか?という提案でした。ある人は唐辛子を栽培し、別の人は山椒を山から採ってくる。無農薬ミカンの皮を探してみるとか、もし手に入らなければ、それに代わる柑橘類が住んでいる地域の中にないか探してみる、などなど、些細なことですが誰かのためにもなって、地域の植生もわかって、自分で栽培してみようという意欲もわいて、みんなで持ち寄ったスパイスから「スペシャル七味」をつくって、楽しく集まれるなんていいですよね。山形で開くときは、絶対に部活動のひとつにしたいと思っています。


みなさん、少しずつ「トランジションタウン」という生きかたの動きが見えてきましたね。都会でも田舎でも、いいなと思ったことからはじめてみる。ちょっとした実践を繰り返していきましょう。楽しくつながれて、地元の人も移住者も仲良くなれるような地域がつくれたら素敵ですね! ビバローカル!!


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プロフィール こまつかおる
1980年生、庄内町在住。昨年度より夫の庄内町地域おこし協
力隊に伴い15年ぶりに庄内町に近距離Uターン。農的暮らし
研究所という名前で、50年前の循環型の農を中心とした暮ら
しの提案や暮らしの中へ落とし込むためのワークショップを
不定期で開催しています。

ミコミコちょうちん会議たかはた2016 Re:若者から始まる異端趣味活

ちょうちん会議

8月15日(月・祝日)、高畠町の「第51回青竹ちょうちんまつり」と同時開催のイベント「ミコミコちょうちん会議たかはた2016 Re:若者から始まる異端趣味活」昼の部(11:30~18:00)に行ってきました。イベントの場所は、高畠市役所から車で数分のところにある、高畠町ふれあい広場。このイベントの主催者は、若者によるまちづくりをコンセプトに、キャラクターを使用し、高畠町をもりあげる活動を行っている若者団体「おれまか」です。当日はあいにく、小雨が降ったりやんだりのくもり空でした。

イベント内容は多彩で、「痛車(いたしゃ)」「コスプレ」「歌ってみた」「踊ってみた」「ファミコン」「出演」「ゆるキャラ」などの部門にわかれていて、タイムスケジュールに沿ってそれぞれの催しが進められていました。

最初にまわったのは、筆者(亀山)がとても楽しみにしていた「痛車」の展示。知らない方もいると思うので「痛車」のことを説明します。「痛車」とは「見ていて痛々しい車」という意味で、オタク文化に由来する俗語(スラング)です。それらの車には、マンガ・アニメ・ゲームなどのロゴやキャラクターが、ステッカー又は塗装で装飾されているのです。

2ちょうちん会議

会場には「痛車」が20台ぐらい展示されていて、圧巻でした! 自分が判る範囲での元ネタは、「プリキュア」「ローゼンメイデン」「ウェイクアップガールズ」「アイドルマスター」「ラブライブ」「ブリーチ」「けいおん!!」「ボーカロイド」「けもみみ」「アメコミ風」などです。痛車のベースになっている車もさまざまで、軽自動車、普通自動車のセダン、スポーツタイプの車、ミニバン、1BOX商用車などが使われています。県内の車だけでなく、新潟県、福島県、宮城県、埼玉県などの、県外からの車もありました。

3ちょうちん会議

その参加者の一台がユニークで、ツヤ消し黒に全塗装してありました。なんと、その車がキャンパス代わりになっていて、チョークで描き込んでいいとのこと! みんな本当に、好きなように描いていました。

4ちょうちん会議


その流れで観ていくと、会場の真ん中には特設ステージがあり、そこでは、カラオケ大会が行われていました。コスプレした若者たちが、そのアニメの主題歌を歌い、振りもつけて踊っていました。恥ずかしそうに歌っていたのが、とても微笑ましかったです。このイベントは、ネット上にライブ配信されていたみたいです。

5ちょうちん会議

他にも、周りを見わたすとコスプレしている人がたくさんいて、しかも圧倒的に女性が多く、特に10代から20代の若い女性が目立ちました。本家の「青竹ちょうちんまつり」も同時開催なので、コスプレした人がそのまま祭りに参加していくようすが不思議で面白かったです。サブカル(特にアニメ)好きの自分には、夢のような充実した一日でした!

そんな「おれまか」のイベントは、こちらでチェックしてください。
●「おれまか」ウェブページ:http://oremaka.com/

(文責:亀山勇樹)

ARTS SEED OKITAMA 2016 文化の種をまく。育てる。ひきつぐ ~BeHereNow企画 代表 菊地純~

あーとしーど




「ARTS SEED OKITAMA 2016」(7月15日~26日)は、おかげさまをもって無事終了した。あっという間の11日間で、多くの方に楽しかった、とのお声もいただきほっとしている。

 このかたち(複数の展示を同時期に開催してマップにのせる)で開催するのは今回がはじめてだが、大きな混乱もなく、むしろグループ展を主催するより楽だったようにも思う。それは、きちんと団体にし事務局をおき、役割分担をお願いしたからでもあるが、企画自体にも無理がなかったのだろうと思う。なにはともあれ一重に賛同し参加協力いただいたみなさまのおかげに他ならない。この場をお借りして感謝したい。一か所に負担がかかるようでは、継続が難しいのでとても大事なところだ。

 さて、大きな混乱もなくとは書いたが、まったくなかったわけでもない。具体的に言えば、展示のひとつの開催があやぶまれた。作家の連絡不足によるもので、会場にもご迷惑をおかけしたし、事務局にも対応をお願いすることになった。「ほう・れん・そう」の話だから、この企画にかぎったものではないかもしれない。アーティストであれば社会通念に疎くても許される、なんてことはないと思う。むしろ、人と違う生きかたであれば、なおのことモラルは大事だろう。フリーランスは信用第一。損をするのは作家本人なのだ。

 あーとしーど2

 前号にも書いたが周辺人口をふくめ約30万人の地方にあって、アートのマーケット、文化はつくれるのか。当企画のミッションであり、チャレンジだ。

 マーケットはそうそう増えるものではないし、むしろ年々歳々疲弊していくのを在廊するたびに感じる。正直、大きくする以前に、いかに小さくしないか、下り坂をどうゆっくりくだるかの話かもしれない。でも、それはこの地方特有の話ではないはずだ。だからこそ、文化の大事さに早めに気がついたところは将来的にましかもしれない。
 

 と、いう話をすると「地域おこし」の話に思われるかもしれないが、そこは少し違う。アートを地域おこしに利用する、それは否定しないが、本来であれば順番が違うのではないか。アートは消費材ではない。

 地域をもりあげるために、アートを使うのではなく、アートが元気に行われるような地域であるから元気なのではないか。つまり、作家、アーティストのような人種が元気に活動できる地域は、おのずと元気になるのではないか。本来、文化芸術とはそういうものではないだろうか。

 人が何に魅力を感じるか、それこそ人それぞれかもしれないが、なにより人は人に魅力を感じるものだろう。アートのよいところのひとつは色々であってよいこと、多様性を感じられることだろうと思う。色々なアートが見れ、色々な人が活動している地域は、多様性があり、魅力的ではなかろうか。地方は人口が少なく、なおかつ同調圧力が強い。であるからこそ、地方で楽しく豊かに暮らすにはアートは有用ではないか。

あーとしーど3

 当企画は、各展示の売上から一割を当団体に寄付してもらっている。それは、自主財源となりフリーハンドで企画が行えるようにするためだ。自分たちがよいと思える、文化、地域の形は自分たちでつくり将来に残したいではないか。そういう意味で売上は多いに越したことはない。むしろ売上が立たなければ作家活動にもならないではないか。卵が先か鶏が先か。できるところからするだけか。



 よい作家やよい会場が、よい展示をつくってくれるだろうし、よい展示がよい作家やよい会場をつくる、のではないだろうか。


 置賜にも多くの魅力的な作家がいる。魅力的な場所があり、魅力的な展示がある。それが、また多くの魅力的な展示をつくってくれると思う。来年2017年の募集要項も発表になった。置賜だけでなく、県内、県外の作家のみなさまにもぜひ参加いただけたらと思う。

詳しくは、ARTS SEEDホームページ(http://artsseed.tumblr.com/)またはFacebookまで。              (2016年9月吉日)





 ②では、作家や会場のことを少し書いた。正直に言うと置賜にはそう多くの作家や会場はないように思う。もちろん魅力的な人や場所はある。だが、欲を言えば、もっとほしい。

 想像してほしい。休みの日、ぶらっと確認もせず行っても、何かしら楽しい展示をやっている、作家にもあえるかもしれない、そういう場所がもう少し、この地域にあってもよいように思う。いや、よいというよりほしい。

 いわゆる、企画ギャラリーだ。実のところ、ARTS SEED 2016の会場に企画ギャラリーはひとつもなかった。貸しギャラリーやカフェの展示スペースをお借りしたケースが多かった。もちろん、ありがたいことだし、これからはギャラリーでする展示が全てというわけではないとは思う。


 昨今、マルシェが大流行だ。少しマンネリ化して下火なのかもしれないが、県内では消えては増えしているように見える。作家側からするとマルシェは少ない経費で多くのお客さまに見てもらえるチャンスだ。運営側から見ると経費をかけずに多くのコンテンツを集められる。お客さまも楽しい。ハレの日だ。地域おこしのイベントにも最適ではないか。

 かたや、ギャラリーでの展示はどうかというと、作家にしてみると自分だけの空間をつくれるが、準備は大変だ。ギャラリーだって場所を維持するには多くの経費がかかるし、お客さまをよぶのだって大変だ。基本的にはその展示に興味がある人以外こないだろう。そこがマルシェとは大きく違う。だが、その大変さにもまして、作家にとって自分の作品をきちんとした空間で見てもらえるのは代えがたいことだと思う。お客さまにとってギャラリーはハレの日であり、非日常でなければならないが、作家にとっては日常であり仕事場だ。単発のイベントでは困るのだ。

 マルシェのよさは参加の手軽さ。ギャラリーのよさは作品のよさをより伝えられることだろうか。どちらがよいか、ということを言いたいのではない。それは、作家がそのつど選べばよいだろうと思う。問題は選べるギャラリーが少ないことだ。マルシェだけでは作品の発表の場が十分とは言えないのだ。

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 今はネット販売だってあるだろう。そういう人もいるかもしれない。僕もそう思う。だが、考えても見てほしい。既製品、プロダクト製品ではないのだ。どれを買っても基本的には同じもの。こと日本においては商品によって誤差があるなんてことは許されないだろう。そういうものはネットで買っても問題はない。スペックがわかればことたりるだろう。
 しかし、作家の作品は同じようにいくだろうか。一点一点違う、もしかするとすべて一点ものということもある。そして、何より作品の向こうには作家がいる。作家は生身の人間であり、そこから生まれた作品は、やはり生身で感じてはじめてわかることもあるではないだろうか。身体性はめんどくさい。いやだからこそ、面白い。そういう性質のものだと思う。ネットで翌日配達、では面白くない。

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 毎回繰り返しになるが、ARTS SEEDという企画は、企画それ自体が成功することが目標ではない。自分たちにとってよりよい文化、地域にすることが目標だ。ARTS SEEDはそのための手段のひとつに過ぎない。作家にしてみれば、それぞれ事情はちがうだろうが、短期的には目の前の展示が成功させることであるだろうし、中期的にはより安定的な活動やステップをひとつずつ上ることであろう、そして長期的にはその地域になにがしか還元できることだろうと思う。むしろ、その地域に何の影響も及ぼさず、また短期的な収益だけに終始するのであれば作家として成功したとは言えないだろうと思う。


 長い目で見たら、企画ギャラリーが置賜にももういくつかあるのが望ましい。ARTS SEEDを通じてつくれないかとも思う。でもまずは、そのまえに多くの準備が必要だろう。

そういうことで、勉強会を企画することにした。毎月8日(ふきん)にMIYAUCHI2632を会場にアート関連の話ができる空間を準備することにした。参加は作家に限らずアートに興味がはある人であればどなたでも大歓迎だ。むしろ、そういう人に参加していただきたい。文化は作家だけがつくるものではないからだ。             (2016年9月吉日)

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菊地純: イラストレーター。1982年生、山形県南陽市在住。家族は、妻一人、一姫二太郎、コーギー、黒猫。神話から日常まで、イラストレーションのお仕事、募集しています。企画プロデュースなども。junkikuchi.com

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山形読書会 @山形ビエンナーレ を振り返る

読書会


ふだんは山形市内の魅力ある場所を巡って読書会を行っている「山形読書会」。先日「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ」内の企画に小さく出展しました。
古くから「市の街」として栄えてきた山形市七日町界隈に、アート・服・手仕事・野菜・本の5つのテーマで市をたてる「市プロジェクト」。この中の「本の市」に出展しました。
「本を通してひと・まちとつながる」という「本の市」のコンセプトは、山形読書会のそれと同じ(読書会は、紹介される本・集まるひと・読書会が行われる場所=まちとつながることができるものです)。出展したのは読書会の楽しさを伝える機会になるのではと考えたからです。
ふだんの活動から離れて、このような大きなイベントに山形読書会として出ていくのは初めてのこと。振り返ると多くの気づきがありました。

●培われてきたつながりに感謝するきっかけに
これまで参加していただいた方々に、紹介してもらった本や関連する写真やものを貸していただいたり、本の紹介コメントを時間をとって大事に書いていただいたり、多くの協力をいただきました。これまで読書会で出会った方々に改めて感謝するきっかけになり、絆を一層深めることができたように思います。

●仲間の協力は不可欠!
山形読書会は、その時々で集まるメンバーも違い、特定の会員がいるわけではありません。が、今回のビエンナーレ出展に際しては頼りがいのある常連二名さまに多くの助言・サポートをもらいました。客観的な視点から見てアドバイスをくれる仲間の存在はとても大切でした。

●「できること+α」を考える
コンセプトが同じということで、出展する流れになりましたが、そんな考えは甘かったかもしれません。関係者ミーティングに参加し開催が近づくにつれて、プレッシャーが大きくなりました。「芸術祭」って何? 「芸術」って何? 何となくおしゃれな感じにすればいいわけ? …と。でも、「いつもしていることをすればいい」と仲間に教えてもらい、とてもありがたかったです。
どんな活動においても、できること・できないこと・今までしてきたこと・これからしたいと思っていること…があると思います。活動を進化させていくには「できること+α」を目指すこと。今回はちょうどよい設定ができました。

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●確認しておいたほうがよかったこと…
…とは言っても、今回の出展の内容が山形ビエンナーレ側の要求に合っていたかどうか? を考えるとわかりませんし、若干微妙だったかもしれない…という反省点はあります(出展の中で唯一物販がなく、金銭の利益も出ないものだったことなど)。
最近、イベント等で「コラボ」という言葉をよく聞きますが、今回は他の組織といっしょに活動をする難しさを感じました。協力するにあたっては「目的」「目標」の一致の確認をしたら、達成のための「手段」についてもよく確認しておくことが大切だと学びました。

・企画の中身で求められていることは何か。
・求められていることに応えられるか。
・その企画でどんなことが達成できるのか。
・それは、準備のために費やされる自分や協力者の方々の労力、時間、お金に見合うものか。
・相手方との打ち合わせ方法や連絡体制についての確認。
・相手方との役割分担について。例えば広報・宣伝などをどちらがどの程度までやっていいのかなどをはっきりさせておくこと。など

反省点は他にも多くあります。が、今までにないチャレンジの機会をいただいたことによって、以上のようなたくさんのことに気づくことができました。これらをこれからの活動にいかしていきたいと思います。
また、今回の「本の市」は一日限りのイベントでしたが、「本を通してひと・まちとつながる」山形読書会の活動は続いていきます。これからも大切に継続していきたいです。


【参考】「本の市」での山形読書会の出展内容
①読書会LIVE!…普段と同じ形式で、読書会をライブ開催。
②「つながる本棚」…これまでの読書会で反響の大きかった紹介本
+αを、紹介者コメントとともに展示。その紹介者にメッセージを送れる本棚を設置。
③「山形とつながる本棚」…これまで読書会会場になった「山形の魅力ある場所」を「ヤマガタ関連本」と合わせて展示。


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山形読書会  ~ Yamagata Reading Club ~
○主な活動: 月1回の読書会開催、読書会中の山形の
イベント情報等の発信(発信情報募集中)
○活動場所: 山形市マチナカ・素敵な場所で
○ブログ:  http://ameblo.jp/yamagata-reading-club/

芋煮インティファーダ 〜 及び投石紐のつくりかた 〜

芋煮1


山形県民のみなさんこんにちは。芋、煮てますか? 芋煮は本当にいいものですね。
人を人たらしめるのに他に何が必要かと言わんばかりの、 芋、煮る。 という言葉。こんなシンプルで力強いパワー・ワードを、私たちは他に何個知っているでしょうか。
肉、焼く。男、殺す。女、攫う。石、投げる。…などに対する、芋、煮る。なんと平和な響きでしょう。 芋煮、それは平和。



えー、今回は石投げる話をします。

インティファーダというのをご存知でしょうか、イスラエル軍に対するパレスチナ人たちの自然発生的な抵抗のことです。何をするかというと石を投げまくるのですね。女子どもから大人までその辺の道を歩いてた人が戦車とかの重武装した軍隊に。
巨大なパワーが自分たちの生活や共同体を踏みつけようとするとき、人は古来より石を投げつけるものなのです。ゴリアテに対するダビデのように。もたざる者の最後の武器、というわけですな。

芋煮2


石、投げてやりたくありませんか?

ということで今回は、時速200 kmの石を200〜300メートル飛ばせる古代技術、バリアレスの投石紐のつくりかたをご紹介します。

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まず、固くしなやかなロープを長めに(2 m以上)用意します(①)。

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中央にS字をつくり(②)、このように(③④⑤)結んでいきます。

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もう一方も同じように(⑥⑦)結んでいくと、石を載せる部分の完成です(⑧)。

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そして次に、片方の端を8の字結びに(⑨⑩)、もう片方をもやい結び(⑪⑫)にすると完成。

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石を載せる部分が中心に来るよう調整してください(⑬)。

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もちかたはこう(⑭)で、こんな感じで投げます(⑮)。

戦後日本の体制が人間のひと世代を超えた今、法的規制や行政的慣例といったものが、それ以前からあった生活文化や伝統などと同格のふるまいをしつつあります。「蘇民祭は公然わいせつ罪」とか「路上喫煙は罰金」というように。もちろん現時点でも通常公共の場での焚き火は禁止ですね、私たちも今後いつまで家族で芋煮を囲むことをお目こぼししてもらえるものでしょうか。

「彼らが蘇民祭を攻撃したとき、私は声をあげなかった。私はふんどしを取らないから。
彼らが喫煙者を弾圧したとき、私は声をあげなかった。私はタバコを吸わないから。
彼らが芋煮会を根絶させようとしたとき、私のために声をあげる者は誰も残っていなかった。」
なんて未来がすぐそこに来ているのかもしれませんね。 でも、大丈夫。石ならそこら中に転がってますから。       (了)

山形で世界とつながる ~山形県青年国際交流機構 小林みずほ~


みずほさん
*ワークショップのようす: 第二回 海外の人にも受け入れられる
おもてなしとは? (講師:佐藤英夫さん)


こんにちは! この場を借りて、私の所属している「山形県青年国際交流機構」、通称「山形県IYEO(International Youth Exchange Organization)」の活動を紹介させていただきます。山形県IYEOは、内閣府の青年国際交流事業で国際交流に参加したメンバーによる市民ボランティア団体です。主に年に一度、国の事業などで日本に招聘された外国人青年たちの山形県内視察、ホームステイマッチングなどのプログラム企画運営を行うことが活動の中心となっています。

学生から社会人、年を重ねた方まで通常はそれぞれ仕事や活動をしているメンバーですが、「山形でもっと国際交流を推進したい」という思いと、私たち自身がもっと文化や習慣の違いを知る必要を感じ、今年度、山形県若者応援チャレンジ事業の助成による「Welcome to 山形プロジェクト」という、国際理解の視点からのインバウンド推進のとりくみをはじめました。


海外の青年たちの山形での受け入れをし、山形県民と交流をしていただくと、ホストファミリーや学生など関わってくださった方々は交流することを楽しみ、出会いを喜んでくれます。たとえ言葉があまり通じなくても、ホストファミリーはたくさんの愛情をかけて海外の方のおもてなしをしてくださり、二泊三日程度の山形滞在後に駅でお見送りをするときは、いつも涙の別れになります。その後もメールなどで家族ぐるみの交流を続けている方も多くいるようです。

世界を知り、世界が広がる国際交流。しかしながら、毎年山形県内で交流先やホストファミリーを探すのは結構大変です。「外国人との交流はちょっと自信がありません」という団体や人びとが多いのも事実です。特に、ホームステイをお願いする際、海外の方に多い食事制限、アレルギーや好き嫌いなどもありますが、イスラム圏の方がたの食事「ハラルフード」に戸惑ったことのある方が多いようです。ハラルフードは、「イスラムの教義にのっとり食べることが許可された食事」で、教派によってその解釈には幅がありますが、豚肉と泥酔性のあるもの(酒)が禁忌で、アルコールが入っている食品や動物由来の成分の入った調味料にも注意が必要になります。食の豊かな山形で、食事制限のある方にも、山形の食を楽しんでもらう工夫はできないかと、国際理解の中でも、食の理解に重点をおいたワークショップとして実施することになりました。


これまでに、ベネズエラ人留学生アドリアン・サンブラノさんは、外国人からみた日本での国際交流と山形ライフを語ってくださいました。海外の方にも人気のあるゲストハウス「ミンタロハット」オーナーの佐藤英夫さんは、山形で受け入れをするコツとポイントを、エジプト人のヌール・スルタンさんのアラブ料理教室を通して、ハラルフードについて教えてくれました(扉写真)。9月10日には、「山形の食材でハラルフードは作れるか?!」という公開会議形式のトークを、青年海外協力隊モロッコ派遣の川合真澄さんによるハラルフードについてのレクチャー、「日知舎」の成瀬正憲さん、農家レストラン「菜ぁ」の小野寺紀允さん、「しゃもじ農園」の佐藤裕太さんをお呼びして行いました。


これらのワークショップを企画する中で、他者を思いやる気持ちが、国の違いを超えてつながりあえるポイントなのかな、と感じています。また、山形にもあふれている多様な価値観を認識することにもつながっています。


次回は、山形市洗心庵で、石巻で安心安全な食を目指すとともに、地域活性化のためにハラルなたらこづくりにとりくんでいらっしゃる、「湊水産株式会社」の木村社長ご夫妻を山形にお招きします。たらこをのぞけば世界が見えるかも?!
 

■第5回ワークショップ(入場無料)
10月29日(土) 「湊水産株式会社」代表取締役 木村一成氏
11:00~ たらこづくりワークショップ(材料費は実費)
13:30~ たらこをのぞけば ~石巻から世界へ~


仕切り直しの新企画:トランジションタウン準備室 豆農家のピンチを救え! ご近所集めてポットラック ~農的暮らし研究所 主宰 こまつかおる~


前回、「一年にわたってトランジションタウンのつくりかたについて熱くお伝えしていきます」と宣言したのですが、「はてさてなかなか伝わりにくいトランジションタウンについて、毎号書き続けてみなさんに伝わるものだろうか!?」という不安がよぎりはじめました。 トランジションタウンは、石油に頼り過ぎない持続可能な社会へのゆるやかな移行を目標とする草の根運動なのですが、その前段階の「楽しい場づくりやコミュニケーションのとりかた」を実践してもらった上でトランジションタウンの話をした方がよいのではないかと考えを改めました(トランジションタウンについて早く知りたい方はご連絡ください)。

今回から路線変更をして、トランジションタウンの導入として私の周りで持続可能な生きかたの実践をし始めた人やウチでやってみて楽しかった、成功事例をご紹介したいと思います。

それでは、今回お伝えするのはとっても気楽な集まり【ポットラック・パーティ】の実践です!

ご紹介するのは…


ポットラック事例「真夏の豆まめパーティ」 

●参加人数:8名
●開催場所:自宅
●参加費:500円(豆代)
●もちもの:それぞれ皆と共有したい飲みものや食べもの
●時間:18:00~20:30
●目的:なるべく近くに住んでいる人を中心とした、
親睦も兼ねた集まり
●ポイント:SNSの活用



このパーティの始まりは一本の電話から。「かおるちゃ~ん、ハンツケ豆いっぺ出でしまたさげ何とがなんねが~(訳:かおるさん、見た目に難ありの枝豆がたくさん出たので何とかならないものかなぁ)」という農家さんからのSOSでした。

自分の知っている産直や仕出し屋さん・加工業者を紹介しつつも、「わが家でも、ご近所のお友だちを呼んで、みんなで豆を食べて農家さんを助けることはできないか!」と10㎏を買い取り、人数分で金額を割ってポットラック・パーティを試みました。

まず初めて開く場合は、学生時代の部活のメンバーや幼馴染(大人だったら仕事の仲間)やご近所さんなど気楽なメンバーで開くとよいと思います。自宅で主催者が心を許せて、和やかな関係が築ける人を呼ぶことが大切です。 あとはもちよる品々の情報共有。SNSがないころのポットラック・パーティは、事前にもちよる料理について情報共有する場がなかったので重複する場合が多く食べものを無駄にすることがありました。サラダばかり集まったりとか、飲みものばかり余ったりといった感じです。

しかし、いまはfacebookなどのグループ機能を使えば簡単にもちものの共有もできます。「私は漬物をもっていきます」「私は自宅で採れたスイカをもっていきます」と連絡がきたら、悩んでいる人には「Aちゃんはせんべいやキャンディなどを買ってきてー」と割り振っていきます。

もっていく場合に気をつけたほうがよいものもあります。それは、アイスクリームやゼリーなどの冷蔵庫に入れないといけないデザート・大量の野菜・果物です。なぜかと言うと、来客時には冷蔵の中にいつもより多くの飲みもの、氷が入っている場合が多く、入れる場所に困ってしまうことがあるからです。どうしてももっていきたいときは、必ず前日に一度確認しましょう。

そして参加する側として大切なのは、主催者に常にありがとうの気持ちを込めて参加すること。主催者は、みんなに楽しんでもらい、これまで以上に仲間関係がよくなるように、会を円滑に進めるオーガナイザー(取りまとめ役)であり、小間使いさんではないからです。主催者は、今回は「豆を茹でる」「場所の提供」「会の段取り」をしたので基本お料理をする必要はありません(お料理が大好きで、おもてなしが大好きな人はお気が済むまでどうぞ!)。

最後に、ここ赤でアンダーラインです! 男性であっても女性であっても、片づけはいっしょにするのが鉄則。通常の集まりのように、女性は台所、男性は気にせず気ままに飲むのは厳禁。大人が分担して片づければ、15分で全てが片づきます。主催者は、食器を片づけたり指揮をとったりするようにし、洗い物・食器拭き・掃除・会場の現状戻しなどは参加者が率先しましょう。 このくりかえしが万が一の危機に直面しても助け合える人間関係につながっていきます。これを守れたら、たぶん一か月に2回は集まりたくなること間違いなし! ダラダラと長居はしないで、美味しい時間と楽しい会話を2~3時間で楽しみましょう♪

素敵なパーティになることを期待します! まずは、芋煮会をこのルールにあてはめて室内で実践してみてね。ポットラックでグッドラック!!

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プロフィール こまつかおる
1980年生、庄内町在住。昨年度より夫の庄内町地域おこし協
力隊に伴い15年ぶりに庄内町に近距離Uターン。農的暮らし
研究所という名前で、50年前の循環型の農を中心とした暮ら
しの提案や暮らしの中へ落とし込むためのワークショップを
不定期で開催しています。


「これから」にむかって ~ 311ボラMeeting 多田曜子~

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■必要なもの

「家も車も宝石も、高級ブランドの服も、ぜーんぶ流されちゃったけど、いま思うと、なくても生きていけるものばっかりだったなぁ。」

あるとき、ボランティア活動のために民家に作業に入っていると、そこのおじさんは津波被害を受けて壁や屋根が流された自宅の前でつぶやいていました。
一生懸命働いて、やっと建てた家。お金を貯めて、やっと手に入れた自慢の車、洋服、家具や骨董品。長年かけて整えた暮らしの環境。きっとそれを一夜にして失うのは、相当な悔しさでしょう。
私だって、気に入ったものを失いたいなんて思うことはありません。けれど、何かあったとき、絶対にないと生きていけないものって何だろう、と思うと……意外と浮かばないことに気がつきます。
今回の震災で多くの人が考えるきっかけになった価値観の中のひとつに、“もの”への考え方があります。
“本当に必要なもの”と、本当はそこまで“なくてもいいもの”。
私たちは日々どこまでそれをわけて、ものを手に入れているでしょうか。
わが家に帰り、部屋をぐるりと見渡すと、大好きなもの、そうでもないもの、いろんなものが部屋中に詰まっています。
私にとって“本当に必要なもの”って何か。おじさんの声を思い出して、ときどき部屋を眺めてみています。

■時間の止めかた、動かしかた――「悲しみ」が「感謝」に変わるとき

津波や原発事故。震災を経験した方々の話を聞いていると、驚くのは、おこったできごとはひとつでも、それを受けた人の立場やとらえかたによって、おこったできごとの表現がまるで違うことです。

「なぜ私だけこんな目に遭ったんだろう。これさえなければ、いまは違っていたのに」「あのとき私が○○していたら、誰かが〇〇してくれていたら、もっと違ったのに」

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「当時」の話がずっとループするように、続いていく。そんな話をずっと聞いていると、まるで私も2011年の3月、震災直後のあの時間に戻ったような感覚になります。何もかもが崩れ去ったあの日。「なぜこうなったの」と思ったあのときの、その瞬間に、私も同時に存在して、話を聞いているような感覚です。きっと、話している本人もそのときは、聞いている私以上にあの3月にタイムスリップしているのでしょう。

震災に限らず、大きなショックの後に「あの日から、時間が止まったみたいだ」と話す人がいますが、もしかしたらその方は本当に、その日の、その時間の記憶の中に生き続けているのかもしれません。人生を変えてしまうほど大きなショックの日を、何日も何日も生き続けるのは、きっととても苦しいことだと思います。

一方で、同じ震災で似た体験をして、似た話をしているのに、「あのときは本当に大変だったし、悔しかった。あれがおこらなかったらってときどき思うこともあるけど、いろんな人に助けられて、日々の中でいいこともあって、震災がおきなかったら、全部なかったことだと思うと、震災から得たものもあったよね。これからは○○したい…」と、震災の「当時」のできごとから「いま」、そして「これから」にかけての話が次から次へと出てくる人もいます。
不思議なのは、後者の方は、その後「あのときはたくさん助けてもらった」「ほんとうに感謝しているの」と、誰かに向けた感謝の言葉がたくさん出てくることです。そして後者の方に、「どうしてそんなに前向きにいられるんですか?」と聞いてみると、「だって、変えられない過去は受け入れるしかないじゃない」といった答えが返ってくるのです。

どちらがいいかなんて、周りが決めることではありません。きっと人それぞれ、生きかたによって、ものごとの受けとめかたも、整理にかかる時間もさまざまです。

でも、「過去」におこったことを受けとめることで、「いま」に時間が動きはじめる。そして心が「悲しみ」から「感謝」に移っていくとき、人は「これから」の時間へと向いていくことができる。そんなことがあるのだと、私は教わったように思いました。

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プロフィール 多田曜子
山形市出身。北京語言大学卒業。会社員、販売員を経て2011年の東日本大震災をきっかけに宮城・岩手・福島・山形でボランティアを始める。2011年8月より復興ボランティア支援センターやまがたに勤務。311ボラMeeting代表。

ARTS SEED OKITAMA 2016 文化の種をまく。育てる。ひきつぐ ~ BeHereNow企画 代表 菊地純~

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 「ARTS SEED OKITAMA 2016」(※以下、ASO)は、今年7月15日~26日の11日間、山形県置賜地方を中心に、各所でそれぞれ開催される個展や企画展を一枚のマップにまとめたものです。展示会場が16、飲食店や博物館からの協賛参加が6、合わせて22か所で予定しています。

 美術、工芸、アート、そういったものが好きな人は、この期間に置賜を訪れてもらうと、すごく楽しいよ、という企画。

 作家にとっては、どうせ個展やるならこの期間に置賜でやったほうが広報的にも集客的にも、きっと売上的にもいい、という打算的な企画です。

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 文化、芸術などを趣味とする人は、だいたい人口の1%に満たないらしい。らしいというのは、そもそも古い統計なうえに出典もさだかではないからだ。数値はだいたいどの年代においても変わらない、と書いてあったように思う。また、この文化、芸術とは鑑賞、制作、購入などということがらや、また絵画、演劇、書道、お茶、踊りなどとジャンルも多岐に渡ったざっくりしたものだったと思う。

 さて、そのいい加減な情報をもとに、風呂敷をひろげてみよう。置賜地方はざっくり20万人ちょっと、そこに山形市などの近隣市町村、おまけに期待をこめて近県からの来客もいれ、30万~50万人が対象だとする。30万人の1%が仮に文化、芸術に興味をもっているとすると、約3,000人。また、そのうちで鑑賞、購入を趣味とし、特にアート、工芸系が好きだとなると、もっと少なくなるはずなので、ざくっと1,000人。

 今回、ASOのチラシは10,000枚刷ったので、この10分の1枚が届けばよいことになる。ただ、これまで色々企画してきたが、チラシのヒット率が1割というのはちょっと希望的かもしれない。

 もちろん、広報は紙媒体だけではなくSNSや、新聞(『山形新聞』の「ヤマガタ青春群像」でとりあげていただきました)、テレビ、ミニコミ誌などのメディア、そして強力な口コミなどもあるので、実際はもっと期待はできるのではないかと思う。

 1,000という数字は、イベントとしては大した数字ではないと思う。むしろ大風呂敷を広げた割にはしょぼい。

 しかし、一つの個展に1,000人が訪れてくれたとしたら、地方都市では結構大成功だと思うのですが、どうでしょうか。もちろん、マップにある会場を全ての人が全て回るわけないでしょうから、一つひとつの展示会の来場者数はもっと少ないでしょう。それでも、個別に単独で行うよりはずっと来場者が見込めるのではないかと、皮算用をするわけです。

 「アート」って何か。ファインアート、ネイルアート、美術、芸術、ARTとアートのちがいは? あとアーティストいうのもよくわからない。ひとによって思い浮かべるのも、感動するのも、捉え方は色々だと思うし、色々なことはよいことではないか。誰かが「これはアート、こっちはアートじゃない」なんてことはつまらないように思う。

 でも、そこであえて僕が思うアートはなにかと問えば、「これまでとは(同じものなのに)違う新しい価値観を与えてくれるもの」もしくは、「当たり前だと思っていたものを塗り替えるようなもの」かもしれません。ジャンルや作者の意図とも関係なく。「アートは問題提起であり、デザインは答えだ」なんて言うのもしっくり来る気がします。


 「文化」って何か。歴史文化、食文化、おたく文化、これもきっと沢山ある。人の営みの数ほど。いつぞや、「文化は図書館や博物館にあるもの」という答えを聞いて、ぽかんとしたことがある。それもあると思う。でも、文化は過去のものだけではなく、自分たちで育てていけるものだと思うし、そうありたい。ひきうけたり、育てたり、ひきついだり。

 よく例えで、「冬にスーパーでパイナップルを買うのは食文化ではないでしょうか」と話す。これはこれでぽかんとされたりする。雪の降る中、遠くの南国の果物を食すのであるから、それなりのコストがかかっているはずである。その、何かにコスト(時間であったり、金銭であったり)をかけるという行為が一つひとつの文化をつくるのではないか、と思うからだ。郷土料理や在来作物だけが食文化だと思っていると見誤るのではないかな、と。

 そう、綺麗で崇高なものだけが文化ではないはずだ。3,000円のコンサートのチケットはなかなか売れなくとも、平日の昼間からパチンコ屋さんの駐車場はいっぱいではないか。やっぱりよく解り難いかもしれない。そのへんの話しは受け売りなので、平田オリザ『芸術立国論』(集英社新書、2001年)をお読みいただくのが間違いないと思う。


 一年にワンシーズン、7月の後半あたり、梅雨があけたかどうか、ちょっと蒸すような本格的な夏が来る前、夏休みもはじまり、うきうきしだす季節、置賜のあちこちで展示会が行われる。どんなに雨脚が強くとも、その個展の会場内には作家が丹精込めてつくったであろう作品がならび、小さな宇宙をつくっている。だから、ASOは宇宙をめぐる旅なのだ。そういった文化はどうだろうか。僕たちと一緒に宇宙をめぐりませんか?


 そして、各会場の売上の一割を作家や会場などから寄付していただき、来年へと積み立て、主に近県の作家の招聘(お招きする)のために使いたいと思っています。新しい交流が、新しい種を置賜に運んで来てくれるのではないでしょうか。

 それは、文化の種をまき、育て、ひきつぐこと。

 僕も、参加した作家も、そして何より巡ってくれた皆さんが、楽しんでくれることが、新しい次の文化をつくっていくと思うのです。   
(2016年5月吉日)

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菊地純: イラストレーター。1982年生、山形県南陽市在住。家族は、妻一人、一姫二太郎、コーギー、黒猫。神話から日常まで、イラストレーションのお仕事、募集しています。企画プロデュースなども。junkikuchi.com

あーとしーど4

いつまでもいつまでも、どうやったら楽しくみんなとつながっていられるんだろう? トランジション・タウンという 集いの場のつくりかた ――その1 トランジション・タウンとは?

とらんじょん


みなさんこんにちは。庄内町在住の小松馨(こまつかおる)です。

昨年度は、パーマカルチャー(石油に依存しない農を中心とした持続可能な生きかた)の考えかたをもとに、互いに配慮ある関係づくりについて書かせていただきました。

前回のお話を簡単に説明すると、それぞれが配慮することによって私たちの生活環境は心地よく循環するということでしたよね。
今年度は、イギリスに住むパーマカルチャー講師ロブ・ホプキンスさんが始めた「トランジション・タウン」というみんなと楽しくつながるグループづくりについて共有していけたらと思います。今年1月に神奈川県藤野で開かれた「トランジション・タウン合宿」で学んできた事+αで、山形でも実践できるさまざまなカタチをみなさんにお伝えできたらいいなぁと、私も今ワクワクした気持ちで筆を進めています。

それでは、今回は「トランジション・タウン」とはどんな活動なのかを説明をしていきたいと思います。


1.トランジション・タウンのはじまり

2005年秋、イギリス南部の小さな町トットネスで、パーマカルチャーの講師、ロブ・ホプキンスさんを中心に始まりました。

関心と情熱を共有する人たちが集まり、映画上映会、暮らしの基本的技術の再習得講座、自然エネルギー勉強会、地域通貨の発行などを開始しました。

関連団体、企業、行政などとも協働関係を築き、トランジション・タウン運動は瞬く間に地域を巻き込むことになっていきます。


2.トランジション・タウンの活動とは?

それは、市民が自らの創造力を発揮しながら、地域の底力を高めるための実践的な提案活動です。

日々の暮らしかたをほんの少し変えるだけで、楽しくて豊かに、そして自由になれること!

コミュニティの中でそうした変化をつくりだし、実践し共有していくこと、そんな実践を積み重ねることで、いま暮らしている地域をより暮らしやすく、災害に強く、誰もが参加できる場所に変えていく草の根の活動なのです。

3.トランジション・タウンの活動の考えかた

エネルギーや食料 心や身体の健康 気候変動や環境の変化、格差社会や社会に参加できない人の増加――。

いまの社会が抱えているたくさんの困ったこと、解決しなければならない問題を、あっという間に魔法のように解消することはできません。でも、もし地域のコミュニティのつながりを強くしながら、みんなで考え行動すれば そうした問題を同時に解決できるかもしれない。それがトランジション・タウンの活動の考えかたです。

4.トランジションとは?

トランジションとは、「移行」を意味する英語(transition)です。 何から何への移行でしょうか?

それは、エネルギーを多量に消費する脆弱な社会から、適正な量のエネルギーを使いながら、地域の人々が協力しあう柔軟にして強靱な社会、持続可能な社会への移行です。

エネルギーを大量に使う社会は一見便利で快適ですが、ひとたびエネルギーの供給が止まれば人々は生きていくことすら困難になることが予想されます。スーパーに並ぶ食料も満ちあふれる製品も、エネルギーが途絶えると、とたんに消えてしまい、なにひとつ機能しなくなる脆弱な社会なのです。

適正な量を大事に使い、使い終わったものは無駄なくリサイクルする。 そうした社会に向かうためにも地域の仲間と一緒に、地元の資源を使ってエネルギーを作り出したり、地域の人々が集まって菜園や田んぼで食べ物を作ってみたり、昔から伝わって来たのに途切れてしまった技術を蘇らせるとか、お年寄りから昔の知恵を学び、勉強会や上映会を開いて私たちの住む社会の問題意識を共有したりします。

無駄がない循環した暮らし方を見つけ出すこと、それがトランジション・タウンの活動です。
(「トランジション・ジャパン」公式ホームページ より抜粋)


山形でもこんなつながりができたらよいと思いませんか?!
説明を読んで気づいたことがあると思います! それは、山形ではまだまだこういった地域との関わりや生活ができているということです。しかしながら、20~30年前と比べたら格段に人と人との関係性は希薄になっているのも事実。ここに気づき、みんなで万が一に備えて仲よくするって楽しそうじゃありませんか?! 3年前から実践したいと思い、私も全国の友だちとつながりながら情報を集めていますが、いくら情報を集めても実際に動いてみなくてはわからないこともいっぱいです。多くの人が共感し、自発的に一緒に活動してみたいと声をあげてくれることを、いま切に願っています!


次回は、「トランジション・タウンを、どうやって始めるか」について書いていこうと思います! 今すぐにでも始めたいと思った人がいたら連絡ください。みんなで、楽しくつながりましょう!

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プロフィール こまつかおる
1980年生、庄内町在住。昨年度より、主人の庄内町地域おこし協力隊に伴い15年ぶりに庄内町に近距離Uターン。農的暮らし研究所という名前で、50年前の循環型の農を中心とした暮らしの提案や暮らしの中へ落とし込むためのワークショップを不定期で開催しています。

「鳥の目」と「虫の目」を

■はじめに

この度、4月に熊本県及び大分県で発生した地震により、被害を受けたみなさまにお見舞いを申し上げるとともに、一人ひとりが安心して眠れる日が一日も早く訪れますよう、心からお祈り申し上げます。


■共感できるものに「素直」になる 

東日本大震災以降、岩手県や茨城県、山形県での水害や、熊本県・大分県での地震被害など、災害が相次いでおこってきました。災害はもちろん、おこってほしくないこと。けれどその一方で、「今の自分には何ができて、何ができないのか」という一人ひとりの問いかけが、私のまわりでは徐々に増えているように感じています。


「子どものいる家庭は大変だろうなと思って、子どもへの物資を支援したい」
「介護で辛い思いをしたことがあるから、少しでもそこに資金を応援したい」
「自分の愛犬が同じ状況になったらと思うと、少しでもストレスがなくなるようなことに何か支援をしたい」


今回、「どんな方法があるかな?」と話してくれた人の年代や生活、価値観は、みんなそれぞれ。けれどその人びとに共通することがありました。それは、自分の身のまわりの環境から共感できることに、とても“素直”であるということ。

大きなものを一度に変えようと思えば、どうしていいかわからず動けなくなってしまうけど、共感できることから素直に一歩ずつ動き出せばいい。自分の足元からの一歩が、遠く離れた場所へたどり着く始まりだということを、よく知っている人たちなのだなぁと思います。

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■「鳥の目」と「虫の目」

東日本大震災の支援に関わり始めて間もなく、災害支援に長年関わっている方に「いつでも“鳥の目”と“虫の目”をもちなさい。」と教わりました。

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“鳥の目”となり、いま、全体で何がおきているのかを俯瞰して把握し、そして“虫の目”となり、そこにいる一人ひとりにまで目を向けて考え、そのそれぞれに届く形をつくっていくこと。そして、いまの自分には何ができるのかを、そこから導き出すこと。経営学ではよく使われている言葉のようですが、「なるほど、なんて覚えやすい表現だろう。」と知識など空っぽだった私なりに、感心したのを覚えています。

個人であれ、組織であれ、一人ひとりが関われることは、きっとほんのわずか。けれど、“鳥の目”をもって関わっていると、自然といろんな分野で関わっている全ての人へ、尊敬や尊重の気持ちが生まれます。反対に、全体の把握なしに自分が関わる狭い視野だけにとらわれてしまうと、「自分だけ頑張っている!」なんて思ったり、「これって本当に役立っているの?」と疑問が生まれてしまうことも。

支援やボランティアという分野では特に、情熱や共感という「感情」を大きな燃料にするものだからこそ、冷静さを保ってくれる「全体」への視野と、「細部」への視点、そして長い目でものごとをとらえていく力が、自分が関わる分野以外の人への尊重を育み、自分の活動を見つめるためにも、大切なことなのです。


■情報に受け身にならない

今回、熊本・大分地震に関する情報は、数日間のピークを迎えたあと、徐々にペースを落としたかと思うと、「あれ、この間おきたばかりなのに」と言っている間に、あっという間に山形ではメディアから消え去っていってしまいました。物理的な距離があればあるほど、こんなにも情報量に差が出てしまうことに、「なんてメディアはあっけないんだろう」と改めて驚きました。

私たちの身のまわりに流れてくる新聞やテレビからの情報は、情報を商品にした考えのもと、企画されているもの。企業だもの、それは当たり前のこと。けれど流れてくるものが世の中の動きを正確に映すものではないことを、私たちも理解して利用していかないと現実がなかなか見えにくくなってしまう。

大きな出来事がおこったときこそ、人とのつながりやインターネットなど、いろんな角度からの情報を求めて判断していくこと、情報に受け身にならないこと。そんなことをもう一度私も、心に留めていきたいと思います。

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プロフィール 多田曜子
山形市出身。北京語言大学卒業。会社員、販売員を経て2011年の東日本大震災をきっかけに宮城・岩手・福島・山形でボランティアを始める。2011年8月より復興ボランティア支援センターやまがたに勤務。311ボラMeeting代表。

つきをさすゆび

ぬぬぬぬぬ

Don't think, feel!(考えるな、感じろ)

『燃えよドラゴン』の冒頭、ブルース・リーの代名詞的なセリフだ。こう続く。

Don't think, feel! It is like a finger pointing a way to the moon.
Don't concentrate on the finger or you will miss all heavenly glory. Do you understand?

考えるな、感じろ。それは月を指す指のようなものだ。     
指先ばかりにとらわれていてはその先にある栄光を見失うぞ。 わかったか?

こんにちは。ぬまのひろしと申します。

山形県新庄市在住の無職、32歳、AD/HD。「自分より劣る人間が社会の中に生きている安心」という名の社会福祉を、身を挺して勝手に提供し人びとのハードルを下げる、通称“カナリヤ”活動を各方面で繰り広げているのですが、その中のひとつに「ぬまの音楽教室」というのがあります。

「現代民族楽器」などと勝手に名づけたゴミガラクタを鳴らして喜ぶ人びとを育成しています。そう、わたくし、指導者でもあるのですよふふ。

Don' think, feel!! ← これ一度言ってみたいな。言えるくらいの人になりたいなと思ってがんばっているつもりなのですが、如何せん、大人の言うことをほぼ受け流してここまで育ってきた男、いわゆるお稽古のような指導はするのもされるのもどうにも苦手で困っています。この子ども時分から染みついた性分というのは厄介なものです。

もう昔から、まわりの大人とジョン・レノンが正反対のことばかりぼくに言うものだから。んなもんジョンのほうが正しいに決まってるし、地元のオラついたセンパイより「たま(※バンドの)」のほうが断然かっこいいし、エラそうな先生とかが「現実」と呼ぶ目先の些事より坊さんの寓話の方が真実に近いじゃないかと。ずっとそう考えて大人をバカにしていたので、そんなひねたガキ、やっぱりこうなっちゃいました。

坊さんの寓話といえば、冒頭のブルース・リーのセリフには元ネタがあります。大昔のインドのえらいお坊さんの話らしいです。「指月の譬(しげつのたとえ)」として有名です。
 
人の指を以って月を指し、以って惑者に示すに、惑者は指を視て、月を視ず。人、これに語りて、「われは指を以って月を指し、汝をしてこれを知らしめんとするに、汝は何んが指を看て、月を視ざる」、と言うが如く

人(賢者)が惑者(バカ)に月というものを指さして教えてやったら、バカは「んだがっす、月ってこげったんがっす」と言って指ばかり見て月を見ない。賢者は「んねじゅ。おめよぉ、おれいっくど月ば指さして教ぇでけってんなさ、なぁにおめ月ば見ねで指ばぁり見っだんじゅ。はぃんやって~さだげねごどやー」といいました。…というたぶんだいたいそういう意味。

普通にね、巷にあふれる「お教室」ってだいたい指ばっか見てるように、ぼく思うんですよね。んなもんどっちでもいいじゃないか。月を見ようよ。

In other words, 「古人の跡を求むるなかれ、古人の求めたるところを求めよ」(芭蕉) とか、「叶うは良し、叶えたがるは悪し」(千利休)とかとか、もうなんでもいいけれど、ところで、エラそうな人たちのありがたいお言葉をしこたま引用したことでぼくがなんかいいこと言ってる気になった人いますか? もしいたら悪いことはいいません、ぼくのお弟子さんになってちょっと脳みそ入れ替えましょう。心配です。

というわけで、「ぬまの音楽教室」、お弟子さん募集中です。Don't think, feel!!
…あ、あと7月16日(土)に「ぬまの音楽教室」プレゼンツ、ぼくの心の師、元「たま」のランニングの人・石川浩司ビッグ☆ディナーショー@金魚(山形市七日町)やります。来てね。
(https://www.facebook.com/events/1787138001572038/)

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プロフィール ぬまのひろし
1983年、新庄市生まれ。貧困などをテーマにした「持たざる者のためのデザイン」を標榜し実践。新庄を拠点に“カナリヤ”活動を各方面で繰り広げる。無職。

エスプラネットな日々 ~ イツッキー(齋宮征博) ~

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3月末にラジオロイドを卒業し、競馬で飯を食っていこうと思い立ったが岩田康誠を過剰に信頼する病にかかり、やむなく断念。

2014年10月より、酒田市中町にアニソンDJ’s BAR「S-Planet」をオープンし生活していくことになりました。もともと私が東京から酒田に移住した目的は、酒田にサブカル文化(漫画・アニメ・ゲーム)を浸透させることで、アニソンDJイベント「アニソンクラウド」を開催し、酒田のオタク層のコミュニティを形成することだったので、もともとあったライブハウスが移転するため空いた場所でお店をしないかと声をかけていただいたのは本当にありがたかった。開店資金を貯めていなかったので、かなり勢いで決断したが、「アニソンクラウド」から支えてくれた仲間や関係者の方々に多大なるご協力をいただき開店することができた。

「S-Planet」の“S”は「サブカル」「庄内」「酒田」、そして私が酒田で生活を始めてから大変お世話になっており目標でもある「関さん」の“S”である。

この場所のスローガンは「さぁ、仲間に逢いにいこう!」。モンスターハンターで共に狩りをする仲間のように、同じ話題や好きなことを共有し過ごしていただく、サブカル好きの集まる場所として日々ゆるゆると営業している。

DJ’s BARなので、DJ設備完備、漫画にゲーム、インターネットと、お客さんからは「まるで家のようで、過ごしやすい」と嬉しいコメントをいただいた。それもこれも「アニソンクラウド」やお店の音響、設備担当「富竹」のDIYの賜物であり、感謝してもしきれない。
普段の営業は、DJ練習をするお客さんやゲームソフトを持参して黙々とプレイするお客さん、常連さん同士で次回はどこのイベントに行くなど情報交換を行いながら時間が過ぎていく。

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もとがライブハウスであったため、大音量で行うイベントには力をいれており、アニソンDJイベント「アニソンクラウド」は当店のメインイベント。アニソン、ゲーソン、ボカロなどガッツリかけてヘトヘトになるまでお客さんとパーティタイムで楽しむ。最近はハード系のDJイベントも行っており、酒田ではなかなかない空気感をかもしだしている。他にも月1のレギュラーイベントで、テーマ毎にDJが選曲するイベントやロボットモノオンリーのDJイベントなどなど、クラブのようなDJイベントもさることながら、「S-Planet」特有のイベントとしての代表格は、2回まで行ってきた「ご飯はおかずNIGHT」。ひたすら米を炊き、お客さんが持ち寄った自慢の手料理を食していくイベントで、20人位のお客さんで米の量は50合を越える。普段はそんなに食べない人でも、その日だけはあり得ない量を食べるから不思議だ。女の子が恥ずかしそうに持ってきたおかずは、内容よりもそれだけで最高のスパイスである。きっと海原雄山も大満足であろう。そして私自身もその世界観に圧倒された「ファンタジー酒場」、まるでRPGの世界のようなファンタジーの衣装に身を包み、その異世界観を楽しむイベントで、この雰囲気はなかなか味わえないものであった。レギュラーイベントとしてひたすら黙々とプラモデルをつくるイベント「エスプラモ」、『アイドルマスター』のアイドルたちの生誕祭もかかせない。

これまでもこれからも「S-Planet」に行けばなにか面白いことが行われている。同じ志の仲間に逢える。酒田がサブカルの町となる礎になれるように日々精進していきたい。

何かをつくりあげる喜びを感じつつ、「S-Planet」での日々はゆるやかに過ぎていくのである。
一度遊びに来ていただきたい!

●アニソンDJ’s BAR「S-Planet」
酒田市中町2丁目5-31 酒田駐車ビル2F
月~金19:00~24:00  土19:00~2:00  日曜 定休日
エントランス 1,000円(2ドリンク)


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プロフィール 齋宮征博(イツッキー)
アニソンDJ’s BAR「S-Planet」オーナー、アニソンDJ、元ラジオリポーター、諸々修行中。外食に行っても味わって食べないため、食事が5分で終わってしまうのが悩みです。

穴だらけの道を 道草しながら歩こう

■はじめに

「アートロードの活動って、なんか『穴だらけ』だね。」

メンバーが放った何気ない一言。他のメンバーたちは「そうだね~」なんて言いながらワハハと笑い合っている。

さて、みなさん。こんな状態の私たちをどう思いますか?

「オイオイ、地域で活動するんだろう? こんなんで大丈夫なの?」

そう思ったそこのアタナ!

「じゃあ、一緒に活動してみませんか?」(ニヤリ)


■まとめきれない活動

天童アートロードプロジェクト(以下、アートロード)では、立場や世代が異なる人たちが出会い、地域のさまざまな価値観にふれることができる場をつくることを目的に2012年から活動を行っている。

コアメンバーは、20代から30代の若手アーティストたち。日中はそれぞれ仕事をしているが、月に2、3回はふらふらと集まり、「太る~」とか言いながらお菓子をぱくついている、じゃなくて、遅くまで話し合いを行っている。こうして地道に計画を立て、地域の魅力をさがしだすアートワークショップを開催したり、天童市美術館で1年に一度の「展覧会」を行ったりしている。

一般的に、NPO団体や地域活動団体は「誰が」、「誰のために」、「何をするか」ということを明確にする。それは地域の方に活動を理解してもらうために大切なことだ。活動がスタートしたばかりのころ、アートロードでもそれらを考えようとしたが、これがなかなかまとまらない。大きな目的はまとまっても、具体的な目標になると、「あれもこれも大事だよね」となり、決めきれない状態のまま活動している。当初は、目標を明確にできないことへの悔しさから、話し合いのたびに泣いていた(私だけ)。だが、毎年こうなるということは、この状態には、アートロードにとって重要な考えかたが含まれていると思うしかなくなってくるのだ。


■まとめきれない活動が生まれるようす

では、どのように活動がまとめきれなくなるのか、ちょっとのぞいてみよう。

まず、「誰が」という視点で考えてみる。メンバーは若手アーティスト、商店経営者、お寺の坊守、会社員、二児の母と職種も年齢もバラバラだ。共通点としては、日々の生活の中で自分の好きなことやできることを深めたり、それらを活かして周囲の人の人に刺激を与えたりし続けているということ。私たちは、このようなメンバーをひっくるめ“たがやす人”と呼んでいる。おぉ、「だれが」についてはまとまっているようだ。

では次に、「誰のために」という視点。年に一度開催する美術館での「展覧会」については、若手アーティストが「アートに関心のない人にも見てもらいたい。でも、専門性をもった人に見てもらいたい。」とワガママを言いだす。また、他のメンバーは「今までは趣味でつくっていたけど、知人以外の人からの感想がほしい。」とか、「自分の地元の地域の歴史を紹介したい。」と、全員が違う意見を同時に述べている。聖徳太子だったら全員の意見を聞きわけてうまくまとめるのだろうけど、私たちの場合は、ひとりひとりの意見を必死に聞いてそれぞれの考えに納得してしまう。その結果、「老若男女、いろんな人に見てもらおう!」というおおざっぱなまとめかたになるのだ。

おおざっぱになるのは、きっと「何をするか」が決まってないからだ。「展覧会」では、ひとりひとりの日々の活動をありのまま来場者に見てもらいたい。しかし、お寺の日々の活動を紹介するブースと、若手アーティストが試行錯誤して描いた1枚の絵画、まったく違う道のりを経て生まれた「作品」の魅力を紹介するにはどうしたらいいのだろう。「分けて展示する?」、「いや、道のりは違っても制作者の日常の中から生まれたことに変わりない。」など、またぐちゃぐちゃと考える。その結果、作品が美しく配置された通常の展覧会からは大きく外れ、異なるジャンルの「作品」が隣り合い、子どもの落書きもアーティストの絵画も同じ扱いで展示されるという、オモチャ箱をひっくり返したような「展覧会」ができあがるのだ。



■穴だらけの道を道草しながら歩き続ける活動

 ふりかえってみると、かなり混沌とした現場だ。きっと初めて読む人は「面倒くさい団体だ。」と引いているんじゃないだろうか…。だが、そんな中でも見えてきたことがある! アートロードでは、ひとりひとりの価値観がそのまま共存できる場をつくりたいという想いを基盤にしているということだ。

私たちがなぜ、活動の目標を明確にすることを迷い続けるのか。目標を明確にすることは、見る人にとってはわかりやすいかもしれないが、個々の考えかたが見えなくなってしまうことでもある。つまり、考えかたを1つに集約してしまうこと、自分と異なる考えかたを排除してしまうこと、自分たちの考えかたを「正しい」と押しつけてしまうことへの疑問と不安があるのだ。これは、自分たちが地域の中で「マイノリティー」だからそう思うのかもしれない。(このことについては『まどあかり』2015春号をご覧ください。)
 アートロードでは、自分とは違う考えかたの人と出会い、立ち止まって考えたり、当初とは異なる方向に進んだりする。一見、無駄な時間に見えるが、そこには自分の知らない新しいものに出会えるというスリリングさ、面白さがあるのだ。それは、絵にすると「穴だらけの道を道草しながら歩いていく」ようなイメージなのだ。

「穴だらけ」だからこそ、さまざまな考えかたの人に関わってもらいながら道をつくることができる、そんな面白さをこれからももち続けていきたい。
 

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プロフィール 

イシザワエリ
身近な素材を活用して子どもから大人まで気軽に参加できるアートワークショップを企画しています。アートロードの活動に参加してから、地域の工場を見学して廃材をいただくのがクセになってきました。さぁ、何つくろう。

facebook 「天童アートロードプロジェクト」で検索
blog   「イシザワエリの活動日記」
http://ishizawasaketen.blog74.fc2.com/

考えすぎた。 ~ぬまのひろし (無職)~

ぬまのさん

――後ろからきたチャリが二度ベルを鳴らし、地獄に落ちろと僕は退く。
そんな季節がやってきました。春ですね。みなさま、いかがお過ごしでしょうか。

地獄ってありますね、地獄。古今東西、人びとがあらん限りの創造力で練りあげ受け継がれてきた数多の地獄像がそりゃもう挙げればキリがないほどにありまして、あれらすべてが今生で報われなかった人びとの恨みの集合体と思えば、なるほど人間というものは大昔から他の人間からの暴力や抑圧の理不尽に屈服し続けてきたのであろうな、僕らのご先祖さまたちは誰かを憎んで生きてきたのであろうな、それにしても種類多すぎるだろスケールでかすぎるだろ、必死か。プフフ。と、考えるほどにいとをかしですね。
こんにちは。ぬまのひろしと申します。過去数回にわたって寄稿させていただきましたとおり、現在も無職のまま自ら身を挺して人びとの幸せのハードルを下げる「カナリヤ」を自任して活動しております。
以前の原稿で、たとえとはいえ生意気にも地蔵菩薩までひっぱりだした僕ですが、冒頭のチャリのような理不尽でぶっきらぼうな権力行使にさらされると、一瞬本気で地獄に落ちろと思ってしまいます。

「邪魔だ。」 「どけ。」 「さもなくば轢く。」

「チリンチリン」

おまえはラオウか。覇道を歩んでんのか。「は‐どう〔‐ダウ〕【覇道】 儒教の政治理念で、武力や権謀をもって支配・統治すること。⇔王道。」
チャリのおばさんは、鉄の塊(チャリ)の武力を背景に、まさに退かぬ、媚びぬ、省みぬの精神で他者を蹴散らしながら日々チャリを走らすのであろう。自分より強いクルマさまには道を譲ったりしながら、弱いと見定めた相手をのみ虐げるのであろう。それはおそらくチャリ運転時だけではないであろう。労働、貨幣取引、育児、人づきあい等、まさに人生全般においてそうなのであろう。もちろん悪気はないのであろう。つまり無自覚に暴力を行使し、あるいは行使され、憎しみをおしつけあうかのような関係を他者と築くのであろう。きっと彼女は憎しみに満ちたそれを「社会」や「世間」や「常識」と呼ぶのであろう。おのれ地獄の申し子チャリおばさん、地獄に落ちろチャリおばさん。俺と人類のために。(←チリンチリン鳴らされただけ。ええ。どきました。)

腹いせにここまで考えてしまって、僕はすわ愕然としました。だってみんなそうだよね、と。地獄に落ちろと思った僕のもつ地獄のイメージそのものが、遺伝子レベルで受け継がれてきた集合的な憎しみなのではないだろうか。それが人ということならば俺何やってんだろうかと、敵の底知れぬ巨大さにあらためて恐れおののいてしまいました。
あれ以来、100年位前の人の一編の詩が頭の中をグリグリしています。

ココアのひと匙
石川啄木
われは知る、テロリストの
かなしき心を
言葉とおこなひとを分ちがたき
ただひとつの心を、
奪はれたる言葉のかはりに
おこなひをもて語らんとする心を、
われとわがからだを敵に擲げつくる心を
しかして、そは真面目にして熱心なる人の常に有つかなしみなり

はてしなき議論の後の
冷めたるココアのひと匙を啜りて、
そのうすにがき舌触りに
われは知る、テロリストの
かなしき、かなしき心を。

 『啄木詩集』から

…だからなんだというわけではないんですけどね。
僕は無職です。ゴミで楽器をつくったり、それを人に教えたり、頭悪い道具をつくったり、人並みはずれて毛深い友人と遊んだり、ミュージシャンと呼ぶ人もいたり、アーティストと呼ぶ人もいたり、クズと呼ぶ人もいたり。クズです。クズですがクズのまま、家庭を築いて子どもを育て、山形で生きていこうと思います。 弱い順に虐げられていくのが人類社会かもしれませんが、山形でクズがクズのまま、けっこう幸せに暮らしているということがそのうち誰かのハードルを下げることができればいいな、なんて思ってます。お邪魔かもしれませんが生きさせてくださいね。
あと、後ろからチリンチリン鳴らすな、テロすんぞ。 (了)


ぬまのさん

■http://swampmannumano.tumblr.com/

ぬまのさん3

命を守る ~堀 仁美 (NPO法人With優 若者支援専門員)~

うぃずゆう
With優の活動風景

東日本を襲った未曾有の震災から、早くも5年が過ぎました。今年も東北を中心に様々な追悼のイベントが催され、たくさんの人が震災で失われた尊い命を悼みました。一方で、世間では子ども・若者たちが自ら死を選んでしまったという悲しい報道が後を絶ちません。大きな悲しみをこえ、私たちはどうやって生きていけばよいのか、考える時期に来ているのかもしれません。

震災から間もなく1年が経とうかという冬の日、私の大切な従弟が中学2年という若さで自らこの世を去りました。運動が得意ではなかったけれど、父親と同じ部活動で一生懸命がんばっていた彼。お菓子やパンづくりが得意で、とても優しい心をもった男の子でした。最初はうけいれることができず、冷たくなった彼の身体に触れることもできませんでしたし、何故? どうして? という思いでいっぱいでした。学校の先生から、彼がいじめられていたかもしれないこと、時おり保健室に行き「死にたい」と漏らしていたことを聞いたのは、その数日後でした。

自ら死を選ぶ子どもたち。大人は「どうして相談してくれなかったのか。つらいのは今だけだっただろうに。もう少し我慢してくれていれば」と思ってしまいがちです。でも、本当にそうでしょうか。その瞬間を想像してみたことはありますか。どんなに怖く、勇気のいる選択だったでしょうか。家族や周りの大人たちにも心配をかけまいと、たったひとりでどれだけ長く苦しんできたのか。その苦しみから逃れる方法として、「死」を選ぶことしかできない子どもたちの葛藤はどれほどのものだったでしょう。周りの大人は、その苦しみから救ってやれなかった自分たちを責めこそすれ、ようやく苦しみから解放された子どもたちを責めることなどできないはずです。

では、子どもたちを救うために、私たちにはどんなことができるでしょうか。私はふたつの方法があると考えています。ひとつは、苦しんでいることに気づき、声をかけてあげること。もうひとつは、「死」以外の選択肢があるのだと、子どもたちにきちんと教えてあげることです。

子どもたちは、人間関係や勉強、進路…たくさんのことで悩み、苦しんでいます。心配をかけたくない、迷惑になりたくない、そんな思いで誰にも悩みをうちあけられず、ひとりで苦しんでいる子どもたちがきっといるはずです。だけど、本当は助けてほしいんです。たった一言、「大丈夫?」「しんどくない?」「いつでも話を聞くからね」と声をかけてもらえるだけで、心に抱えていた荷物をすっとおろすことができるのだと思います。気づいてくれている人の存在は、それだけで子どもたちの支えになります。どんなに忙しくても、子どもたちと向きあい目を配ることを大事にしたいと思います。
もうひとつ大切なのは、子どもたちにいろいろな選択肢を教えてあげることです。我慢すること、逃げずに戦うことを学ぶのも大事なことですが、何よりも大事なのは生きることです。どうしようもないほど苦しかったら、学校に行かなくても(来なくても)いい、転校することだってできる、逃げてもいいから命を大切にしてほしいということを一番に教えてあげてほしいと思います。子どもたちにとっては、学校と家庭が二大コミュニティです。それ以外の選択肢を知らない、あるいはそれ以外の選択肢は選べないと思っている子どもたちも多いのではないでしょうか。だからこそ、私たち大人は子どもたちを守ってあげる必要があるのだと思っています。

次代を担う子どもたちの尊い命。苦しむ子どもたちが少しでも早く笑顔になれるよう、私たちの力で守れる命は、全力で守り抜きたいと思います。

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プロフィール
堀 仁美(ほり ひとみ)
NPO法人With優 若者支援専門員。山形大学人文学部卒・
山形大学大学院社会文化システム研究科。酒田市出身。


人と会い、本当の話をしよう ~多田曜子(311ボラMeeting 代表)~



「被災地って、もう復興しているんでしょう?」
「被災した人たちって、たくさんお金もらっていいわよね。」

震災支援を始めて3年がたったある日、知りあいからこんな言葉を言われてはっとしました。
死者数、行方不明者数、義援金の有無――。「震災のこと、知っているよ」「被災者のこと、わかっているよ」と言う人びとの口からは、どこかの文字をただ読みあげただけのような情報が飛びだしてくる。
被災地の友人や、避難者の知り合いからは、未だに解決されていない問題や、声が、たくさん聞こえていました。復興まではほど遠い。お金も十分にもらえる人なんて一握り、もらえなかったり、苦しい生活をおくったりしている人、複雑な思いを抱えている人だってたくさんいるのに。

“届いていない…。”

世の中はテレビや新聞、インターネットでどこでも情報が得られると思っていたけれど、被災地のこんな近くでさえ、何か、大事なものが届いていないことに気がつきました。さまざまなメディア媒体があることが、「わざわざ聞かなくても知っているよ。」という風潮をつくりだし、より理解を遅らせているようにも感じました。

「何だか、震災も原発事故も、山形ではすっかりなかったみたいだよね」と、福島から来た友人が、苦笑いをして言っていたのを思い出しました。

“自分だけが状況を知っているだけでは、まわりは変わっていかないんだ。”

無我夢中で目の前のことをやって来たつもりだったけれど、そんなことに、ようやく気がついたときでした。では、この違和感を、どうすればいいんだろう? 被害のある場所へみんなが行ければ、震災を実感するにはそれがよい。でも行ける人、行けない人がいる。悶々と考える日々を過ごして、たどり着いた答えはとてもシンプルなものでした。

「もっと人と人が会い、本当の話ができる場をつくろう。」

被災を体験していない私がなぜ、関わりたいと思うようになったのか。それは、体験者が語ってくれた数々の本当の体験の話からでした。新聞やテレビを介さない、目の前に実在する人物が、自分の経験をぶつけてくる。まぎれもなく、これは現実におきていることだ、と実感できる時間の積み重ねがあったからだと思ったのです。

たださん

たださん2


そうして、震災から3年が過ぎたあるとき、信頼できる友人たちに声をかけ、震災を話しあう会の企画が始まりました。「311ミーティング」(2014年度は「311ボランティアミーティング」)と題した会では、震災をテーマにした映画上映をとりいれたり、被災を経験した人や支援活動を行う人を呼んでのゲストトークで、これまでの体験や被災地の現状を話してもらったりしました。また参加者も、そこで生まれた疑問や気づきに発展が生まれるように、参加者どうし、震災後感じたことを話しあう時間をとりいれました。

被災を経験した人に、実際に自分のつらかった時期の話をしてもらうことに、最初はとてもためらいました。「閉じかけた傷を、もう一度開かせるようなものだ」と、批判を受けたこともあります。けれどその中で、「やっぱり伝えたい」と賛同してくれた方がたと協力して生まれた直接の対話には、メディアでは伝えられない「リアル感」があり、そこでは、二次的な「体感」が生まれました。

これまでボランティア活動で知りあった人たちや、被災地にはいろんな事情で行けないけど、今の状況が気になっているという人が、徐々に集まってくれるようになりました。
2014年度は6回開催し延べ151名、先日行ったミーティング(2016年3月5日)では、一度で40名の参加者がありました。

「生の声を聞けたことが、本当に貴重な体験でした。」
「いろんな実感がわきました。これからの行動につなげていきたいと思います。」

たださん3


被災を経験した人の話を聞き、語りあう会は、貴重な「体験」だったと、参加者から多くの声が届きました。
見た、聞いた、触れた――いろんな感覚がある中で、五感をフルに使う「体験」は、記憶に深く残る。そしてそこから自分で導き出した答えは、自身のこころへと深く残っていくのです。

2016年3月。震災から丸5年の月日がたちました。
時間の経過は、人びとの記憶を薄めていきます。人びとにとって、悲しい記憶は、もしかすると消えていった方が生きていきやすいのかもしれません。
けれど、二度と悲しい歴史が増えていかないように、過去の記憶から学びをえて、大事なものを残し、未来への糧にしていくこともできるのです。過去をふりかえり、現在の状況とつなげ、時間軸の先に見える未来に、過去から学んだ知恵をより多く残していけるなら、過去、そして現在からより多くの「体験」を通して、多くの人にも学んでほしい。
記憶を残し、前に進むためのあらゆる手段の中で、このミーティングが、そのひとつになればいい。震災から5年、幾度かのミーティング開催を通して、そんなことを願いました。

最後に、ミーティングにご参加いただいたみなさま、そしてこの企画に賛同し、協力してくれたたくさんの友人や家族、同僚、ゲストの方がた、市民活動の先輩がたへ、感謝をこめて。   (了)

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プロフィール
多田曜子(ただようこ)

中国・アメリカへ留学後、会
会社員、アパレル販売員を経
て、2011年の東日本大震災を
きっかけに避難所・被災地ボ
ランティア活動を始める。
2011年8月から「復興ボラ
ンティア支援センターやまが
た」に勤務。
311ボラMeeting」代表。

農的暮らし研究所プレゼンツ 心地よい 持続可能な関係づくりを気楽にはじめるために ~こまつかおる (農的暮らし研究所)~

のうてき

1.私の連載のまとめ
この一年を通して、私からみなさんへ一歩踏み出すことからはじまる持続可能な関係づくりについてお話してきました。
1回目は、コミュニケーション術について。今まで人づきあいが苦手だった私が「自分の住みやすい環境をつくるため」に自分の意識を変化させ、気持ちよくやりとりするためのコミュニケーション術や友だちが実践しているコミュニケーション術をご紹介しました。
2回目は、スーパーカブという乗りものについて。この回では、スーパーカブという低燃費で丈夫なバイクを通して、エネルギーの有効活用やスローな生きかた、暮らしかた、働きかた、世代間交流などのお話をしました。
3回目は、ポッドラック(持ち寄りパーティー)という共有スペースについて。ポッドラックの参考例(山形名物ひっぱりうどん、ミニシアターお話し会)を通して、仲間との親睦の深めかたやウォームシェア、意識の共有スペース、住み開き、会場づくりについて提案しましたよね。(※読んでない号がある人は「ぷらほ」に問いあわせしてみてください。)

2.どれか、実践できましたか?
この中から、ひとつでもやってみたものはありますか? 「う~ん」と苦笑いしている人が何人かいるんじゃないでしょうか(笑)。
みなさん、心配しないでください。やってなくても、気にすることはありません。それは、一歩を踏み出すことが難しいもの、やったことがないものばかりだったから仕方ないことです。この提案を実践できた人はすでに活動を始めている仲間や気のあう仲間に恵まれている人、またはとっても勇気のある人だと思います。
実践してみてよかったでしょ? 今回はやろうとイメージしているけれどまだできていないんだよなぁ~と思っている人や、できないよ~と思っている人へ、私からもう少し実践しやすくするお話をしますね。

3.いきなり全力疾走しないで一歩一歩進むイメージをもとう!
実践してみるのが後回しになっている人の中には、地域に飛び出してみるのが恥ずかしいとか、誰かとお話しすると緊張してしまうという人が特に多いかと思います。
そのようなときは、まず「自分がこの世の中でいちばん話しやすい人」と思っている人に自分の思いを伝えてみましょう。友だちでなくてもお母さんやおばあちゃんでもOKです。そして、難しい言葉を暗唱するようなものではなく、自分が理解した自分の言葉で、こころを込めて語ってみましょう。
それができるようになったら、小さなグループ → 大きなグループと進んでいけばいいだけです。いきなり、ぶっつけ本番や大人数の前、難しいやりかたにチャレンジせず、自分のペースで成功体験を積み重ねていくことが何よりも自分を成長させてくれます。

4.最後に
グループでとりくめるようになったら、無理をしないことも大切。「やりたい人が、やりたいときにやれるだけやる。いつ手放してもいいぐらいの気持ちでとりくむ」という姿勢でいきましょう。重荷になってネガティブイメージが出てきたら、仕切り直してそれぞれが「どうなりたいか」をふりかえり、気持ちの共有をしていけばOKです。
常に明るいビジョンを描きつつ、身のまわりの課題を自分たちなりに考え、心地のよい環境に整えていきましょう。自分たちの心が健やかで、気持ちいい配慮をもった関係で歩んでいけたら素晴らしいですね! この言葉が誰か一人にでも響いて、実践してもらえたら、私はとっても嬉しいです。  (了)

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プロフィール こまつかおる
1980年生まれ。庄内町出身。2007年より、夫婦で個人的に酒田市中山間の集落へ入り農業や里山暮らしの情報収集と情報発信・グリーンツーリズムを始める。3.11以降、パーマカルチャーと出会い自然に配慮した暮らしのワークショップなどを開催している。「農的暮らし研究所」主宰。

「アマノジャク」は、損か、得か ~花屋伸悟~

今回が最後の寄稿となるので、自分の文章が載っている『まどあかり』を全部読み返してみました。すると、『まどあかり』がもっている雰囲気とはまったく違う文章ばかりを書いたものだなぁと。我ながら、相変わらず空気が読めないヤツだなと思いました。当然、反省したところでもう遅いわけです。きっと、その雰囲気にあわせられるだけの器量が、私にはないのでしょうね。

 それに加えて、性格がどうも「アマノジャク」なところがあり、『まどあかり』へ寄稿されているみなさんとは方向性の違う、いわば「空気の読めない」文章を書いてしまっているのは、こんな性格がまた影響してしまったのかな? と。

 無意識のうちに逆をとるこの性格は、例えばサッカーをしているとき、みんなが攻めているのに守備の位置どりをしていたり、みんな自陣にいるのに相手ゴールに単身で突っ込んでいったり(しかもシュートは超下手クソ)、みんな左サイドに集中しているのに誰もいない逆サイドに張っていたりと。実は、仕事もそんな感じ。いろんな意味で扱い難いべなぁ。

 そんな、ようわからん性格を肯定してくれる考えかたに出会ったのは大学のとき。こんな面倒な私をうけいれてくれる、とても器の大きな先生と出会い、彼の下で社会学なるものに足を踏みいれたときのこと。ゼミの必読書である『パラドックスの社会学』(新曜社、2005年)には、「アマノジャクの効用」(15頁)と題して論じているところがあり、これを読んだときといったら、まるで拘束されていた脳ミソが解放されたかのような感覚でした。それからというもの、頭をフル回転させるゼミの時間はとても有意義でした。

世の中で生きていくには、長いモノに巻かれた方が絶対にラクなわけです。例えば、「地域にはヨソ者・ワカ者・バカ者の視点が必要だ」といったことをおっしゃる方々がいますが、「地方のすべての地域がそうとは限らないんでない? 場合によっちゃあ地域の中で培われて来たことが死に絶えてしまうゾ? それでもいいんだがッス?」と思ってしまうのです。こんな「アマノジャク」な性格がいいことなのかどうなのかは、正直わかりません。

 そんなコトをたまにいってしまうからなのか、いろいろな人に「花屋さん、山形が大好きなんだね」と言われることがあるのですが、私はどうもこれまた逆で、実のところ、そこまで山形を愛してなどいません。生まれてこの方、生活の拠点を県外に置いたことはないものの、上山の高校に通学し、酒田で生活していた時期があったためか、客観的に山形を見たときに、「めんどくせぇっ!」って思うことの方が多い気がします。かといって、あらゆる人に対して斜に構えているかというと、そうでもない。というのは、好きか嫌いかを通りこして、文句をいいながらも目の前のことにとりくんでいる人たちのような、自分の都合でだけ行動していない、酸いも甘いも経験している人たちと話していると、彼らの言葉には実(じつ)があり、そうしているうちに、不思議と彼らに尊敬と信頼を寄せてしまうのです。自分が、都合よく生きているが故に、なおさら。この辺もまた、時代の流れからすると「アマノジャク」ですかね。

と、結局また、当初課せられた「NPO全般についてのこと」なるテーマから脱線してしまいました。編集長さま、最後の最後まで、ごめんなさい。

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■プロフィール 花屋伸悟 (はなやしんご)
1984年、山形市生まれ。東北公益文科大学卒業後、フリーで多様な業界を経験。また、地元の気のあう仲間同士でグループをつくり、さまざまなアクティビティをしている。NPO・市民活動には3.11を機に深く関わるようになり、現在の本職はNPO中間支援。山形市在住。

アートが開く もうひとつの可能性 山田正一郎(夜間美術大学 主宰)~

夜間美術大学では、昨年(2015年)12月2日に、美術作家・池田剛介の、WEBサイト・マッドシティ(https://madcity.jp/)における連載「アートと地域の共生についてのノート」第1回&第2回をテキストに読書会を行いました。

テキストでは、文芸批評家スーザン・ソンタグの言葉を引用しつつ、社会問題の解決を目指して社会に働きかけを行う「アクティヴィズム」は物事を単純化して捉える傾向があり、それとは逆に、アートは物事の本来の複雑さや多元性をそのまま扱う、という区別がなされています。
近年のリレーショナル・アート(作品の内容よりもその場における人びとの関係性を重視する)などの活動では、人と人の関係の構築や地域活性化などが目的とされているが、そのような場合、アート本来の複雑さを包含したありかたが見失われがちになっているのではないか、ということがテキストでは問題にされています。
種々の社会問題に対していかにアートがその本来の特質を残しつつ関与しうるのか、という観点からこのテキストに関心をもちました。

○アクティヴィズムで単純化がおこるのはなぜか?
・社会運動は人数が多いほど力も大きくなる。人を多く集めるためにいろんな人が一致できるスローガンにする必要がある。
・一方で、最近の社会運動は多様性を包含している。安保法制の成立に反対する国会前の集会では、いろんな立場の人が混在していた。

○アートと善悪
・なんでも捉えようによっては「アート」と言えてしまう。911のテロによる貿易センタービルの崩壊について「美しい」とあえて言った意見を聞いたとき怖いと感じた。
・テロの後、愛国心が強まるなか、全体主義的な雰囲気に抗うために、あえてそういう発言をする人も必要なのかもしれない。

○共生のためのアート
・リレーショナル・アート → さまざまな人びとが排除される可能性。排除されるのはお金がない人。(お金がないため)忙しい人。
・共に生きるための新たな場をつくり出すものが表現ではないか。

***************

いま一度、上記のテキストについて説明するならば、タイトルからもわかるように、「共生」がテーマになっています。
リレーショナル・アートにおいて、作品が特定の場で人と人の「関係」をつくることを目的にしているのに対し、アクティヴィズムは、人と人の「敵対」――意見のぶつかりあい――のなかからよりよい社会をつくり出していくことを目的としています。
著書はテキストで、その二つの方法とあわせて、それ以外に別の共生のありかたを、アートによって描けないのかを考察しています。
参加者からの発言で、全体主義的な風潮の中であえて人と違う意見を言うことも必要なのかもしれない、という意見を紹介しました。
経済的な格差の拡大により、寛容さの消失、少数者への風当たりの強まり、全体主義についての懸念、が広がるなか、アートの、現実とは別の可能性をフィクショナルに示すことのできる側面はますます重要になりつつあるように思います。
スーザン・ソンタグは『この時代に思う テロへの眼差し』(NTT出版、2002年)のなかで、作家(※広くアーティストと捉えても間違いではないと思う)の使命を「精神的な死の状態」とたたかうことだ、と述べています。
ソンタグは20世紀に繰り返された戦争犯罪・人権侵害を念頭におきつつ、人間は「間違っていると知っていても、間違っていることをやってのける」(p.120)と述べ、「精神的な死の状態」が、そのような人間性を欠いた行いを為してしまう要因であることを示唆しています。
そうした状態に陥らないためには、「共同体の気楽な生活にたてつきながら毎日みずからの魂と、自己と自分の母語との関係を蘇生させる」(p.124)ことが必要で、そのためにはアートはとても優れた媒介ではないかと思います。

***************

短い文章のなかに自分のなかで未消化の難しい問題をつめこんだため、いろんな矛盾や盲点があると思います。もし可能ならば読んで感じたことなどをお伝えいただければ幸いです。
この『まどあかり』の紙面をお借りして、夜間美大の活動について一年間報告してきました。今後も引き続きアートの視点を通して社会に向きあい、みんなで学んでいきたいと思います。(了)


■プロフィール
山田正一郎(やまだしょういちろう)
東北芸術工科大学日本画専攻修了。 絵画制作の傍ら、アートと
社会の関係を考える「夜間美術大学」を主宰。


[アート篇] アートをめぐる人々の声の記録 山田正一郎(夜間美術大学 主宰)

前号では、「アートへの支援」をテーマにした7月と8月の勉強会の様子を紹介しました。

その後に行った9月29日の勉強会では、『アートプロジェクト:芸術と共創する社会』(水曜社、2014年)の第7章《企業×アートプロジェクト》内の対談「なぜアートプロジェクトの支援なのか」(加藤種男×北村智子、272〜292頁)をテキストに読書会を行いました。
テキストは、企業によるアート支援をメインテーマに、なぜ企業が文化芸術を支援するのか、まちにとってのアートプロジェクトの意義とはなにか、などが議論されています。以下に主なポイントを紹介します。


○工芸

・工芸作家の参加者 → ワークショップをする時のこだわり=絶対に使えるものを作ってもらいたい。日常のなかに持って帰り、身の回りに置いてもらうことで、自分で美しいものを発見できる美意識を持つきっかけにしてほしい。


○アートプロジェクトと地域

・アートプロジェクト → 地域の外から人を呼び込む観光資源としての側面が強い場合も。必ずしも地域の課題を解決するものにはならない。

・一方で、アーティストは地域のなかに入っていくことが上手。まちにとってのよそ者が、地元の人々と共に地域の課題の解決を目指すことは大切。


○アートがもたらすもの

・対談では、市民活動や住民自治の再構築の手段としてアートが捉えられているが、手段としてだけというのはさびしい。
・アートに関わることによって、自分を見つめる力が上がる。

そのような力は市民活動をするうえで必要。市民活動が活発になることで芸術的な活動も展開しやすくなる。


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夜間美大2



10月17日には、「夜間美大@ぷらフェス」が開催されました。

「夜間美大@ぷらフェス」は、「ぷらっとほーむ」主催の文化祭イベント「ぷらフェス」(会場:山形まなび館)のなかの一コマとして行われ、来場者の方とのやりとりの中から山形人にとっての「アート」とは何かを探ることを試みました(@交流ルーム1、下の写真)。
会場ではアンケートを用意し、様々な方からご協力いただきました。今後展示の企画などの参考にしていきたいと思います。
以下でアンケートの回答の一部を紹介します。

○アートにたいしてどんなイメージを持っていますか? もしくは、あなたにとってアートとはなんですか?

・他人に見せようとして作るのもアート。自分だけの満足のために作るのもアート。何がアートかは見た人が決めてくれる。(税理士/60代男性)

・自分の内面の状態を客観的に見られるもの。(療養中/30代女性)

○アートに対して求めるものはなんですか? もしくは、どんな展覧会やアートイベントに参加したいですか?

・絵画や工芸品など、分野を問わない展覧会があると色々な作品が見られて、よりアートを身近に感じられそう。(店員/20代女性)

・ハンドメイドのイベントを見に行くようにしている。


☆また、会場では、「古い着物をバッグにリメイクしている。観たり聴いたりするより自分で作る方が楽しい」という方や、「白鷹町に住んでいるので、近くにある白鷹町あゆーむによく行く。催し物をいつもやっているイメージがある」などのやりとりがありました。

来場者の多くは、それぞれ身近なものとしてアートを楽しんでいる印象を受けました。


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山形新聞(2015/3/25)によれば、2014年の山形県の調査では、文化芸術に対する県民意識が10年前に比べ大きく減退している状況が示されている、とされています。

自治体においては、より積極的な文化政策が今必要とされています。

一方で、近年では参加型のアートイベントが増え、社会のなかで「アート」の位置付けが変化しています。

また、スマートフォンなどの普及により音楽や映像作品などの視聴がより気軽に、断片的になり、若い世代など一部の人びとにとってアートは「鑑賞」するものというより、日常の一部になりつつあるように思います。

そうしたなかで、その人にとって「アート」とは何なのかを捉えようと常に努める必要性を感じます。

夜間美大3


また、交流ルーム9では、夜間美大メンバーの作品展示を行いました(上の写真)。出品者は、大沼洋美(写真)、町田至(彫刻)、山田正一郎(絵画)です。次回はもっと大きな作品も展示できたらいいなと思っています。

まちづくりは人づくり OGP-大石田元気プロジェクト-  代表 高橋陽介

たかはしようすけ

私たちは、「大石田の元気を新発見・再発見」をコンセプトに、2012年1月に地域おこしサークル「OGP -大石田元気プロジェクト-」を立ち上げ、食を通したまちづくりを行っています。大石田町の郷土料理「にぎりばっと」を復活させて、ご当地グルメとしてイベント出展を行い、大石田町のPR活動をやっています。

 立ち上げたきっかけは、2012年に私が初めて参加した山形県青年交流事業での出会いでした。私と同い年で、地元・最上町で活動していた彼は、地元の地域おこしのために音楽フェスを企画していました。その当時の私にとって彼の出会いの衝撃は大きく、「同じ年なのに、オレは何もやれてないな」と痛感しました。そこで、大石田町では、初となる地域おこし団体を立ち上げる決意をしました。
 初めは、大石田町には何があるだろうか?と地域資源を探すことから始めました。ある時、メンバーの1人が、母親から「昔、そばを丸めておつゆに入れて食べていた」と教えてもらいました。それをたどっていったら「にぎりばっと」に出会いました。それから、地元の80代のおばあちゃんから、にぎりばっとの由来と作り方を教わりました。
 「にぎりばっと」は、昔、麺にしたそばは献上品で庶民の人は食べれませんでした。それを庶民の人でもどうにかして食べようとして、にぎっておつゆの中に入れたのが由来です。にぎって指のあとをつけることと、ご法度がなまって合わさり、「にぎりばっと」となりました。
私たちは教えてもらった「にぎりばっと」を「大石田にぎりばっと」として、まちおこしをすることにしました。

イベントでの出展では、「大石田にぎりばっと部from OGP」として、野球部をモチーフに出展を行っています。私たちは、食を売っているわけではなく、地域を売っているということを大切にしています。あくまで、「大石田にぎりばっと」は、大石田町をPRするための1つのツールでしかありません。たくさんの方に、大石田町を知ってもらって、大石田町に来てもらうということが大事だと考えています。
そのために、最近はPRパフォーマンスにも力をいれています。パフォーマンスガールズ「すいか娘。」を結成しました。来場者に、そばはもちろん、スイカの名産地・大石田町をさらに知ってもらえれば嬉しいです。
 さらに今年、「大石田にぎりばっと」の紙芝居を東北芸術工科大学の学生から製作してもらい完成しました。町内のお店や保育園で読み聞かせを行っています。「大石田にぎりばっと」の歴史をたくさんの方々、次の世代に繋げていきたいです。

 昨年から地元に根ざした活動として、「大石田そばシリーズ」を開催しています。町内外の親子を対象に、そばの種まきから刈り取り、そば打ちとにぎりばっと講習会を行うそばの栽培イベントです。そばの栽培だけでなく、陶芸教室や染色染め体験などプラスαがあり、参加者に楽しんでもらえる内容にしています。大石田町のそばの在来種「来迎寺在来」の伝承と、世代間の交流、大石田ファンの開拓をテーマにし、昨年度やまがた若者チャレンジ事業の採択を受けて開催し、今年で2年目になります。
 この事業では、社会福祉協議会、次年子窯、北村山高校家庭クラブ、そば道楽の会とさまざまな団体と連携しています。特に、北村山高校家庭クラブ・そばガールズは、スタッフとしても関わってくれています。

にぎりばっと

まちづくりは人づくりです。高校卒業後、大学に進学して地元を離れてしまい、そのまま就職して地元に帰ってこないことが多いです。学生時代にいろんな人達と出会って、地域での楽しい体験をしたことがきっかけとなり、まちづくりに興味を持ち参加してくれる人を増やしたいと考えています。そういった子が一度地元を離れたとしても、山形には何にもないではなく、これがある! おもしろい人達がいる、と言ってほしいです。将来、Uターンするきっかけとなってくれたら嬉しいです。
「こうなったらいいなぁ」「こんなのあったらいいなぁ」とよく聞きますが、そういった理想は思っているだけでは叶いません。理想を叶えるためには、自分で行動するのが一番の近道です。一歩を踏み出すことは不安も多いけどその一歩を踏み出すと自分の世界が変わっていきます。仲間ができます。自分だけだとできないことも仲間がいると実現できます。最初の一歩を恐れず踏み出してほしいです。

 活動をやっていて、「いつまでやるの?」とまわりからよく聞かれます。まちづくり、地域活動に期限はないと考えています。ただ、始めるのが早いか遅いかだと思います。子どもができてPTA活動だったり、消防団として活動したりするのも立派な地域活動です。活動をやっていると、普段仕事をやっていて出会うことのない方々と出会えます。さまざまな活動や職業の方の話を聞いて関わることで、自分自身の視点や視野が広がっていきます。そして、いろいろな土地にたくさんの仲間が増えていきます。これから、たくさんの人たちにまちづくりの楽しきを伝え、まちづくりに参加する人を増やしていきたいです。
 人と人とのつながり、仲間はお金には変えられない財産です。これからゆく人たちにもお金じゃないたくさんの財産に出会ってほしいです。(了)

[置賜篇] 「With優フェス」開催! 堀 仁美 (NPO法人With優 若者支援専門員)

with優ふぇす


少し前の話になってしまうのですが、今年With優では、初めての文化祭「With優フェス」を開催しました。今回は、その時のお話をしてみたいと思います。


そもそもWith優で、なぜ文化祭をやったのか。まずは、そこを少しご説明します。

ことの始まりは2年前。With優で運営している「居酒屋 結」でトレーニングしていた若者の1人が、もともと音楽の道を目指していたという話を聞きました。彼は就職が決まり、「結」でのトレーニングを卒業。一緒に頑張ってきた仲間たちに、自身で作詞作曲した応援ソングを届けたいと言います。そこで初めて、「結」を会場に、ライブイベントを開催しました。その流れで、翌年もライブイベントを開催することになります。その時は「結」の近くにあるライブバーを貸し切り、彼だけでなく、フリースクールの生徒1名とサポートステーションの利用者1名も弾き語りを披露してくれました。そのライブイベントの延長が、今回の「With優フェス」です。

With優フェス」は、フリースクール卒業生によるトークセッションと、生徒・利用者によるステージ発表の2部構成で行いました。また、ステージ発表のほかに、利用者が作った雑貨やアクセサリーの展示・販売もしました。With優関係者にしか広報しませんでしたが、出演・出展は全部で30名ほどになり、100名近くの方が遊びに来てくれました。


今回の「With優フェス」を企画・運営してみて、自分を表現したい・見て欲しい・知って欲しいという若者の多さに驚かされました。特に、今回参加してくれた若者は、不登校だったり、引きこもりだったり、人間関係でうまくいかなかったり、仕事が続かなかったりと、何らかのつまづきを経験している人が多かっただけになおさらでした。

私自身、つまづきを経験している若者たちは人前に出ることを嫌がるのではないだろうかと、どこかで決めつけてしまっていたところがあったように思います。それは私だけでなく、なんとなく一般論として、そう感じている人が少なくないのではないでしょうか。
それはどうやら、全く逆だったようでした。確かに、With優で関わる若者の中には、学校や家庭、職場などで失敗経験を繰り返し、自信を持てなくなってしまったり、人前で自分を表現することに消極的になってしまったりしている人が多いように感じます。その一方で、そうした若者の多くが、自分の可能性や才能を発信でき、それを認めてもらえる場を求めているようでした。トークセッションの時、フリースクールを卒業した女の子が送ってくれたメッセージです。


これまでは、自分の狭い世界に閉じこもって、同じことでひたすら悩んでいました。

With優に来て、自分という存在を認めて、受け入れてもらえるということを知り、ずっと、満たされなかった思いが満たされたときから大きく変化しました。

自分が足を踏み出すか、踏み出さないか。失敗してもいいから挑戦しようと思えるか。

自分が今、生きているのは、これまで出会った方々のおかげです。人との出会い、そして、繋がりを大切に。


自分を表現したい、認めてもらいたい。誰もが持っていて当然の欲求ではありますが、With優で関わる若者たちもそうした思いを抱えているということを再認識できたことは、私にとって大きな気付きになりました。
安心できる居場所があり、失敗しても良い環境があり、頑張りを認めてくれる仲間がいること。それが、どんな若者にとっても大きな力になっていくのだと、この「With優フェス」を通して改めて感じています。それでも、今はまだそうした居場所や仲間に出会えていないという人も、きっといるのだと思います。みんなが誰かとつながって、ありのままの自分で、笑顔でいられる場所。1人でも多くの人が、そんな居場所を手に入れられるよう、活動を続けていきたいと思います。

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プロフィール
堀 仁美(ほり ひとみ)
NPO法人With優 若者支援専門員。山形大学人文学部卒・
山形大学大学院社会文化システム研究科。酒田市出身。

「人材」とは「人財」なんです。 花屋伸悟


私事なのですが、最近、NPOに絞って論を展開すると、何というか、窮屈さを覚えることがあります。もちろん、活動内容の特性から見ると、「市民活動」という点で他の領域とは別に捉えることができるのですが、NPOに集う「人」に焦点を絞ってみると、それは団体のミッションに共感・賛同して集まった人たちであること以外には、他の領域の人たちと何ら変わりない一市民であり、そんな彼らを特別視することは、偏見の様でどうも心苦しく思ってしまうからです。NPO法の施行から10数年が経ち、NPO・市民活動が私たちにとって身近な存在になってきたからこそ、それを分けて論じることが難しくなってきたのかもしれません。とは言え、その様にして身近になってきた、というのは、私は良いことだと思っています。

これはNPOに限ったことではないのですが、世の中というのはどうしても、新しい物事や変わった取り組みに注目が集まるものです。でも、それも社会を構成する要素の一つ。身近なところに目を向けてみると、既存の組織体に所属して、社会を支える一人として地道に目の前の事柄に取り組んでいる人々もまた、地域にとって何ものにも代え難い財産であり、私はそんな彼らの事も見落とさないで欲しいな、と思うことがあります。実際のところ、最近は公私ともに自分と同じ世代の人たちとやり取りをすることも増え、これから、彼らと何らかの形で仕事をして行く事が楽しみでもあります。とりわけ、NPOの領域において県内では、その構成員の高齢化を危惧する声が聞こえます。もちろん、中には解散という選択肢もある訳ですが、実際のところ、団体によっては階層はともあれ、若手の職員なり、メンバーはいるものです。願わくは、多世代が互いに尊重し合いながらより良きパートナーとして、将来へとつないで行って欲しいと思うのです。

NPO法人制度は、社員10名が必要で、しかも法人の認証を受けるまでに2ヶ月の縦覧――市民の目に触れる――期間があることなどから、設立までにとても面倒な法人形態である訳です。しかし、その向こう側には、「社会課題の解決のために市民参画が図られるよう、合意形成を大切にしてくださいね」というメッセージが込められていると、中間支援NPOの若手を対象にした研修で解説されたことがありました。

世の中キレイごとだけではやって行けないものですが、私たちNPOの領域では、特定の個人のための組織ではなく、そして、営利や政治といった既存の既得権益に囚われずに、あらゆる人々を尊重する中で合意形成を図り、市民からの信頼によって継続的に運営されていく。敢えて、そんなキレイごとを言い続けて行きたいものだなぁと思っています。


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p.s.
合意形成を図るための手法として、よく耳にするものに「ファシリテーション」がありますが、この他に「サーバントリーダーシップ」という概念もあります。ワタシはこの後者の方がシックリくるので、ご紹介まで。



■プロフィール 花屋伸悟 (はなやしんご)
1984年、山形市生まれ。東北公益文科大学卒業後、フリーで多様な業界を経験。また、地元の気のあう仲間同士でグループをつくり、さまざまなアクティビティをしている。NPO・市民活動には3.11を機に深く関わるようになり、現在の本職はNPO中間支援。山形市在住。

プロフィール

ぷらっとほーむ 「まどあかり」編集部

Author:ぷらっとほーむ 「まどあかり」編集部
山形市にある「NPOぷらっとほーむ」の〈若者の居場所づくり活動支援事業〉のブログです。
山形県内各地で活動している若者団体や個人のインタビュー、イベント情報や参加レポートなどを随時更新していきます。

2016年度の本事業は、〈一般財団法人 人間塾〉の助成を受けて取組んでいるものです。
〈一般財団法人 人間塾〉

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