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それは美術か、秘宝か、珍宝か。

ぬまのさん1


人にジロジロ見られる事にはもう慣れました。先日など、ある駅にて待ち人を待っていたところ、同じく誰かを待っているであろう妙齢のご婦人が電話口で曰く「えーとね、大っきくて虹色の人見える!?その近く!あ、見つけた!?」とてなん合流できて侍りぬだったので、ああ、俺、役に立ってるなとてなんありけりました。

34年間もぬまのひろしをやってきて、自分の存在を消そう消そうとしていた時期が、僕にもありました。多数決など一度も勝つ側に回った事ない人生です。愛想笑いも得意です。「無」の表情も身につけました。んスー。みたいな。こんな自分が生きててしまってスミマセン、部屋の角のその奥の隅っこの方でジーッとしてますのでどうか、どうかほっといてくださいまし。という気持ち。

でもね。バレるんですよね。あそこに異分子がいるぞ! って。物凄い嗅覚で常日頃嗅ぎ回ってるのであの人たちはきっと犬です。彼らにとっての社会も犬の社会なので、そんなところに「ワタクシ普通でがんすよ。犬でがんす。ワンワンでがんす。」みたいな異分子がいた場合、そりゃ大概はヒドイ目にあいますよ。存在するだけで犬の秩序の敵と思われるので、犬以外の人は、逃げたほうがいいと思います。最悪死にます。

ぬまのさん
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えー。「奇人館」て言うイベントやりまーす。戸沢村の高麗館と言う、普通の人達が寄ってたかって作った最もワケワカンナイ道の駅、県内有数の珍スポットとして現在も禍々しいオーラを放ち続けながら最上川と国道47号線に鎮座し、ステキナミライの醜悪な骸を晒し続けるアンチ金字塔。そこに県内中から20人ほどの独自の拘りやルールを持って制作や収集を続ける人々、「奇人」たちを集めまして彼らのコレクションや作品群を展示します。「美術館」なのか「秘宝館」「珍宝館」の類いなのか、それはご来場のみなさんが決めること。来たい奴だけ来てください。あと10月21日(土)の夜は奇人晩餐会。奇人大集合してナゾの肉を食い、本物のアブサンなどを呷りながらいかがわしいことを夜通し執行う、神に背いた禁断の宴。なんて絶対にしてないので絶対に来ないでください。


最後に奇人館テーマソングをお送りします。
「キ印の歌」(ドイツ民謡もみの木のメロディにのせて)

民衆の旗 キ印は 戦士の屍を包む
屍固く 冷えぬ間に 血潮は旗を染めぬ

※高く立て キ印を その陰に死を誓う
卑怯者 去らば去れ 我等はキ印守る

衆愚に媚びて 神聖の 旗を汚すは誰ぞ
金と地位とに惑いたる 卑怯下劣の奴ぞ

※くりかえし

我等死すまでキ印を 掲げて進むを誓う
来たれ牢獄絞首台 これ告別の歌ぞ

※くりかえし

プロフィール      
ぬまのひろし
1983年、新庄市生まれ。貧困などをテーマにした「持たざる者のためのデザイン」を標榜し実践。新庄を拠点に〝カナリヤ″活動を各方面で繰り広げる。無職。
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ぬまのひろしの現代民芸研究所 vol.2 ~スタッドレスなサンダルを作ろう~

べとこん

ヤーマン。以前寄稿させていただきました投石紐のつくりかたが謎の極地的大好評をいただきました。ありがとうございます。なるほどそれで喜ばれるなら写真も多いからなんせ俺もえれぇ楽、「現代民芸」としてシリーズ化、してみんとてしてみます。

現代民芸とは僕が勝手に提唱している概念なのですが、

・現代の誰もが手に入る素材と使える技術で
・古人の設計思想を踏襲してつくる
・誰でもつくれて小銭にできる手工業製品 のこと。

今回はその中でも、この季節にぴったりの「スタッドレスサンダル」をご紹介したいと思います。
南ベトナム解放戦線(俗称:ベトコン)の「ベトコンサンダル」やタラウマラ族の「ワラーチ」――知らない人は検索してみてね――を現代山形人がつくったらこうなるぞという、素足感覚で猛ダッシュできる超高機能サンダルで、メル○リあたりで売れば2000~3000円。見た目もかなりワイルドかわいいので、気になる彼のサイゴンも陥落しちゃうゾ☆

じゃ、つくりましょ。
必要なものは、タイヤ、カッター、ペンチ、紙、ペン、皮ポンチ、紐、以上。
ぬまのさん1

まずは、タイヤもってきます。

ぬまのさん2

タイヤにはメッシュ状の金属が入っているので、それの外側のゴムを今から剥きます。
まずカッターで縦に切り込みを入れます。金属に刃先が当たるガリガリという音が聞こえればOK、そのまま一周します。反対側も同じように。

ぬまのさん3

今度は横に、刃を斜めに入れ、メッシュに当たったらそこから剥き始めます。
メッシュとゴムのキワをカッターで細かく切っていく感じで。

ぬまのさん4

ぬまのさん5無題

初めはペンチで。進んできたら手で。 刃をこまめに替えながらひたすらガリガリと剥いてください。刃を惜しまないのがコツ。

ぬまのさん6

剥けました。手、大丈夫ですか?
あと楽ですから。

ぬまのさん7

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ぬまのさん9無題

足型とります。

型を切って、
ゴムに写し、
カッターで切ります。

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ぬまのさん11



親指と人差し指の間、土踏まずの両サイドに皮ポンチで穴を開けます。 紐を通して、足に合わせて結び目をつくります(「ワラーチ結びかた」などで検索)。

ぬまのさん12


ここでつくった結び目はもうほどきません。
次からはスリップオンで、内ズック(←山形)のようにスルリと履くので、ここでしっくりくるまで調整しましょう。

完成。

自分でいうのもなんですが、もう靴下とかビー サンとか履いてらんないほどにとっても「やんべ」ですので、ぜひ頑張ってつくってみてくださいね。



メンドクセと言う人は僕からお金で買うこともできますのでよろしく。せば。

くまのさん、 養蜂はじめたって 本当ですか? ~ぬまのひろし(無職)~

くまのさん

「くまのひろし氏が養蜂をはじめたらしい」という、ある事情通からの確かな情報を元に、私ぬまのひろしは新庄へ飛んだ。
彼との初対面の模様は本誌既報のとおり、ちょうど一年ほど前になるだろうか、“ヒトよりちょっと毛深い(※クマにしか見えないていど)ためか職が定まらず、アルバイトを転々としつつも3人の子どもを養うふつうの男性(33歳無職)”、それがくまのひろし氏である。私は他人とは思えない何かを彼に感じ、熱く語りあったものである。
その彼が養蜂!? いろいろ大丈夫なのだろうか。不安は尽きぬまま、新庄に降り立った私を迎えたのは、変わらぬ笑顔の彼であった――。



くまのさん2

ぬまのひろし(以下ぬ) こんにちは。お久しぶりです。
くまのひろし(以下く) お久しぶりです。またお会いできてうれしいです。
ぬ 私もです。会いたくて会いたくて震えてました。本当です。さて、養蜂はじめたって本当ですか? どうしてまた?

くまのさん3

く はい。本当です。昨年の春からですね、縁あって新庄の養蜂家の方のもとで修行させていただいてました。ご高齢で跡継ぎもなく、そろそろ引き継いでくれないかとのことで今に至ります。
ぬ マジのガチなんですね。はじめてみていかがですか?
く とても楽しくやらせてもらってます。山の中でハチと花とを相手にしていると、もしかしてこれが僕の本来の姿なのかと思うほど、なんというか解放感のようなものに包まれますね。それに…

――「ハチは俺を差別しない」。そう続けた彼が私にはモハメド・アリに見えた。単に黒いからかも。話は続く。

く …(略)そういえば去年作業中にうまれてはじめてクマを見ました。怖かったです。あと蜜源の種類と時期は…(略)

――長い。が、要するに養蜂は楽しくて奥深くて楽しくて最高らしい。それはわかった。もうダメだ。興奮してきた。さっきからそこにあるのだ。私は唐突に切り出した。

ぬ ハチミツたべたいなぁ。あ、いえ、試食とかないんすか?
く 失礼しました。どうぞ。
ぬ どれどれ………ん!……うん!?……ゥンまああ〜〜いっ!!!ほとばしる甘味! めくるめく幸福! 絶対的法悦! これほどまでの圧倒的ヨロコビが現世にあったとはーー!!!
く ありがとうございます。
ぬ どんなに絶賛してもしたりないぃぃ! もはや何をか言わんや! イチオク万円分ください!
く すみません。今期のぶんはほとんど売れてしまったんです。
ぬ (しばし慟哭)ではせめてどこで食べられるかだけでもっ……!
く 戸沢村の国道47号線にあるあの超有名ドライブイン、「白糸の滝ドライブイン」さんの「パーラー白糸の滝」で「くまのさんのパンケーキ」として食べられます。
ぬ 絶対行く! イクッ! イク―――!!
く さらに今年の5月くらいまで待っていただければ、県内各地のイベントやお店で買えます。
ぬ 一瓶15万でも買います!!!
く そんなに高くはありませんよ。時価ではありますが1.2㎏瓶だと5,000円前後でお売りできると思います。
ぬ ゲェ!!! ゲボ安いボゥェエエッ!!!
く 落ち着いてください。
ぬ はい。落ち着きました。
く みんなで
ぬ 買おう
 くまさんのはちみつ。

くまのさん4         

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プロフィール ぬまのひろし
1983年、新庄市生まれ。貧困などをテーマにした「持たざる者のためのデザイン」を標榜し実践。新庄を拠点に“カナリヤ”活動を各方面で繰り広げる。無職。

芋煮インティファーダ 〜 及び投石紐のつくりかた 〜

芋煮1


山形県民のみなさんこんにちは。芋、煮てますか? 芋煮は本当にいいものですね。
人を人たらしめるのに他に何が必要かと言わんばかりの、 芋、煮る。 という言葉。こんなシンプルで力強いパワー・ワードを、私たちは他に何個知っているでしょうか。
肉、焼く。男、殺す。女、攫う。石、投げる。…などに対する、芋、煮る。なんと平和な響きでしょう。 芋煮、それは平和。



えー、今回は石投げる話をします。

インティファーダというのをご存知でしょうか、イスラエル軍に対するパレスチナ人たちの自然発生的な抵抗のことです。何をするかというと石を投げまくるのですね。女子どもから大人までその辺の道を歩いてた人が戦車とかの重武装した軍隊に。
巨大なパワーが自分たちの生活や共同体を踏みつけようとするとき、人は古来より石を投げつけるものなのです。ゴリアテに対するダビデのように。もたざる者の最後の武器、というわけですな。

芋煮2


石、投げてやりたくありませんか?

ということで今回は、時速200 kmの石を200〜300メートル飛ばせる古代技術、バリアレスの投石紐のつくりかたをご紹介します。

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まず、固くしなやかなロープを長めに(2 m以上)用意します(①)。

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中央にS字をつくり(②)、このように(③④⑤)結んでいきます。

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もう一方も同じように(⑥⑦)結んでいくと、石を載せる部分の完成です(⑧)。

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そして次に、片方の端を8の字結びに(⑨⑩)、もう片方をもやい結び(⑪⑫)にすると完成。

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石を載せる部分が中心に来るよう調整してください(⑬)。

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芋煮3

もちかたはこう(⑭)で、こんな感じで投げます(⑮)。

戦後日本の体制が人間のひと世代を超えた今、法的規制や行政的慣例といったものが、それ以前からあった生活文化や伝統などと同格のふるまいをしつつあります。「蘇民祭は公然わいせつ罪」とか「路上喫煙は罰金」というように。もちろん現時点でも通常公共の場での焚き火は禁止ですね、私たちも今後いつまで家族で芋煮を囲むことをお目こぼししてもらえるものでしょうか。

「彼らが蘇民祭を攻撃したとき、私は声をあげなかった。私はふんどしを取らないから。
彼らが喫煙者を弾圧したとき、私は声をあげなかった。私はタバコを吸わないから。
彼らが芋煮会を根絶させようとしたとき、私のために声をあげる者は誰も残っていなかった。」
なんて未来がすぐそこに来ているのかもしれませんね。 でも、大丈夫。石ならそこら中に転がってますから。       (了)

つきをさすゆび

ぬぬぬぬぬ

Don't think, feel!(考えるな、感じろ)

『燃えよドラゴン』の冒頭、ブルース・リーの代名詞的なセリフだ。こう続く。

Don't think, feel! It is like a finger pointing a way to the moon.
Don't concentrate on the finger or you will miss all heavenly glory. Do you understand?

考えるな、感じろ。それは月を指す指のようなものだ。     
指先ばかりにとらわれていてはその先にある栄光を見失うぞ。 わかったか?

こんにちは。ぬまのひろしと申します。

山形県新庄市在住の無職、32歳、AD/HD。「自分より劣る人間が社会の中に生きている安心」という名の社会福祉を、身を挺して勝手に提供し人びとのハードルを下げる、通称“カナリヤ”活動を各方面で繰り広げているのですが、その中のひとつに「ぬまの音楽教室」というのがあります。

「現代民族楽器」などと勝手に名づけたゴミガラクタを鳴らして喜ぶ人びとを育成しています。そう、わたくし、指導者でもあるのですよふふ。

Don' think, feel!! ← これ一度言ってみたいな。言えるくらいの人になりたいなと思ってがんばっているつもりなのですが、如何せん、大人の言うことをほぼ受け流してここまで育ってきた男、いわゆるお稽古のような指導はするのもされるのもどうにも苦手で困っています。この子ども時分から染みついた性分というのは厄介なものです。

もう昔から、まわりの大人とジョン・レノンが正反対のことばかりぼくに言うものだから。んなもんジョンのほうが正しいに決まってるし、地元のオラついたセンパイより「たま(※バンドの)」のほうが断然かっこいいし、エラそうな先生とかが「現実」と呼ぶ目先の些事より坊さんの寓話の方が真実に近いじゃないかと。ずっとそう考えて大人をバカにしていたので、そんなひねたガキ、やっぱりこうなっちゃいました。

坊さんの寓話といえば、冒頭のブルース・リーのセリフには元ネタがあります。大昔のインドのえらいお坊さんの話らしいです。「指月の譬(しげつのたとえ)」として有名です。
 
人の指を以って月を指し、以って惑者に示すに、惑者は指を視て、月を視ず。人、これに語りて、「われは指を以って月を指し、汝をしてこれを知らしめんとするに、汝は何んが指を看て、月を視ざる」、と言うが如く

人(賢者)が惑者(バカ)に月というものを指さして教えてやったら、バカは「んだがっす、月ってこげったんがっす」と言って指ばかり見て月を見ない。賢者は「んねじゅ。おめよぉ、おれいっくど月ば指さして教ぇでけってんなさ、なぁにおめ月ば見ねで指ばぁり見っだんじゅ。はぃんやって~さだげねごどやー」といいました。…というたぶんだいたいそういう意味。

普通にね、巷にあふれる「お教室」ってだいたい指ばっか見てるように、ぼく思うんですよね。んなもんどっちでもいいじゃないか。月を見ようよ。

In other words, 「古人の跡を求むるなかれ、古人の求めたるところを求めよ」(芭蕉) とか、「叶うは良し、叶えたがるは悪し」(千利休)とかとか、もうなんでもいいけれど、ところで、エラそうな人たちのありがたいお言葉をしこたま引用したことでぼくがなんかいいこと言ってる気になった人いますか? もしいたら悪いことはいいません、ぼくのお弟子さんになってちょっと脳みそ入れ替えましょう。心配です。

というわけで、「ぬまの音楽教室」、お弟子さん募集中です。Don't think, feel!!
…あ、あと7月16日(土)に「ぬまの音楽教室」プレゼンツ、ぼくの心の師、元「たま」のランニングの人・石川浩司ビッグ☆ディナーショー@金魚(山形市七日町)やります。来てね。
(https://www.facebook.com/events/1787138001572038/)

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プロフィール ぬまのひろし
1983年、新庄市生まれ。貧困などをテーマにした「持たざる者のためのデザイン」を標榜し実践。新庄を拠点に“カナリヤ”活動を各方面で繰り広げる。無職。

考えすぎた。 ~ぬまのひろし (無職)~

ぬまのさん

――後ろからきたチャリが二度ベルを鳴らし、地獄に落ちろと僕は退く。
そんな季節がやってきました。春ですね。みなさま、いかがお過ごしでしょうか。

地獄ってありますね、地獄。古今東西、人びとがあらん限りの創造力で練りあげ受け継がれてきた数多の地獄像がそりゃもう挙げればキリがないほどにありまして、あれらすべてが今生で報われなかった人びとの恨みの集合体と思えば、なるほど人間というものは大昔から他の人間からの暴力や抑圧の理不尽に屈服し続けてきたのであろうな、僕らのご先祖さまたちは誰かを憎んで生きてきたのであろうな、それにしても種類多すぎるだろスケールでかすぎるだろ、必死か。プフフ。と、考えるほどにいとをかしですね。
こんにちは。ぬまのひろしと申します。過去数回にわたって寄稿させていただきましたとおり、現在も無職のまま自ら身を挺して人びとの幸せのハードルを下げる「カナリヤ」を自任して活動しております。
以前の原稿で、たとえとはいえ生意気にも地蔵菩薩までひっぱりだした僕ですが、冒頭のチャリのような理不尽でぶっきらぼうな権力行使にさらされると、一瞬本気で地獄に落ちろと思ってしまいます。

「邪魔だ。」 「どけ。」 「さもなくば轢く。」

「チリンチリン」

おまえはラオウか。覇道を歩んでんのか。「は‐どう〔‐ダウ〕【覇道】 儒教の政治理念で、武力や権謀をもって支配・統治すること。⇔王道。」
チャリのおばさんは、鉄の塊(チャリ)の武力を背景に、まさに退かぬ、媚びぬ、省みぬの精神で他者を蹴散らしながら日々チャリを走らすのであろう。自分より強いクルマさまには道を譲ったりしながら、弱いと見定めた相手をのみ虐げるのであろう。それはおそらくチャリ運転時だけではないであろう。労働、貨幣取引、育児、人づきあい等、まさに人生全般においてそうなのであろう。もちろん悪気はないのであろう。つまり無自覚に暴力を行使し、あるいは行使され、憎しみをおしつけあうかのような関係を他者と築くのであろう。きっと彼女は憎しみに満ちたそれを「社会」や「世間」や「常識」と呼ぶのであろう。おのれ地獄の申し子チャリおばさん、地獄に落ちろチャリおばさん。俺と人類のために。(←チリンチリン鳴らされただけ。ええ。どきました。)

腹いせにここまで考えてしまって、僕はすわ愕然としました。だってみんなそうだよね、と。地獄に落ちろと思った僕のもつ地獄のイメージそのものが、遺伝子レベルで受け継がれてきた集合的な憎しみなのではないだろうか。それが人ということならば俺何やってんだろうかと、敵の底知れぬ巨大さにあらためて恐れおののいてしまいました。
あれ以来、100年位前の人の一編の詩が頭の中をグリグリしています。

ココアのひと匙
石川啄木
われは知る、テロリストの
かなしき心を
言葉とおこなひとを分ちがたき
ただひとつの心を、
奪はれたる言葉のかはりに
おこなひをもて語らんとする心を、
われとわがからだを敵に擲げつくる心を
しかして、そは真面目にして熱心なる人の常に有つかなしみなり

はてしなき議論の後の
冷めたるココアのひと匙を啜りて、
そのうすにがき舌触りに
われは知る、テロリストの
かなしき、かなしき心を。

 『啄木詩集』から

…だからなんだというわけではないんですけどね。
僕は無職です。ゴミで楽器をつくったり、それを人に教えたり、頭悪い道具をつくったり、人並みはずれて毛深い友人と遊んだり、ミュージシャンと呼ぶ人もいたり、アーティストと呼ぶ人もいたり、クズと呼ぶ人もいたり。クズです。クズですがクズのまま、家庭を築いて子どもを育て、山形で生きていこうと思います。 弱い順に虐げられていくのが人類社会かもしれませんが、山形でクズがクズのまま、けっこう幸せに暮らしているということがそのうち誰かのハードルを下げることができればいいな、なんて思ってます。お邪魔かもしれませんが生きさせてくださいね。
あと、後ろからチリンチリン鳴らすな、テロすんぞ。 (了)


ぬまのさん

■http://swampmannumano.tumblr.com/

ぬまのさん3

平成27年度「山形学」講座 時をつむぐ若者たち~ともに創る山形の未来~

地域の担い手である「若者」をキーワードに、山形の過去・現在の活動を通し、地域や山形の未来を考えていく講座「時をつむぐ若者たち~ともに創る山形の未来~」(以下「講座:山形学」と略記)。

前号に引き続き、今回は第5回目と6回目の講座内容をまとめました。

第5回目となる「講座:山形学」は「地域と世界をつなぐ若者」をテーマに、9月5日(土)に行われました。この回は現地学習となっており、鶴岡市に出かけ「鶴岡ナリワイプロジェクトチーム」の伊藤敬子さんのお話を伺ったり、鶴岡市先端研究産業支援センターへお邪魔したりしました。

 「鶴岡ナリワイプロジェクトチーム」は、「鶴岡から『地方都市でのこれからの働き方・暮らし方』を全国に提案する」というコンセプトの元、活動している団体で「自分の欲しい未来は、自分でつくる。仲間とつくる。」という自治精神あふれる人を育てることを目指しています。伊藤さんから、高度経済成長の頃と比べて現代社会の前提条件は大きく変わっており、今までのしくみで生活を送ることが困難になってきていることや、一つの仕事に囚われず、自分の得意分野を生かした小さな仕事を掛け持ちする働き方の事例などをお話いただきました。

次に鶴岡市先端研究産業支援センターに移動し、慶応義塾大学先端生命科学研究所の冨田勝所長のお話を伺いました。この研究所では、微生物や医薬品を人工的にデザインし、環境・医療・食糧分野に応用する技術の開発を行っています。冨田所長は、海外の研究所の環境を事例に、鶴岡のような自然豊かな地域、すなわち地方都市は最先端の研究や新しいアイディアを創出するためにふさわしい場所であるとおっしゃっていました。

伊藤さんや冨田所長のお話を受けて、地方都市における個人レベルでの生き方から、地方都市全体における将来像まで、総合的な視点で山形の未来を考えることができました。

第6回目の「講座:山形学」は9月26日(土)に遊学館で行われました。「講座:山形学」はこの回が最終回ということで、最後は「若者とつくる未来」をテーマに、鶴岡市で活躍されている「日知舎」の成瀬正憲さん、新庄市で「生きのびるためのデザイン」を研究・実践している自称「プロ無職」のぬまのひろしさん(と、くまのひろしさん)、そして山形市より「ぷらっとほーむ」共同代表の松井愛さんを講師にお迎えして、それぞれの活動内容の紹介や活動していく上での信条などをお話いただきました。

成瀬さんやぬまのさんは、時代の変化に伴い、大きなシステムに依存するのではなく、自分たちで場や仕事を作りだす活動を行っているそうです。これは前回の「講座:山形学」の伊藤さんのお話にも通じます。例えばぬまのさんはガラクタなどから楽器を作り出し、それを販売したり、音楽教室を開いて収入を得たり、自分のできる・得意な分野で生計を立てているといいます。また、松井さんは「ぷらっとほーむ」を通し若者の居場所づくり活動を行うにあたって、多様性を認め合うことや常識を疑うことの大切さについてお話されました。

以上、三名からのお話を伺い、私たちが未だに旧来の価値観やシステムから抜けきれていないことに気づかされると同時に、これからの時代を生きていくにあたって必要になりそうなキーワードを得ることができたことは、とても深い学びでした。

 「講座:山形学」を全て受講し、筆者は、時代の流れを意識しながら、若者も大人も世代を超えてお互いを認め合い、共に未来を築き上げていきたいと強く思いました。     

(文責:大原克彰)

[最上篇]くまのひろしにあってきた

ぬまのさん


「すみません、昔からちょっと毛深くて」

そう言って、彼は何度も頭を下げた。190㎝はあろうかという大きな体躯、たくましくしかし柔和な笑顔をたたえた彼の全身は新月のようにただ黒く、佇んでいた。そう、彼は毛深い。熊にしか見えないほどに。
そんな彼が私の住む町・新庄で最近頓に目撃され始め、あるときはガイド、あるときは野菜売りなどさまざまなアルバイトをしているという。
話を聞いてきた。


*     *     *

ぬまのさん2


ぬまのひろし(以下「ぬ」):こんにちは。 

くまのひろし(以下「く」):こんにちは。

ぬ: ようやくこうしてお話しすることができましてとてもうれしいです。お噂はかねてよりうかがっておりました。実は今まで何度もお会いしようと足を運んだのですが、その度にニアミスばかりで(笑)

く: そうでしたかそれは失礼しました。実は僕も何度か、僕がトイレに入るとぬまのさんが出てきたと言われたり、僕が出た部屋にその後ぬまのさんが来たと聞いたり、もしかして避けられてるのかと思うくらいでした(笑)

ぬ: いやあ、ついにお会いできたわけですね。よかった。では早速いろいろうかがわせてください。失礼ですが、熊ではないんですよね? まずは生い立ちや簡単なプロフィールなどお聞かせください。

く: くまのひろしと申します。32歳バイト、妻と子どもが3人おります。小さなときは伸び伸びと野山を駆け巡って育ちました。一昨年までは普通にサラリーマンでしたが事情により退職。子どものためにも収入が必要でいろんな仕事をしているのですが、どういうわけかなかなか職が定まらず苦労しています。何でもやりますのでお仕事募集中です。

ぬ: なるほど。いろいろご苦労なさっているんですね。あ、32ですか?同い年ですね(笑)。懐かしいな、僕も田舎育ちです。小さいころはどんな遊びを?

く: いたって普通ですね。蜂の巣をつついたりドングリを集めて回ったり。実は少し大きくなってからはこう見えて完全にインドア派で(笑)。ゲームばっかりやってた覚えがあります。スーファミ世代なんですが、うちにはなぜかなくて、メガドライブやゲームギアやバーコードバトラーに熱中してました。

ぬ: すごい。見事に全部黒い(笑)。やはりその、人より若干毛深い漆黒の体と関係が?

く: あ、やっぱり毛深いの目立ちますかね、すみません。言われてみれば確かに、黒いもの全般が好きですね。前世で何かあったんでしょうか(笑)

ぬ: 今まで普通にお仕事されていたってことですが、毛、どうしてたんですか?

く: 毎朝剃ってました。毎朝剃ってるのに夕方にはまた生え揃ってしまうほどの剛毛で。いつも怒られてました。

ぬ: 大変でしたね。今ではもう剃らないことにしたんですよね? 毛深いまま生きていこうと思ったきっかけなど、あれば教えてください。

く: お恥ずかしい話、疲れてしまったんですよね。毛を剃る職場では普通にしているだけで毛深い、だらしないと怒られてしまうので、結果1日10回はトイレに行き、剃るような状態になってしまいました。いつの間にか人の目ばかり気になるようになってしまって、どんどんブラックに鬱々としてきてしまったんですね。そんな僕をさすがに見かねたんでしょうね、妻から、もういいよと。人に無理やりあわせて黒く沈んでしまうくらいなら、自分らしく生きていこうよと言ってもらえて。以来毛剃るのやめました。

ぬまのさん3

ぬ: なるほど確かに。それは毛深い人に限ったことではないかもしれませんね。生まれもった性格、発達障害、性的マイノリティ等々、誰もが多かれ少なかれ人と違う部分をもっていて、ともすればそれが生きづらさに直結する。本来目に見えないはずのそんなものが、くまのさんの場合体毛として誰の目にも明らかになってしまっているので、さぞご苦労なさったことでしょう。それでもう毛深さをさらして生きていこうと?

く: そうです。だからもう開き直って毛深さを武器にして生きていくしかないかなって。

ぬ: どうですか? やってみて。

く: それが自分でも驚きなのですが、みなさんなんだかんだ毛深いまま受け入れてくれます。笑ってくれたりイジってくれたりしながら。気にしてたのは自分だけだったんじゃないかと、毛深さも自分の個性として愛せるようになりました。小さいときにアンパンマンとか好きだったんですが、あの中でもカバやウサギが社会の一員として当たり前に生きてますよね。現実世界にも結構そんな寛容さがありました(笑)。ひたすら感謝しかないですね。

ぬ: 人と違うということは本当に怖いですからね。生きづらさの根源というか、ときには死ぬしかないと思ってしまうほどに。それが意外とさらしてみれば普通に受け入れてもらえるという発見。すばらしい。はからずもやさしい社会、多様性に寛容な社会のリトマス紙になっているのかもしれませんね(笑)

ぬまのさん4

く: いえいえそんな(笑)。ただ人よりちょっと毛深いだけです。お恥ずかしい。

ぬ: くまのさんが幸せに暮らせる社会に僕も暮らしたいものです(笑)

く: 幸せすぎてこの前飲み屋のお姉さんに「アンタ、ケモノネ」と言われました(笑)。それでもいいですか?

ぬ: 男はみんな獣さ。なんだか他人の気がしないね。タメ語で気安く呼んでいい?

く: よう! ぬま!

ぬ: よう! くま! それじゃあ一緒に行こうぜ、ともに…

: 未来へ…

ぬまのさん5

[最上篇]「みちのくスワンプマン」 プロジェクト 始動!の巻

ぬ
ぬまのひろし(無職)

「神は死んだ」とニーチェはいい、「ロックは死んだ」とジョニー・ロットンはいったそんな時代。
「ぬまの まだ生きてる」と皆に驚かれます。こんにちは。神でもロックでもない男、ぬまのひろしです。

前号に寄稿させていただいたとおり、相変わらずの無職。しかしありがたいことに、「カナリヤ(僕)を生きさせてくれ」と書いたところほんとに助けてくれる人たちが現れ始め、こうして生きて再び拙い筆をとらせていただくことになりました。ありがとう山形、いいところです。
先の寄稿では望外の反響をいただいたのですが、好き勝手書いたため結局自分が何してる人なのか述べないという暴挙に出てしまいました。反省してます。ので、今回少しは真っ当に書いてみることにします。各位、ナナメ読みのご用意を。
「ヌマノ音楽教室」というのが始まりました。
ゴミガラクタでつくられた現代民族楽器たちのお教室です。僕がつくったまだ名前もない子たちですが、そのぶんまだ正解のない楽器たち、歴史や伝統や常識で代入できない剥き出しの体験がそこにはあります。聞こえたままに、鳴るに任せて鳴らす己の身体の延長としての音。昔々あるところのおじいさんとおばあさんたちが紡ぎ出してきた「ソレ」らを今「民族音楽」と呼ぶのなら、僕らにも脈々と伝わる「コレ」もまた同じ。
芭蕉さんもいってました。「古人の跡を求めず、古人の求めしところを求めよ」って。後で勝手に人が名づけるであろう「コレ」、「現代民族音楽」とでも呼ぶべきモノの黎明にあなたも加わってみませんか?

お値段なんと5000円/月! 安い!
お弟子さんからは「楽しい!」「私にもあの曲が弾けた!」「音楽がわかった!」「金運があがった!」「ピーマン食べられた!」「クララが立った!」等々大変なご好評をいただいています!
(※あくまで体験者の個人的な感想です。)


ぬぬ

まあ、どうあがいても、はたから見たらただの「ゴミもってる人」ですよ。ええ。上等じゃないか。僕はゴミだし、どうせお前もゴミだろう。ゴミは唄うのだ。来たれゴミたち。

…えーと。話し変えます。
スワンプマンという思考実験があります。


ぬぬぬ


…(略)…スワンプマンとは沼(Swamp)の男(man)という意味の英語。
ある男がハイキングに出かける。道中、この男は不運にも沼のそばで、突然 雷に打たれて死んでしまう。そのとき、もうひとつ別の雷が、すぐそばの沼へと落ちた。なんという偶然か、この落雷は沼の汚泥と化学反応を引き起こし、死んだ男と全く同一、同質形状の生成物を生み出してしまう。
この落雷によって生まれた新しい存在のことを、スワンプマン(沼男)と言う。スワンプマンは原子レベルで、死ぬ直前の男と全く同一の構造を呈しており、見かけも全く同一である。もちろん脳の状態(落雷によって死んだ男の生前の脳の状態)も完全なるコピーであることから、記憶も知識も全く同一であるように見える。沼を後にしたスワンプマンは、死ぬ直前の男の姿でスタスタと街に帰っていく。そして死んだ男がかつて住んでいた部屋のドアを開け、死んだ男の家族に電話をし、死んだ男が読んでいた本の続きを読みふけりながら、眠りにつく。そして翌朝、死んだ男が通っていた職場へと出勤していく。           (以上wikipediaより転載)

“我とは何ぞや”という命題を問うスワンプマン。
スワンプマン=沼の男=ぬまのひろし!!

俺か!!!!
…ということで、始めました。「swampman」プロジェクト。

日々の暮らしに忙殺されて、自分が何者か忘れてしまうときがありませんか?
立ち止まって空を見上げたくなったそんなとき、「私は生きている」というために必要なものは、実はそんなに多くないのかもしれません。
“みちのくのスワンプマン”ことぬまのひろしがつくる、頭いいんだか頭悪いんだかわからない不思議なモノたち。
日々の暮らしにはほぼ確実に必要のないそんなモノたちを皆さんにお届けする「Swampman」プロジェクト。ついデキゴゴロでHPまでつくっちゃいました。ミテネ。                   


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ぬぬぬぬ

よくある名前ひろし 英語ならジョニー ~ Johnny got his gun ~

ぬまのさん
ぬまのひろし(無職)

若者の居場所を求め、『まどあかり』を手に取った皆様、こんにちは、東京行け、ぬまのひろしです。

「生き延びるためのデザイン」などと言って少し頭の悪いモノたちをずっと作っていたり、「現代民族音楽」などと僭称してゴミガラクタばかり鳴らしていたり、そんな尻の座りの悪いことばかりコマゴマ繰り合わせ、なんとか暮らしています。
子供が3人、妻が1人、空き家に住んでいる、31才。
ぢつと手を見る。

「無職です。」と誰かに職業を聞かれる度に答えていますが、色々面倒臭いです。
古来身柄の怪しい人たちの最後の砦は「自称肩書」と決まっている。なるほど、なんたらクリエーターとかのあれだ。
いろいろ面倒臭いときのために歴史と伝統はあるので、僕も考えてみました。
「カナリヤ」です。僕。
戦場で毒ガスを探知するためのカナリヤ。
カナリヤは死ぬが、兵隊さんは逃げる。
山形の新庄で僕のようなのが生きている間は、みんな大丈夫。
自分より下の人間がそれでも生きている安心という名の社会福祉を、身を挺して提供するプロフェッショナル。
がんばりますぴよ。
僕にも給与生活者として暮らしてきた数年間がありました。
資産も後楯もない若者が条件不利地域で生きていく世知辛さ、骨身に沁みています。
よき日本人である為の三大義務もその全てが覚束ないドツボ節。
立派な大人になる筈だった。オモチャ大人買いできる筈だった。
時不利兮騅不逝騅不逝兮可奈何妻兮妻兮奈若何…

取り乱しました。
こんなのは野垂れ死んで犬に食われればいいですね。
犬に食われるといえば、例えばインドには、死に直結するような条件不利を託つ階層化された「不可触賎民」とされる人たちがいます。
「逃げたらいいべや。」等と外人の僕らは思うのですが、どうも違う。
教育がないから未来を選べないのが一つ、もう一つは、彼らもまたヒンドゥー教徒だということ。
今生の理不尽をカルマ論で受け入れながら、カースト内では強固に相互扶助をする。
ヒンドゥー社会の立派な一員です。
さて「フカショクセンミン」と「ヤマガタケンミン」、似てますね。
ヒンドゥー教徒の彼らには来世があります。
僕らには何があるのでしょう。
日本人には「お天道様」のような素朴な信仰があると言われます。
素晴らしいです。
が、現状を見るにつけ、僕はそこにもっと抜き差しならない何か、いわば呪詛のようなモノの臭気を感じてしまうのです。

長年のフィールドワークの結果分かりました。
「世間」「社会」「普通」などを枕につけた物言いは、100%、話者の都合です。
また、貴方の為を思って云々はほぼ嘘です。
彼らの言を要約すれば、「お前にだけ楽はさせねーぞ、俺のように不幸になれ」ということ。
呪詛です。
彼らはあなたの幸せなぞ考えません。
むしろ不幸でいてくれてこそ物も売れ世の中廻るのです。
真に受けてしまうと大変。
残念な人たちが「現実」と呼んでしまうしょうもない目先のヤリクリに人生を消費させられてしまいます。
そんなもの犬に食わせてやりましょう。
「世間」「社会」「普通」。
目に見えない、あるかないかもわからない毒ガスのようなモノに怯えてしまうあなた、カナリヤを飼いましょう。
社会の中に僕を飼いましょう。
僕が生きている間は大丈夫。
僕を生きさせてください。

僕の生まれた新庄、幾度の飢饉を経て生活文化に飢餓への恐怖を色濃く残す町です。
有名な新庄祭りの興りとなった天明の大飢饉。
当時大量の流民たちを坑めたお寺には幾体もの大きな地蔵が並び、250年経った今も毎年口にぼた餅を擦りつけるという剛毅な祀られかたをしています。
行き倒れや親より先に死んだ子など、救われない者たちのために地獄に赴くのが地蔵菩薩です。
それを脈々と祀り続けてきた新庄に生まれたのが僕。
もうしょうがない。
妻、ごめん。

ぬまのさん②

――ある夜のこと。
当座の支払いに窮した僕はいつものように妻に己の不甲斐なさを詫びていた。
妻は手を止め向き直ると、勤めて無造作に通帳を取り出し、言った。
「自分の収入くらい自分で管理してちょうだい。なんで無いと思っているの?」 …見慣れない通帳だ。
名義は、僕。
一、十、百、千…おい嘘だろ、なんでこんなに金があるんだ。
僕が状況を飲み込むのも待たず妻は続ける。
「私あんたと結婚して不幸だなんて思ったことないから。あんたバカだけど、少しずつお金も貯まってる。今まで言ってたやりたい事、やればいいよ。ほら例えばさ…」
よく覚えているものだ。
そしてよくしゃべる。
そうか、できるのか、あれも、あれも。
相槌しか打たなくなった僕の呼吸を確かめるように、妻は息を吸い、吹いた。
「やろうよ、だって…」 「だって?」 「人間は犬に食われるほど自由だ。でしょ?」 藤原新也だ。
やはり彼女は僕の妻なのだ。
そして、彼女は、僕を名前で呼んだ――

まぁ。
実際には無かったんだけどね。
こんな夜は。

ぬまのさん③

僕の名前はぬまのひろし
日本人によくある名前ひろし。
英語ならジョニー。
古い映画があります。
『ジョニーは戦場へ行った』ひろしは新庄にいます。
あの映画のラスト、ご存知でしょうか。
日本の名もなきひろしたちの1人、新庄にいるひろしが、戦場へ行ったジョニーの道を辿るのか。
ナマ暖かく見守っていただければ幸いです。
S.O.S...h.e.l.p...m.e..........

「若者活動ゼミナール@置賜」パネルトークの記録 (2014/12/14)

パネルトーク置賜①


[パネリスト]

●加藤健吾さん/杉沼歩さん「HOPE」(南陽市)
 → ご当地ヒーローとして、地域の魅力を発信する活動をしています。

●田口比呂貴さん「鶴岡市地域おこし協力隊」(鶴岡市)
 → 過疎集落で、里山暮らしのナリワイづくりの活動をしています。

●細矢江里さん「山形読書会~Yamagata Reading Club~」(山形市)
 → まちのあちこちで、読書会や地域情報発信の活動をしています。

ぬまのひろしさん「ぬまのひろし」(新庄市)
 → まちなかに拠点を構え、楽器制作・販売などの活動をしています。

[パネルトーク]

――今日は、県内の各地域でさまざまな活動に取り組んでおられる活動者の方がたに集まっていただきました。みなさんはどのような問題意識でその活動をなさっているのですか?

●加藤 「HOPE」は、もともと南陽市の若者むけ企画コンペがスタートの活動です。応募した若者たちが1年間、まちづくりについて学び、その上で企画をつくり競い合う、という企画だったのですが、そこでローカルヒーローをつくってふるさとのPR活動をしようということになりました。「南陽宣隊アルカディオン」という名前です。名称に「南陽」と入っていたりヒーローのスーツに市章がプリントされていたりするので、南陽市のおかねで活動していると思われがちですが、実際には市のおかねには頼っておらず、あちこちでヒーローショーを行って公演料をいただいたり、地元企業に現物(ブーツなど)を提供いただいたりしながら活動しています。

●田口 「鶴岡市地域おこし協力隊」として、旧朝日村・大鳥集落で生活しながら地域活動をしています。私が向きあっているのは過疎(限界集落)という現実です。でも、都会から来た若者である自分が実際にそこに住めれば、それは、里山でも人はふつうに楽しく生きていけるということの証明になる。しかもその暮らしは「ほどほど自給×ほどほど働く」。里山は、クマ猟や山菜とり、稲作など、さまざまな仕事を組み合わせて生計を立てるやりかたで生きのびてきた場所です。私はそこにインターネットなどをかけあわせ、「里山で生きる」という選択肢があるということを、都会で苦しく働いている若い人たちに身をもって示していきたいと思っています。

●細矢 「山形読書会」は、本を通してさまざまな人や場とつながることが目的の読書会です。就職して盛岡で暮らし始めたとき、職場内外に知り合いがおらず話せる人がいない状況で、たまたま「朝食読書会“Reading-Lab”いわて」と出会いました。人と話せて笑える場所が救いになり、人や街の魅力を知ることができ、盛岡というまちが好きになりました。その後山形に戻ったときに、地元でもああいう場がほしいと思い立ち上げました。読書会のように、趣味つながりで集まれる場所がまちや地域のあちこちにあれば、人はそこで自分を開放できる。たとえ仕事がダメでも、そういう場がいろいろあれば、人は生きていけると思っています。

●ぬまの 基本的に無職ですが、「生きのびるためのデザイン」に連なるさまざまな活動をそのつど行いながら生きています。現在は、現代民俗楽器としてオリジナルの楽器――自由な三味線みたいなもの、10月に完成したばかりで名前はまだない――を創作して販売したりワークショップを開いたり、といった活動に力を入れています。「何をやっている人?」と訊かれたら「カナリヤです」と答えています。炭鉱のカナリヤ。カナリヤが死んだらみんな逃げろ、というわけです。カナリヤである自分が生きのびていける余地やしくみを新庄という場所でデザインしていくことで、地元をどんな状態になっても人が生きていける街にしていきたいと考えています。

パネルトーク置賜②


――なるほど。活動の背景にあるいろんな思いを語っていただきましたが、すべてに共通して「これからの時代――地方が消滅していくと言われる時代――をどう生きのびていくか」という問いに対する若い世代からの回答という側面があるように感じられました。若い世代は、人口減少・少子高齢社会にあっては圧倒的なマイノリティ。すでに「非正規」問題など若年差別は常態化しています。そうした条件下で、自分たちが生きのびていくためのしくみを模索する――そんな共通項があるように感じます。

●加藤 私たちはだいたい24~25歳のときに活動を始め、いまはそれぞれ30歳くらいになっています。楽しいからこそ続いてきました。ヒーローはなまりで話すとか、敵役の名前も方言からとるとか、飲みの席で出てきたアイディアなんですよね。そういう楽しさを保つためには、「市のコマにならない」というスタンスが大事だと思っています。とにかく活動のニーズはあちこちにあるので、いったん走り出したらとまれない。年代があがっていっても続けるのかが問われ始めていますが、「キレの悪いヒーロー」というのもそれはそれで面白いかもしれない。

●田口 中山間地の集落は、かつては生きていくのに合理的な場所だったのかもしれない。でも、必要とされなくなったらなくなるのは仕方ないだろうなという気持ちではいます。とはいえ、そうした場所で生まれ、受け継がれてきたライフスタイルには、自分のような若い世代が自分の暮らしをつくっていく際に使えるところがたくさんある。先ほどお話した里山の多角的生存戦略というやつですね。さまざまなナリワイ――「小商い」と呼ばれる小規模のニッチビジネス――を組み合わせ、トータルで生計を成り立たせていく。あえてひとつにしぼらない。そういうスタイルが、リスクヘッジという観点からも重要になってきていると思います。

●細矢 どういう仕事に就くかといったことばかりが注目されているように感じます。でも、仕事があればそれだけで人が生きのびていけるわけではない。そうなると、家庭や職場の外で人と話せたり笑えたりする場所が大事になってきます。そんなサード・プレイス(第三の場所)がどんどん生まれていけばいい。そうした場があちこちにいろんなテーマで存在していれば、もっともっとまちが生きやすくなっていくと思います。実際、「山形読書会」には、UIターンの人が多く参加しています。サード・プレイスの豊富なまちには人が集まる、ということかもしれません。

●ぬまの 
東京に人や金を吸い寄せるチカラがますます強くなっています。巷ではアベノミクスが話題になっていますが、ずっと経済が成長し続けるわけがない。仮にそうだとしても、ヤマガタは割を食う側。だったら、自分らが生きのびていくのに国家なんか必要ない。もともと僕の地元は、山賊が出ると言われるような「奥の細道」。そこには、農や漁を営みつつ、「山賊が出る」と迂回させて最上川を舟で渡して生計を立てるようなしたたかな営みがあったと言います。要するに「半農・半漁・半賊」。そういう土地で生きてきた「まつろわぬ民」の末裔が僕です。そこには、国家に頼らずとも自立して生きていくたくましさがある。「目指せ、梁山泊!」ですよ。

――なるほど。生きのびていくためには、手づくりの、独立系の小さな居場所づくりが重要だということですね。では、いったいどうすれば、そういう場所をあちこちに多様なかたちで産出していくことができるでしょうか?

●杉沼 ここまで活動を続けてくることができたのは、ゆるく、ひろく、ムリなくやってきたからだと思っています。変にムリしていないから楽しいし、楽しいからみんな集まってくる。

●田口 拠点を複数もつのも大事だと思います。一枚岩でない、ゆるいコミュニティがたくさんある、というイメージ。そういう、ゆるくて弱いつながりのなかにいると、何かあると連絡が来る。弱いつながりの強さです。

●細矢 いろんな場所があるとして、でもその存在や情報を知る機会がありません。なので、場所のマッチング・サイトのようなものがあるといいのかなと思います。

●ぬまの メキシコの「サパティスタ」は、ゲリラでありながら、かわいいサパティスタ人形をデザインして世界中に売って資金を調達しています。自治なんですよね。僕らも自治を模索していけばいいんだと思います。

――みなさんのような「独立系の小さな居場所づくり」に資源が流れるしくみをどうつくるか、今後の私の課題にしたいと思います。おかげさまで希望のある議論ができました。ありがとうございました! (了)

若者活動ゼミナール@置賜 開催します!

県内4地域から集まった異分野の若者活動団体による事例発表をもとに、パネルトークやディスカッションを行います。やまがたの若者活動についてみんなで考え、熱く楽しく語り合う時間です。
ご興味のある人は、ぜひお越しください!

若者活動ゼミナール置賜チラシ


■日時:12月13日(土) 13:00−16:30
■会場:ワトワセンター南陽 (南陽市勤労者総合福祉センター) 研修室
 〒992-0472  山形県南陽市宮内4526−1


=====【事例発表団体・個人】=====
HOPE(南陽市)
 ご当地ヒーロー「南陽宣隊アルカディオン〜ARCADION〜」プロジェクトで、地域の魅力を元気にユニークにPR!
鶴岡市地域おこし協力隊(鶴岡市)
 鶴岡市大鳥地区で、山暮らしを体現しつつ、循環型の村作りを目指してアクティブに活動する、若きマタギ見習い!
山形読書会〜Yamagata Reading Club〜 (山形市)
 読書を通して人とつながる。そのつながりが巡り巡って山形を元気にする力に!
ぬまのひろし(新庄市)
 シェアスペース「よろず布袋屋」代表。自作楽器やミラクルメガネの販売・実演。表現者。謎多き最上の若者のキーマン!

=====【タイムテーブル】=====
13:00-13:15 受付、あいさつ
13:15-14:15 〈第一部〉若者団体活動事例発表(10分)+感想シート記入時間(5分)×4団体  
14:15-14:25 休憩  
14:25-15:15 〈第二部〉パネルトーク   15:15-15:25 休憩  
15:25−16:05 〈第三部〉テーブルディスカッション   16:05-16:25 テーブルごとに発表     16:25-16:30 まとめ・あいさつ

■申込・問合:ぷらっとほーむ 
   住所:〒990-0041山形市緑町4丁目10-3 ファートンビル3階A
   Tel&Fax:023-664-2275   E-mail:hodohodokayako@yahoo.co.jp(担当:黄木)

主催:ぷらっとほーむ 「やまがた若者活動支援事業2014」
    この事業は「一般財団法人人間塾」の助成を受けて運営しています。
プロフィール

ぷらっとほーむ 「まどあかり」編集部

Author:ぷらっとほーむ 「まどあかり」編集部
山形市にある「NPOぷらっとほーむ」の〈若者の居場所づくり活動支援事業〉のブログです。
山形県内各地で活動している若者団体や個人のインタビュー、イベント情報や参加レポートなどを随時更新していきます。

2016年度の本事業は、〈一般財団法人 人間塾〉の助成を受けて取組んでいるものです。
〈一般財団法人 人間塾〉

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