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まどあかり について

やまがた 若者の居場所の 
まどあかり

 山形県内を眺望すると さまざまな形や大きさの窓が見えます。

 そのむこうに灯る いろんな明るさ またたき 色をした それぞれのまどあかり。

 どんな人がともして 大事に守っているのでしょう。

 あかりが照らす そこに集う人々と 窓のむこうに広がる居場所とは

 いったいどんなところでしょうか。

 コンコンとノックして 少し中を見せてもらいました。



***このブログについて***
 

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「今、ここ」で ともにあることを 確かめあう ~天童アートロードプロジェクト イシザワエリ~

ザワさん

●「てんてん展―道草のすすめ―」無事に終了!
ザワさん2
会場のようす

天童アートロードプロジェクト」(以下、アートロード)が企画・運営する展覧会「てんてん展―道草のすすめ―」が、11月末に天童市美術館で開催された。2週間の期間中に826名の方がたにご来場いただくことができた。(ご来場いただいたみなさま、本当にありがとうございました!)

アートロードの展覧会は、一般的な展覧会とはちょっと違う。どう違うかというと、まず、会場には、全国規模の公募展に出展している若手アーティストの大きな油絵があり、隣には尾花沢の小学生たちが地元の養蚕の文化を学んでつくった「繭ハウス」が並ぶ。ジャンルを超えた作品が同じ空間に展示されている。また、自由にものづくりができるスペース「あきばこでつくろう!ぼく・わたしの天童市」が出展され、子どもたちが目を輝かせながらもくもくと何かをつくりつづけている。そして、会期中の土日・祝日には、親子で楽しめる多種多様なものづくり活動が開催され、大勢の人びとでにぎわう。

今年は、新しい取り組みとして、出展者が作品を通して、自由に語り合う場をつくることができた。例えば「ひろしまmeeting」は、広島市出身の作者が「原爆ドーム」が誕生して100年目の節目に山形の地で「ひろしま」をとらえなおしてみようという試みだ。ともに語るゲストに、広島をテーマにした作品に出演した舞台女優や、父親が海軍に勤務していたという男性をお呼びして、空・海・陸の視点から、当時の人びとの暮らしや考えに想いをはせた。

ザワさん3
「ひろしまmeeting」のようす

このように、会場では、人や物が常に変化しつづけている。そして、年齢も、仕事もバラバラの出展者たちがさまざまな考えかたのもとに制作した「作品」が、同じ場所に並んで展示されている。これこそが、アートロードの展覧会の最大の魅力だ。そして、展覧会という場をつくることで、人と人が出あうきっかけをつくりだそうとしている。

●「つまり」って、なんだ!

先ほど書いたとおり、アートロードの展覧会は一言ではなかなか説明できない。よく、来場された方に「つまり、どういう活動なんですか?」と聞かれることがある。「つまり」のあとには、端的にまとめあげられた言葉が求められている。
しかし、端的にまとめてしまうとアートロードの魅力がなくなってしまう。異なる価値観が同時に存在していることで生まれる、ごちゃごちゃ感を大切にしたい。5年間をまとめようとして、なかなかまとまらないので、そこに大切なことがあるのだと思う。

●「成長」をのらりくらりかわして、「今、ここで」を大切に

これからも、活動を続けていけば展示内容は変わっていくだろう。でも、気をつけないといけないのは、活動を「成長」させよう意識しすぎることだ。「よりよくしよう」という思いは、現代社会を生きる私たちがいつの間にか内面化し、追い求めてしまうものだ。しかし、具体的な目的も理由もないのに「成長」を意識して無理をしては、活動そのものが負担になってしまう。そうしたら本末転倒だ。
アートロードに参加する人たちは、これまでの生きかたも、仕事も、考えかたもちがう。この活動を通して、お互いに刺激を与えあい、ときにはぶつかりあいながら、今、ここで生きていることを確かめ合っているのだと思う。顔と顔を突き合わせて、考えたり、悩んだり、笑ったりしていること自体をこれからも大切にしていきたい。 (了)

「見えないもの」を 信じること ~311ボラMeeting 多田 曜子~

多田さん

◆世の中の痛みを「痛い」と感じられること
熊本、北海道、鳥取、岩手――なんだかこの一年は本当に災害が多くて、このまま数年後には日本中が「被災地」と呼ばれるようになるのでは…と思ってしまうほどでした。災害がおきるたびに、それを見ている方もショックが続いてしまいますね。
災害や殺人などの悲しいニュースが日々テレビで流されていると、痛みを感じないように、「また同じことか」と心がガチガチに石のように固まっていく。「自分にだけ被害がないようにしよう」と狭い範囲にだけ目を向けるように思ってしまうこと、悲しい出来事に「無痛」になっていくことも、人にはおこります。きっとこんな痛みに麻痺していくことも、人間に備わった防衛本能なのかもしれません。
人の痛みを「痛い」と共感できること、「これは普通のことじゃない」と感じられることは、きっとまだ心がゴムのように柔軟に動く証拠。健康な心の証です。しかし「痛い」だけが続いては、物事に向き合うのが苦痛になってしまう。誰だって「痛い」だけの連続は嫌です。
世の中の痛みを「痛い!」と感じたら、「じゃあ、どうすればいいのか」へ変換していく思考と行動を、習慣づけていきたいと思うこのごろです。

◆誰かが、応援してくれている。
岩手県陸前高田市では、津波が海岸から数キロメートル先の街一帯を、すべて根こそぎ奪い去っていきました。一軒のビルも、家の土台もなくなってしまったその街は、もちろん人が住むところなどなく、残った人びとは高台の仮設住宅に住んでいました。
津波を受けた街は、がれきの破片が散乱し、津波が残した泥水が街の水路だった場所を埋めつくしていました。行方不明者が当時まだ二百数十名。時間の経過とともに、各地のボランティア・センターが閉所していく中、その市のボランティア・センターは、行方不明者が残ったがれきや泥水の中から見つかる可能性はある、とボランティアを受け入れ続けていました。
人が住まなくなった場所では、たとえボランティアが一日かけてがれき撤去を行っても、誰かが声をかけて「がんばれ」と言ってくれることもなければ、きれいになった場所を見て「ありがとう」と言ってくれる人もいません。
「精いっぱいやったって、だれも見て喜ぶ人がいないならやる意味なんてないんじゃないか」と、あるボランティアはつぶやきました。

あるとき、活動現場へ行く途中に、高台に住む仮設住宅の方が、ボランティアにあいさつがしたいと、私たちのところへやってきました。小学生の子どもがいるという、一人のお母さんでした。

来てくれて、ありがとうございます。
私は家を流され、仮設住宅で子どもたちといっしょに過ごしています。大きなことや、特別なことをやっているわけではありませんが、子どもたちといっしょに、ご飯を食べて、学校へ行って、そんな普通の日常を、毎日を、精いっぱい、生きています。
ボランティアに来る人に毎日会うことはできませんが、ボランティアに来てくれている人が今もいる、と仮設へも聞こえてきます。
「誰かが、今も、応援してくれている。」
そんなふうに思うと、私たちもがんばって、生きていよう、と。ただそれだけで、そんなふうに思えます。
応援してくれて、ありがとうございます。

彼女は慣れない手つきでマイクを握り、涙を浮かべ、ふりしぼった声でそう言って、現場へ行く私たちを見送りました。

「誰かが、応援してくれている。ただそれだけで、生きていようと思えます。」

彼女のふりしぼった声が、何年たった今でも耳に残っています。

何かがうまくいかないとき、望み通りの生活が叶えられないとき、「なんで誰かが○○してくれないの」と誰かが「してくれない」ことに目が行ってしまいがちです。私ならそうなってしまうこともあります。そんなときに、身のまわりの小さなことに耳を澄まし、心を澄まし、どこかで応援してくれている人を思いおこす。彼女のように感謝をもって毎日を重ねるそんな強さを、どこかにもっていたいと思った出来事でした。

◆祈りの効果
2017年3月で、震災から丸6年が経ちます。今回の3月11日は土曜日ということもあって、実際に被災地に行きたいという人や、復興支援商品を買おうという人、家で静かに祈りたいという人、いろんな過ごしかたができると思います。私はというと、毎年「静かに祈っていたいな」と思うことが多く、たぶん今年も静かに過ごすのだろうなぁと思います。
そういえばあるとき、「祈ったところで何かなるの?」と友人に言われたことがありました。「何かなるの?と言われても…」と思いながらも調べていると、意外な研究が見つかりました。
その研究というのは、とあるアメリカの病院で、同じ病状の方がたを無作為に「祈られるグループ」と「祈られないグループ」にわけて、同じ環境の中で経過を観察する、というものでした。そして患者たちには知らせずに、祈る人たちはできるだけ具体的に毎日祈り続ける。医師も、看護師も、どの患者がどのグループなのか知らない中で行われましたが、その臨床結果は「祈られたグループ」は「祈られないグループ」よりも驚くほどよい治療結果になった、というものです。そしてその効果は、祈る人との距離の関係もないこともわかったそうです。(興味のある人はぜひググってみて!)

「想い」や「願い」、「祈り」。目に見えないものは信じにくいかもしれません。けれど、そこには確かな何かが動き、誰かに届くことがあります。

あなたの祈りが、まだ会ったことのない誰かを幸せにする。
そんな祈りの時間を、今年は一度、いっしょにつくってみませんか?

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プロフィール 多田曜子
山形市出身。北京語言大学卒業。会社員、販売員を経て2011年の東日本大震災をきっかけに宮城・岩手・福島・山形でボランティアを始める。2011年8月より復興ボランティア支援センターやまがたに勤務。311ボラMeeting代表。

「あの日」をふりかえって ~庄司 樹 (庄司林業・So-tennen)~

この原稿を書いている2016年12月22日に何をしていたか、クリスマス・イブの前の前の日。答えられる人がどれくらいいるでしょう。私も本紙が発刊されるころには忘れていて、たぶん他の人もそのとき何をしていたかなんてほとんど覚えていないはず。

でも震災のあったあの日あのとき、どこで何をしていたか、ほとんどの人が鮮明に覚えています。不思議なような、スケールの大きな共通の認識。



あの日――。翌日都内で引っ越しを控えていた間の悪い私はビルの4階の家具売り場で買いものをしていて地震に遭遇しました。今まで体験したことのない揺れに慌てて非常階段を駆け下り、外に出ると人があふれかえっていました。交通機関はマヒしていましたが、家が近くだったので何ごともなく戻ることができたわけですが、家の前につくと塀が崩れていて、少しぞっとしました。

家の片づけが途中だったので、恐る恐るドアを開けると思ったよりかは散乱していなくて、皿が数枚割れたていどでした。メールやらなんやら情報が錯綜していたので、とりあえず何があったのか確かめようとテレビをつけました。

するとそこには、自衛隊のヘリコプターからの映像で、大きな津波が幾重にも連なって押し寄せているようすが映し出されていました。画面の端には日本地図に「大津波警報」の文字。宮城県の沖で大きな地震が発生し、津波が押し寄せている。実家に電話するもつながらず。停電が起きているかもしれないとのこと。しばらくの間呆然とテレビばかりを見ていました。

翌日気を取り直し、何とかレンタカーを借りて引っ越しを済ませ、新天地での生活がスタートしました。中目黒は震災直後の異様な雰囲気に包まれ、人びともどこか息をひそめているように感じました。コンビニやスーパーに行ってみると買占めが始まり、棚はスカスカでほとんど何もない状態。しばらく続くだろうな。当時私は映画業界で助監督のキャリアを歩んでおりましたが、仕事もすべてストップし、フリーランスというあこぎな仕事を今更恨めしく思いながら貯金を切り崩しての生活になりました。

夜、散歩がてら飲み屋の散策に出かけていると、お店というお店が節電で薄暗くなっていました。よさげな居酒屋を見つけ中に入ると電球色の頼りない灯りに迎えられ、今異常事態の最中にいるということを見せつけられたようでしたが、不思議と嫌な感じはなくむしろ心地よいくらいに感じました。

ビールを飲みながら室内を見渡すと、浮き上がった影があんばい悪そうに佇んでいます。店の雰囲気と影がどこか合っていない。でもその影には妙な美しさを感じました。どこにいても何をしていても、映画のフレームでものを見るクセがついてしまっていて、自分なりにここで撮影するならどこからどれくらいのサイズでどういう照明で撮影するか考えてしまうので、照明具合に目がいきます。

影。谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』をふと思いました。西洋と日本の影に対する考えかたの違い、日本人の美意識について書かれた本ですが、この本、映画業界では必読書となっています。特に撮影部、照明部の人でこれを読んでいない人はモグリと言われている本です。自分は演出部だったわけですが、その話を聞いてすぐ読んでみました。読むと納得、美しいものがなぜ美しいと感じるのか知ることができました。そして光と影に対する日本人としての考えかた、影に美を見出す豊かさなどたくさんの気づきをえました。



震災


その後、私は家業(林業)を継ぐ決心をし、1ヶ月もいないうちに東京を離れました。最後に住んでいた中目黒の街は今どうなっているのだろう。震災を忘れ、美しい暗闇を打ち消して夜を輝かせてしまっているのだろうか。

私たちはもっと美しく豊かに生きることを選んでいいと思います。太陽が顔を出したら目を覚まし、その季節に採れるおいしい旬の食べもので心と体に栄養を補給したら仕事に汗を流し、一休みしたらまた汗を流し、太陽が沈む前に家に帰って汚れを洗い落とし、火にあたりながら晩酌をして、暗闇に添い眠る。自然と共にある暮らし。日本人が本来知る美しさと向き合うことが必要なのかもしれません。

「いつまでもあると思うな親と金、地球環境」。経済より環境が心配で口より先に手が動く、元映画助監督で現在林業作業員の若者のつたない思いを書かせていただきました。 (了)

やまがたNPO 活動促進大会

そくしんたいかい

11月11日(金)、ホテルメトロポリタン山形にて「やまがたNPO活動促進大会」(以下、「NPO大会」と略記)が行われました。この会は、県内各地のNPOによる活動内容の発表や県民活動に関するセミナーなどを通し、県民にNPO活動への関心を持ってもらい、参加を促すことを目的に毎年開催されているイベントです。

NPO大会」は細谷副知事の挨拶から始まり、続いてプログラムの第一部「2016年やまがた公益大賞」の授賞式がありました。これは団体や企業がとりくむ公益活動で大きな成果を収めた活動を表彰するもので、山形市末広地区にて、イベントなどを通し住民が世代をこえてつながれる場づくりを行っている「あいらぶ末広 楽市楽茶」や、新庄市の旧蚕糸試験所(新庄市エコロジーガーデン)でマルシェや芸術祭を開催し、地域の交流拡大に努めている「新庄市エコロジーガーデン交流拡大プロジェクト」など全5団体が授賞。県内あちこちで地域住民の交流活動が活発に行われていることを知れると同時に、逆にいえば現代はそうした場を設けなければならないくらい多世代間の交流が希薄になっているという課題が見えてくる授賞式でした。

 第二部は「県民活動推進セミナー」ということで、東北公益文科大学の特任講師の青木孝弘氏による「NPO・企業・行政等の連携による新たな社会の創生」と題したセミナーが行われました。 

近年、地方衰退が問題視されていますが、青木氏はこの問題に対し、これからは産業界や行政機関、大学、地域は垣根をつくらず多様なつながりをもつことが大切だといいます。実は民間と行政の連携は90年代末あたりから重要視されていましたが、それはあくまで活動領域ごとに縦割りのつながりしかなく――例えば農業と観光協会の連携、行政のまちづくり担当部局と地域の連携というように――横のつながりがほぼない状態でした。しかし、組織の高齢化や縮小化など、そろそろ縦割りの関係にも限界が来ていることを青木氏は指摘します。各団体もっと広域に、もっと多様なつながりをつくることが新たな社会創生につながる。青木氏のお話を伺って、自分の周りにはどんな地域資源が存在するのか、視野を広くもって活動することの大切さを再認識させられました。

引き続き第三部は、平成27年度に「やまがた社会貢献基金」を活用して行った事業の成果報告会です。山形県無形民俗文化財にも指定されている民俗芸能・仁田山獅子踊の技術継承と未来の担い手育成事業を行う新庄市の「仁田山獅子踊保存会」や、酒田市にて県内外の大学生を対象とした海洋ごみ問題に関わる啓発・交流活動を行う「NPO法人パートナーシップオフィス」など、全6団体が発表。伝統や環境問題、自分の知らない多彩な分野の活動団体のお話を聞けるのはよい刺激となりました。

第四部は交流会。おおよそ40分、参加者どうしでざっくばらんに交流できる時間が設けられていたので、筆者は同じく会場に来ていた米沢の「NPO法人With優」の方と交流し、近況を報告し合いました。時間が少し短かったために、充分いろいろな方と交流できなかったのが少々心残りです。

「NPO大会」を通し、自分の知らない団体の活動内容などを知ることもできて非常に有意義な時間をすごせました。しかし、県内にはまだまだ知られていない団体や活動がたくさんあるはず。活動の規模など関係なく、そうした人びとや場所を今後『まどあかり』(文責:大原克彰)

山形あづまりEXPO 2016


11月6日(日)、村山市の甑葉プラザにて「山形あづまりEXPO(以下、「EXPO」と略記)」が開催されました。「EXPO」は地域の未来のために活動している人たちが山形県内各地から一堂に集まり、パフォーマンス、グルメ、体験活動などさまざまな形で活動をPRするイベントです。2014年に始まり、今年で3回目となる「EXPO」に『まどあかり』編集部も参加してきましたので、当日のようすをレポート形式でいくつかご紹介します。


あずまり1
●ステージ
【YOZAN戦士アズマンジャー】
「YOZAN戦士アズマンジャー」というヒーローのショーを鑑賞しました。彼らは、米沢市を中心に活躍しているローカルヒーローで、 米沢の特産品のグループ 米沢ABC(Apple=舘山りんご、Beef=米沢牛、Carp=米沢鯉)をモチーフとしているそうです。今回のヒーローショーでは定番の怪人と戦うというシーンはなかったのですが、オリジナルのダンスを披露してくれました。また、熱狂的なファンもいて記念撮影などを行っていました。
(文責:宍戸浩介)

あずまり2
【べにばなレジェンド】
同じステージで長井市の「べにばなレジェンド」という団体の方がたがけん玉ショーを披露してくれました。「べにばなレジェンド」とは、1992年の「べにばな国体」のとき、小学生で、けん玉演技やけん玉道にひたすらとりくんでいた、けん玉が上手な世代の方がたの団体で、いままで見たこともないような妙技を披露してくれました。フロアで行われていたワークショップでは、説明していただきながら玉が三つもあるけん玉に挑戦させていただきました。参加者していた子どもたちや若い世代の人たちはあまり触れたことのない文化だと思います。そういう世代に対してこうやって文化を継承していくのだなと感じました。             (文責:宍戸浩介)

村山市地域おこし協力隊】
村山市の「地域おこし協力隊」の方がたの発表もありました。「地域おこし協力隊」とは、人口減少や高齢化等の進行が著しい地方において、地域外の人材を積極的に受け入れ、地域協力活動を行ってもらい、その定住・定着を図ることで、意欲ある都市住民の要望に応えながら、地域力の維持・強化を図っていくことを目的としているとりくみだそうです。そこには、かつての「ぷらっとほーむ」メンバーの姿もありました。久々の再開に喜びつつ、発表を聞いていたのですが、彼ならではの目線から村山の魅力を発表してくれていてとても素敵でした。            (文責:宍戸浩介)

あずまり3
【山形を熱くしよう!プロジェクト】
ステージパフォーマンスのひとつに、山形県出身・在住のシンガーソングライター・kiyoさんのライブがありました。Kiyoさんは、2012年から「山形を熱くしよう!プロジェクト」と題して東日本大震災復興支援チャリティーライブや若者交流・子育て支援のイベント、地域のお祭り企画運営・プロデュースなど、さまざまな活動を展開している方です。Kiyoさんは歌やギターの演奏が素晴らしいのはもちろんのこと、曲の所どころでお客さんに手拍子やハイタッチを求めるなど、会場を巻き込んでもりあがれるような構成のライブになっていて、「みんなを楽しませたい!」というkiyoさんの熱い思いがひしひしと伝わってきました。 (文責:大原克彰)


●体験・展示など
あずまり4
【ゆるキャラ】
メインのホールでいろいろなイベントをやっていたのでそちらを見に行こうとホールへ向かうその途中、長井市の「バーニック」や山形県の「きてけろくん」、舟形町の「女神ちゃん」など、各地域のゆるキャラがお出迎えをしてくれました。みんなで記念撮影をしたり、握手をしたり。自分の知らなかったキャラクターもいて、県内にこんなにたくさんゆるキャラがいるのかと、とても驚きました。               (文責:宍戸浩介)

あずまり5

【天童アートロードプロジェクト】
「天童アートロードプロジェクト」の、かんたんお気軽ラクガキ似顔絵「スケルメン」を体験しました。「スケルメン」とは、透ける(透明な)板を使ったラクガキ遊びです。
団体のブースに、「スケルメン」のつくりかたという説明書き看板がありましたので、読んでいくと次の通りになります。

①二人で向かい合って座ります。あいさつもします。
②お互いの顔に透明な板をあて、顔や体の輪郭を描きます。板は描く相手にもってもらうと描きやすいです。
③輪郭線を描いた面を裏返しにして、色を塗っていきます。見えた通りもOK!心の色でもOK!ヘンテコでもOK! 楽しく塗りましょう。
④はさみで板をいい感じに切り抜いて完成!
さあみんなでLet'sスケルメン!

ということですので、さっそく体験です。二人一組なので、いっしょに参加していた『まどあかり』編集部協力者の宍戸くんとやってみました。
「天童アートロードプロジェクト」のイシザワエリさんからアドバイスを貰いつつ、会話をしながら進めていきました
彼(宍戸くん)の顔を近くで見るのは初めてで、何故かはわかりませんが楽しくなってきました。
次に自分が描かれる番でも、自然と笑顔になってしまいます。
お互いベースになる輪郭を描き終わり、色を塗っていき完成です。
完成した「スケルメン」は、ぜひ写真(右)で確認してみてください。似てるでしょ(笑)。
久々に絵を描いて、純粋に楽しかったです。こちらの団体のブースはとても人気があり、子どもから大人まで、みんな楽しそうに「スケルメン」をつくっていたのが印象的でした。 (文責:亀山勇樹)

あずまり6


【山形大学フリーペーパーサークル "Y-ai!"】 
会場の一角で、山形大学の学生フリーペーパーサークル「Y-ai!」のみなさんが活動紹介のブースを設けていたので見学させていただきました。「Y-ai!」は「もっともっーと元気な山形を」をコンセプトに、山形のモノ・人・街の魅力をフリーペーパーとして発信するサークルです。ブースでは『Y-ai!』最新号である9号の無料配布やバックナンバーの展示などが行われていました。ブースにいらした学生さんにお話を伺うと、『Y-ai!』では企画や取材、編集に至るまで全て学生自身が行っているのだそうです。そのバイタリティの高さに驚かされるとともに、同じく冊子を発行している身として、とてもよい刺激を受けました。 (文責:大原克彰)

●食
【東根風お好み焼き♪おこふ宣隊】
「食」のブースは全部で16もの出店があり、どれも美味しそうな匂いがしてきます。その中で自分は、東根風お好み焼きご当地グルメ「東根おこふ」を食べました。美味しかった! 「東根おこふ」とは、東根市に古くから伝わる特産品「焼き麩」を使ったお好み焼きで、肉のような味つけをしたお麩が入っているのが特徴です。ぜひ食べてみてください。(文責:亀山勇樹)

前転フェスティバル

みさわ

12月3日21時から翌4日の5時にかけて、山形市本町にあるシェア・アパート「ミサワクラス」(もともと旅館だった建物を改造したもの)で開催された音楽イベント「前転フェスティバル」に足を運びました。



この「ミサワクラス」では、アーティスト・音楽家・写真家・建築士・デザイナー・東北芸術工科大学の学生・社会人など、さまざまな人たちが共同生活をおこないつつ、制作活動をし ています。
引き戸の玄関を開けると、靴が敷き詰められていて、細い階段を進むと、ふだんは住居スペースや台所として利用されている場所が、会場に様 変わりしていました。
受付を済ませて、薄暗い奥のスペースに行くと、即興のギター演奏や、弾き語りのライブ、ノイズミュージックの歴史講座、DJイベント、自主映画上映など、さまざまなイベントが時間ごとに開催されていました。

みさわ2

夜通し行われるイベントということもあって、簡易ベッドを組み立てた宿泊施設や、シャワーを有料で使用できるサービスが用意されていて、関わっている人たちの工夫や「楽しんでやるぞ」といった心意気を感じることができました。
他にも、芋煮を食べる人、アルコールを飲みつつイベントを楽しんでいる人など、参加している人がそれぞれに楽しんでいました。
弾き語りライブでは「500マイル」など数曲をギターで弾き語りをしていて、静かな時間が流れていると思ったら、その次に行われたノイズミュージックの歴史講座では、時代系列順に楽曲のレコードをかけつつ、後ろでは大画面と大音量で、そのアーティストに関連したプロモーション・ビデオが流されていて、それについての解説を行うという、授業のような構成が、見ていて新鮮でした。


みさわ3




今回、「ミサワクラス」に住んでいる方と話をする機会があり、このあたりも空洞化が進んでいて、周りに住んでいる人がいないため、夜中に大音量を出しても苦情はほとんど来ないという話が印象に残りました。
空洞化したからこそ、夜通しで音楽イベントを開催することができることに、何か新しいことが山形ではじまる可能性を感じつつ、深夜1時すぎに「ミサワハウス」を後にしたのでした。

(文責:大場茂慶)

咲良さくらさん


さくらさん1
前号の『まどあかり(2016年秋号)』でもご紹介した、山形市出身の高校生で、県内のライブハウスやイベントなどでピアノの弾き語りを行っている咲良さくらさん。
学生として勉強に励むかたわら、アーティストとしても日々精力的に活動しているさくらさんは、将来の目標として音楽で食べていきたいと語ります。一体、どんな思いや考えをもって活動されているのでしょう。この度、編集部の大原克彰がお話をうかがってきました。     (文責:大原克彰)
―― さくらさんが音楽活動を始めた経緯を教えてください。 
音楽活動は2015年の6月からスタートしました。元々、わたしがカラオケで歌った動画などをYoutube上にアップしてまして。その動画をいつも母がfacebookでシェアしてくれてたんですが、それを母の知人で新庄にあるライブバーの関係者さんが見てくださり、「よかったらうちで演奏しませんか?」と誘ってくださったのがキッカケです。

――そこからどのように活動を展開されていったのでしょう?
新庄でのライブ当日、たまたま会場に山形のCMソングなどを歌っているタダセンパイ(※多田宗晃さん)が来ていて「次はうちでもライブしませんか?」とオファーくださったんです。タダセンパイも新庄で「となりのcafé」というバーを運営されていまして、次にそこで演奏することになりました。そのステージで「山形を熱くしよう!プロジェクト」発起人でシンガーソングライターのkiyoさんと出会い、それから時折、kiyoさんのライブなどに呼んでいただくようになったんです。そこから徐々に県内各地で弾き語りのライブをしていくようになりました。つながってつながって今がある…という感じですね。

―― 音楽にはいつ頃から関心を持たれてたんですか?2歳か3歳くらいのときからピアノに触れていたので、音楽が常にそばにあって当たり前という環境の中で育ってきました。実は父がドラマーだったり、祖父母が民謡を歌っていたり、全員が何らかの形で音楽に関わっているような家庭だったんですね。

――そのころから既にアーティストになりたいという夢はおもちだったのでしょうか? 
よくは覚えてないのですが、思い返してみれば幼稚園のころから既に人前で何かしたいという願望がありました。そのころから目立ちたがりな性格だったのかもしれません(笑)。それで気づいたら、音楽一本でご飯を食べていきたいという夢をもつようになっていました。


さくらさん2

――さくらさんはいま現在、学生でいらっしゃいますが、学業と音楽活動をかけもちするというスタイルは少々珍しいかなと思います。大多数の同世代とは違った道を歩まれることに対して不安などもあったかと思いますが、自分の中ではどのように折り合いをつけていますか?
 不安に思うことも少しありますが、あまり長くは悩まないようにしています。というのも、わたし人と関わるのがとっても苦手で。小中学生のときなど学校に行きづらいと思うことが多々あったんですが、音楽を通してそうした不安な気持ちを放出することができたんです。エネルギーをぶつける場所を見つけられたというか。だから音楽を続けていけば何とかなるんじゃないかなって。
もちろん、これから先それなりにいろいろあるかもしれませんが、それでも自分が決めたことなので自信をもって活動していかなきゃなって思ってます。でなければ聞いてくれるお客さんたちに何も伝わらないんじゃないかと。

――筆者[大原]は音楽に詳しいわけではないですが、以前さくらさんのライブを拝見させていただいた際、確かに歌ってらっしゃるときのさくらさんの声には迷いがないというか、すごくストレートな感じがしました。 
「この声出るかな?」とか不安に思っていたら余計に出なくなっちゃうんですよね。実際、それで過去に失敗したこともあったので、今は「やる!」って決めたんなら不安なんて取っ払ってやっていかなくちゃと思ってます。

――歌やピアノの練習はどれくらいされてるんですか? 
歌は家に一人でいるとき常に歌ってますね。気づけば口ずさんでいる感じです。下手するとテレビを見てるときも歌ってますね(笑)。ピアノについては、自宅に電子ピアノがあるんですが、出し入れが少し大変なので常に練習するというわけにはいかず、気が向いたら引っ張りだしてきて、そこからがっつり練習するスタイルをとっています。急にスイッチが入ったときなんかはご飯を食べるのを忘れて曲づくりに熱中したり、カバー曲を練習する場合は、わたしは楽譜があまり読めないのでCDなどを耳で聞いて覚えたりしています。耳で覚えられるのは、小さいころからピアノをやっていた影響が大きいんじゃないかなと思います。

――県内あちこちで活動されてるさくらさんですが、自分の知らない場所に出向くことは大変ではないでしょうか? 
いろいろな場所でライブをしたい、という思いがあるので行けるところだったらどこでも行きます。やはり自分から動かなければと思いまして。ただ、いまはまだ両親の協力がないと――いかんせん足がないので――活動できないという問題はありますね。

――なるほど。しかし、行動範囲に少し制限は出てくるものの、音楽活動を通しいろいろな場所に出向くことで、学校では得られないような経験もたくさん得ることができそうですね。
そうですね。やっぱり学校だけだと経験できることも限られてくると思いますし、例え同じ経験ひとつとっても、大人になってからの自分といまの年齢の自分では、捉えかたも違ってくるんじゃないかなと。それだったら学校だけで完結するよりは、わたしは外でいろんなことを知りたいです。

――最後に、今後の展望はありますか?
先ほども少し述べましたが、県内外問わずもっといろいろな場所で演奏していきたいですね。また、この活動をスタートしたときから決めていることですが、音楽だけで食べていけたらなと思います。そして一生音楽を続けていきたいです。
わたしにとって音楽は技術を見せつけることではなく、自分のしたいこと、やりたいこと、伝えたいことを形にして奏でることだと思っています。なので、自分をさらけ出すというか、何も偽りのないような音楽を目指したいです。

――― ありがとうございました!               (了)

くまのさん、 養蜂はじめたって 本当ですか? ~ぬまのひろし(無職)~

くまのさん

「くまのひろし氏が養蜂をはじめたらしい」という、ある事情通からの確かな情報を元に、私ぬまのひろしは新庄へ飛んだ。
彼との初対面の模様は本誌既報のとおり、ちょうど一年ほど前になるだろうか、“ヒトよりちょっと毛深い(※クマにしか見えないていど)ためか職が定まらず、アルバイトを転々としつつも3人の子どもを養うふつうの男性(33歳無職)”、それがくまのひろし氏である。私は他人とは思えない何かを彼に感じ、熱く語りあったものである。
その彼が養蜂!? いろいろ大丈夫なのだろうか。不安は尽きぬまま、新庄に降り立った私を迎えたのは、変わらぬ笑顔の彼であった――。



くまのさん2

ぬまのひろし(以下ぬ) こんにちは。お久しぶりです。
くまのひろし(以下く) お久しぶりです。またお会いできてうれしいです。
ぬ 私もです。会いたくて会いたくて震えてました。本当です。さて、養蜂はじめたって本当ですか? どうしてまた?

くまのさん3

く はい。本当です。昨年の春からですね、縁あって新庄の養蜂家の方のもとで修行させていただいてました。ご高齢で跡継ぎもなく、そろそろ引き継いでくれないかとのことで今に至ります。
ぬ マジのガチなんですね。はじめてみていかがですか?
く とても楽しくやらせてもらってます。山の中でハチと花とを相手にしていると、もしかしてこれが僕の本来の姿なのかと思うほど、なんというか解放感のようなものに包まれますね。それに…

――「ハチは俺を差別しない」。そう続けた彼が私にはモハメド・アリに見えた。単に黒いからかも。話は続く。

く …(略)そういえば去年作業中にうまれてはじめてクマを見ました。怖かったです。あと蜜源の種類と時期は…(略)

――長い。が、要するに養蜂は楽しくて奥深くて楽しくて最高らしい。それはわかった。もうダメだ。興奮してきた。さっきからそこにあるのだ。私は唐突に切り出した。

ぬ ハチミツたべたいなぁ。あ、いえ、試食とかないんすか?
く 失礼しました。どうぞ。
ぬ どれどれ………ん!……うん!?……ゥンまああ〜〜いっ!!!ほとばしる甘味! めくるめく幸福! 絶対的法悦! これほどまでの圧倒的ヨロコビが現世にあったとはーー!!!
く ありがとうございます。
ぬ どんなに絶賛してもしたりないぃぃ! もはや何をか言わんや! イチオク万円分ください!
く すみません。今期のぶんはほとんど売れてしまったんです。
ぬ (しばし慟哭)ではせめてどこで食べられるかだけでもっ……!
く 戸沢村の国道47号線にあるあの超有名ドライブイン、「白糸の滝ドライブイン」さんの「パーラー白糸の滝」で「くまのさんのパンケーキ」として食べられます。
ぬ 絶対行く! イクッ! イク―――!!
く さらに今年の5月くらいまで待っていただければ、県内各地のイベントやお店で買えます。
ぬ 一瓶15万でも買います!!!
く そんなに高くはありませんよ。時価ではありますが1.2㎏瓶だと5,000円前後でお売りできると思います。
ぬ ゲェ!!! ゲボ安いボゥェエエッ!!!
く 落ち着いてください。
ぬ はい。落ち着きました。
く みんなで
ぬ 買おう
 くまさんのはちみつ。

くまのさん4         

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プロフィール ぬまのひろし
1983年、新庄市生まれ。貧困などをテーマにした「持たざる者のためのデザイン」を標榜し実践。新庄を拠点に“カナリヤ”活動を各方面で繰り広げる。無職。

「ほんきこ。」から 「Book!Book!Okitama」 までの道 ~荒澤 久美 (『ほんきこ。』編集長)~

ほんきこ

ほんきこ。」というミニコミ誌が生まれたのは今から14年前(2003年)のこと。図書館に出入りしていた20代後半の若者6人で、たった12ページの冊子を300部、すべて手作業で製作することからはじまった。ちょうど独り暮らしを始めた私のアパートで夜な夜な繰り広げられていた、実にくだらない話。そこから企画や特集は生まれた。内容は主に、仕事や恋愛、結婚について。自分が思っていること、悩んでいること(「人生相談」コーナーは人気だった)。遠くへ旅する者もいれば、自分の趣味について熱く語る文章もあった。混沌としていた「自分探し」時代である。

ほんきこ2

もともと来る者拒まず、去る者追わずをモットーとしたゆる~い団体なので、メンバーは20名ほどに増え、内容は益々バラエティに富み特集の厚みが出てきた。と同時に、結婚や出産体験記、子育て、家族、生活について書く者も出てきた。中心メンバーが30代に入り、ライフステージが変わったのだ。私自身も結婚し子育てが始まると、冊子発行の編集や印刷に費やす時間が全くなくなった。なので、活動の中心を「読書会」に変更。担当者がテーマや場所、運営すべて段取り、誰でも回せるしくみにした。

ほんきこ。」の活動が長年続けられた秘訣は、ここにあると思う。そのときできる者が、無理のない範囲の内容ですること。20代~30代~40代では、社会的役割はさることながら、周りから求められることと、自分個人でやりたいことの割合が違う=時間の使いかたが違うのだ。だからそのときにできる範囲のことをする。そのうち、健康や介護、墓問題などの特集が出てくるだろう(笑)。


ほんきこ。」は日常のゆるい小さなコミュニティの場。それをイベント化したのが「Book!Book!Okitama」(以下BBO)である。BBOは「本」を通してひと、店、まちがつながることを目的としている。「本」のいろんな楽しみかたや可能性を見出し、置賜内のカフェやギャラリー、書店、図書館などに協賛いただくことで、私たちが住んでいる地域を違った側面から知るきっかけとなった。

ほんきこ3

ほんきこ4


3回目のBBOが終了した昨年、今まで関わった本づくりのプロの方(装丁家、漫画家、編集者など)の原稿やトークイベント内容、書評、まちのひとの紹介などをまとめた「nda nda!(んだ んだ)」という冊子を発行した。「ほんきこ。」と大きく違うのは、こちらは冊子を購入していただくことで運営費に使用できるよう販売物として製作したこと。人間、「お金」が絡むと(笑)、「ほんきこ。(マジ)」になる。手にとってもらえる表紙デザインとタイトル、レイアウト、写真、読んで何らかの楽しさを感じてもらえるか、得した気分にさせる情報を掲載できたか、コアなひとだけでなく活字が苦手なひとにも興味をもってもらえるか・・・などなど。読者ターゲットをどこにするか、いちばん迷った。

ほんきこ5

イベントを通して知り合った本づくりのプロの人たちとの関わりで、私の出版物製作への意識は明らかに変わったと思う。そして、発行したのはいいが、これからが本番だということにも気がついた(遅い?)。宣伝、営業、取扱店との交渉、納品、集金・・・。書店などに置いた場合、いかに目立たせたポップにするか、実行委員と知恵を出し合い、手売りをし、反応を見ながら営業をしている。伝えたいのは、BBO本来の目的と、地域からの情報発信。これから知らず知らずのうちに消えていく地域独自の文化がある。それらを残していきたいという思い。

もっぱら「ほんきこ。」よりもほんきこになって宣伝、営業、販売している私である。販売物としての「冊子」づくりの挑戦はまだ始まったばかりだ。(了)

山形ルービックキューブ会

るーびっく1


11月6日(日)13:00~17:00に、山形まなび館(山形市)で行われた丸谷健太さん主催の「山形ルービックキューブ会」に参加してきました。
山形をはじめ、東北各地のキュービストが集まって情報交換をしたり、タイムを計ったりしていました。
また、初心者もていねいに教えてもらえるとポスターにあったので、初めての私も参加させていただきました。丸谷さんに指導していただいたことがある「ぷらっとほーむ」メンバーもいっしょに参加してきました。

会場には、13×13×13の巨大ルービックキューブ、カレンダータイプ、ピラミッド型など、いろんな種類のルービックキューブがありました。カレンダータイプのものを説明していただいたのですが、うるう年も含めてすべての月に対応することを聞き、驚きました。ルービックキューブ初心者の私ですが、お話を聞いていてルービックキューブに対する熱い思いをひしひしと感じました。
場が和んでから、記録計測が行われました。5回キューブを完成させて、平均タイムを出すそうです。私は、このイベントに参加して3時間以上かけてようやく完成させることができたので、5回完成させると聞くだけで気が遠くなりそうでした。早い方だと平均11秒で1回完成させるそうです。記録計測が行われている一方では、足でルービックキューブを操作する方、13×13×13の巨大で目が細かいルービックキューブの記録に挑戦する方もいました。13×13×13を完成させた方は世界記録並みのタイムが出、会場が一気に盛り上がりました!!

まるやさん2

「ぷらっとほーむ」メンバーは、数分で完成できるようになったので1回記録計測に挑戦させていただきました! すると見事、3分台で完成。「目指せ! 1分台!」と丸谷さんより激励をもらっていたようです。
今回の「山形ルービックキューブ会」には、6才~50代まで幅広い年齢層の方たちが参加していました。ルービックキューブを介して人と人の交流が生まれる魅力、一方でルービックキューブを完成するために集中することへの魅力を感じました。
何より、初めて参加する人たちへの、丸谷さんはじめ「山形ルービックキューブ会」の方がたの楽しい雰囲気づくりがルービックキューブへの架け橋だと感じました。         
(文責:鈴木晴菜)

トランジションタウン準備室(2) 近ごろ起きた 小さな動きと 大きな変化 農的暮らし研究所 こまつかおる

こまつさん

前回、「トランジションタウン」についてどんな活動なのかを説明したものの、この説明がどれだけの人に届いているのか不安になり、急遽仕切り直して夏号から始まった「トランジションタウン準備室」。私の中でも、準備室になったことで頭の整理がつき、ふだんからの呼びかけにも冷静さが出てきたように感じます(笑)。

そんな中、私の周りでようやく「トランジションタウン」――地域自給を目指す提案と実践活動。地球温暖化や災害、ピークオイル(石油の枯渇)という地球規模の危機に対し、地域レベルでコミュニティをつくり直し、市民の創意と工夫と地元の資源(人・モノ・コト)を活用して、自分の足元から小さな変化を生み出し、その輪を楽しくつなげていく活動――という言葉に反応して声をかけてくれる人たちが徐々に集まりはじめました。「こんな素敵なつながりがあるなんて知らなかった~。山形ではじめるときは絶対に声をかけてね!」と県内各地域から声がかかるようになってきました。


そこで今回は、第一回説明会の報告と、はじまったらやってみたい部活動のお話をしたいと思います。


その1
トランジションタウン・ゴサロ
はじめのはじめのお話会 開催



新庄市地域おこし協力隊の吉野ゆうみさんからお声がけいただき、11月26日に、新庄市内にあるコワーキングスペース「ゴサロ」さんにて、「トランジションタウン説明会」を開催させていただきました。

内容としては、どんな活動なのかと簡単なはじめかたについてのお話です。平日の午前とあって、集まった人数は7名ほどでしたが、もともと地域コミュニティや持続可能な社会づくりに関心の高い方たちが集まってくださり、終始活発に意見が交わされ、この後、自発的に「トランジションタウン」が始まっていきそうなよい会になりました。

この説明会を開いて感じたのは、参加された一人ひとりがすでに地域課題に向き合っているということでした。「トランジションタウン」で大切なことのひとつが、みんなと課題解決していくこと、それぞれが自立し意欲的に参加していくことです。その点からも、「トランジションタウン・ゴサロ」に今すぐにでも出発できそうな勢いを感じました。「山形でも、そろそろトランジションタウンができるんじゃないのぉ~!」という期待で胸がいっぱいです。


その2
トランジションタウンの部活アイデア紹介



私が仲間と「トランジションタウン」を始めたら、まずつくりたいのが、魅力ある部活動。他の「トランジションタウン」でよくある部活動の紹介をすると、【畑部】、【自然エネルギー部】、【発酵部】、【DIY部】、【地域通貨部】などなど、自分たちの生活に役立つような魅力あふれる内容のものがたくさんあります。

そこで、「トランジションタウン山形(仮)」にあったらいいなぁと思うのが、【やまがたスパイス部】。小松家のパーカル先生こと、インド在住のチャタジーさんが春に山形に来られた際に、「パーマカルチャー勉強会」でアドバイスしてくれたものです。

このアイディアのきっかけは、上山市で昔ながらのお豆腐屋さんをはじめたいとがんばっている中沢花織さんが丹精込めてつくったお豆腐を――応援も兼ねて――食べる会を開いた際にあった、ある提案です。それは、より美味しく食べるための七味をみんなでつくってみたらどうか?という提案でした。ある人は唐辛子を栽培し、別の人は山椒を山から採ってくる。無農薬ミカンの皮を探してみるとか、もし手に入らなければ、それに代わる柑橘類が住んでいる地域の中にないか探してみる、などなど、些細なことですが誰かのためにもなって、地域の植生もわかって、自分で栽培してみようという意欲もわいて、みんなで持ち寄ったスパイスから「スペシャル七味」をつくって、楽しく集まれるなんていいですよね。山形で開くときは、絶対に部活動のひとつにしたいと思っています。


みなさん、少しずつ「トランジションタウン」という生きかたの動きが見えてきましたね。都会でも田舎でも、いいなと思ったことからはじめてみる。ちょっとした実践を繰り返していきましょう。楽しくつながれて、地元の人も移住者も仲良くなれるような地域がつくれたら素敵ですね! ビバローカル!!


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プロフィール こまつかおる
1980年生、庄内町在住。昨年度より夫の庄内町地域おこし協
力隊に伴い15年ぶりに庄内町に近距離Uターン。農的暮らし
研究所という名前で、50年前の循環型の農を中心とした暮ら
しの提案や暮らしの中へ落とし込むためのワークショップを
不定期で開催しています。

ライブアートによる壁画制作 ~色彩のあーと書道家・未来さんの滞在制作~

みくさん


『まどあかり』2016年春号でもとりあげさせていただいた「色彩のあーと書道家未来(みく)さん。フリーの書道家で、個展やワークショップ、番組の題字制作、商品パッケージのロゴデザインなど幅広い分野で活躍されています。

今回、9月6日(火)に山形市南三番町に移転オープンした不動産会社「株式会社ライフパートナー」さん(以下、「ライフパートナー」さんと略記)の店内壁面に、未来さんがアート作品を滞在制作しているとのことだったので、筆者(大原)が取材させていただきました。

未来さんの滞在制作期間は9月6日(火)、7日(水)、8日(木)、12日(月)の4日間。制作期間中、会場は一般開放されており自由に観覧ができ、いっしょに制作体験することも可能です。体験費は無料。筆者は全4日間のうち、7日(水)の制作を見学に伺いました。

筆者が会場である「ライフパートナー」さんに到着すると、ちょうど未来さんが店内の壁にペイントを施しているところでした。未来さんにご挨拶すると「ぜひ一緒に描いていきませんか?」と勧めてくださったので、筆と絵の具をお借りして筆者も制作に参加。壁に描かれている円の上にさらにさまざまな色の絵の具を何度も重ね塗りしていきます。作品のテーマは「地域と繫がる」ということで、壁画は地球に建物が建ち並んでいるようすをイメージしているのだそう。「お客さんのニーズに合った不動産をいっしょに考えていく」ことを目指す「ライフパートナー」さんのイメージにぴったりな壁画です。

みくさん2

作品は3メートルほどの高さがあり、高い箇所は足場台を使ってペイントします。また、制作中も未来さんやお店の方々が気さくに話しかけてくださるなど、とても居心地のいい、アットホームな印象を受けました。主催者側が温かく迎え入れてくれると、イベントに参加する身としてはとてもありがたいですし、また来たい! という気持ちになります。

壁画を見学したり、いっしょに制作体験できたりするのももちろん楽しいですが、何よりも参加者に対する、未来さんとお店の方々の細やか気配りが、このイベントの最大の魅力なのではないかと思いました。(文責:大原 克彰)

咲良さくらさんライブ ~「とっておきの音楽祭inやまがた」にて~

さくらさん

 8月28日(日)、文翔館(山形市旅篭町)にて「とっておきの音楽祭inやまがた」が開催されました。このイベントは、障害のある人もない人もいっしょに音楽を楽しみながら「心のバリアフリー」を目指すことを趣旨に開催される音楽祭で、2001年に宮城県仙台市で始まりました。それ以降全国各地に広まっていき、この山形でも2006年から毎年開催されるようになります。当日は文翔館や七日町商店街など計五か所に野外ステージが設けられ、県内外から数多くの団体・バンドが出演し、大変なもりあがりを見せました。

その中でも筆者(大原)が特に注目したのは、七日町の山形銀行前で行われた咲良さくらさんのライブです。さくらさんは山形市出身の高校生で、主に県内のライブハウスやイベントなどでピアノの弾き語りを行っています。今回のステージでさくらさんは、アンジェラ・アキさんの「手紙 〜拝啓 十五の君へ〜」などのカバー曲を披露したのですが、筆者は彼女の圧倒的な歌唱力に感動を覚えました。
さくらさんがどのような思いで音楽活動にとりくんでいるのか。引き続き、今後の『まどあかり』でもとりあげていければと思います。(文責:大原克彰)

ミコミコちょうちん会議たかはた2016 Re:若者から始まる異端趣味活

ちょうちん会議

8月15日(月・祝日)、高畠町の「第51回青竹ちょうちんまつり」と同時開催のイベント「ミコミコちょうちん会議たかはた2016 Re:若者から始まる異端趣味活」昼の部(11:30~18:00)に行ってきました。イベントの場所は、高畠市役所から車で数分のところにある、高畠町ふれあい広場。このイベントの主催者は、若者によるまちづくりをコンセプトに、キャラクターを使用し、高畠町をもりあげる活動を行っている若者団体「おれまか」です。当日はあいにく、小雨が降ったりやんだりのくもり空でした。

イベント内容は多彩で、「痛車(いたしゃ)」「コスプレ」「歌ってみた」「踊ってみた」「ファミコン」「出演」「ゆるキャラ」などの部門にわかれていて、タイムスケジュールに沿ってそれぞれの催しが進められていました。

最初にまわったのは、筆者(亀山)がとても楽しみにしていた「痛車」の展示。知らない方もいると思うので「痛車」のことを説明します。「痛車」とは「見ていて痛々しい車」という意味で、オタク文化に由来する俗語(スラング)です。それらの車には、マンガ・アニメ・ゲームなどのロゴやキャラクターが、ステッカー又は塗装で装飾されているのです。

2ちょうちん会議

会場には「痛車」が20台ぐらい展示されていて、圧巻でした! 自分が判る範囲での元ネタは、「プリキュア」「ローゼンメイデン」「ウェイクアップガールズ」「アイドルマスター」「ラブライブ」「ブリーチ」「けいおん!!」「ボーカロイド」「けもみみ」「アメコミ風」などです。痛車のベースになっている車もさまざまで、軽自動車、普通自動車のセダン、スポーツタイプの車、ミニバン、1BOX商用車などが使われています。県内の車だけでなく、新潟県、福島県、宮城県、埼玉県などの、県外からの車もありました。

3ちょうちん会議

その参加者の一台がユニークで、ツヤ消し黒に全塗装してありました。なんと、その車がキャンパス代わりになっていて、チョークで描き込んでいいとのこと! みんな本当に、好きなように描いていました。

4ちょうちん会議


その流れで観ていくと、会場の真ん中には特設ステージがあり、そこでは、カラオケ大会が行われていました。コスプレした若者たちが、そのアニメの主題歌を歌い、振りもつけて踊っていました。恥ずかしそうに歌っていたのが、とても微笑ましかったです。このイベントは、ネット上にライブ配信されていたみたいです。

5ちょうちん会議

他にも、周りを見わたすとコスプレしている人がたくさんいて、しかも圧倒的に女性が多く、特に10代から20代の若い女性が目立ちました。本家の「青竹ちょうちんまつり」も同時開催なので、コスプレした人がそのまま祭りに参加していくようすが不思議で面白かったです。サブカル(特にアニメ)好きの自分には、夢のような充実した一日でした!

そんな「おれまか」のイベントは、こちらでチェックしてください。
●「おれまか」ウェブページ:http://oremaka.com/

(文責:亀山勇樹)

ARTS SEED OKITAMA 2016 文化の種をまく。育てる。ひきつぐ ~BeHereNow企画 代表 菊地純~

あーとしーど




「ARTS SEED OKITAMA 2016」(7月15日~26日)は、おかげさまをもって無事終了した。あっという間の11日間で、多くの方に楽しかった、とのお声もいただきほっとしている。

 このかたち(複数の展示を同時期に開催してマップにのせる)で開催するのは今回がはじめてだが、大きな混乱もなく、むしろグループ展を主催するより楽だったようにも思う。それは、きちんと団体にし事務局をおき、役割分担をお願いしたからでもあるが、企画自体にも無理がなかったのだろうと思う。なにはともあれ一重に賛同し参加協力いただいたみなさまのおかげに他ならない。この場をお借りして感謝したい。一か所に負担がかかるようでは、継続が難しいのでとても大事なところだ。

 さて、大きな混乱もなくとは書いたが、まったくなかったわけでもない。具体的に言えば、展示のひとつの開催があやぶまれた。作家の連絡不足によるもので、会場にもご迷惑をおかけしたし、事務局にも対応をお願いすることになった。「ほう・れん・そう」の話だから、この企画にかぎったものではないかもしれない。アーティストであれば社会通念に疎くても許される、なんてことはないと思う。むしろ、人と違う生きかたであれば、なおのことモラルは大事だろう。フリーランスは信用第一。損をするのは作家本人なのだ。

 あーとしーど2

 前号にも書いたが周辺人口をふくめ約30万人の地方にあって、アートのマーケット、文化はつくれるのか。当企画のミッションであり、チャレンジだ。

 マーケットはそうそう増えるものではないし、むしろ年々歳々疲弊していくのを在廊するたびに感じる。正直、大きくする以前に、いかに小さくしないか、下り坂をどうゆっくりくだるかの話かもしれない。でも、それはこの地方特有の話ではないはずだ。だからこそ、文化の大事さに早めに気がついたところは将来的にましかもしれない。
 

 と、いう話をすると「地域おこし」の話に思われるかもしれないが、そこは少し違う。アートを地域おこしに利用する、それは否定しないが、本来であれば順番が違うのではないか。アートは消費材ではない。

 地域をもりあげるために、アートを使うのではなく、アートが元気に行われるような地域であるから元気なのではないか。つまり、作家、アーティストのような人種が元気に活動できる地域は、おのずと元気になるのではないか。本来、文化芸術とはそういうものではないだろうか。

 人が何に魅力を感じるか、それこそ人それぞれかもしれないが、なにより人は人に魅力を感じるものだろう。アートのよいところのひとつは色々であってよいこと、多様性を感じられることだろうと思う。色々なアートが見れ、色々な人が活動している地域は、多様性があり、魅力的ではなかろうか。地方は人口が少なく、なおかつ同調圧力が強い。であるからこそ、地方で楽しく豊かに暮らすにはアートは有用ではないか。

あーとしーど3

 当企画は、各展示の売上から一割を当団体に寄付してもらっている。それは、自主財源となりフリーハンドで企画が行えるようにするためだ。自分たちがよいと思える、文化、地域の形は自分たちでつくり将来に残したいではないか。そういう意味で売上は多いに越したことはない。むしろ売上が立たなければ作家活動にもならないではないか。卵が先か鶏が先か。できるところからするだけか。



 よい作家やよい会場が、よい展示をつくってくれるだろうし、よい展示がよい作家やよい会場をつくる、のではないだろうか。


 置賜にも多くの魅力的な作家がいる。魅力的な場所があり、魅力的な展示がある。それが、また多くの魅力的な展示をつくってくれると思う。来年2017年の募集要項も発表になった。置賜だけでなく、県内、県外の作家のみなさまにもぜひ参加いただけたらと思う。

詳しくは、ARTS SEEDホームページ(http://artsseed.tumblr.com/)またはFacebookまで。              (2016年9月吉日)





 ②では、作家や会場のことを少し書いた。正直に言うと置賜にはそう多くの作家や会場はないように思う。もちろん魅力的な人や場所はある。だが、欲を言えば、もっとほしい。

 想像してほしい。休みの日、ぶらっと確認もせず行っても、何かしら楽しい展示をやっている、作家にもあえるかもしれない、そういう場所がもう少し、この地域にあってもよいように思う。いや、よいというよりほしい。

 いわゆる、企画ギャラリーだ。実のところ、ARTS SEED 2016の会場に企画ギャラリーはひとつもなかった。貸しギャラリーやカフェの展示スペースをお借りしたケースが多かった。もちろん、ありがたいことだし、これからはギャラリーでする展示が全てというわけではないとは思う。


 昨今、マルシェが大流行だ。少しマンネリ化して下火なのかもしれないが、県内では消えては増えしているように見える。作家側からするとマルシェは少ない経費で多くのお客さまに見てもらえるチャンスだ。運営側から見ると経費をかけずに多くのコンテンツを集められる。お客さまも楽しい。ハレの日だ。地域おこしのイベントにも最適ではないか。

 かたや、ギャラリーでの展示はどうかというと、作家にしてみると自分だけの空間をつくれるが、準備は大変だ。ギャラリーだって場所を維持するには多くの経費がかかるし、お客さまをよぶのだって大変だ。基本的にはその展示に興味がある人以外こないだろう。そこがマルシェとは大きく違う。だが、その大変さにもまして、作家にとって自分の作品をきちんとした空間で見てもらえるのは代えがたいことだと思う。お客さまにとってギャラリーはハレの日であり、非日常でなければならないが、作家にとっては日常であり仕事場だ。単発のイベントでは困るのだ。

 マルシェのよさは参加の手軽さ。ギャラリーのよさは作品のよさをより伝えられることだろうか。どちらがよいか、ということを言いたいのではない。それは、作家がそのつど選べばよいだろうと思う。問題は選べるギャラリーが少ないことだ。マルシェだけでは作品の発表の場が十分とは言えないのだ。

あーとしーど4

 今はネット販売だってあるだろう。そういう人もいるかもしれない。僕もそう思う。だが、考えても見てほしい。既製品、プロダクト製品ではないのだ。どれを買っても基本的には同じもの。こと日本においては商品によって誤差があるなんてことは許されないだろう。そういうものはネットで買っても問題はない。スペックがわかればことたりるだろう。
 しかし、作家の作品は同じようにいくだろうか。一点一点違う、もしかするとすべて一点ものということもある。そして、何より作品の向こうには作家がいる。作家は生身の人間であり、そこから生まれた作品は、やはり生身で感じてはじめてわかることもあるではないだろうか。身体性はめんどくさい。いやだからこそ、面白い。そういう性質のものだと思う。ネットで翌日配達、では面白くない。

あーとしーど5

 毎回繰り返しになるが、ARTS SEEDという企画は、企画それ自体が成功することが目標ではない。自分たちにとってよりよい文化、地域にすることが目標だ。ARTS SEEDはそのための手段のひとつに過ぎない。作家にしてみれば、それぞれ事情はちがうだろうが、短期的には目の前の展示が成功させることであるだろうし、中期的にはより安定的な活動やステップをひとつずつ上ることであろう、そして長期的にはその地域になにがしか還元できることだろうと思う。むしろ、その地域に何の影響も及ぼさず、また短期的な収益だけに終始するのであれば作家として成功したとは言えないだろうと思う。


 長い目で見たら、企画ギャラリーが置賜にももういくつかあるのが望ましい。ARTS SEEDを通じてつくれないかとも思う。でもまずは、そのまえに多くの準備が必要だろう。

そういうことで、勉強会を企画することにした。毎月8日(ふきん)にMIYAUCHI2632を会場にアート関連の話ができる空間を準備することにした。参加は作家に限らずアートに興味がはある人であればどなたでも大歓迎だ。むしろ、そういう人に参加していただきたい。文化は作家だけがつくるものではないからだ。             (2016年9月吉日)

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菊地純: イラストレーター。1982年生、山形県南陽市在住。家族は、妻一人、一姫二太郎、コーギー、黒猫。神話から日常まで、イラストレーションのお仕事、募集しています。企画プロデュースなども。junkikuchi.com

あーとしーど6

山形読書会 @山形ビエンナーレ を振り返る

読書会


ふだんは山形市内の魅力ある場所を巡って読書会を行っている「山形読書会」。先日「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ」内の企画に小さく出展しました。
古くから「市の街」として栄えてきた山形市七日町界隈に、アート・服・手仕事・野菜・本の5つのテーマで市をたてる「市プロジェクト」。この中の「本の市」に出展しました。
「本を通してひと・まちとつながる」という「本の市」のコンセプトは、山形読書会のそれと同じ(読書会は、紹介される本・集まるひと・読書会が行われる場所=まちとつながることができるものです)。出展したのは読書会の楽しさを伝える機会になるのではと考えたからです。
ふだんの活動から離れて、このような大きなイベントに山形読書会として出ていくのは初めてのこと。振り返ると多くの気づきがありました。

●培われてきたつながりに感謝するきっかけに
これまで参加していただいた方々に、紹介してもらった本や関連する写真やものを貸していただいたり、本の紹介コメントを時間をとって大事に書いていただいたり、多くの協力をいただきました。これまで読書会で出会った方々に改めて感謝するきっかけになり、絆を一層深めることができたように思います。

●仲間の協力は不可欠!
山形読書会は、その時々で集まるメンバーも違い、特定の会員がいるわけではありません。が、今回のビエンナーレ出展に際しては頼りがいのある常連二名さまに多くの助言・サポートをもらいました。客観的な視点から見てアドバイスをくれる仲間の存在はとても大切でした。

●「できること+α」を考える
コンセプトが同じということで、出展する流れになりましたが、そんな考えは甘かったかもしれません。関係者ミーティングに参加し開催が近づくにつれて、プレッシャーが大きくなりました。「芸術祭」って何? 「芸術」って何? 何となくおしゃれな感じにすればいいわけ? …と。でも、「いつもしていることをすればいい」と仲間に教えてもらい、とてもありがたかったです。
どんな活動においても、できること・できないこと・今までしてきたこと・これからしたいと思っていること…があると思います。活動を進化させていくには「できること+α」を目指すこと。今回はちょうどよい設定ができました。

読書会2


●確認しておいたほうがよかったこと…
…とは言っても、今回の出展の内容が山形ビエンナーレ側の要求に合っていたかどうか? を考えるとわかりませんし、若干微妙だったかもしれない…という反省点はあります(出展の中で唯一物販がなく、金銭の利益も出ないものだったことなど)。
最近、イベント等で「コラボ」という言葉をよく聞きますが、今回は他の組織といっしょに活動をする難しさを感じました。協力するにあたっては「目的」「目標」の一致の確認をしたら、達成のための「手段」についてもよく確認しておくことが大切だと学びました。

・企画の中身で求められていることは何か。
・求められていることに応えられるか。
・その企画でどんなことが達成できるのか。
・それは、準備のために費やされる自分や協力者の方々の労力、時間、お金に見合うものか。
・相手方との打ち合わせ方法や連絡体制についての確認。
・相手方との役割分担について。例えば広報・宣伝などをどちらがどの程度までやっていいのかなどをはっきりさせておくこと。など

反省点は他にも多くあります。が、今までにないチャレンジの機会をいただいたことによって、以上のようなたくさんのことに気づくことができました。これらをこれからの活動にいかしていきたいと思います。
また、今回の「本の市」は一日限りのイベントでしたが、「本を通してひと・まちとつながる」山形読書会の活動は続いていきます。これからも大切に継続していきたいです。


【参考】「本の市」での山形読書会の出展内容
①読書会LIVE!…普段と同じ形式で、読書会をライブ開催。
②「つながる本棚」…これまでの読書会で反響の大きかった紹介本
+αを、紹介者コメントとともに展示。その紹介者にメッセージを送れる本棚を設置。
③「山形とつながる本棚」…これまで読書会会場になった「山形の魅力ある場所」を「ヤマガタ関連本」と合わせて展示。


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山形読書会  ~ Yamagata Reading Club ~
○主な活動: 月1回の読書会開催、読書会中の山形の
イベント情報等の発信(発信情報募集中)
○活動場所: 山形市マチナカ・素敵な場所で
○ブログ:  http://ameblo.jp/yamagata-reading-club/

登校拒否・不登校を考える 夏の全国大会2016 in宮城

くろーばー

8月20~21日(土・日)に東北学院大学土樋キャンパスにて「登校拒否・不登校を考える 夏の全国大会2016 in宮城」「全国子ども交流合宿」が同時開催されました。主催は「特定非営利活動法人登校拒否・不登校を考える全国ネットワーク」「特定非営利法人フリースクール全国ネットワーク」です。

「登校拒否・不登校」が激増するさなかの1990年、全国に点在した親の会や居場所がつながり、無理解な人が多い社会の中で、「不登校」の子どもたちの気持ちを受けとめ、子どもとともに歩むことを大切に、情報交換や学びあい・支えあいをしていくネットワークが誕生し、毎年一泊二日で夏の全国合宿をするようになりました。そして2001年、「フリースクール全国ネットワーク」が誕生してからは、二つのネットワークが共催して全国大会を行うようになり、今回で27回目を数えるとのことです。

震災から5年の節目の今年は、16年ぶりの宮城県での開催ということで、隣の山形県に住むものとして微力ながらも協力したいという思いから、筆者(樋口)も実行委員として関わらせていただくことになりました。

一日目は、奥州・仙台おもてなし集団「伊達武将隊」のアトラクションから始まりました。地元の方の歓迎をうけて、いっしょに参加した筆者の娘もうれしそうでした。

続いての現地実行委員長の中村みちよさん(「気仙沼フリースペースつなぎ」代表)のあいさつは、東日本大震災以降の全国からの支援に対しての感謝の言葉でした。復興が進んでいるように見えても、学校の校庭には仮設住宅が残されたままというように道半ばの面がまだ多いこと、宮城県の不登校は全国で一、二位を争う多さであるということもおっしゃっていました。まだまだ、震災の爪痕が精神的・経済的に大きく影響を及ぼしていることがわかりました。

最初のプログラムは、このネットワークの代表理事でもある奥地圭子さん(「NPO法人東京シューレ」理事長)の講演でした。奥地さんの講演は、「不登校」の子をもつ親たちが力を得られるような内容でした。不登校調査が始まって50年、これまで国の施策や学校、行政の対応は「学校復帰」、親は「なんとか登校させたい」、社会からは「直すべき問題の子」とされてきましたが、「不登校」の子ども、学校が苦しくて自ら命を絶ってしまう子どもたちが減らないことから、本人の気持ちを大切にした「受けとめる」という発想が広がってきている、とのことでした。子どもという生命を制度としての学校に無理にあてはめようとしてもあわない子どもがいて当然、という言葉に深く納得しました。学校へ無理やり戻そうとするより、学ぶ場を学校外に広げ、一人ひとりの子どものニーズにあった成長のみちすじを社会として用意すべきであるし、「子どもの学ぶ権利」が十分保障されるには、そうしたみちすじが多様でなければならい、というお話しでした。それにはまず、つらくなった親たちが孤立することなく経験から学びあったり情報を得たりできる「親の会」が大切になってくるし、子どもの気持ちや意思を尊重してくるがゆえに安心して通える学校外の「居場所・フリースペース・フリースクール」が必要なのだ、ともおしゃっていました。筆者自身も娘の経験から考えるに、子どもが学び育つことができるのは学校だけではないし、むしろ学校外での多様な人びととの関わりや経験があればこそ、元気を取り戻したり社会性を身につけたりできるのだと思います。

「不登校」という行動が表現していることは、私たちへの宿題であって、「問題行動」や「困った子」ではない。一人ひとりがありのままに尊重されながら、その子が幸せになる道をみつけていく責務があると思う――という奥地さんの言葉が心に残りました。

そして、一日目のシンポジウム前半は「子ども・若者シンポジウム」でした。子どもたちは何を思い、何を感じているのか、当事者の声を大切にしようというものです。わが子からは、なかなか心境などきくことができないものです。

ある若者は「不登校になっていなかったら壊れていた」と語っていました。「不登校」は命を守る選択でもあるのだと感じました。また別の若者は「不登校」のときの心境を質問されて「人生の分岐点でふつうに選択しただけなので、質問されても特に…。自分はただ人生を歩んでいるだけですから」と答えていました。私はその言葉を聞いて激しく心を揺り動かされ、新たな価値観を得たような気がしました。確かに「不登校」はなにか特別視されるようなことではなく、ひとつの生きかたにすぎないのです。周りの視線こそがその人を苦しくさせているのかもしれないと感じました。「ふり返ってみると、上下ではなく、人と人としてちゃんと向きあってくれる人と出会えるかどうかが大切」という若者の言葉も心に響きました。勇気を出して語ってくれた四人のシンポジストに心から拍手を送りました。

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シンポジウムの後半は「震災と不登校 ~東日本大震災から五年、今を語る~」というテーマで行われ、宮城県、福島県の五人の支援者が現状を語り、これからどのような支援やまなざしが必要かをみんなで考えました。

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二日目の午前中は、10個のテーマ別に分科会が各部屋で開催されました。筆者(樋口)の担当は「不登校と経済問題」でした。「NPO法人アスイク」代表理事の大橋雄介さんが中心になって、「不登校」の子どもたちの中で経済的な悩みを抱えている親や家庭をどのように支援していくか、参加者のみなさんとともに語りました。また、支援する側が活動を長く続けていくためにどのようなやりかたがあるか、全国からの参加者のさまざまな現場の声をうかがうことができ、これからの活動のヒントを得ることができました。
そして午後からは、目玉企画である「尾木ママ」こと尾木直樹さんの記念講演がありました。「ありのままに今を輝く」のテーマでお話しいただきました。ユーモアあふれるお話しで、会場は笑いに包まれていました。

そして、締めは「わが子の不登校から学んだこと」と題しての親シンポジウムが開かれました。シンポジストは四名で、筆者(樋口)もその中の一人として、娘との経験から得たことをお話しさせていただきました。みなさんの前でお話しすることで、自分におこった過去のできごとが整理され、それが自分にとってどういうものだったかを言葉で表現することができ、貴重な経験になりました。

筆者(樋口)が世話人を務める親の会「クローバーの会@やまがた」のメンバー(子どもを含む12名)も大会にいっしょに参加し、ともに考え学ぶことができました。子どもたちは、親とは別に行動し、「卓球大会」や「ゲーム大会」、「牡蠣殻キャンドルづくり」、大学の構内での「逃走中」など、もりだくさんのイベントに参加し、全国の仲間と交流を深めていたようです。

全国各地のさまざまな立場にいらっしゃるみなさんとの出会い、子どもたちがイキイキと活動する姿に元気をもらった二日間でした。仲間がいるということはそれだけで心強くなるものです。大会にはのべ500名の参加者があったそうです。その人数も驚きですが、それ以上にびっくりしたのは、山形からの参加が筆者(樋口)の想像よりもたくさんあったことでした。つながりを求めている人が山形県内のあちこちにまだまだたくさんいることを知ることができました。また、この大会で「クローバーの会@やまがた」を知ったという方から後日問いあわせがあり、悩みを抱え孤立していた方と新たにつながることができたこともうれしいできごとでした。
二日間の学びとつながりをこれからの親の会の活動に生かしていきたいと思います。 (文責:樋口愛子・「クローバーの会@やまがた」世話人)

ワークショップ三昧!

ワークショプ三昧


夏の暑さがウソのようにすぎさり、最近では爽やかな秋風が吹くようになった。秋といえば各地でさまざまなイベントが開催され、きっとこの冊子を手に取っている人もワクワクしているころだろう。私が参加している「天童アートロードプロジェクト」(以下、アートロード)も、秋はもれなくバタバタしている。アートロードとは、天童市を拠点にして、年齢や立場が異なる人たちが集う場をつくることを目的に、2012年から活動を始めた地域団体だ。

今年はなんと!活動を始めてから五年目の節目の年。仕事をしながら活動すること、アートを通して地域と関わることなど、手探り状態でスタートしたが(今も手探り)、これまで出会ったメンバーや地域の方に支えてもらいながら、何とか活動を続けることができた。今年は「地域でこれから何かやってみたい」と思う人に向けて、アートロードの考えかたや失敗談なんかをまとめた冊子をつくる予定だ。多くの人にツッコミを入れてもらいながら読んでもらうことで、冊子をきっかけにした人と人の出会いをつくりたいと企んでいる。

冊子をつくるにあたって、これまでの活動のことを振り返ることが増えてきた。その中でメンバーとワークショップの話題になった。アートロードにとって、ワークショップはとても大切な活動だ。

①将棋駒を製造する工場を見学中 
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②高擶のお寺を会場に、地域にいる架空のモンスターを考える

例えば、初年度から行っている「ちょっとちがういつもを歩こう」シリーズでは、地域をいつもと違った視点からとらえてもらい新しい発見をしてほしい、ということをテーマにしている。それぞれのメンバーが地域との関わりから見つけたものを活動に取りこみながら、自分の専門性を活かした内容を企画する。具体的には、天童市の特産品の将棋駒の廃材をブロックにみたてて遊ぶ活動(写真①)、天童の郷土史家さんのお話しを聞きながら地域を散策したあとに架空のモンスターを考える活動(写真②)などバリエーションに富んでいる。これらを通して、地域で活動することを面白がってくれる人や、制作した作品を見に何度も展覧会に足を運んでくださる人など、多くの人にアートロードの考え方を共感してもらうことができた。

ワークショプ三昧3
③参加者は複数のブースを好きな順番で回ることができる。
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④賑やかで、まさにお祭り状態。

また、2014年からは、一年に一度開催する展覧会の会期中にもワークショップを行っている。ここでの活動は「お祭り屋台」シリーズと勝手に名づけている。お祭りのように、メンバーそれぞれのブースをつくり、ものづくり活動を開催する(写真③)。申し込み不要ですぐに参加できるので、活動日の美術館は親子連れでごったがえす(写真④)。その気軽さから、ふだん美術館に足を運ばない人にも展示を見てもらうきっかけになっている。

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⑤学童での活動。初めて会うお姉さんともすぐに仲良し。

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⑥福祉施設では職員さんにも一緒に参加してもらった。
     
さらに、2015年からは「出張ワークショップ」シリーズがスタート。名前の通り、学童や福祉施設に出張して活動を行っている。上記の二つは、参加者に足を運んでもらうことが前提条件となる。つまり、参加者に関心がないと活動が成立しない。そこで、そもそも美術に関心のない人にも、より気軽に活動に参加してもらうために私たちが出張するスタイルとなった。学童では、宿題が終わってから興味のある子に参加してもらう(写真⑤)。友だちが活動しているようすを見て、やってみようと思う子もいる。また、ものづくりをする不思議な大人たちが学童に入りこむことで、職員さんと利用者さんの関わりにちょっとした変化を生み出すきっかけになっている(写真⑥)。
   
 このように、五年間の中でワークショップにもたくさんのバリエーションが生まれた。今回記事を書いてみて、それぞれの活動に役割があるんだなと改めて感じた。でも、その根っこにあるのは、多くの人に地域の魅力を感じてほしい、そして、表現することの楽しさを感じてもらいたい、という二つの想いだ。
 2016年も三つのスタイルのワークショップを開催する。ぜひ、さまざまな場面でワクワクを体感してもらいたい。


芋煮インティファーダ 〜 及び投石紐のつくりかた 〜

芋煮1


山形県民のみなさんこんにちは。芋、煮てますか? 芋煮は本当にいいものですね。
人を人たらしめるのに他に何が必要かと言わんばかりの、 芋、煮る。 という言葉。こんなシンプルで力強いパワー・ワードを、私たちは他に何個知っているでしょうか。
肉、焼く。男、殺す。女、攫う。石、投げる。…などに対する、芋、煮る。なんと平和な響きでしょう。 芋煮、それは平和。



えー、今回は石投げる話をします。

インティファーダというのをご存知でしょうか、イスラエル軍に対するパレスチナ人たちの自然発生的な抵抗のことです。何をするかというと石を投げまくるのですね。女子どもから大人までその辺の道を歩いてた人が戦車とかの重武装した軍隊に。
巨大なパワーが自分たちの生活や共同体を踏みつけようとするとき、人は古来より石を投げつけるものなのです。ゴリアテに対するダビデのように。もたざる者の最後の武器、というわけですな。

芋煮2


石、投げてやりたくありませんか?

ということで今回は、時速200 kmの石を200〜300メートル飛ばせる古代技術、バリアレスの投石紐のつくりかたをご紹介します。

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まず、固くしなやかなロープを長めに(2 m以上)用意します(①)。

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中央にS字をつくり(②)、このように(③④⑤)結んでいきます。

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もう一方も同じように(⑥⑦)結んでいくと、石を載せる部分の完成です(⑧)。

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そして次に、片方の端を8の字結びに(⑨⑩)、もう片方をもやい結び(⑪⑫)にすると完成。

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石を載せる部分が中心に来るよう調整してください(⑬)。

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芋煮3

もちかたはこう(⑭)で、こんな感じで投げます(⑮)。

戦後日本の体制が人間のひと世代を超えた今、法的規制や行政的慣例といったものが、それ以前からあった生活文化や伝統などと同格のふるまいをしつつあります。「蘇民祭は公然わいせつ罪」とか「路上喫煙は罰金」というように。もちろん現時点でも通常公共の場での焚き火は禁止ですね、私たちも今後いつまで家族で芋煮を囲むことをお目こぼししてもらえるものでしょうか。

「彼らが蘇民祭を攻撃したとき、私は声をあげなかった。私はふんどしを取らないから。
彼らが喫煙者を弾圧したとき、私は声をあげなかった。私はタバコを吸わないから。
彼らが芋煮会を根絶させようとしたとき、私のために声をあげる者は誰も残っていなかった。」
なんて未来がすぐそこに来ているのかもしれませんね。 でも、大丈夫。石ならそこら中に転がってますから。       (了)

山形で世界とつながる ~山形県青年国際交流機構 小林みずほ~


みずほさん
*ワークショップのようす: 第二回 海外の人にも受け入れられる
おもてなしとは? (講師:佐藤英夫さん)


こんにちは! この場を借りて、私の所属している「山形県青年国際交流機構」、通称「山形県IYEO(International Youth Exchange Organization)」の活動を紹介させていただきます。山形県IYEOは、内閣府の青年国際交流事業で国際交流に参加したメンバーによる市民ボランティア団体です。主に年に一度、国の事業などで日本に招聘された外国人青年たちの山形県内視察、ホームステイマッチングなどのプログラム企画運営を行うことが活動の中心となっています。

学生から社会人、年を重ねた方まで通常はそれぞれ仕事や活動をしているメンバーですが、「山形でもっと国際交流を推進したい」という思いと、私たち自身がもっと文化や習慣の違いを知る必要を感じ、今年度、山形県若者応援チャレンジ事業の助成による「Welcome to 山形プロジェクト」という、国際理解の視点からのインバウンド推進のとりくみをはじめました。


海外の青年たちの山形での受け入れをし、山形県民と交流をしていただくと、ホストファミリーや学生など関わってくださった方々は交流することを楽しみ、出会いを喜んでくれます。たとえ言葉があまり通じなくても、ホストファミリーはたくさんの愛情をかけて海外の方のおもてなしをしてくださり、二泊三日程度の山形滞在後に駅でお見送りをするときは、いつも涙の別れになります。その後もメールなどで家族ぐるみの交流を続けている方も多くいるようです。

世界を知り、世界が広がる国際交流。しかしながら、毎年山形県内で交流先やホストファミリーを探すのは結構大変です。「外国人との交流はちょっと自信がありません」という団体や人びとが多いのも事実です。特に、ホームステイをお願いする際、海外の方に多い食事制限、アレルギーや好き嫌いなどもありますが、イスラム圏の方がたの食事「ハラルフード」に戸惑ったことのある方が多いようです。ハラルフードは、「イスラムの教義にのっとり食べることが許可された食事」で、教派によってその解釈には幅がありますが、豚肉と泥酔性のあるもの(酒)が禁忌で、アルコールが入っている食品や動物由来の成分の入った調味料にも注意が必要になります。食の豊かな山形で、食事制限のある方にも、山形の食を楽しんでもらう工夫はできないかと、国際理解の中でも、食の理解に重点をおいたワークショップとして実施することになりました。


これまでに、ベネズエラ人留学生アドリアン・サンブラノさんは、外国人からみた日本での国際交流と山形ライフを語ってくださいました。海外の方にも人気のあるゲストハウス「ミンタロハット」オーナーの佐藤英夫さんは、山形で受け入れをするコツとポイントを、エジプト人のヌール・スルタンさんのアラブ料理教室を通して、ハラルフードについて教えてくれました(扉写真)。9月10日には、「山形の食材でハラルフードは作れるか?!」という公開会議形式のトークを、青年海外協力隊モロッコ派遣の川合真澄さんによるハラルフードについてのレクチャー、「日知舎」の成瀬正憲さん、農家レストラン「菜ぁ」の小野寺紀允さん、「しゃもじ農園」の佐藤裕太さんをお呼びして行いました。


これらのワークショップを企画する中で、他者を思いやる気持ちが、国の違いを超えてつながりあえるポイントなのかな、と感じています。また、山形にもあふれている多様な価値観を認識することにもつながっています。


次回は、山形市洗心庵で、石巻で安心安全な食を目指すとともに、地域活性化のためにハラルなたらこづくりにとりくんでいらっしゃる、「湊水産株式会社」の木村社長ご夫妻を山形にお招きします。たらこをのぞけば世界が見えるかも?!
 

■第5回ワークショップ(入場無料)
10月29日(土) 「湊水産株式会社」代表取締役 木村一成氏
11:00~ たらこづくりワークショップ(材料費は実費)
13:30~ たらこをのぞけば ~石巻から世界へ~


仕切り直しの新企画:トランジションタウン準備室 豆農家のピンチを救え! ご近所集めてポットラック ~農的暮らし研究所 主宰 こまつかおる~


前回、「一年にわたってトランジションタウンのつくりかたについて熱くお伝えしていきます」と宣言したのですが、「はてさてなかなか伝わりにくいトランジションタウンについて、毎号書き続けてみなさんに伝わるものだろうか!?」という不安がよぎりはじめました。 トランジションタウンは、石油に頼り過ぎない持続可能な社会へのゆるやかな移行を目標とする草の根運動なのですが、その前段階の「楽しい場づくりやコミュニケーションのとりかた」を実践してもらった上でトランジションタウンの話をした方がよいのではないかと考えを改めました(トランジションタウンについて早く知りたい方はご連絡ください)。

今回から路線変更をして、トランジションタウンの導入として私の周りで持続可能な生きかたの実践をし始めた人やウチでやってみて楽しかった、成功事例をご紹介したいと思います。

それでは、今回お伝えするのはとっても気楽な集まり【ポットラック・パーティ】の実践です!

ご紹介するのは…


ポットラック事例「真夏の豆まめパーティ」 

●参加人数:8名
●開催場所:自宅
●参加費:500円(豆代)
●もちもの:それぞれ皆と共有したい飲みものや食べもの
●時間:18:00~20:30
●目的:なるべく近くに住んでいる人を中心とした、
親睦も兼ねた集まり
●ポイント:SNSの活用



このパーティの始まりは一本の電話から。「かおるちゃ~ん、ハンツケ豆いっぺ出でしまたさげ何とがなんねが~(訳:かおるさん、見た目に難ありの枝豆がたくさん出たので何とかならないものかなぁ)」という農家さんからのSOSでした。

自分の知っている産直や仕出し屋さん・加工業者を紹介しつつも、「わが家でも、ご近所のお友だちを呼んで、みんなで豆を食べて農家さんを助けることはできないか!」と10㎏を買い取り、人数分で金額を割ってポットラック・パーティを試みました。

まず初めて開く場合は、学生時代の部活のメンバーや幼馴染(大人だったら仕事の仲間)やご近所さんなど気楽なメンバーで開くとよいと思います。自宅で主催者が心を許せて、和やかな関係が築ける人を呼ぶことが大切です。 あとはもちよる品々の情報共有。SNSがないころのポットラック・パーティは、事前にもちよる料理について情報共有する場がなかったので重複する場合が多く食べものを無駄にすることがありました。サラダばかり集まったりとか、飲みものばかり余ったりといった感じです。

しかし、いまはfacebookなどのグループ機能を使えば簡単にもちものの共有もできます。「私は漬物をもっていきます」「私は自宅で採れたスイカをもっていきます」と連絡がきたら、悩んでいる人には「Aちゃんはせんべいやキャンディなどを買ってきてー」と割り振っていきます。

もっていく場合に気をつけたほうがよいものもあります。それは、アイスクリームやゼリーなどの冷蔵庫に入れないといけないデザート・大量の野菜・果物です。なぜかと言うと、来客時には冷蔵の中にいつもより多くの飲みもの、氷が入っている場合が多く、入れる場所に困ってしまうことがあるからです。どうしてももっていきたいときは、必ず前日に一度確認しましょう。

そして参加する側として大切なのは、主催者に常にありがとうの気持ちを込めて参加すること。主催者は、みんなに楽しんでもらい、これまで以上に仲間関係がよくなるように、会を円滑に進めるオーガナイザー(取りまとめ役)であり、小間使いさんではないからです。主催者は、今回は「豆を茹でる」「場所の提供」「会の段取り」をしたので基本お料理をする必要はありません(お料理が大好きで、おもてなしが大好きな人はお気が済むまでどうぞ!)。

最後に、ここ赤でアンダーラインです! 男性であっても女性であっても、片づけはいっしょにするのが鉄則。通常の集まりのように、女性は台所、男性は気にせず気ままに飲むのは厳禁。大人が分担して片づければ、15分で全てが片づきます。主催者は、食器を片づけたり指揮をとったりするようにし、洗い物・食器拭き・掃除・会場の現状戻しなどは参加者が率先しましょう。 このくりかえしが万が一の危機に直面しても助け合える人間関係につながっていきます。これを守れたら、たぶん一か月に2回は集まりたくなること間違いなし! ダラダラと長居はしないで、美味しい時間と楽しい会話を2~3時間で楽しみましょう♪

素敵なパーティになることを期待します! まずは、芋煮会をこのルールにあてはめて室内で実践してみてね。ポットラックでグッドラック!!

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プロフィール こまつかおる
1980年生、庄内町在住。昨年度より夫の庄内町地域おこし協
力隊に伴い15年ぶりに庄内町に近距離Uターン。農的暮らし
研究所という名前で、50年前の循環型の農を中心とした暮ら
しの提案や暮らしの中へ落とし込むためのワークショップを
不定期で開催しています。


「これから」にむかって ~ 311ボラMeeting 多田曜子~

311

■必要なもの

「家も車も宝石も、高級ブランドの服も、ぜーんぶ流されちゃったけど、いま思うと、なくても生きていけるものばっかりだったなぁ。」

あるとき、ボランティア活動のために民家に作業に入っていると、そこのおじさんは津波被害を受けて壁や屋根が流された自宅の前でつぶやいていました。
一生懸命働いて、やっと建てた家。お金を貯めて、やっと手に入れた自慢の車、洋服、家具や骨董品。長年かけて整えた暮らしの環境。きっとそれを一夜にして失うのは、相当な悔しさでしょう。
私だって、気に入ったものを失いたいなんて思うことはありません。けれど、何かあったとき、絶対にないと生きていけないものって何だろう、と思うと……意外と浮かばないことに気がつきます。
今回の震災で多くの人が考えるきっかけになった価値観の中のひとつに、“もの”への考え方があります。
“本当に必要なもの”と、本当はそこまで“なくてもいいもの”。
私たちは日々どこまでそれをわけて、ものを手に入れているでしょうか。
わが家に帰り、部屋をぐるりと見渡すと、大好きなもの、そうでもないもの、いろんなものが部屋中に詰まっています。
私にとって“本当に必要なもの”って何か。おじさんの声を思い出して、ときどき部屋を眺めてみています。

■時間の止めかた、動かしかた――「悲しみ」が「感謝」に変わるとき

津波や原発事故。震災を経験した方々の話を聞いていると、驚くのは、おこったできごとはひとつでも、それを受けた人の立場やとらえかたによって、おこったできごとの表現がまるで違うことです。

「なぜ私だけこんな目に遭ったんだろう。これさえなければ、いまは違っていたのに」「あのとき私が○○していたら、誰かが〇〇してくれていたら、もっと違ったのに」

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「当時」の話がずっとループするように、続いていく。そんな話をずっと聞いていると、まるで私も2011年の3月、震災直後のあの時間に戻ったような感覚になります。何もかもが崩れ去ったあの日。「なぜこうなったの」と思ったあのときの、その瞬間に、私も同時に存在して、話を聞いているような感覚です。きっと、話している本人もそのときは、聞いている私以上にあの3月にタイムスリップしているのでしょう。

震災に限らず、大きなショックの後に「あの日から、時間が止まったみたいだ」と話す人がいますが、もしかしたらその方は本当に、その日の、その時間の記憶の中に生き続けているのかもしれません。人生を変えてしまうほど大きなショックの日を、何日も何日も生き続けるのは、きっととても苦しいことだと思います。

一方で、同じ震災で似た体験をして、似た話をしているのに、「あのときは本当に大変だったし、悔しかった。あれがおこらなかったらってときどき思うこともあるけど、いろんな人に助けられて、日々の中でいいこともあって、震災がおきなかったら、全部なかったことだと思うと、震災から得たものもあったよね。これからは○○したい…」と、震災の「当時」のできごとから「いま」、そして「これから」にかけての話が次から次へと出てくる人もいます。
不思議なのは、後者の方は、その後「あのときはたくさん助けてもらった」「ほんとうに感謝しているの」と、誰かに向けた感謝の言葉がたくさん出てくることです。そして後者の方に、「どうしてそんなに前向きにいられるんですか?」と聞いてみると、「だって、変えられない過去は受け入れるしかないじゃない」といった答えが返ってくるのです。

どちらがいいかなんて、周りが決めることではありません。きっと人それぞれ、生きかたによって、ものごとの受けとめかたも、整理にかかる時間もさまざまです。

でも、「過去」におこったことを受けとめることで、「いま」に時間が動きはじめる。そして心が「悲しみ」から「感謝」に移っていくとき、人は「これから」の時間へと向いていくことができる。そんなことがあるのだと、私は教わったように思いました。

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プロフィール 多田曜子
山形市出身。北京語言大学卒業。会社員、販売員を経て2011年の東日本大震災をきっかけに宮城・岩手・福島・山形でボランティアを始める。2011年8月より復興ボランティア支援センターやまがたに勤務。311ボラMeeting代表。

ARTS SEED OKITAMA 2016 文化の種をまく。育てる。ひきつぐ ~ BeHereNow企画 代表 菊地純~

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 「ARTS SEED OKITAMA 2016」(※以下、ASO)は、今年7月15日~26日の11日間、山形県置賜地方を中心に、各所でそれぞれ開催される個展や企画展を一枚のマップにまとめたものです。展示会場が16、飲食店や博物館からの協賛参加が6、合わせて22か所で予定しています。

 美術、工芸、アート、そういったものが好きな人は、この期間に置賜を訪れてもらうと、すごく楽しいよ、という企画。

 作家にとっては、どうせ個展やるならこの期間に置賜でやったほうが広報的にも集客的にも、きっと売上的にもいい、という打算的な企画です。

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 文化、芸術などを趣味とする人は、だいたい人口の1%に満たないらしい。らしいというのは、そもそも古い統計なうえに出典もさだかではないからだ。数値はだいたいどの年代においても変わらない、と書いてあったように思う。また、この文化、芸術とは鑑賞、制作、購入などということがらや、また絵画、演劇、書道、お茶、踊りなどとジャンルも多岐に渡ったざっくりしたものだったと思う。

 さて、そのいい加減な情報をもとに、風呂敷をひろげてみよう。置賜地方はざっくり20万人ちょっと、そこに山形市などの近隣市町村、おまけに期待をこめて近県からの来客もいれ、30万~50万人が対象だとする。30万人の1%が仮に文化、芸術に興味をもっているとすると、約3,000人。また、そのうちで鑑賞、購入を趣味とし、特にアート、工芸系が好きだとなると、もっと少なくなるはずなので、ざくっと1,000人。

 今回、ASOのチラシは10,000枚刷ったので、この10分の1枚が届けばよいことになる。ただ、これまで色々企画してきたが、チラシのヒット率が1割というのはちょっと希望的かもしれない。

 もちろん、広報は紙媒体だけではなくSNSや、新聞(『山形新聞』の「ヤマガタ青春群像」でとりあげていただきました)、テレビ、ミニコミ誌などのメディア、そして強力な口コミなどもあるので、実際はもっと期待はできるのではないかと思う。

 1,000という数字は、イベントとしては大した数字ではないと思う。むしろ大風呂敷を広げた割にはしょぼい。

 しかし、一つの個展に1,000人が訪れてくれたとしたら、地方都市では結構大成功だと思うのですが、どうでしょうか。もちろん、マップにある会場を全ての人が全て回るわけないでしょうから、一つひとつの展示会の来場者数はもっと少ないでしょう。それでも、個別に単独で行うよりはずっと来場者が見込めるのではないかと、皮算用をするわけです。

 「アート」って何か。ファインアート、ネイルアート、美術、芸術、ARTとアートのちがいは? あとアーティストいうのもよくわからない。ひとによって思い浮かべるのも、感動するのも、捉え方は色々だと思うし、色々なことはよいことではないか。誰かが「これはアート、こっちはアートじゃない」なんてことはつまらないように思う。

 でも、そこであえて僕が思うアートはなにかと問えば、「これまでとは(同じものなのに)違う新しい価値観を与えてくれるもの」もしくは、「当たり前だと思っていたものを塗り替えるようなもの」かもしれません。ジャンルや作者の意図とも関係なく。「アートは問題提起であり、デザインは答えだ」なんて言うのもしっくり来る気がします。


 「文化」って何か。歴史文化、食文化、おたく文化、これもきっと沢山ある。人の営みの数ほど。いつぞや、「文化は図書館や博物館にあるもの」という答えを聞いて、ぽかんとしたことがある。それもあると思う。でも、文化は過去のものだけではなく、自分たちで育てていけるものだと思うし、そうありたい。ひきうけたり、育てたり、ひきついだり。

 よく例えで、「冬にスーパーでパイナップルを買うのは食文化ではないでしょうか」と話す。これはこれでぽかんとされたりする。雪の降る中、遠くの南国の果物を食すのであるから、それなりのコストがかかっているはずである。その、何かにコスト(時間であったり、金銭であったり)をかけるという行為が一つひとつの文化をつくるのではないか、と思うからだ。郷土料理や在来作物だけが食文化だと思っていると見誤るのではないかな、と。

 そう、綺麗で崇高なものだけが文化ではないはずだ。3,000円のコンサートのチケットはなかなか売れなくとも、平日の昼間からパチンコ屋さんの駐車場はいっぱいではないか。やっぱりよく解り難いかもしれない。そのへんの話しは受け売りなので、平田オリザ『芸術立国論』(集英社新書、2001年)をお読みいただくのが間違いないと思う。


 一年にワンシーズン、7月の後半あたり、梅雨があけたかどうか、ちょっと蒸すような本格的な夏が来る前、夏休みもはじまり、うきうきしだす季節、置賜のあちこちで展示会が行われる。どんなに雨脚が強くとも、その個展の会場内には作家が丹精込めてつくったであろう作品がならび、小さな宇宙をつくっている。だから、ASOは宇宙をめぐる旅なのだ。そういった文化はどうだろうか。僕たちと一緒に宇宙をめぐりませんか?


 そして、各会場の売上の一割を作家や会場などから寄付していただき、来年へと積み立て、主に近県の作家の招聘(お招きする)のために使いたいと思っています。新しい交流が、新しい種を置賜に運んで来てくれるのではないでしょうか。

 それは、文化の種をまき、育て、ひきつぐこと。

 僕も、参加した作家も、そして何より巡ってくれた皆さんが、楽しんでくれることが、新しい次の文化をつくっていくと思うのです。   
(2016年5月吉日)

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菊地純: イラストレーター。1982年生、山形県南陽市在住。家族は、妻一人、一姫二太郎、コーギー、黒猫。神話から日常まで、イラストレーションのお仕事、募集しています。企画プロデュースなども。junkikuchi.com

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日本社会教育学会 北海道・東北研究会

しんぽじうむ


Ⅰ シンポジウム概要

2016年5月28~29日、山形大学地域教育文化学部(山形市小白川町)にて、日本社会教育学会北海道・東北研究会第40回大会が開催された。この北海道・東北研究会では、北海道大学、青森大学、福島大学など北海道・東北に位置する各大学の社会教育研究者が集い、テーマに即したシンポジウムが行われてきた。

シンポジウムでは、過去5回にわたり「地域再生にむけて社会教育が果たす役割」について検討が行われてきたが、今回は、これまでのテーマを継承しつつ、佐藤一子編『地域学習の創造』(東京大学出版会、2015年)による「地域学習」という問題提起を、東北、とりわけ山形県での経験と展開を踏まえて深める、という内容のシンポジウムであった。

今回の報告では、山形における「地域学習」の系譜を、戦前から現代まで追いかけるかたちでの整理がなされた。特に山形は地域教育が盛んに行われた歴史をもち、とりわけ農業を中心とした「食」「暮らし」に関する教育運動については、独自の哲学をもつ教育思想が育まれているように感じられた。

宮崎隆志氏の報告「地域学習論の構図:北方性教育運動に即して」では、その流れが事細かに記述されており、年代ごとにわけられた教育運動の変化からは、その時々の人びとの関心がどこにあったのかを読みとることができた。

そして、この報告を受け、さらに現代の具体的な取り組みや問題についてとりあげたのが佐藤一子氏の報告「山形に見る『地域学習』の系譜と今日的展開」である。ここでは庄内地域の「浜文化伝道師」の活動や、鶴岡市の「食文化創造都市」の取り組みについて主に話題が提供され、地域の抱える「食」の問題とそこに住む人びとの学びたい欲求、生活を豊かにする「地域学習」について、明瞭な説明があった。


Ⅱ 報告内容を振り返って

私がとくに気になったのは、70年代における農業技術革新がもたらした生態系の乱れ、具体的には、土を耕さずかき回す機械化と化学肥料多投によって土がやせるという問題についての研究者のとらえかたである。急激な近代化によって公害問題(カドミウム汚染米など)が世の注目となっていた当時、農民たちが、この土がやせるという問題を社会的災害として捉えるだけではなく、「農業従事者がその片棒を担いでいること」に大変な危機感を感じていた、と研究者の剱持清一氏はいう。これは「地域学習」独自の視点であろう。

2しんぽじうむ


 もし公害と簡単に位置づけたなら、それは政府や企業への訴えだけで終わっていただろう。しかし、農民自らの手による土の生態系の破壊を嘆くこの視点は、地域に根差す問題意識であると捉えられる。それは、農民らが自覚的に「地域学習」に参加していたからこそ、そしてそうした「地域学習」がさかんであった山形だからこそ、可能となった視点であるように私には思われた。
 この「地域学習」の精神が引き継がれた現代、気になるのが男女での学習への取り組みの姿勢の違いである。「食」をキーワードとして広がる活動をみたとき、そこにはジェンダー論が存在した。

 庄内地方での食育活動に「キッチンシリーズ」というものがある。庄内に住む主婦らが、絵本の読み聞かせや買い物を子どもたちと行い、教育的な活動とともに故郷の味を堪能するというものだ。一方で、同じく「食」をテーマとした取り組みに、「庄内浜文化伝道師」という鶴岡市が発行する認定証がある。これは、庄内産魚介類の調理法や文化を広めるために設定されたものである。

ここで見えてくるのは、男たちが主な担い手である「庄内浜文化伝道師」は庄内産魚介類の地産地消を目指す戦略である一方、女たちが主な担い手である「キッチンシリーズ」では生活が価値になっていることである。そうした生活的価値の背景には台所に立つ女性の姿がある。ここには、ジェンダー差が存在する。それを比較することを目的とした研究ではないものの、「地域学習」の方向性について更に視野が深まったように思う。

Ⅲ 地域学習の魅力

もちろんシンポジウムでの議論には、まだ検証する余地が多く残されている。過去の活動を整理し博物学的にわけるだけでも男女の考えかたにまで視点は及ぶ。これは、裏を返せば、地域の学習活動はそれだけ学際的で魅力的なものだということだ。今や芸術の世界でも地域との連携があり、そこでもすでにさまざまな討議が交わされている。その中で、いかにして自分なりの地域との向き合いかた、学習との向き合いかた、暮らしとの向き合いかたを選択するかは大変大きな問題だ。「地域学習」という問題の捉えかたには、そのヒントがたくさんある。

今回のシンポジウムを通じ、選択のためのいくつかの方向性が見えてきた。地域に暮らす一人の学習者として、私自身、自分なりのありかたを見つけていきたいと思う。 
       
 (文責:藤原日菜子)

いつまでもいつまでも、どうやったら楽しくみんなとつながっていられるんだろう? トランジション・タウンという 集いの場のつくりかた ――その1 トランジション・タウンとは?

とらんじょん


みなさんこんにちは。庄内町在住の小松馨(こまつかおる)です。

昨年度は、パーマカルチャー(石油に依存しない農を中心とした持続可能な生きかた)の考えかたをもとに、互いに配慮ある関係づくりについて書かせていただきました。

前回のお話を簡単に説明すると、それぞれが配慮することによって私たちの生活環境は心地よく循環するということでしたよね。
今年度は、イギリスに住むパーマカルチャー講師ロブ・ホプキンスさんが始めた「トランジション・タウン」というみんなと楽しくつながるグループづくりについて共有していけたらと思います。今年1月に神奈川県藤野で開かれた「トランジション・タウン合宿」で学んできた事+αで、山形でも実践できるさまざまなカタチをみなさんにお伝えできたらいいなぁと、私も今ワクワクした気持ちで筆を進めています。

それでは、今回は「トランジション・タウン」とはどんな活動なのかを説明をしていきたいと思います。


1.トランジション・タウンのはじまり

2005年秋、イギリス南部の小さな町トットネスで、パーマカルチャーの講師、ロブ・ホプキンスさんを中心に始まりました。

関心と情熱を共有する人たちが集まり、映画上映会、暮らしの基本的技術の再習得講座、自然エネルギー勉強会、地域通貨の発行などを開始しました。

関連団体、企業、行政などとも協働関係を築き、トランジション・タウン運動は瞬く間に地域を巻き込むことになっていきます。


2.トランジション・タウンの活動とは?

それは、市民が自らの創造力を発揮しながら、地域の底力を高めるための実践的な提案活動です。

日々の暮らしかたをほんの少し変えるだけで、楽しくて豊かに、そして自由になれること!

コミュニティの中でそうした変化をつくりだし、実践し共有していくこと、そんな実践を積み重ねることで、いま暮らしている地域をより暮らしやすく、災害に強く、誰もが参加できる場所に変えていく草の根の活動なのです。

3.トランジション・タウンの活動の考えかた

エネルギーや食料 心や身体の健康 気候変動や環境の変化、格差社会や社会に参加できない人の増加――。

いまの社会が抱えているたくさんの困ったこと、解決しなければならない問題を、あっという間に魔法のように解消することはできません。でも、もし地域のコミュニティのつながりを強くしながら、みんなで考え行動すれば そうした問題を同時に解決できるかもしれない。それがトランジション・タウンの活動の考えかたです。

4.トランジションとは?

トランジションとは、「移行」を意味する英語(transition)です。 何から何への移行でしょうか?

それは、エネルギーを多量に消費する脆弱な社会から、適正な量のエネルギーを使いながら、地域の人々が協力しあう柔軟にして強靱な社会、持続可能な社会への移行です。

エネルギーを大量に使う社会は一見便利で快適ですが、ひとたびエネルギーの供給が止まれば人々は生きていくことすら困難になることが予想されます。スーパーに並ぶ食料も満ちあふれる製品も、エネルギーが途絶えると、とたんに消えてしまい、なにひとつ機能しなくなる脆弱な社会なのです。

適正な量を大事に使い、使い終わったものは無駄なくリサイクルする。 そうした社会に向かうためにも地域の仲間と一緒に、地元の資源を使ってエネルギーを作り出したり、地域の人々が集まって菜園や田んぼで食べ物を作ってみたり、昔から伝わって来たのに途切れてしまった技術を蘇らせるとか、お年寄りから昔の知恵を学び、勉強会や上映会を開いて私たちの住む社会の問題意識を共有したりします。

無駄がない循環した暮らし方を見つけ出すこと、それがトランジション・タウンの活動です。
(「トランジション・ジャパン」公式ホームページ より抜粋)


山形でもこんなつながりができたらよいと思いませんか?!
説明を読んで気づいたことがあると思います! それは、山形ではまだまだこういった地域との関わりや生活ができているということです。しかしながら、20~30年前と比べたら格段に人と人との関係性は希薄になっているのも事実。ここに気づき、みんなで万が一に備えて仲よくするって楽しそうじゃありませんか?! 3年前から実践したいと思い、私も全国の友だちとつながりながら情報を集めていますが、いくら情報を集めても実際に動いてみなくてはわからないこともいっぱいです。多くの人が共感し、自発的に一緒に活動してみたいと声をあげてくれることを、いま切に願っています!


次回は、「トランジション・タウンを、どうやって始めるか」について書いていこうと思います! 今すぐにでも始めたいと思った人がいたら連絡ください。みんなで、楽しくつながりましょう!

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プロフィール こまつかおる
1980年生、庄内町在住。昨年度より、主人の庄内町地域おこし協力隊に伴い15年ぶりに庄内町に近距離Uターン。農的暮らし研究所という名前で、50年前の循環型の農を中心とした暮らしの提案や暮らしの中へ落とし込むためのワークショップを不定期で開催しています。

「鳥の目」と「虫の目」を

■はじめに

この度、4月に熊本県及び大分県で発生した地震により、被害を受けたみなさまにお見舞いを申し上げるとともに、一人ひとりが安心して眠れる日が一日も早く訪れますよう、心からお祈り申し上げます。


■共感できるものに「素直」になる 

東日本大震災以降、岩手県や茨城県、山形県での水害や、熊本県・大分県での地震被害など、災害が相次いでおこってきました。災害はもちろん、おこってほしくないこと。けれどその一方で、「今の自分には何ができて、何ができないのか」という一人ひとりの問いかけが、私のまわりでは徐々に増えているように感じています。


「子どものいる家庭は大変だろうなと思って、子どもへの物資を支援したい」
「介護で辛い思いをしたことがあるから、少しでもそこに資金を応援したい」
「自分の愛犬が同じ状況になったらと思うと、少しでもストレスがなくなるようなことに何か支援をしたい」


今回、「どんな方法があるかな?」と話してくれた人の年代や生活、価値観は、みんなそれぞれ。けれどその人びとに共通することがありました。それは、自分の身のまわりの環境から共感できることに、とても“素直”であるということ。

大きなものを一度に変えようと思えば、どうしていいかわからず動けなくなってしまうけど、共感できることから素直に一歩ずつ動き出せばいい。自分の足元からの一歩が、遠く離れた場所へたどり着く始まりだということを、よく知っている人たちなのだなぁと思います。

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■「鳥の目」と「虫の目」

東日本大震災の支援に関わり始めて間もなく、災害支援に長年関わっている方に「いつでも“鳥の目”と“虫の目”をもちなさい。」と教わりました。

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“鳥の目”となり、いま、全体で何がおきているのかを俯瞰して把握し、そして“虫の目”となり、そこにいる一人ひとりにまで目を向けて考え、そのそれぞれに届く形をつくっていくこと。そして、いまの自分には何ができるのかを、そこから導き出すこと。経営学ではよく使われている言葉のようですが、「なるほど、なんて覚えやすい表現だろう。」と知識など空っぽだった私なりに、感心したのを覚えています。

個人であれ、組織であれ、一人ひとりが関われることは、きっとほんのわずか。けれど、“鳥の目”をもって関わっていると、自然といろんな分野で関わっている全ての人へ、尊敬や尊重の気持ちが生まれます。反対に、全体の把握なしに自分が関わる狭い視野だけにとらわれてしまうと、「自分だけ頑張っている!」なんて思ったり、「これって本当に役立っているの?」と疑問が生まれてしまうことも。

支援やボランティアという分野では特に、情熱や共感という「感情」を大きな燃料にするものだからこそ、冷静さを保ってくれる「全体」への視野と、「細部」への視点、そして長い目でものごとをとらえていく力が、自分が関わる分野以外の人への尊重を育み、自分の活動を見つめるためにも、大切なことなのです。


■情報に受け身にならない

今回、熊本・大分地震に関する情報は、数日間のピークを迎えたあと、徐々にペースを落としたかと思うと、「あれ、この間おきたばかりなのに」と言っている間に、あっという間に山形ではメディアから消え去っていってしまいました。物理的な距離があればあるほど、こんなにも情報量に差が出てしまうことに、「なんてメディアはあっけないんだろう」と改めて驚きました。

私たちの身のまわりに流れてくる新聞やテレビからの情報は、情報を商品にした考えのもと、企画されているもの。企業だもの、それは当たり前のこと。けれど流れてくるものが世の中の動きを正確に映すものではないことを、私たちも理解して利用していかないと現実がなかなか見えにくくなってしまう。

大きな出来事がおこったときこそ、人とのつながりやインターネットなど、いろんな角度からの情報を求めて判断していくこと、情報に受け身にならないこと。そんなことをもう一度私も、心に留めていきたいと思います。

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プロフィール 多田曜子
山形市出身。北京語言大学卒業。会社員、販売員を経て2011年の東日本大震災をきっかけに宮城・岩手・福島・山形でボランティアを始める。2011年8月より復興ボランティア支援センターやまがたに勤務。311ボラMeeting代表。

PoF山形 代表 なつみ さん (聞き手:大原克彰)

安保法案の強行採決をはじめ、現政権の行いに対し危機感を覚えた山形の高校生たちによって結成されたグループ「PoF山形」。
県内各地で開催されているデモや集会に参加するなど、精力的に活動しています。そんな「PoF山形」に『まどあかり』編集部がインタビュー。代表のなつみさんから、 団体の発足した経緯や活動に対する思い、抱えている課題などを伺ってきました。

●「PoF山形」とは

――「PoF山形」とはどんな団体ですか?

PoF山形」は「Peace of Future山形」の略で、平和な未来を自分たちでつくるためにできた学生団体です。というのも、昨年に成立した安保法制などは、わたしたち若い世代にとっても将来の生活や権利に深く関わってくる法律だと思い、将来に対して危機感を覚えたのがきっかけで、こうした団体をたちあげました。
設立は昨年の11月で、現在は県内各地の高校生10名程度が所属しています。元々、たちあげた当初は「平和な未来を創る山形学生の会」という名称でしたが、少し覚えづらく固いイメージがあったので、メンバー間で話し合い「PoF山形」という名称に変更。以降、デモや集会などに参加しスピーチを行ったり、SNSなどで安保法制に関する情報を発信したりしています。


――なつみさん自身は、以前から政治に関心があったのですか?

いえ、前からそんなに関心があったわけではないですね。ただ、高校に入学して奨学金などの制度を調べていくうちに、政治にも興味をもつようになっていきました。


●自分らの手で団体を

――団体をたちあげた経緯について詳しく教えてください。

 安保法案に関するデモに行ったことや、政治について、自分の思ったことなどをTwitterやLINEといったSNSに投稿していたら友人たちから反応がありまして。
「PoF山形」をたちあげる前は、個人か、あるいは友人といっしょに県内外のデモなどに参加していたんです。
例えば、去年の8月に行われた仙台での「SEALDs TOHOKU」主催のデモや、翌月に山形県内で行われた「安保法案に反対する緊急山形アクション」。
SNS上で「今日はこんなデモに行ってきたよ」って話をしたら「その話、もう少し詳しく聞かせてほしい」といったコメントをもらったりして。
そんな感じで、SNS上で安保法案やデモに興味のあるメンバーたちとやりとりしていく内に「自分たちも『SEALDs』のような団体をつくろう」という流れになっていきました。


●多くの人たちに自分たちのことを知ってもらいたい

ぽふ2


――団体をたちあげるというのはとても大変な上、いろいろな不安もあったんじゃないかと思います。そのあたりはいかがでしょう?

そうですね。「こういうことをやりたいんだけど」と、相談できる人もなかなか身近にいなくて。そのあたりは大変でした。けど、SNS上で同じ志をもつ仲間もいたし、幸いにもその中にはわたしと同じ高校の友人もいたので、直接会って話すこともできました。そのおかげで、たちあげは比較的スムーズにいきました。

――なるほど。では、実際に活動してみて見えてきた課題などはありますか?

 本来であれば先ほど言った「SEALDs」のようにデモを企画するとか、そういうこともやりたいんですど、ほとんどのメンバーは高校もバラバラでスケジュールを合わせるのも難しく、なかなか思ったように行動できていないというのが実状です。やはりみんな学業もあるわけですし。足並みを揃えて何かするのがけっこう大変ですね。その代わり、直接は会えなくてもSkypeやグループLINEなどを通して交流したり、議論したりできる時間を何とかつくっています。
できれば大学生など、高校生以外のメンバーにも入ってもらえばいいのですが、なかなかメンバーが集まらないというのも悩みどころです。なので、もう少し「PoF山形」の活動を多くの人――特に同世代――に知ってもらいたいという思いはあります。


18歳選挙権について

――今後の展望などはありますか?

わたしたちは安保法の白紙撤回を求めているので、大事になってくるのはこの夏の参院選だと思っています。市民の声を無視し続けるいまの政権を止めるのが「PoF山形」の目標ですので、わたしたちの考えに近い政治家さんを積極的に応援していくつもりです。
また、今回から選挙年齢が「18歳以上」に引き下げられるので、若い世代の人たちにも選挙に行ってほしい、という思いもあります。わたし自身は18歳未満なのでまだ選挙には行けませんが、中には18歳になった同級生もいますので、一人でも多く政治に興味をもってほしいです。


――若い世代の人びとに政治に興味をもってもらうために、なつみさん自身は何かとりくんでいることはありますか?

SNSでの政治に関する情報発信はもちろん、日常の会話の中でも少し政治の話をもりこんでみるなど、できる範囲でいろいろと工夫はしてみています。

――確かに、日常の会話で進んで政治の話ってあんまりしないですよね。

はい。政治の話をすると重苦しい雰囲気になるというか。もっと政治の話を自然とできるような社会にしたいな、と思います。だからこそ、まずは自分から率先して活動していきたいです。

――ありがとうございました。

ぽふ3



つきをさすゆび

ぬぬぬぬぬ

Don't think, feel!(考えるな、感じろ)

『燃えよドラゴン』の冒頭、ブルース・リーの代名詞的なセリフだ。こう続く。

Don't think, feel! It is like a finger pointing a way to the moon.
Don't concentrate on the finger or you will miss all heavenly glory. Do you understand?

考えるな、感じろ。それは月を指す指のようなものだ。     
指先ばかりにとらわれていてはその先にある栄光を見失うぞ。 わかったか?

こんにちは。ぬまのひろしと申します。

山形県新庄市在住の無職、32歳、AD/HD。「自分より劣る人間が社会の中に生きている安心」という名の社会福祉を、身を挺して勝手に提供し人びとのハードルを下げる、通称“カナリヤ”活動を各方面で繰り広げているのですが、その中のひとつに「ぬまの音楽教室」というのがあります。

「現代民族楽器」などと勝手に名づけたゴミガラクタを鳴らして喜ぶ人びとを育成しています。そう、わたくし、指導者でもあるのですよふふ。

Don' think, feel!! ← これ一度言ってみたいな。言えるくらいの人になりたいなと思ってがんばっているつもりなのですが、如何せん、大人の言うことをほぼ受け流してここまで育ってきた男、いわゆるお稽古のような指導はするのもされるのもどうにも苦手で困っています。この子ども時分から染みついた性分というのは厄介なものです。

もう昔から、まわりの大人とジョン・レノンが正反対のことばかりぼくに言うものだから。んなもんジョンのほうが正しいに決まってるし、地元のオラついたセンパイより「たま(※バンドの)」のほうが断然かっこいいし、エラそうな先生とかが「現実」と呼ぶ目先の些事より坊さんの寓話の方が真実に近いじゃないかと。ずっとそう考えて大人をバカにしていたので、そんなひねたガキ、やっぱりこうなっちゃいました。

坊さんの寓話といえば、冒頭のブルース・リーのセリフには元ネタがあります。大昔のインドのえらいお坊さんの話らしいです。「指月の譬(しげつのたとえ)」として有名です。
 
人の指を以って月を指し、以って惑者に示すに、惑者は指を視て、月を視ず。人、これに語りて、「われは指を以って月を指し、汝をしてこれを知らしめんとするに、汝は何んが指を看て、月を視ざる」、と言うが如く

人(賢者)が惑者(バカ)に月というものを指さして教えてやったら、バカは「んだがっす、月ってこげったんがっす」と言って指ばかり見て月を見ない。賢者は「んねじゅ。おめよぉ、おれいっくど月ば指さして教ぇでけってんなさ、なぁにおめ月ば見ねで指ばぁり見っだんじゅ。はぃんやって~さだげねごどやー」といいました。…というたぶんだいたいそういう意味。

普通にね、巷にあふれる「お教室」ってだいたい指ばっか見てるように、ぼく思うんですよね。んなもんどっちでもいいじゃないか。月を見ようよ。

In other words, 「古人の跡を求むるなかれ、古人の求めたるところを求めよ」(芭蕉) とか、「叶うは良し、叶えたがるは悪し」(千利休)とかとか、もうなんでもいいけれど、ところで、エラそうな人たちのありがたいお言葉をしこたま引用したことでぼくがなんかいいこと言ってる気になった人いますか? もしいたら悪いことはいいません、ぼくのお弟子さんになってちょっと脳みそ入れ替えましょう。心配です。

というわけで、「ぬまの音楽教室」、お弟子さん募集中です。Don't think, feel!!
…あ、あと7月16日(土)に「ぬまの音楽教室」プレゼンツ、ぼくの心の師、元「たま」のランニングの人・石川浩司ビッグ☆ディナーショー@金魚(山形市七日町)やります。来てね。
(https://www.facebook.com/events/1787138001572038/)

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プロフィール ぬまのひろし
1983年、新庄市生まれ。貧困などをテーマにした「持たざる者のためのデザイン」を標榜し実践。新庄を拠点に“カナリヤ”活動を各方面で繰り広げる。無職。

平成28年度 やまがた若者チャレンジ応援事業 公開プレゼンテーション

公開プレゼン

5月15日(日)、山形テルサ(山形市)にて「平成28年度やまがた若者チャレンジ応援事業 公開プレゼンテーション」が行われました。これは山形県若者支援・男女共同参画課の主催するイベントで、若者が力を発揮できる環境づくりを進めるため、若者の主体的な取組みの実現化の機会を提供し、彼(女9らの地域づくりへの参加を促進することを目的としています。

この企画では、県内各地の若者グループが地域の課題解決や地域の元気を創出するアイディアを提案し、審査によって選ばれた団体は助成(補助)を受けることができます。高校生から30代までの若者2名以上で構成されるグループであればどんな団体でも参加可能。発表当日は全13団体が出席し、限られた時間の中で実に多彩な企画提案がなされました。

例えば、天童市で活動している若者アーティストグループ「天童アートロードプロジェクト」は、「まちあそびワークショップ:ちょっとちがういつもを歩こう」という事業を提案。ワークショップなどのアート活動を通し地域の魅力を再発見するきっかけや、人と人とがつながる場づくりを行いたいと訴えていました。

また、東北芸術工科大学の学生によって結成されたグループ「Honeycomb&B」はフリースペース「Oraiの家」を活用し地域に住む人々の交流を活発にする取り組みを提案。山形大学のフリーペーパーサークル「Y-ai!」は、地域の情報誌を作成することで、同世代の若者たちに山形の魅力を紹介する取り組みを企画するなど、今回のプレゼンには学生団体もたくさん参加しているのが印象的でした。

この他にも、「山形県青年国際交流機構」「ミサワクラス」「colorful」「山の形」「山形県旅館ホテル生活衛生同業組合青年部」「学び場プラス」「山形あづまりEXPO実行委員会」「山形バリアフリー観光ツアーセンター」「松根塾婚活実行員会」からの企画提案がありました(「ぷらっとほーむ」からも、貧困家庭の子どもを対象にした学習支援者を育てる事業を提案しました)。
こうして全13団体のプレゼンが終了。どの団体のとりくみも、優劣つけがたい非常に魅力的なものばかり。市民活動の多様性を再確認できる、非常に有意義な時間をすごすことができました。


※なお後日談として、約1ヶ月後に審査の結果が発表され、13団体すべてのとりくみに助成が行われることが決まりました。


(文責:大原克彰)
プロフィール

ぷらっとほーむ 「まどあかり」編集部

Author:ぷらっとほーむ 「まどあかり」編集部
山形市にある「NPOぷらっとほーむ」の〈若者の居場所づくり活動支援事業〉のブログです。
山形県内各地で活動している若者団体や個人のインタビュー、イベント情報や参加レポートなどを随時更新していきます。

2016年度の本事業は、〈一般財団法人 人間塾〉の助成を受けて取組んでいるものです。
〈一般財団法人 人間塾〉

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