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芋煮インティファーダ 〜 及び投石紐のつくりかた 〜

芋煮1


山形県民のみなさんこんにちは。芋、煮てますか? 芋煮は本当にいいものですね。
人を人たらしめるのに他に何が必要かと言わんばかりの、 芋、煮る。 という言葉。こんなシンプルで力強いパワー・ワードを、私たちは他に何個知っているでしょうか。
肉、焼く。男、殺す。女、攫う。石、投げる。…などに対する、芋、煮る。なんと平和な響きでしょう。 芋煮、それは平和。



えー、今回は石投げる話をします。

インティファーダというのをご存知でしょうか、イスラエル軍に対するパレスチナ人たちの自然発生的な抵抗のことです。何をするかというと石を投げまくるのですね。女子どもから大人までその辺の道を歩いてた人が戦車とかの重武装した軍隊に。
巨大なパワーが自分たちの生活や共同体を踏みつけようとするとき、人は古来より石を投げつけるものなのです。ゴリアテに対するダビデのように。もたざる者の最後の武器、というわけですな。

芋煮2


石、投げてやりたくありませんか?

ということで今回は、時速200 kmの石を200〜300メートル飛ばせる古代技術、バリアレスの投石紐のつくりかたをご紹介します。

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まず、固くしなやかなロープを長めに(2 m以上)用意します(①)。

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中央にS字をつくり(②)、このように(③④⑤)結んでいきます。

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もう一方も同じように(⑥⑦)結んでいくと、石を載せる部分の完成です(⑧)。

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そして次に、片方の端を8の字結びに(⑨⑩)、もう片方をもやい結び(⑪⑫)にすると完成。

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石を載せる部分が中心に来るよう調整してください(⑬)。

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芋煮3

もちかたはこう(⑭)で、こんな感じで投げます(⑮)。

戦後日本の体制が人間のひと世代を超えた今、法的規制や行政的慣例といったものが、それ以前からあった生活文化や伝統などと同格のふるまいをしつつあります。「蘇民祭は公然わいせつ罪」とか「路上喫煙は罰金」というように。もちろん現時点でも通常公共の場での焚き火は禁止ですね、私たちも今後いつまで家族で芋煮を囲むことをお目こぼししてもらえるものでしょうか。

「彼らが蘇民祭を攻撃したとき、私は声をあげなかった。私はふんどしを取らないから。
彼らが喫煙者を弾圧したとき、私は声をあげなかった。私はタバコを吸わないから。
彼らが芋煮会を根絶させようとしたとき、私のために声をあげる者は誰も残っていなかった。」
なんて未来がすぐそこに来ているのかもしれませんね。 でも、大丈夫。石ならそこら中に転がってますから。       (了)

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考えすぎた。 ~ぬまのひろし (無職)~

ぬまのさん

――後ろからきたチャリが二度ベルを鳴らし、地獄に落ちろと僕は退く。
そんな季節がやってきました。春ですね。みなさま、いかがお過ごしでしょうか。

地獄ってありますね、地獄。古今東西、人びとがあらん限りの創造力で練りあげ受け継がれてきた数多の地獄像がそりゃもう挙げればキリがないほどにありまして、あれらすべてが今生で報われなかった人びとの恨みの集合体と思えば、なるほど人間というものは大昔から他の人間からの暴力や抑圧の理不尽に屈服し続けてきたのであろうな、僕らのご先祖さまたちは誰かを憎んで生きてきたのであろうな、それにしても種類多すぎるだろスケールでかすぎるだろ、必死か。プフフ。と、考えるほどにいとをかしですね。
こんにちは。ぬまのひろしと申します。過去数回にわたって寄稿させていただきましたとおり、現在も無職のまま自ら身を挺して人びとの幸せのハードルを下げる「カナリヤ」を自任して活動しております。
以前の原稿で、たとえとはいえ生意気にも地蔵菩薩までひっぱりだした僕ですが、冒頭のチャリのような理不尽でぶっきらぼうな権力行使にさらされると、一瞬本気で地獄に落ちろと思ってしまいます。

「邪魔だ。」 「どけ。」 「さもなくば轢く。」

「チリンチリン」

おまえはラオウか。覇道を歩んでんのか。「は‐どう〔‐ダウ〕【覇道】 儒教の政治理念で、武力や権謀をもって支配・統治すること。⇔王道。」
チャリのおばさんは、鉄の塊(チャリ)の武力を背景に、まさに退かぬ、媚びぬ、省みぬの精神で他者を蹴散らしながら日々チャリを走らすのであろう。自分より強いクルマさまには道を譲ったりしながら、弱いと見定めた相手をのみ虐げるのであろう。それはおそらくチャリ運転時だけではないであろう。労働、貨幣取引、育児、人づきあい等、まさに人生全般においてそうなのであろう。もちろん悪気はないのであろう。つまり無自覚に暴力を行使し、あるいは行使され、憎しみをおしつけあうかのような関係を他者と築くのであろう。きっと彼女は憎しみに満ちたそれを「社会」や「世間」や「常識」と呼ぶのであろう。おのれ地獄の申し子チャリおばさん、地獄に落ちろチャリおばさん。俺と人類のために。(←チリンチリン鳴らされただけ。ええ。どきました。)

腹いせにここまで考えてしまって、僕はすわ愕然としました。だってみんなそうだよね、と。地獄に落ちろと思った僕のもつ地獄のイメージそのものが、遺伝子レベルで受け継がれてきた集合的な憎しみなのではないだろうか。それが人ということならば俺何やってんだろうかと、敵の底知れぬ巨大さにあらためて恐れおののいてしまいました。
あれ以来、100年位前の人の一編の詩が頭の中をグリグリしています。

ココアのひと匙
石川啄木
われは知る、テロリストの
かなしき心を
言葉とおこなひとを分ちがたき
ただひとつの心を、
奪はれたる言葉のかはりに
おこなひをもて語らんとする心を、
われとわがからだを敵に擲げつくる心を
しかして、そは真面目にして熱心なる人の常に有つかなしみなり

はてしなき議論の後の
冷めたるココアのひと匙を啜りて、
そのうすにがき舌触りに
われは知る、テロリストの
かなしき、かなしき心を。

 『啄木詩集』から

…だからなんだというわけではないんですけどね。
僕は無職です。ゴミで楽器をつくったり、それを人に教えたり、頭悪い道具をつくったり、人並みはずれて毛深い友人と遊んだり、ミュージシャンと呼ぶ人もいたり、アーティストと呼ぶ人もいたり、クズと呼ぶ人もいたり。クズです。クズですがクズのまま、家庭を築いて子どもを育て、山形で生きていこうと思います。 弱い順に虐げられていくのが人類社会かもしれませんが、山形でクズがクズのまま、けっこう幸せに暮らしているということがそのうち誰かのハードルを下げることができればいいな、なんて思ってます。お邪魔かもしれませんが生きさせてくださいね。
あと、後ろからチリンチリン鳴らすな、テロすんぞ。 (了)


ぬまのさん

■http://swampmannumano.tumblr.com/

ぬまのさん3

[最上篇]「みちのくスワンプマン」 プロジェクト 始動!の巻

ぬ
ぬまのひろし(無職)

「神は死んだ」とニーチェはいい、「ロックは死んだ」とジョニー・ロットンはいったそんな時代。
「ぬまの まだ生きてる」と皆に驚かれます。こんにちは。神でもロックでもない男、ぬまのひろしです。

前号に寄稿させていただいたとおり、相変わらずの無職。しかしありがたいことに、「カナリヤ(僕)を生きさせてくれ」と書いたところほんとに助けてくれる人たちが現れ始め、こうして生きて再び拙い筆をとらせていただくことになりました。ありがとう山形、いいところです。
先の寄稿では望外の反響をいただいたのですが、好き勝手書いたため結局自分が何してる人なのか述べないという暴挙に出てしまいました。反省してます。ので、今回少しは真っ当に書いてみることにします。各位、ナナメ読みのご用意を。
「ヌマノ音楽教室」というのが始まりました。
ゴミガラクタでつくられた現代民族楽器たちのお教室です。僕がつくったまだ名前もない子たちですが、そのぶんまだ正解のない楽器たち、歴史や伝統や常識で代入できない剥き出しの体験がそこにはあります。聞こえたままに、鳴るに任せて鳴らす己の身体の延長としての音。昔々あるところのおじいさんとおばあさんたちが紡ぎ出してきた「ソレ」らを今「民族音楽」と呼ぶのなら、僕らにも脈々と伝わる「コレ」もまた同じ。
芭蕉さんもいってました。「古人の跡を求めず、古人の求めしところを求めよ」って。後で勝手に人が名づけるであろう「コレ」、「現代民族音楽」とでも呼ぶべきモノの黎明にあなたも加わってみませんか?

お値段なんと5000円/月! 安い!
お弟子さんからは「楽しい!」「私にもあの曲が弾けた!」「音楽がわかった!」「金運があがった!」「ピーマン食べられた!」「クララが立った!」等々大変なご好評をいただいています!
(※あくまで体験者の個人的な感想です。)


ぬぬ

まあ、どうあがいても、はたから見たらただの「ゴミもってる人」ですよ。ええ。上等じゃないか。僕はゴミだし、どうせお前もゴミだろう。ゴミは唄うのだ。来たれゴミたち。

…えーと。話し変えます。
スワンプマンという思考実験があります。


ぬぬぬ


…(略)…スワンプマンとは沼(Swamp)の男(man)という意味の英語。
ある男がハイキングに出かける。道中、この男は不運にも沼のそばで、突然 雷に打たれて死んでしまう。そのとき、もうひとつ別の雷が、すぐそばの沼へと落ちた。なんという偶然か、この落雷は沼の汚泥と化学反応を引き起こし、死んだ男と全く同一、同質形状の生成物を生み出してしまう。
この落雷によって生まれた新しい存在のことを、スワンプマン(沼男)と言う。スワンプマンは原子レベルで、死ぬ直前の男と全く同一の構造を呈しており、見かけも全く同一である。もちろん脳の状態(落雷によって死んだ男の生前の脳の状態)も完全なるコピーであることから、記憶も知識も全く同一であるように見える。沼を後にしたスワンプマンは、死ぬ直前の男の姿でスタスタと街に帰っていく。そして死んだ男がかつて住んでいた部屋のドアを開け、死んだ男の家族に電話をし、死んだ男が読んでいた本の続きを読みふけりながら、眠りにつく。そして翌朝、死んだ男が通っていた職場へと出勤していく。           (以上wikipediaより転載)

“我とは何ぞや”という命題を問うスワンプマン。
スワンプマン=沼の男=ぬまのひろし!!

俺か!!!!
…ということで、始めました。「swampman」プロジェクト。

日々の暮らしに忙殺されて、自分が何者か忘れてしまうときがありませんか?
立ち止まって空を見上げたくなったそんなとき、「私は生きている」というために必要なものは、実はそんなに多くないのかもしれません。
“みちのくのスワンプマン”ことぬまのひろしがつくる、頭いいんだか頭悪いんだかわからない不思議なモノたち。
日々の暮らしにはほぼ確実に必要のないそんなモノたちを皆さんにお届けする「Swampman」プロジェクト。ついデキゴゴロでHPまでつくっちゃいました。ミテネ。                   


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プロフィール

ぷらっとほーむ 「まどあかり」編集部

Author:ぷらっとほーむ 「まどあかり」編集部
山形市にある「NPOぷらっとほーむ」の〈若者の居場所づくり活動支援事業〉のブログです。
山形県内各地で活動している若者団体や個人のインタビュー、イベント情報や参加レポートなどを随時更新していきます。

2016年度の本事業は、〈一般財団法人 人間塾〉の助成を受けて取組んでいるものです。
〈一般財団法人 人間塾〉

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