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まどあかり について

やまがた 若者の居場所の 
まどあかり

 山形県内を眺望すると さまざまな形や大きさの窓が見えます。

 そのむこうに灯る いろんな明るさ またたき 色をした それぞれのまどあかり。

 どんな人がともして 大事に守っているのでしょう。

 あかりが照らす そこに集う人々と 窓のむこうに広がる居場所とは

 いったいどんなところでしょうか。

 コンコンとノックして 少し中を見せてもらいました。



***このブログについて***
 

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山形あづまりEXPO 2015


11月15日(日)、村山市の甑葉プラザにて「山形あづまりEXPO 2015」(以下、「EXPO」と略記)が行われました。このイベントは、未来の山形のために地域に密着している人たちが一堂に会するお祭りです。当日はご当地グルメやステージパフォーマンス、さらに県内各地のゆるキャラが結集するなど大盛り上りでした。今回は、その中のいくつかのイベントをレポート形式でご紹介します。

あづまり


■「村山産業高校又新連」徳内ばやし 

EXPOのステージイベントのトップバッターは「村山産業高校又新連」の徳内ばやしでした。ステージの端から端まで縦横無尽に動き回り、会場に明るい笑顔を振りまいていました。力強い太鼓と軽快な笛の音色に合わせた若さみなぎる躍動感のある踊りに元気と希望をもらいました。              

(文責:岩田享志)


■「べにばなレジェンド」けん玉ステージ 

「村山産業高校又新連」のステージに続いて、けん玉でまちおこしをしようと奮闘する若者たち「べにばなレジェンド」の登場です。1992年の「べにばな国体」の頃、演技を披露した小学生が二十数年ぶりに再結成。けん玉による教育活動や社会貢献活動の紹介でした。バーニックというゆるキャラもけん玉を持って技を披露したりと、会場を惹きつける楽しいショーでした。  

(文責:岩田享志)


■「HOPE」ヒーローショー

ステージイベントで、南陽市の若者グループ「HOPE」が企画・運営する南陽宣隊アルカディオンショーを見ました。アルカディオンとは、南陽市の魅力をPRするためのヒーローのことです。僕は、このEXPOで初めてアルカディオンのことを知りました。ショーは、正義の味方アルカディオンVS悪者ズグダ連合軍という構図になっており、年齢を問わずに楽しめる内容でした。アルカディオンを応援する声が、会場から湧き上がり、それが彼らの力になっていました。また、ショーでは山形弁で話されており、ズーズー弁丸出しで、会場の人たちの心をわしづかみしていました。起承転結がしっかりしており、笑いも交えて、とても楽しいひと時でした。

(文責:片桐滉斗)


■「Am遊's(あみゅ~ず)」駄菓子屋・くじ引き

南陽市の若者グループ「Am遊’s (あみゅ~ず)」の駄菓子屋・くじ引きブースを見学しました。この団体は地域のイベントに駄菓子屋を出店して、子どもたちが集い楽しく遊べる居場所づくり活動を行っています。筆者もブースで販売されていた駄菓子をいくつか購入。童心に返ったような懐かしさを覚えました。  

(文責:大原克彰)


■「HMS.works」 ものづくりワークショップ

私は庄内を拠点にして活動している「HMS.works」という団体のブースにお邪魔させて頂きました。この団体はイベントやポスター等のデザインやイラストレーターとして活動していて、今回の様なイベントでは手作りのアクセサリーやポスターなどのグッズを販売して、購入者とクリエイター同士での交流をしているそうです。今回のイベントでアクセサリー作りやラミネートカードなどを通してものを作る楽しさを知っていただきたいという思いがあるとのこと。この団体さん、話の中で表に出ないだけで結構長く活動されているというのをお聞きしました。実は自分たちが知らないだけでこういう活動をしている人たちっているんだなという発見がありました。 
                
(文責:宍戸浩介)

ほんきこ。月一読書会@うふカフェ

これまでに『まどあかり』でも何度かご紹介してきた、置賜地方でミニコミ誌『ほんきこ。』を発行している団体「ほんきこ。編集部」。本好きな若者たちによって2003年に発足し、約10年間に渡って活動を続けています。筆者(大原)自身、『まどあかり』に寄稿していただいた文章などを読みながら、実際どんな感じで活動しているのか非常に気になっていたので、この度「ほんきこ。編集部」が開催しているという読書会に参加してきました。

読書会は月に一回、置賜のカフェなどを借りて開催されており、今回筆者が参加した読書会は、10月18日(日)に米沢市の「うふカフェ」で行われました。参加者が全員が揃うと、まずはみんなで「ほんきこ。編集部」が発行しているフライヤーを折る作業からスタート。真剣に、しかし世間話などを交えながら楽しく作業しました。

ほんきこ

折り作業が終了すると、いよいよメインのイベント、本の紹介コーナーに移ります。「ほんきこ。編集部」の読書会は、会の担当者が毎回テーマを設定し、参加者たちはそのテーマにちなんだ本を持参します。今回のテーマは「TIME(タイム)」。一人一人、順番に1~3冊程度、「時」にまつわる本を紹介していくのですが、SF小説はさることながら、ファンタジーや恋愛小説、ミステリーなど多種多様なジャンルの本が持ち寄られました。一見「時」とはかけ離れたように見える本でも、解釈次第では設定されたテーマにぴたりと当てはまったりして、面白い。テーマを設定されると持参する本選びが難しくなるような気がしてしまいますが、そんな風に様々な解釈が可能なので、気軽な気持ちで選ぶことができます。筆者は、中学生時代に出会った本であり、自分自身が読書好きになったきっかけともいえる児童書を紹介。そこから参加者の皆さんはどのような経緯で本を読むようになったか、そのきっかけなどをお喋りしました。途中、参加者の皆さんで軽食を取ったり、お茶したりしながら最後までゆっくり、まったりと本の紹介が行われました。

本の紹介が一段落すると、最後にみんなで記念撮影。こうして月一読書会は終了しました。共通の趣味を持った人たちとその趣味を介して楽しくあれこれ語らえるって、本当に素敵なことだなあと改めて実感しました。本が好き、人と交流することが好きな方はぜひ一度、「ほんきこ。月一読書会」に参加してみてください。  

 (文責:大原克彰) 

ほんきこ2

平成27年度 やまがたNPO活動促進大会

11月13日(金)に山形メトロポリタン(山形市)で行われたやまがた「NPO促進大会」(以下「促進大会」と略記)に参加してきました。このイベントは県内の様々なNPO活動による活動発表や県民活動に関するセミナーを通して、NPOの社会貢献活動に触れる機会を県民に提供することによりNPO活動への関心を高め、参加を促すとともに、多様な主体による協働の取り組みへのきっかけづくりを行うというのを目標にしており、 県内で活動している団体の活動紹介や表彰式、講演会や助成金の経過報告会などが行われました。

促進大会

第一部は表彰式で、県内の様々なNPO団体が表彰を受けていたのですが、なんと上山明新館の農業部の若者達がエントリーしていて、なおかつグランプリとして表彰されていました。事業名は「桑から広がる農地復興プロジェクト」。内容は震災の津波の影響により未だ除塩が進まないという状況があり、それを桑とモミガラを使って、農地の物理性、化学性を改善し、再び生産活動のできる環境にする事を目的とし、「農地復興プロジェクト」に取り組んでいるというものでした。上山と名取市は姉妹都市という事もあってこの取り組みを行っているとのこと。

NPO団体が行っているような仕事を若い世代の少年少女たちが行っているということが私は凄いと思いました。自分が知らないだけで色々な人達がそれぞれアンテナを立てて、動き始めている。自分たちも彼らに負けないよう頑張っていきたいです!

(文責:宍戸浩介)

第二部では、はじめに山形大学COC推進室コーディネーター・堀内史郎さんより「これから求められる協働とは~地域の課題を解決するために求められる、NPO・大学等の果たす役割~」をテーマに県民活動推進セミナーが行われました。

堀内さんは地域で問題解決に取り組む人々についての研究を行っており、地方都市の人口減少などが問題視されている現在、地方創生を成功させるためには地元住民と、新しい視点や価値観を有したよそ者の協働が何より大切で、さらにその二者を繋ぐ「仲介者」の存在が必要不可欠であるというお話をされました。そして、地域の魅力や問題・限界を理解でき、必要に応じて行政や企業と連携できるNPOこそが「仲介者」にふさわしい、ぜひ「仲介者」の役割を果たして欲しい、と堀内さんはおっしゃっていました。

このセミナーを通し、NPOの多様性や柔軟性を再認識することができました。

次に、「やまがた社会貢献基金」助成事業成果報告会ということで、平成26年度に「やまがた社会貢献基金」を活用して行った事業の実施状況や成果、課題の報告が行われました。

報告会では、大蔵村の「合海田植え踊り保存会」による、子どもからお年寄りまで顔の見える地域づくり事業として、小学生を対象に田植え踊りの練習会を行うなど、伝統芸能の継承や公開活動に取り組んでいる様子を報告したり、米沢で若者の学習支援や就労支援を行っているNPO法人「With優」が、若者が高齢者向けにいくつかのサービスを行う「何でも屋さん」事業の取り組みを紹介したりしました。

促進大会に参加してみて、県内各地域が抱えている問題・課題などを知ることができたと同時に、自分だったら何ができるのかを考えさせられる貴重な機会でもありました。   

(文責:大原克彰)

やまがた若者交流ネットワークミーティング 「Active」

あくてぃぶ

11月8日(日)、山形国際ホテルにて「やまがた若者交流ネットワークミーティング『Active』」が開催されました。これは山形県若者支援・男女共同参画課が主催するイベントで、県内の各地域で地域活性化などに取り組む若者や、もっと山形を盛り上げたい若者同士の情報交換、交流、連携等を進めることを目的としています。この交流会は、山形を元気にしたいと思う若者なら誰でも参加が可能。この度、『まどあかり』編集部を代表して筆者(大原)も「ぷらっとほーむ」のメンバーの若者たちと一緒に参加してきました。

交流会は事務局の挨拶から始まり、続いて各テーブルでワークショップの実践。近くの参加者と二人一組になり、アイディア創出シートを用いて山形を活性化するためのアイディアを考えました。アイディア創出シートには、それぞれ自分自身が今取り組んでいる活動や興味・関心のあるキーワードを記入し、そこからお互いに共通の問題意識や課題を抽出していきます。そして最終的に、それら問題・課題を解決するためのアイディアを記入させれば、シートの完成です。筆者は大蔵村や酒田からいらした参加者の方々と交流。

参加者の方々から、住んでいる地域の事情などを伺っていくと、地域に色んな人が集える居場所が少ない、という意見を多く耳にしました。また、交流の場として公民館はあるけど、少し敷居が高いイメージがあり、行きづらいという声も。そういったお話を元に、いかに公民館を気軽に地域の人々に利用してもらえるような仕組みを作るか、などをアイディア創出シートに記入していきました。

残念ながら時間の都合上、具体的なアイディアを完成させるまでには至りませんでしたが、お互いの地域情報を交換できたり、地域の問題・課題を参加者同士で共有することができたり貴重な時間を過ごすことができました。また、様々な活動をしている若い世代の方々と交流し、新たな人脈を築くこともできたので大変良かったです。

ワークショップの後は「輝けやまがた若者大賞」の賞状授与式があり、吉村美栄子県知事がご来場、挨拶を述べたあとに賞状の伝達が行われました。受賞した団体は、大蔵村より、農業の魅力を発信し地域活性化を図る地元の若い農業者たちによって結成された「大蔵村農業後継者の会」や、地域の民俗行事「カセ鳥」をモチーフにした特産品開発し、地域の賑わいづくり活動を行っている「上山市商工会青年部」など。

あくてぃぶ2

地域を盛り上げるため意欲的に活動する彼(女)らの姿には学ぶべきことがたくさんあるなと思いました。

(文責:大原克彰)

平成27年度「山形学」講座 時をつむぐ若者たち~ともに創る山形の未来~

地域の担い手である「若者」をキーワードに、山形の過去・現在の活動を通し、地域や山形の未来を考えていく講座「時をつむぐ若者たち~ともに創る山形の未来~」(以下「講座:山形学」と略記)。

前号に引き続き、今回は第5回目と6回目の講座内容をまとめました。

第5回目となる「講座:山形学」は「地域と世界をつなぐ若者」をテーマに、9月5日(土)に行われました。この回は現地学習となっており、鶴岡市に出かけ「鶴岡ナリワイプロジェクトチーム」の伊藤敬子さんのお話を伺ったり、鶴岡市先端研究産業支援センターへお邪魔したりしました。

 「鶴岡ナリワイプロジェクトチーム」は、「鶴岡から『地方都市でのこれからの働き方・暮らし方』を全国に提案する」というコンセプトの元、活動している団体で「自分の欲しい未来は、自分でつくる。仲間とつくる。」という自治精神あふれる人を育てることを目指しています。伊藤さんから、高度経済成長の頃と比べて現代社会の前提条件は大きく変わっており、今までのしくみで生活を送ることが困難になってきていることや、一つの仕事に囚われず、自分の得意分野を生かした小さな仕事を掛け持ちする働き方の事例などをお話いただきました。

次に鶴岡市先端研究産業支援センターに移動し、慶応義塾大学先端生命科学研究所の冨田勝所長のお話を伺いました。この研究所では、微生物や医薬品を人工的にデザインし、環境・医療・食糧分野に応用する技術の開発を行っています。冨田所長は、海外の研究所の環境を事例に、鶴岡のような自然豊かな地域、すなわち地方都市は最先端の研究や新しいアイディアを創出するためにふさわしい場所であるとおっしゃっていました。

伊藤さんや冨田所長のお話を受けて、地方都市における個人レベルでの生き方から、地方都市全体における将来像まで、総合的な視点で山形の未来を考えることができました。

第6回目の「講座:山形学」は9月26日(土)に遊学館で行われました。「講座:山形学」はこの回が最終回ということで、最後は「若者とつくる未来」をテーマに、鶴岡市で活躍されている「日知舎」の成瀬正憲さん、新庄市で「生きのびるためのデザイン」を研究・実践している自称「プロ無職」のぬまのひろしさん(と、くまのひろしさん)、そして山形市より「ぷらっとほーむ」共同代表の松井愛さんを講師にお迎えして、それぞれの活動内容の紹介や活動していく上での信条などをお話いただきました。

成瀬さんやぬまのさんは、時代の変化に伴い、大きなシステムに依存するのではなく、自分たちで場や仕事を作りだす活動を行っているそうです。これは前回の「講座:山形学」の伊藤さんのお話にも通じます。例えばぬまのさんはガラクタなどから楽器を作り出し、それを販売したり、音楽教室を開いて収入を得たり、自分のできる・得意な分野で生計を立てているといいます。また、松井さんは「ぷらっとほーむ」を通し若者の居場所づくり活動を行うにあたって、多様性を認め合うことや常識を疑うことの大切さについてお話されました。

以上、三名からのお話を伺い、私たちが未だに旧来の価値観やシステムから抜けきれていないことに気づかされると同時に、これからの時代を生きていくにあたって必要になりそうなキーワードを得ることができたことは、とても深い学びでした。

 「講座:山形学」を全て受講し、筆者は、時代の流れを意識しながら、若者も大人も世代を超えてお互いを認め合い、共に未来を築き上げていきたいと強く思いました。     

(文責:大原克彰)

平成27年度「山形学」講座 時をつむぐ若者たち~ともに創る山形の未来~

地域学の試み、「山形学」。今年度は、地域の担い手である「若者」をキーワードに、山形の過去・現在の活動を通して、地域や山形の未来を考えていく講座「時をつむぐ若者たち ~ともに創る山形の未来~」(以下「講座:山形学」と略記)が開催されました。そこに、『まどあかり』編集部を代表して筆者(大原)が参加してきました。講座は全6回。会場は基本的に遊学館(山形市緑町)ですが、ときおり現地学習もあり、講座内容は実に多彩です。今回はその中で、第1回から第4回までの講座の内容をまとめました。

*     *     *

第1回目の「講座:山形学」は7月11日(土)に行われました。この回は現地学習ということで「つどう・学ぶ若者」をテーマに、小国町にある学校「基督教独立学園」を見学したり、南陽市のご当地ヒーロー「南陽宣隊アルカディオン」を企画・運営する若者グループ「HOPE」のお話を伺ったりしました。

講座の前半に訪れた「基督教独立学園」は、人里離れた山の中で聖書や自然を通し、さまざまなことを学んでいる全寮制キリスト教系の私立高校です。ここでは主に、在籍中の生徒さんによるプレゼンを通し、学校の概要について説明いただきました。こちらの学校ではもちろん通常の教科も勉強しますが、それ以外に炊事や園芸、牛・にわとりの世話といった生活に関わる作業も授業の中にとりいれているといいます。教科書の内容を理解するだけではなく、日々の暮らしで得られる体験のひとつひとつを学びとして捉えている点が特に興味深く感じられました。

そして講座の後半では、南陽市の沖郷公民館に移動し、そこで「HOPE」代表の加藤健吾さんによる講話や、「南陽宣隊アルカディオン」のショーを鑑賞しました。筆者が特に驚いたのは、アルカディオンは衣装をはじめショーにかかる費用を市に頼らず、すべて加藤さんたちご自身でまかなっているという点です。当然、自分たちでお金を集めることは容易なことではありません。しかし加藤さんは、ここまで活動を続けられたのは、純粋に楽しかったからだといいます。ここで市からお金をもらってしまうと、彼らにコントロールされる可能性が生じてくる。活動が制約されてしまっては素直に楽しめない。だから、たとえ苦労しようと、そこからわきあがる楽しい気持ちを失わないために、これから先も自分たち自身の力で活動していくのだそうです。行政に頼らずしてここまで活動を継続してきた「HOPE」は、市民活動のロールモデルとして学ぶべき点が沢山あるなと思いました。

7月18日(土)に遊学館で行われた第2回目の講座では、児童文学者の鈴木実さんと「ぷらっとほーむ」共同代表の滝口克典さんを講師とし、「よむ・かく若者」をテーマに講座が行われました。鈴木さんからは生活綴方時代の若者たちのお話、そして滝口さんからは「ぷらっとほーむ」での若者たちの活動を紹介していただきました。

生活綴方とは、簡単に言ってしまうと「生活をテーマにした作文」のことをさします。鈴木さんのお話によると、これは1910年代に確立されたもので、子ども・若者たちに自身の生活やそのなかで見聞した事柄、感じたことなどを文字に書きおこさせることで、自ら学び考える力を養っていってもらおうという教育実践です。戦時体制の強化により生活綴方は一度衰退しますが、戦後になって、アメリカから導入された新教育は日本にそぐわないとの批判から、生活綴方運動を母体にした生活記録運動が、若者たちの間でもりあがりを見せるようになったそうです。

 「ぷらっとほーむ」は、若者を中心とした利用者どうしが本音で語りあえる居場所です。ある事柄について、自分はどう思っているのか、どう感じているのか、フリースペースでの気軽な雑談や学びの場でのディスカッションを通し、利用者たちが自分の考えを明確化したり立ち位置を獲得したりしていく姿は、生活綴方とも通ずる部分があるのではないかと思いました。

第3回目となる「講座:山形学」は「農のしくみを創る若者」をテーマに、遊学館にて8月2日(土)に開催されました。「JA山形おきたま飯豊地区青年部」の田中俊昭さん、「アグリーウォーカーズ」の粟田幸秀さん、「農的暮らし研究所」の小松薫さんと、農業にたずさわる若者3名を講師に招き、若い世代ならではの視点から紡ぎ出される新たな農のありかたやしくみについて、お話を伺いました。

筆者はそのなかでも、小松さんによるパーマカルチャーのお話に興味をひかれました。パーマカルチャーとは、石油に依存しない農を中心とした循環型の暮らしのことをさす言葉。3.11をきっかけにエネルギー問題などに着目するようになった小松さんは、半世紀前のそういった農的暮らしぶりを現代の生活様式にとりいれようと、パーマカルチャーの活動に取り組んでいます。小松さんはその試行錯誤のなかで生まれた、地産地消の野菜を使った郷土料理教室「一汁一菜の会」や、ミニソーラーを自作して自然エネルギーについて学ぶ「ほどほど電力ソーラーワークショップ」などの取り組みを丁寧に紹介してくださいました。

「継承する若者」と題した第4回目の講座は遊学館にて8月22日(土)に行われました。今回おこしくださった講師は「鮭川歌舞伎保存会」座員の西野哲史さん、新庄亀綾織技術継承者の阿部友香さん、「青苧復活夢見隊」メンバーの高橋里奈さん、西野神楽・宮曽根神楽篠笛奏者の井戸川美奈子さんの4名。

伝統文化を継承する上での問題点に少子・高齢化があげられます。子ども・若者の数が減ってきている最中で、どのように伝統文化の担い手を見出してゆくか。例えば西野さんの場合、鮭川歌舞伎を始めたきっかけは、小学生時代に地域の年配者たちから勧誘を受け「鮭川子ども歌舞伎」に出演したことだそうです。西野さんの住んでいる地域では、若い世代と年配者との交流がさかんで、年配者を通し、子ども・若者たちは歌舞伎を非常に身近に感じながら育っていきます。歌舞伎というと、どうしても渋くて硬いイメージがつきまといますが、西野さんは大人が楽しんで歌舞伎を行っている姿を子どもたちに見せることにより、民俗芸能に対し肯定的なイメージを抱いてもらうということが、伝統文化を継承していく上で何より大切なのではないかといいます。また、井戸川さんの場合だと、西野神楽をPRするため、ゆるキャラが製作されたという事例を挙げ、伝統文化に現代的な感覚をとりいれるなど、時代に即したありかたを求めることも、ひとつの方法なのではないかとおっしゃっていました。
 
*     *     *

ここまで全4回の講座を通し、「若者と大人が世代をこえてつながりあうこと」「楽しみながら活動すること」「過去と現代、既存の文化を解体し再構築すること」などが、山形の未来を考えていく上でのヒントになりそうだと感じました。        

(文責:大原 克彰)

『ひめゆり』自主上映企画2015@やまがた のキロク

ひめゆり

「ぷらっとほーむ」では、6月20日(土)~26日(金)にかけて、山形市内の映画館・フォーラム山形をお借りして、長編ドキュメンタリー『ひめゆり』の自主上映会を行いました。
この映画は、13年間にわたって記録したひめゆり学徒隊22名の生存者の証言をおさめたもの。
上映を行うにあたって、ぷらっとほーむ内外で様々な準備・企画が進められました。
以下は、『ひめゆり』上映とその周辺で行われたさまざまな関連企画の記録です。
(*上の写真は、監督・柴田昌平さんを「ぷらっとほーむ」にお招きしてお話を伺った「柴田昌平さんを囲む会」のときのもの。)

■『ひめゆり』上映実行委員会 

ぷらっとほーむの自主上映企画、長編ドキュメンタリー映画『ひめゆり』。フォーラム山形での上映に向けてぷらっとほーむスタッフとメンバー有志で上映実行委員会を立ち上げて準備を進めています。実行委員会では定期的に集まり、上映に向けての想いの共有、チケットの薦め方など様々な話し合いをしています。

それと並行して実行委員それぞれがチケットを預かり、売ることになります。知り合い、友人にチケットを預けて売ってもらったり、飛び込みで様々なお店や公民館などにチラシ・ポスターを置いてもらったり。

その中で「チケットを買ってもらう」のはそう簡単ではないということを実感しています。自主上映でチケットを広める場合、広める側の私たちと相手の関係性が物を言うことが多いというのです。実行委員会中、よく話題として挙がったのは「常日頃、人からの誘いによく乗っている人は、いざ自分が誘う側になっても誘いに乗ってもらいやすい」ということ。普段、自分が周りの人たちとどういう付き合い方をしているか、改めて見直す良い機会にもなっていると思います。

(文責:鬼島 史織)


■『ひめゆり』事前学習会

『ひめゆり』が上映されるのを前に、沖縄戦についての事前学習会、「ひめゆり/沖縄戦入門」が、5月28日から6月18日までの毎週木曜日に、4回にかけて開催されました。

初回は「日本にとってあの戦争とは何か?」と題して、日本は「日中十五年戦争」、「第二次世界大戦」、「アジア・太平洋戦争」の、3つの戦争を同時進行的に抱えていて、様々な要因が絡んだ末に、敗戦したということを学びました。2回目は「沖縄戦とそこに至るまで」と題して、沖縄戦での日本軍の実態や、沖縄戦の被害状況などを中心に講座が行われました。3回目は「戦後の沖縄/日本」と題して、沖縄が戦後、米国にどう管理されていたか、沖縄が日本に返還された1972年に、日本では何が行われていたのかについて学びました。最終回は、「歴史修正主義」と題して、第2次世界大戦中に、日本軍が行った様々な件について、そんな事実は無かったと主張する人達がいることや、何故、「歴史修正主義」が主張されるようになったのかについて学びました。

全4回の講座に参加した感想は、何気ない日常は、戦争によって全て奪われてしまい、そして、銃口が自分に向けられた時に初めて、戦争に巻き込まれたと実感するのだろうと思いました。

(文責:大場 茂慶)


■小便小僧衣更え

山形北駅にある小便小僧の衣更えを行ってきました。この行事は今までは山形女子専門学校の方々がずっと行っていた行事だったのですが、今年から学校の方が休校になるとのことで、私たちのぷらっとほーむで引き継ぐことになったのでした。今回がひきつぎをして初めての衣装替え。記念すべき一着目のテーマは今年で戦後70周年ということで、ひめゆり学徒隊です。もんぺにセーラー服、防空ずきんを着せました。ぷらっとほーむのみんなが様々な思いを込めて作った服です。この衣装をたくさんの人に見てもらって、ひめゆりをより多くの人に知ってもらえたらなと思っています。

(文責:宍戸 浩介)


■戦後70年と映画『ひめゆり』ブックフェアについて

書店員や学校司書、読書人など、本好きな市民有志で発行しているミニコミ誌『ひまひま』の特集で『ひめゆり』を取り上げることに決まった時、沖縄はおろか戦争に対する興味も関心も薄かった。しかし、書店の現場でも何らかの取り組みをするべきなのではと半ば義務感で準備をスタートした。まずはライブラリーで映画『ひめゆり』を見た。それからいくつかの本を読み、映画を見た。ひまひまの編集スタッフから上がってきたタイトルと紹介文を「沖縄戦」と「戦後」、「戦争とは」という三つのテーマに分けてパンフレットを作り、店頭配布用とした。それらのタイトルをPOPと共に陳列。看板と映画ポスターを貼って完成。

新聞の取材を受けてフェアについて語り、身近な人に映画を紹介した。この一連の過程で自分の戦争に対する関心がどんどん深まっていくのを感じた。そして最初の自分と同じように関心の薄い人たちにどう一歩踏み込んでもらえばいいのか考えあぐねながら売り場作りを続けた。今も、日々のニュースを気にしながらこの取り組みは続いている。時間をかけて結果を待ちたい。

(文責:嵐田 詩子)


■『ひめゆり』上映初日 

6月20日(土)、『ひめゆり』が上映初日を迎えました。上映は朝夕2回。この日は監督の柴田昌平さんをゲストにお招きし、フォーラム山形にはたくさんのお客さまがいらっしゃいました。

上映後にはぷらっとほーむ共同代表の滝口さんと柴田さんによるミニトークも行われ、『ひめゆり』を制作するに至った経緯などのお話を伺うことができました。

さらに朝と夕方の上映の間には、会場をフォーラムからぷらっとほーむに移し、「柴田昌平さんを囲む会」が行われました。参加者は柴田さんとお茶をしながら、『ひめゆり』について観た感想を交えながら詳しく語り合うことで、映画についての理解をさらに詳しく深めることができました。

(文責:大原 克彰)

平成27年度「山形学」フォーラム「時をつむぐ山形の若者たち~過去・現在・未来~」

地域学の試み、「山形学」。その今年度のテーマが「若者」ということで、6月13日(土)、山形市内にある生涯学習施設・遊学館にて、平成27年度の「山形学」のキックオフ・フォーラムが開催されました。タイトルは「時をつむぐ山形の若者たち~過去・現在・未来~」。『まどあかり』編集部も参加してきました。
このフォーラムは、地域を創る担い手である「若者」をキーワードに、山形の若者の過去・現在の活動を見つめ直し、改めて山形の未来像について考えていこうというもの。

フォーラムのプログラムは大きく分けて二部構成になっており、第一部は早稲田大学教育学部教授、矢口徹也さんによる基調講演。「山形の若者~歴史的活動から未来への願いを探る」と題し、山形と若者活動の歴史について振り返り、後半の第二部はパネルディスカッションということで「時をつむぐ若者たち」をテーマに若者活動者3名をパネリストに迎えて現在の山形について議論していきます。

第一部の矢口徹也さんの基調講演では、山形の若者がこれまで地域とどのように関わり合ってきたかなど、若者と地域の関係性についてのお話をいただきました。特に興味深かったのが、江戸時代の頃、若者という存在は地域の中心的存在だったというお話。しかし明治以降の近代化に伴い、若者は学校制度に取り組まれかつての影響力を失ってしまいます。それでも特に山形の若者たちは活動的で、かの青年海外協力隊の発足などにも、山形の若者は大きく貢献したといいます。

第二部のパネルディスカッションでは、宮城県女川町で震災の復興支援活動を行っている「女川町復興連絡協議会」事務局長の青山貴博さん、若者たちの山形へのUターンを支援する「ヤマガタ未来ラボ」代表の田中麻衣子さん、天童市でネギ栽培を行っており、作付面積日本一を誇る農家「ねぎびとカンパニー」代表の清水寅さんが登壇し、それぞれが自分たちの活動の取り組みをプレゼンしました。

 「女川町復興連絡協議会」の青山さんは「還暦以上口出すな」という言葉をキーワードに、地域の担い手となる30~40代の若者が中心となって復興支援に取り組み、それより上の世代の大人たちはバックアップという立場を取ることで、住民、議会、行政、産業界それぞれの組織がうまく結束しているという事例を発表しました。

 「ヤマガタ未来ラボ」の田中さんは、Uターン支援の取り組みをプレゼン。地元に戻ろうか悩んでいる若者たちに、山形での仕事や暮らしの情報を提供することで、Uターンしやすい環境をつくっているというお話をいただきました。

 「ねぎびとカンパニー」の清水さんは、地元農業の活性化を目指す上で、人と人との触れ合いを何より大事にしていることをとても熱く語っていらっしゃいました。

今回のお話を受けて、若者はいつの時代も活動的で、地域や文化を発展させていく上で欠かせない存在であるということを再確認できました。さらに近年は若者の眼差しが山形に向きかけているということも分かり、山形に住んでいる我々は、彼らを受け入れる気風を作ることも大事なのではないかと思います。

(文責:大原 克彰)

ココロとカラダが喜ぶ魔法の料理”重ね煮”体験教室


5月31日(日)、山形市村木沢にあるお蔵「ミニチュア工房 和(いずみ)」さんで行われた「ココロとカラダが喜ぶ魔法の料理”重ね煮”体験教室」に参加しました。イベントを主催するのは井上義浩さん。自然派コーチとして様々なワークショップや講座の企画運営を行っています。

重ね煮とは陰陽論を元に食材を順番に重ね、野菜の水分だけで蒸し煮にしていくことにより食材の本来の味を最大限に引き出す調理法です。また、陰陽論とは世の中の全てのものは陰と陽に分けることができるという東洋の思想で、食材にもその考え方を当てはめることができます。陰の性質をもつ食材、陽の性質を持つ食材を鍋の中にそれぞれバランスよく並べることにより全体で調和がとれ、心と体に優しく染み込む料理になります。

重ねに

主催者の井上さんは、かつて心身共に不調に陥った時期に、知人から重ね煮の存在を教えてもらったそうです。それ以来、ご自身の食生活において重ね煮は欠かせない存在となり、この料理をたくさんの人に知ってもらいたいという思いから、今回のような市民向けの体験教室を開いて重ね煮の作り方などをレクチャーしています。

体験教室では、まずレジュメを元に井上さんが陰陽論のお話や重ね煮の基本的な知識を解説。次に、井上さんと奥様が実際にガラス鍋を使って重ね煮のデモンストレーションしてくださいました。デモンストレーションでは人参、玉ねぎ、しいたけを使った基本の重ね煮を作っていきます。使用する調味料は塩のみ。初めに鍋の底に塩をふり、そこから食材をしいたけ、玉ねぎ、人参の順番で重ね、最後にその上からもう一度塩をふりかけ、準備完了。後は蓋をして30~40分ほど弱火で煮ていくだけです。とってもシンプルな調理法。これなら誰でも簡単に作れそうです。ポイントはこの時の食材の重ね順で、陰の性質が強い食材は下に、陽の性質が強い食材ほど上にのせていきます。例えば、地面から空に向かって伸びていくしいたけのようなきのこ類は陰。地中で育つ玉ねぎや人参は陽の性質を持つ野菜類に分けることができます。調理中も参加者の方々からそうした食材や調理方法についての質問が活発になされ、井上さんと奥様は調理をしながら気軽に答えてくださいました。

そして最後は完成した重ね煮をみんなで試食。さっそく食べてみると、味付けは塩だけだというのに野菜がとっても甘いうえ瑞々しい!一口食べるたびに、ほっとするような安心感があります。さらに通常の重ね煮だけでなく、井上さんたちが重ね煮をアレンジして作ったサラダやシフォンケーキなども一緒に試食しました。重ね煮は日持ちする上、様々な料理に組み合わせることができるのも魅力です。参加者の方からも「手軽に作れるのが嬉しい」「自分もさっそく作ってみたい」との声が上がり、体験教室は大盛況のうちに終了しました。

重ねに2

重ね煮体験教室をはじめ、井上さんが主催されるイベント情報はご自身のブログ(http://ameblo.jp/wakuwakudokidokiuniverse/)で随時更新中ですので、皆さんもぜひチェックしてみて下さい!

(文責:大原 克彰)

「若者活動ゼミナール@村山」パネルトークの記録 (2015/02/28)

パネルトーク村山①

[パネリスト] 

●イシザワエリさん「天童アートロードプロジェクト」(天童市)
 → まちなかで、アートで地域と人の魅力を掘りおこす活動をしています。

●今野透さん「ほんきこ。編集部」(川西町)
 → 地域のあちこちで、読書会やミニコミづくりなどの活動をしています。

●成瀬正憲さん「日知舎」(鶴岡市)
 → 地域の伝統文化を伝承するコミュニティビジネスに取り組んでいます。

●福田真さん「カフェフクダエン」(新庄市) 
 → 商店街でカメラマンとカフェ店主とお茶屋の3枚看板で活動してます。

[パネルトーク] 

――今日は、県内の各地域でさまざまな活動に取り組んでおられる活動者の方がたに集まっていただきました。みなさんはどのような問題意識でその活動をなさっているのですか?

●イシザワ 「天童アートロードプロジェクト」は、アートと地域の新しい関係性づくりを目指す活動で、東北芸術工科大学OB/OGの若手アーティストが天童のあちこちでアートを用いた場づくり――地域の人たちと協働でのアート・ワークショップやアーティスト・トーク、展覧会など――をさまざまなかたちで行っています。活動のなかから、いつもはなかなか気づけないような地域の魅力を見つめ直したり、年齢や立場をこえた関係性がうまれたり、といった動きがうまれています。これこそが、さまざまな領域をこえて人や資源をゆるくつなげるアートの力だと感じています。

●今野 「ほんきこ。編集部」は、本好きの若者たちが集まるゆるやかな居場所です。作家・井上ひさしゆかりの施設「川西町フレンドリープラザ・遅筆堂文庫」を拠点にしています。本を媒介に「おもしゃいごと(面白いこと)」を「ほんきこ(本気)」で楽しむ、というスタンスで2003年に始まりました。ミニコミ誌『ほんきこ。』を発行しながら、月1回の定例読書会、ブックイベント「Book! Book! Okitama!」などをそのつど楽しみながら実施しています。「来る者拒まず去る者追わず」のゆるやかさ、敷居の低さ、関わりの多様さが、私たちのコミュニティの特徴だと考えています。

●成瀬 「日知舎」は、羽黒地方の地域文化の継承のしくみづくりをねらいとするコミュニティビジネスです。私は岐阜県出身ですが、学生のときに山伏修行を行う機会があり、羽黒に惹かれ続けてきました。その後、紆余曲折を経て6年前に羽黒に移住。するとそこは、宿坊の経営難や伝承文化の後継者不在など、問題が山積でした。例えば、出羽三山はおいしい食材の宝庫ですが、採る人がいない。採らなければ株がやせ細り、いずれ山の文化がついえてしまう。これを回避するには、山の幸を流通させ、小商いや職にしていくしかない。ということで、マーケティングやデザインの発想をとりいれ、文化を継いでいくしくみづくりに取り組んでいるのです。

●福田 「カフェフクダエン」は、新庄のお茶屋・福田園の4代目である自分のオリジナルのプロジェクトで、「本物の抹茶をカフェスタイルで飲む」がコンセプトのショップinカフェです。その他、フォトグラファーの仕事も並行してやっていて、看板を複数かかげるスタイルで生きています。2001年にUターンし、ミニFMや音楽イベントなどに関わりながら、10年くらいかけて上記スタイルを確立させました。安定した雇用が乏しい田舎でも、自分のもつ能力や技術を生活の糧に代えて何とか生きていけるようなコミュニティのしくみや文化をつくっていく必要があると感じています。

パネルトーク村山②

――それぞれの取り組みからは、ヤマガタという地域のどういった将来が展望できますか? 言いかたをかえると、例の「地方消滅」論――地方はもう手遅れ、だから都会に資源を集中しよう!――にどう反論できますか?

●今野 「ほんきこ。編集部」メンバーは半分が移住者です。なぜか。地域に彼(女)らを受けとめる場所がない、ということなのだと思います。地域から浮いている感じの人にとっての避難所として機能しているわけですね。そういう機能は、これからますます重要になってきます。若い世代の人口は減っていくのに、それへの期待はどんどん増えていく。草刈りや雪かき、消防などですね。なので、逃げ場所がますます必要となっていく。とにかくたくさんのさまざまな避難所が確保されるべきだと考えます。逆に言うと、そういう場が保障されているところには、田舎であろうと人が集まる。

●成瀬 確かに、私が最初に山伏修行にきたころは、地域の若者といえば、宿坊などの後継者が多かったのですが、近年はUターンで戻ってくる若者が増えてきた印象はありますね。地域で生きようとしたときに、ひとつの職に両足をのせて終身雇用というスタイルはもう難しい。それに代わる方法として、小商いの複合という方法がある。先ほどの福田さんのお話然り、「日知舎」然りです。「日知」とは列島古代の知識人で、まつりごと(祭=政)に関わっていました。自治にたずさわっていたわけです。自治とは、自分たちで自分たちの場や仕事をつくりだすこと。私たちはこれまで、大きなシステムに自分たちを委ねすぎてきた。そのことへの反省として、ミクロな実践や営みを通じた自治の回復が試みられているのだと思います。

●福田 自治ということでいうと、お金ってその本質において地域振興券なのだと思います。自分や自分の生きるコミュニティにめぐってくる可能性のあるところにお金を使う。そういう意識をもつかどうかで、同じ金額を使うにしてもお金の巡りかたが変わってくる。こういうのも、コミュニティを守るひとつの戦いかただと思います。それと、やはり課題となるのは、ひとつの仕事、生業で生計を立てるという価値観だと思います。自分も以前は、副業や二足わらじはよくないと思っていましたが、若い人たちと活動を通じて知り合い、いろんなスタイルと出会ううちに、自然とそう思うようになりました。なので、何をしているかわからない人、分類不可な人って大事です。意味不明な人たちを既存のカテゴリーをあてはめるのではなく、寛容に受けとめる。そういう地域にしていけたらと思っています。

●イシザワ カテゴリーということで言うと、私たちの多くは、既存の組織や制度に枠づけられた縁でしかつながれていないところがあって、だからこそ、アートのような趣味の縁でつながることの新しさや面白さがあるのだと考えています。一方で、地域の人びとには「商品化できる水準に達していないと、とても表には出せない」という思い込みが深く根をはっています。実際には、地域のふつうの営みの中に面白いものや美しいものはたくさんある。それをわかってもらうには、実際に発信してみてそれに対する反応を受け取ることのできる場が必要です。「天童アートロード」然り、そういう互いの顔の見える場が地域にもっと増えていけばと思います。

――なるほど。活動は、自分たちの居場所づくりであると同時に、自治の取り組みでもあるわけですね。その観点で、これからの課題は何でしょうか。

●イシザワ 先ほどのカテゴリーの件ですが、それは何も地域の人たちだけの課題ではなくて、私たち活動している側の課題でもあると思います。「そういうカテゴリーで見てほしくない」と思ってはいても、代案が出せていない。まだまだ言葉が足りていません。成果の出しかたや伝えかたの工夫が必要だと感じています。そこが課題でしょうか。

●今野 「ほんきこ。編集部」の強みは、その弱さ――弱さを出せる場であること――だと考えています。弱さを出せるとは、マイナーでマニアックな趣味、こだわりを出せる、そういう弱さをわかちあえる場や関係性がそこにあるということです。肝は、聴く側のちからやかまえ、ゆるさにあると思います。そういうものを地域全体でどう担保していくかが課題ですね。

●成瀬 そういう弱さを肯定も否定もせずに居場所を与えるのが「変わり者」という語彙だと思います。それにより、あちこちの変わり者が集まり関わりあうことができる。異文化どうしのシャッフルを簡単につくれるわけです。これは、都会にはない田舎ならではの強みだと思います。

●福田 田舎のせまさや小ささの強みは、全体を見渡せる、俯瞰できるということだと思います。そうした俯瞰視点にSNSを組み合わせれば、あちこちで視界に入ってくる動きや可能性の芽を可視化させ、加速させていくということが可能になる。これこそがヤマガタの先進性だと思います。

――自分たちがどんな武器を手にしているのか、まずはきちんと自覚する必要があるようですね。またどこかで、この続きができたらと思います。(了)

三枚の看板 ~ 福田 真

仕事、活動、なりわい・・・など、言い方は様々あると思いますが、僕がやっている事や、取り組んでいる事、その中で思う事、感じていることをお話させていただこうと思います。

僕は新庄市にある、有限会社福田園というお茶屋の四代目です。
創業は明治 39 年。100余年の歴史がある店です。
僕はそこに生まれ、高校卒業まで新庄で暮らして高校卒業と同時に新庄を離れ、東京で写真の専門学校に入り、卒業後は広告写真のカメラマンとして働き挫折して辞め、その後はバ イクの業界で働いていましたが、31歳の時に親の病気がきっかけで新庄に戻り、家業のお茶屋を継ぎました。
帰ってみると、新庄の商店街のどまんなかにある店も回りの商店街も衰退していてちょっと途方に暮れたりもしましたが、仲間達と地域活性化的な団体を作って、ミニFMを始めたりイベントを企画しはじめました。
その結論として、自分の仕事だけに専念している状態が今の僕ですが、その頃に出会った人やその人達のありがたいご縁が連綿と繋がり、今の僕を形作っています。
僕の仕事やなりわいを簡単にお話しますと、福田園というお茶屋、カフェフクダエンという抹茶を中心にしたイベント出店と、福田園店内での不定期営業カフェ、それから、 "FMP"FukudaMakotoPhotography としてのカメラマン、この三つがメインです。
福田園というお茶屋を継いで試行錯誤を重ねたり、先ほどお話した人のご縁で導かれるようにして確立していった僕のライフスタイルが、この三つのなりわいです。

一度挫折してあきらめたカメラマンとしての自分に再び向きあうきっかけをくれたのも、ミニ FMを一緒に始めた時のデザイナーの友人でした。
福田園の仕事の中で自分の仕事というものをうまく確立できずに悩んでいたときに、カフェフクダエンというプロジェクトを考え付いたのも、その時出会った人達からいただいたアイディアや、インスパイアの中から導かれて産まれてきたものでした。

家業のお茶屋の中の僕のオリジナルのプロジェクトであるカフェフクダエン
そしてかつて捨てた道であるカメラマンと言うなりわい。
両方とも自分で切り開いたというより、色々な方からいただいたご縁に導かれたものです。
新庄という長く離れていた故郷に戻って試行錯誤している時に出会った、素晴らしき人たちからいただいたご縁です。
それが今の僕の大半を形作っています。
その中には僕の妻も含まれます。
そして今僕は新庄でお茶屋の福田園を営みながら、カフェフクダエンとして、またカメラマン福田真として山形県内各地や仙台圏、たまに海外など、色んなところで活動させていただいています。

そこで思うのが「人」というテーマです。
新庄に戻ってからの僕はいつも人に導かれ続けています。
僕の周りには魅力的な人がいっぱいいて、その人たちからたくさんのものをいただいているなあと思うのです。

「なにをやるか、よりも誰とやるか」だと言った友人がいました。
なにをやるかはもちろん大事な事ですが、時にそれよりも大事なのが誰とやるかという事なんだという意味です。
地方でも都会でも海外でもどこにいてなにをやるにしても、いつも大事なのは「誰と」の部分。
今の僕にはそれが凄く身に染みます。
新庄に戻って14年経ちましたが、いつも人に導かれてきた経験がそう思わせるのでしょう。
幸い、ここには魅力的な人たちがたくさんいる。
これはこの土地の財産です。
これからの僕も人様からいただいたご縁に導かれて、どこに連れていかれるのか、とても楽しみにしています。

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三枚の看板:福田さん
〈プロフィール〉
ふくだまこと
昭和44年12月27日生まれ
新庄市のお茶の福田園&カフェフクダエン店長
FukudaMakotoPhotographyフォトグラファー

【お茶の福田園 webサイト】
www.fukudaen.jp

カフェフクダエン Facebook】
https://www.facebook.com/fukudaen

【 "FMP" fukudamakoto photography  webサイト】
www.fukudamakoto.tumblr.com


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よくある名前ひろし 英語ならジョニー ~ Johnny got his gun ~

ぬまのさん
ぬまのひろし(無職)

若者の居場所を求め、『まどあかり』を手に取った皆様、こんにちは、東京行け、ぬまのひろしです。

「生き延びるためのデザイン」などと言って少し頭の悪いモノたちをずっと作っていたり、「現代民族音楽」などと僭称してゴミガラクタばかり鳴らしていたり、そんな尻の座りの悪いことばかりコマゴマ繰り合わせ、なんとか暮らしています。
子供が3人、妻が1人、空き家に住んでいる、31才。
ぢつと手を見る。

「無職です。」と誰かに職業を聞かれる度に答えていますが、色々面倒臭いです。
古来身柄の怪しい人たちの最後の砦は「自称肩書」と決まっている。なるほど、なんたらクリエーターとかのあれだ。
いろいろ面倒臭いときのために歴史と伝統はあるので、僕も考えてみました。
「カナリヤ」です。僕。
戦場で毒ガスを探知するためのカナリヤ。
カナリヤは死ぬが、兵隊さんは逃げる。
山形の新庄で僕のようなのが生きている間は、みんな大丈夫。
自分より下の人間がそれでも生きている安心という名の社会福祉を、身を挺して提供するプロフェッショナル。
がんばりますぴよ。
僕にも給与生活者として暮らしてきた数年間がありました。
資産も後楯もない若者が条件不利地域で生きていく世知辛さ、骨身に沁みています。
よき日本人である為の三大義務もその全てが覚束ないドツボ節。
立派な大人になる筈だった。オモチャ大人買いできる筈だった。
時不利兮騅不逝騅不逝兮可奈何妻兮妻兮奈若何…

取り乱しました。
こんなのは野垂れ死んで犬に食われればいいですね。
犬に食われるといえば、例えばインドには、死に直結するような条件不利を託つ階層化された「不可触賎民」とされる人たちがいます。
「逃げたらいいべや。」等と外人の僕らは思うのですが、どうも違う。
教育がないから未来を選べないのが一つ、もう一つは、彼らもまたヒンドゥー教徒だということ。
今生の理不尽をカルマ論で受け入れながら、カースト内では強固に相互扶助をする。
ヒンドゥー社会の立派な一員です。
さて「フカショクセンミン」と「ヤマガタケンミン」、似てますね。
ヒンドゥー教徒の彼らには来世があります。
僕らには何があるのでしょう。
日本人には「お天道様」のような素朴な信仰があると言われます。
素晴らしいです。
が、現状を見るにつけ、僕はそこにもっと抜き差しならない何か、いわば呪詛のようなモノの臭気を感じてしまうのです。

長年のフィールドワークの結果分かりました。
「世間」「社会」「普通」などを枕につけた物言いは、100%、話者の都合です。
また、貴方の為を思って云々はほぼ嘘です。
彼らの言を要約すれば、「お前にだけ楽はさせねーぞ、俺のように不幸になれ」ということ。
呪詛です。
彼らはあなたの幸せなぞ考えません。
むしろ不幸でいてくれてこそ物も売れ世の中廻るのです。
真に受けてしまうと大変。
残念な人たちが「現実」と呼んでしまうしょうもない目先のヤリクリに人生を消費させられてしまいます。
そんなもの犬に食わせてやりましょう。
「世間」「社会」「普通」。
目に見えない、あるかないかもわからない毒ガスのようなモノに怯えてしまうあなた、カナリヤを飼いましょう。
社会の中に僕を飼いましょう。
僕が生きている間は大丈夫。
僕を生きさせてください。

僕の生まれた新庄、幾度の飢饉を経て生活文化に飢餓への恐怖を色濃く残す町です。
有名な新庄祭りの興りとなった天明の大飢饉。
当時大量の流民たちを坑めたお寺には幾体もの大きな地蔵が並び、250年経った今も毎年口にぼた餅を擦りつけるという剛毅な祀られかたをしています。
行き倒れや親より先に死んだ子など、救われない者たちのために地獄に赴くのが地蔵菩薩です。
それを脈々と祀り続けてきた新庄に生まれたのが僕。
もうしょうがない。
妻、ごめん。

ぬまのさん②

――ある夜のこと。
当座の支払いに窮した僕はいつものように妻に己の不甲斐なさを詫びていた。
妻は手を止め向き直ると、勤めて無造作に通帳を取り出し、言った。
「自分の収入くらい自分で管理してちょうだい。なんで無いと思っているの?」 …見慣れない通帳だ。
名義は、僕。
一、十、百、千…おい嘘だろ、なんでこんなに金があるんだ。
僕が状況を飲み込むのも待たず妻は続ける。
「私あんたと結婚して不幸だなんて思ったことないから。あんたバカだけど、少しずつお金も貯まってる。今まで言ってたやりたい事、やればいいよ。ほら例えばさ…」
よく覚えているものだ。
そしてよくしゃべる。
そうか、できるのか、あれも、あれも。
相槌しか打たなくなった僕の呼吸を確かめるように、妻は息を吸い、吹いた。
「やろうよ、だって…」 「だって?」 「人間は犬に食われるほど自由だ。でしょ?」 藤原新也だ。
やはり彼女は僕の妻なのだ。
そして、彼女は、僕を名前で呼んだ――

まぁ。
実際には無かったんだけどね。
こんな夜は。

ぬまのさん③

僕の名前はぬまのひろし
日本人によくある名前ひろし。
英語ならジョニー。
古い映画があります。
『ジョニーは戦場へ行った』ひろしは新庄にいます。
あの映画のラスト、ご存知でしょうか。
日本の名もなきひろしたちの1人、新庄にいるひろしが、戦場へ行ったジョニーの道を辿るのか。
ナマ暖かく見守っていただければ幸いです。
S.O.S...h.e.l.p...m.e..........

本と人を愛するすべての人へ ~ 「ほんきこ。編集部」 今野 透

ほんきこ。編集部」とは、ミニコミ誌『ほんきこ。』を発行している団体です。
「ほんきこ」は置賜地区の方言で「本気」のことです。
そんなネーミングとは裏腹に、平成15年に本好きな若者たちが立ち上げてから10年とちょっとの時間をマイペースに過ごしています。
来る者拒まず去る者追わずの姿勢で多くの人が出たり入ったりしながら、その緩やかな関係性や参加する人々の多様性を楽しみつつ、自分たちが面白いと思うものには本気になって活動している集団です。

現在の活動内容は、『ほんきこ。』の発行と「月イチ読書会」が柱となっています。
 『ほんきこ。』は、エッセイや小説、イラスト、詩などのスタイルを問わず、自分たちの関心があることを気ままに綴っています。
テーマを決めて原稿を募ることもあれば、雑談で盛り上がった内容を対談風の記事にまとめることも。
そうかと思えば、出産や育児のあれこれや旅行記を書く人もいて、編集長いわく「ごった煮冊子」。
バラエティに富んだ内容はまさに何でもありの「ごった煮」状態です。
発行に当たっては、そのすべての作業を自分たちで実施しています。
原稿執筆はもちろんのこと、編集、校正、印刷、製本、配布。
作業が多いことから、関わる人も自然と多くなります。
その中には原稿を書くのが得意な人もいれば、製本に力を発揮する人も。
また、読書側として関わる人もいます。その関わり方の多様さや懐の深さもこの団体の特徴です。

ほんきこ。①


 「月イチ読書会」は、その名のとおり毎月実施している読書会。
毎回、幹事が「旅」や「いきもの」「人生楽しく」といったテーマを決めます。
参加者はテーマに沿った本(小説、雑誌、写真集、マンガ等ジャンルは問わず)を持ち寄り、その内容や選んだ理由などを紹介し合います。
会場は置賜にあるカフェ等をお借りして、美味しいコーヒーやスイーツを頂きながら。
読書会の面白さは、自分が手にしないような本を知ることや本を通して参加者の人となりに触れることだと感じます。
毎回、新鮮な刺激があり、一気に見えている世界が広がることもあります。
参加者は10代から50代くらいまでと幅広く、『ほんきこ。』同様に多様な人が集まる場所になっています。
また、「ほんきこ。」では、これまでに様々なイベント企画も行っています。
去年は9日間に渡る大規模なブックイベント「Book!Book!Okitama」を開催しました。
本を媒介にまちと人とお店をつなぐ機会づくりを目的として、装丁家等によるトークイベントの開催やたくさんのお店に協力してもらい、それぞれのお店の企画として店主お気に入りの本を飾ったり、絵本に出てくる料理を再現した特別メニューを提供したりしてもらいました。
またメインイベントとして「読書と昼寝の日曜日」(一箱古本市・紙もの市・ワークショップなど)を開催し、本にどっぷりとつかる濃厚な一日を創りあげました。

「ほんきこ。」を一言で表せば、「本を媒介として、面白いことを本気で楽しむ若者が集う居場所」。文化的な活動を基軸とした緩やかなコミュニティとも言えます。
年数を重ねてきたことで冊子『ほんきこ。』の内容がライフステージ(仕事・結婚・出産・子育て等)に沿っていく傾向にあります。
この居場所が長く続いていき、今のメンバーがじいちゃんばあちゃんになってもお茶飲みが出来る場になれたら良いなと思っています。
ほんきこ。②

日知舎のおえ草履について ~ 成瀬 正憲

日知舎①

昨年僕の営む日知舎で草履の販売をはじめました。
丈夫で、履き心地がとても良く、それを履くことが作り手を支え、地域文化の継承につながってゆく、そんな草履です。
おえ草履に出会ったのは4年前のことです。
2009年に山形へ移住した僕は当時羽黒町観光協会に勤めながら、以前より続けてきた聞き書きのため月山山系を歩いていました。
月山とそれに連なる湯殿山の裾は深い谷で縁取られ、その斜面に集落が点在しています。いずれも湯殿山に詣でる人たちの巡礼路にあたり、かつては旅人で賑わった集落。
雪深いため、そこでの暮らしは厳しい自然と深く対峙せざるをえません。
裏を返せば、自然のもたらす豊かさと分かちがたく結びついているということ。
おえ草履を編む志げさんの住まいはここに平成21年までありました。
同年この地に大規模な地滑りが起こり、住民は引越しを余儀なくされ、志げさんもまた90歳を前に慣れ親しんだ土地から離れざるをえなかったのです。
僕が尋ねたのはその翌年。
「散らかしといたんだ」と明朗な声で冗談を返しながら、志げさんは玄関を開けてくださいました。
初めて見る志げさんのおえ草履は目を見張るほど美しいものでした。
おえとは沼地に生えるある植物の地方名で、夏の土用前にこれを刈り取り、天日に干して乾燥させ、冬にかまくらの中でいぶして虫を出し、草履へと編まれます。
柔肌のような色彩を持つその植物は流れるような曲線を描き、人間の仕事とは思えないほどに端正。
山深いこの集落でひっそりとこうした草履が編まれていたことに驚きました。
ある春の日。志げさんと引越し前の家があった七五三掛を訪れました。
更地となった土手を歩きながら、この日当たりのよい斜面ではわらびがたくさん採れたこと。
集落の東にある大きな枝垂れ桜は美しくみなで愛でていたこと。
さらにその後方にそびえる月山の残雪が御爺さんの形になったら、田植えを始めたこと。
失われた故郷は記憶の中に存在するしかありません。
そのように暮らしが一変しても、手を動かし続ける志げさんの姿が、僕にはとても大切なものに思えました。

日知舎②


ほどなくして、おえ草履という手仕事の継承に向けて動きだしていました。
商品としてあらたに流通させてみてはと考えたのです。
持続的な需要は雇用を生むはず。
求める人に届けるために何が必要か。
東京で開催したとあるイベントで販売してみたり、若い世代が手に取れるようなデザインにしなおしてみたりと、試行錯誤をはじめました。
こんな若者の話を受け、志げさんは発注に応えてくださいました。
そんなときに出会ったのが井戸川美奈子さんでした。
偶然の出会いだったのにもかかわらず、井戸川さんはおえ草履について関心をもち、自分でも編みたいといいました。以後、この取り組みは新たな意味を持って歩み出すことになります。
井戸川さんは南相馬市から鶴岡市へ避難してきていました。
季節ごとに自然のもたらす幸を当たり前のように享受できる日常が、どれだけ多幸感に満ち、かけがえのないものであるかを、僕たちは皮肉にもあの原発事故によって、暮らしが一瞬にして根こぎされ無化される、凄まじい暴力とともに目の当たりにしました。
そのような経験を経たひとりの人を前にして何が出来るだろう。
井戸川さんがおえ草履づくりを生業にできる環境をつくっていこうと腹を決めました。
志げさんが教えてくれたように、自らの手を動かし、何かをつくるという経験が、彼女のこれからの暮らしを編んでいくことのひとつの手がかりになるかもしれない。
むろんそれは僕の考えに過ぎません。
しかしいつかは互いに理解し合い信頼関係を築けると、そのときを待ちました。
一年をかけて井戸川さんは志げさんのもとに通い、おえという植物の付き合い方や編み方、ものづくりのこころのようなものを身につけ、丁寧につくられた草履を編むまでになり、東北芸術工科大学を卒業し有機農業などに取り組んでいる飯塚咲季さんと知り合ったことによって、草履の鼻緒には素敵な庄内刺し子が施されることになりました。
この土地でこれからを生きていくにあたって、途切れたさまざまな関係性を結んでいくために。
良いと思えるモノを自分たちの手でつくり、求めてくれる人に届けてゆき、そのことが作り手の生業を成り立たせて、モノを作る文化の全体性が支えられ、継承されてゆくために。
そんな思いを形にした日知舎のおえ草履は、昨年10月に産声をあげ、じっくりゆっくりと各地に届けられています。

日知舎ホームページ http://hijirisha.jp/

夜間美術大学の活動まとめ 山田 正一郎

〇昨年、現代社会で表現に携わることの意味や、芸術と社会の関係について考える勉強会として「夜間美術大学」を始めました。 
そもそも芸術は、社会において、多様な価値観や生き方を担保するものなのではないかと考えますが、しかし現代の芸術は、そのような役割を果たせているのか?果たせていないとしたらそれは何故か?といった問題意識から、そのようなことを皆で考える場が必要なのではないかと思いこの活動を始めました。 
また、そのようなことをおぼろげに考えていた頃に、思想家・佐々木中のツイッターでの発言、“藝術は別の世界の感じ方を示すこと、つまり「知覚」を広げるためにある。社会運動も同じ。”という非常に共感のできる言葉に出会ったことも後押しになりました。 
昨年の11月から今年の1月までは、吉澤弥生『芸術は社会を変えるか』(青弓社、2011)をテキストとして月一のペース(毎回5〜6人)で読書会を行いました。 
この本では、全国的に行われるようになった様々なアートプロジェクトを通して地域/教育/医療/福祉の分野へ芸術が浸透、つまり芸術の社会化が起こっている状況が説明されています。 
また、アートプロジェクトとして、コミュニティアート・リレーショナルアートが既存の芸術に代わって台頭していることで、社会における芸術の位置づけが変化してきていることが述べられています。

〇本の概要

・そもそも日本では、近代化以降、政治団体としていくつかの美術団体が存立し、一般の人にとって芸術は「お上から与えられたもの」でしかありませんでした。
戦後、消極的な文化政策のなかで主眼になったのは「ハコ(美術館)の建設」。
美術館という純粋な展示空間の出現により、芸術は難解な「純粋芸術」となって一部の人しか享受できないものになり、以来、芸術は一般市民にとって日常から遠いものになりました。

・そのような状況のなか、90年代以降、欧米の動向に追従する形で、多様なアートプロジェクト(以下、AP)が行われるようになりました。 
そもそもAPとは、複数の人々によって遂行される芸術表現に関する企画で、日常の中のものを用いて作品を制作したり、地域の住民が参加するワークショップが行われたりするもの。日本におけるAPは、日常生活や社会の中に「芸術」を見出そうとする特徴がある。

・一方で問題点として、「アートが地域活性の手段として悪用」されたり、「地域問題の解決を丸投げされ」たりしてしまうことなどが挙げられます。

・また、地域アートに関して、美術批評家の語る言葉の貧困が問題視されています。そのようななか、これまで美術批評が排除してきた素人=市民がこれからの批評の主体になることで、美術制度全体の転回をもたらす可能性があるとこの本では述べられています。 
そもそも現代は情報社会や大衆社会の進展によって「芸術/非芸術」、「専門家/非専門家」の境界が溶解している状況です。 
そして、APにおけるアーティストの役割もコーディネーターやファシリテーターに変わり、その現場では、日常の中に創造的な営みを発見し、そこに潜在する力を共有していこうとする実践が行われています。

・思想家・鶴見俊輔は、純粋芸術(戦後現代美術)を標的とした大衆の叛乱を「限界芸術」という言葉で表現。限界芸術は、人びとの生活のなかにある創造性に光を当て、普通の人びとの手に創造性を取り戻すための実践。APはまさに限界芸術と言える。

・しかし、以上のような文脈を抜きに「誰もがアーティスト」、「何でもありのアート」と言うことはできず、APでは、①芸術を社会化する根本的な目的に立ち返りながら活動を進める必要がある、②アートの境界を問い続けることをやめてしまえば、その表現は異なる価値観と向き合うことなく霧消していく、とテキストでは述べられています。

◯ヨーゼフ・ボイス「誰もがアーティスト」

・また、鶴見は「一人ひとりが生きていることには、それぞれ芸術的側面がある」とも述べていますが、この言葉はドイツの芸術家ヨーゼフ・ボイスの有名な発言「誰もがアーティスト」と響き合っているように感じます。 
読書会でそのようなことを考えるなかで、そのヨーゼフ・ボイスが話題になりました。ボイスはどのような意味を込めて「誰もがアーティスト」と言ったのでしょうか。 
ボイスは様々な社会問題に対し、主体的に社会変革のために行動するすべての人が芸術家であると述べました。 現代は、格差社会の拡大や、人口減少による地域社会の衰退など、ボイスの生きた時代よりも一人ひとりが行動する必要性は高まっているように感じます。 
読書会では、
「近年じわじわといろんな活動が広がってきている。」
「地方が疲弊するなかで内発性から始まる活動が増えてきた。」
「活動をしている人たちの主語がはっきりしてきた。それぞれの足場がしっかりしてきている。」 
という発言からも分かるように、実際に行動を起こす必要を感じて、地域に必要とされる活動を始める人が増えてきている、とひとまず山形に関しては言えそうです。

〇「無理なく画廊を...」

一方で、テキストでは、近年のAPの現場で働く人びとの厳しい雇用の状況が問題にされていますが、地域社会で前例のない新奇な活動をして生計をたてるのはまだまだ難しい時勢であると言えます。 
読書会では、どうやって活動を続けて行くかがしばしば話題になりましたが、そのなかで「無理なく画廊をやれたらいいのに」というなにげないつぶやきがもれました。芸術的なものは、趣味など日常のいろんなところでその側面を見出せるわけですが、テキスト217頁で「芸術が専業の芸術労働者によって専有されている」と考察されているように、一般の人が芸術事業を趣味の延長上で兼業として展開することに萎縮してしまう、この時代の風潮を意識しての発言です。  
そのつぶやきから、「専業化しなくても、兼業としてアートに関わる人がもっといていいのではないか。」、「アート=敷居の高いものという意識を変える必要。学問などどの分野でも言える。」、「"素人=市民をこれからの批評の主体に"とあるように様々な分野で素人が主体的に活動してもいいのではないか。」、などの得難い発言が引き出されました。 
何気ないつぶやきが、連鎖的に重要な言葉が飛び出すきっかけとなる場面を目の当たりにし、一つのことについてみんなで考える勉強会の醍醐味を感じた瞬間でした。 
兼業として主体的な活動が草の根的に広がっていき、結果的に社会が少しづつより良く豊かになっていく状況こそは、ボイスが考えた理想的な社会を実現したものと言えるのかもしれません。

○網目の一つとして 芸術を鑑賞することは一般的には受動的な行為であると認識されています。
しかし一見受動的に思える鑑賞行為ですが、作品を受容することとは自分のなかに作品を取り込むことですので、実は主体的な行為です。
そのような主体性を鑑賞者に促すきっかけをもたらす"もの"や場が「芸術」と言えます(もちろん簡単に実現できることではありませんが)。 
主体的に何か活動を起こすことも、すでに取り組まれている多様な活動を目にしたり参加してみたりすることがきっかけになって連鎖反応的に始められるのだろうと思います。 
夜間美術大学も、そのようなネットワークのなかで、様々な人々の繋がりのなかで続けていくことができたらと思います。

アートワークショップの現場から(4)

第4回:活動を支える「人」のかかわり方

こんにちは、イシザワと申します。
私は、天童市を主な拠点として、公民館や美術館などで、子どもも大人でも気軽に参加できるものづくりの活動、アートワークショップを行っています。
アートワークショップでは、手を動かしながら思考錯誤することや、参加者同士の会話から生まれる気づきを大切にしています。
そのため、作品を完成させることよりも、制作過程そのものを大切にする活動内容となります。
そして、そこには必ず、参加者の活動をサポートする人が存在します。
このように、アートワークショップの中で、活動をサポートする人のことを「先生」ではなく「ファシリテーター」と呼んでいます。今回は、その「ファシリテーター」がどんな働きをしているのかを詳しくみていきたいと思います。

①時間・場所・道具の管理
まず、参加者に活動できる時間、場所や道具の使い方を伝えます。
活動の主な参加者である子どもたちは、興奮すると、つい周りがみえなくなってしまう時があります。
参加者にケガがないように、時々注意を促すことも、地味ですが大切な役割です。
イシザワさん(4)①
②活動に誘う
初めての方にも気軽に参加してもらうために、「何ができるのか」を短い言葉で伝えられるようにしています。
例えば、『プスプスブロック』という活動では、「○、△、□など色んな形にカットした発砲スチロールを爪楊枝でつないで、ブロックみたいに組み合わせて遊びます。」というように。
完璧に伝えられなくても、興味をもってもらえたらOKです。
イシザワさん(4)②
③安心できる空間をつくる
自分が作った物は、自分の分身のようなものですから、人に見られることを恥ずかしいと思う人もいます。
活動では、初対面の人との間でものづくりを行うことになるため、「自分を表現しても否定されない」場であることを伝えることが重要です。
「○○がステキだね」など、気づいたことを肯定的な言葉にすることで、安心感を持ってもらえるようにしています。
参加した子どもたちの中には、小さい声で「〇〇を作ってもいいですか?」と確認にくる子がいます。
「どんどんやりなよ!」と伝えると、その後もくもくと作りはじめます。
全員が同じ完成形を目指す必要がないため、参加者のやりたいことを後押しすることを大切にしています。
イシザワさん(4)③
④制作過程を共有する
手を動かす活動で、集中しているさいにはあまり会話がうまれません。
そんな時、作っている物に対して「これは何をつくっているの?」と質問します。
すると、参加している子どもたちは「これは家族を作ってて、下の部分は山なの」と、作品について語りだします。
参加者の方は、自分からはなかなか作品について語りませんが、作品にこめられたストーリーを他の参加者にも伝えることで、参加者同士の会話のきっかけを作っています。



このように、活動の現場では「ファシリテーター」は、参加者の状況に合わせて、複数の役割を同時に行いながら場を進めています。何よりも大切なのは、具体的な完成形を参加者に押し付けないことです。
ゆっくり、まったりとした時間の中で、手を動かしたり、参加者同士で会話することで、普段の生活では気づかない自分の一面に気づいたり、他の人の考え方を吸収できるような場をつくりたいと考えています。

イシザワエリの活動日記
http://ishizawasaketen.blog74.fc2.com/

芸工大卒展・スタディツアー

芸工大卒展①

2月10日(火)から15日(日)までの6日間、東北芸術工科大学(以下、芸工大)にて卒業/修了研究・制作展が行われました。
展示は10時~17時まで行われ、入場は無料。
連日多くの見学者で賑わいました。
そこで今回は編集部が参加した2月11、14、15日の様子をまとめ、「芸工大卒展・スタディツアー」と題して皆さまにお伝えしていきます。

まずは編集部が芸術学部の展示を見学した際の様子からご報告。
芸工大の学部は大きく分けて2つ存在します。絵や彫刻、工芸などのアートを専攻する芸術学部。
それから建築や映像、商品開発といったメディア・デザイン関係を専攻するデザイン工学部です。
芸術学部は三角屋根が特徴の本館から南側に位置する研究・実習棟を中心に展示が行われていました。
さっそく見学に立ち寄ってみると、そこには壁一面を使った絵画や版画の展示が。
色鮮やかな作品の数々。
見ているだけで楽しくなってきます。
中には卒業生が自身の作品の脇に立ち、訪れたお客さんに対して作品の解説を熱心に行っている姿が印象的でした。

工芸コースの展示スペースでは漆を使ったスマホのケースカバーなど、若い世代と伝統工芸品の距離を近づけようと試みる作品も見られ、とても斬新。既成概念にとらわれない柔軟な発想が、さすが芸工大生です。

また、本館の2階では文芸学科の展示が行われていました。
文芸は2011年度に美術科内に設立された、ライティングや編集を中心に学ぶ学科です。
今年が初めての卒展となる文芸学科は、展示と同時にカフェを運営。まったりお茶しながら卒業生たちが制作した小説などの本・冊子を読める工夫がなされていました。まるで喫茶店で本を読んでいるような気分になれて面白い。落ち着いたアットホームな雰囲気で、ついつい長居したくなってしまうような展示スペースでした。

芸工大卒展②


そしてデザイン工学部は芸術学部と反対方向の北側に研究・実習棟を構えており、編集部が訪れてみると、そこでは卒業生たちの4年間の学びの成果が論文や模型、映像など様々な方法で展示されていました。

中には学生が気軽に集まれる中心市街地構想や、独立して働く個人同士が共有できる仕事場(コワーキング・スペース)など、若者が生活しやすい街づくりの研究成果もいくつか展示されており、編集部にとって大いに興味を引かれる発案も。お客さんたちも、学生が提案する画期的なアイディアの数々に魅了されている様子でした。

さらに、本館1階では今年度デザイン工学部内に新設されたばかりのコミュニティデザイン学科の1期生の方々が、学科紹介を兼ねた展示を行っていました。
この学科はコミュニティデザイナーの山崎亮さんが学科長に就任されたことでも話題になりましたね。

コミュニティデザインは、地域をフィールドワークして作成した地域紹介の冊子など、1年間の授業の成果を展示。
1期生は「自分たちの住んでいる地域を密に取材することで、日常の様々な箇所に学びがあることを発見できた。今後ともさらに視野を広げて活動していきたい」とおっしゃっていました。

会期中は常設展示のほかにも、1日限りのイベントなどを実施。
編集部が参加した14日にはアトリエ棟にて美術科の学生が楽器での演奏とダンス、詩の朗読を組み合わせたパフォーマンスを行いました。
それまで静かだった展示スペースに突如として鳴り響く大音量に編集部もお客さんも圧倒されっぱなし! 大迫力のパフォーマンスに、非日常へ放り込まれたような衝撃を受けました。

会場ではどの学科の卒業生たちも4年間で蓄積された力を遺憾なく発揮しており、みんなのモノづくりに対する情熱がひしひしと伝わってきました。
若者ならではの視点から生まれた作品はどれも魅力的で、見学する側もとても楽しく、全体的にも非常に活気に満ち溢れた素敵な卒業展示だったと思います。 

(文責:大原 克彰)

若者活動ゼミナール@村山 開催します!

若者活動ゼミナール@村山


県内4地域から集まった異分野の若者活動団体による事例発表をもとに、パネルトークやディスカッションを行います。やまがたの若者活動についてみんなで考え、熱く楽しく語り合う時間です。
ご興味のある人は、ぜひお越しください!

■日時:2月28日(土) 13:00−17:10
■会場:山形県生涯学習センター 遊学館
   (〒990-0041 山形県山形市緑町1丁目2-36 )
   3F特別会議室
■入場無料
■Facebookページはこちら!
若者活動ゼミナール村山チラシ_カラー小_1

=====【事例発表団体・個人】=====
★福田 真氏(新庄市)
 お茶屋店長であり、フォトグラファー。県内各地のイベントで抹茶カフェ「カフェフクダエン」をオープン!

★日知舎(鶴岡市)
 山伏体験や山の幸のブランド化など、羽黒の地域文化継承に取り組むコミュニティビジネス!

★ 天童アートロードプロジェクト(天童市)
 天童市を拠点に、地域の魅力を再発見するきっかけや、人と人とがつながる場づくりを行う若手アーティストたちの活動ユニット!

★「ほんきこ。」編集部(置賜地方全域)
 本と人を愛するミニコミ誌制作や読書会、地域でのブックイベント開催など、言葉の表現でつながる人たちの居場所づくり!

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■申込・問合:ぷらっとほーむ 
   住所:〒990-0041山形市緑町4丁目10-3 ファートンビル3階A
   Tel&Fax:023-664-2275   E-mail:hodohodokayako@yahoo.co.jp(担当:黄木)

主催:ぷらっとほーむ 「やまがた若者活動支援事業2014」
    この事業は「一般財団法人人間塾」の助成を受けて運営しています。

「若者活動ゼミナール@置賜」パネルトークの記録 (2014/12/14)

パネルトーク置賜①


[パネリスト]

●加藤健吾さん/杉沼歩さん「HOPE」(南陽市)
 → ご当地ヒーローとして、地域の魅力を発信する活動をしています。

●田口比呂貴さん「鶴岡市地域おこし協力隊」(鶴岡市)
 → 過疎集落で、里山暮らしのナリワイづくりの活動をしています。

●細矢江里さん「山形読書会~Yamagata Reading Club~」(山形市)
 → まちのあちこちで、読書会や地域情報発信の活動をしています。

ぬまのひろしさん「ぬまのひろし」(新庄市)
 → まちなかに拠点を構え、楽器制作・販売などの活動をしています。

[パネルトーク]

――今日は、県内の各地域でさまざまな活動に取り組んでおられる活動者の方がたに集まっていただきました。みなさんはどのような問題意識でその活動をなさっているのですか?

●加藤 「HOPE」は、もともと南陽市の若者むけ企画コンペがスタートの活動です。応募した若者たちが1年間、まちづくりについて学び、その上で企画をつくり競い合う、という企画だったのですが、そこでローカルヒーローをつくってふるさとのPR活動をしようということになりました。「南陽宣隊アルカディオン」という名前です。名称に「南陽」と入っていたりヒーローのスーツに市章がプリントされていたりするので、南陽市のおかねで活動していると思われがちですが、実際には市のおかねには頼っておらず、あちこちでヒーローショーを行って公演料をいただいたり、地元企業に現物(ブーツなど)を提供いただいたりしながら活動しています。

●田口 「鶴岡市地域おこし協力隊」として、旧朝日村・大鳥集落で生活しながら地域活動をしています。私が向きあっているのは過疎(限界集落)という現実です。でも、都会から来た若者である自分が実際にそこに住めれば、それは、里山でも人はふつうに楽しく生きていけるということの証明になる。しかもその暮らしは「ほどほど自給×ほどほど働く」。里山は、クマ猟や山菜とり、稲作など、さまざまな仕事を組み合わせて生計を立てるやりかたで生きのびてきた場所です。私はそこにインターネットなどをかけあわせ、「里山で生きる」という選択肢があるということを、都会で苦しく働いている若い人たちに身をもって示していきたいと思っています。

●細矢 「山形読書会」は、本を通してさまざまな人や場とつながることが目的の読書会です。就職して盛岡で暮らし始めたとき、職場内外に知り合いがおらず話せる人がいない状況で、たまたま「朝食読書会“Reading-Lab”いわて」と出会いました。人と話せて笑える場所が救いになり、人や街の魅力を知ることができ、盛岡というまちが好きになりました。その後山形に戻ったときに、地元でもああいう場がほしいと思い立ち上げました。読書会のように、趣味つながりで集まれる場所がまちや地域のあちこちにあれば、人はそこで自分を開放できる。たとえ仕事がダメでも、そういう場がいろいろあれば、人は生きていけると思っています。

●ぬまの 基本的に無職ですが、「生きのびるためのデザイン」に連なるさまざまな活動をそのつど行いながら生きています。現在は、現代民俗楽器としてオリジナルの楽器――自由な三味線みたいなもの、10月に完成したばかりで名前はまだない――を創作して販売したりワークショップを開いたり、といった活動に力を入れています。「何をやっている人?」と訊かれたら「カナリヤです」と答えています。炭鉱のカナリヤ。カナリヤが死んだらみんな逃げろ、というわけです。カナリヤである自分が生きのびていける余地やしくみを新庄という場所でデザインしていくことで、地元をどんな状態になっても人が生きていける街にしていきたいと考えています。

パネルトーク置賜②


――なるほど。活動の背景にあるいろんな思いを語っていただきましたが、すべてに共通して「これからの時代――地方が消滅していくと言われる時代――をどう生きのびていくか」という問いに対する若い世代からの回答という側面があるように感じられました。若い世代は、人口減少・少子高齢社会にあっては圧倒的なマイノリティ。すでに「非正規」問題など若年差別は常態化しています。そうした条件下で、自分たちが生きのびていくためのしくみを模索する――そんな共通項があるように感じます。

●加藤 私たちはだいたい24~25歳のときに活動を始め、いまはそれぞれ30歳くらいになっています。楽しいからこそ続いてきました。ヒーローはなまりで話すとか、敵役の名前も方言からとるとか、飲みの席で出てきたアイディアなんですよね。そういう楽しさを保つためには、「市のコマにならない」というスタンスが大事だと思っています。とにかく活動のニーズはあちこちにあるので、いったん走り出したらとまれない。年代があがっていっても続けるのかが問われ始めていますが、「キレの悪いヒーロー」というのもそれはそれで面白いかもしれない。

●田口 中山間地の集落は、かつては生きていくのに合理的な場所だったのかもしれない。でも、必要とされなくなったらなくなるのは仕方ないだろうなという気持ちではいます。とはいえ、そうした場所で生まれ、受け継がれてきたライフスタイルには、自分のような若い世代が自分の暮らしをつくっていく際に使えるところがたくさんある。先ほどお話した里山の多角的生存戦略というやつですね。さまざまなナリワイ――「小商い」と呼ばれる小規模のニッチビジネス――を組み合わせ、トータルで生計を成り立たせていく。あえてひとつにしぼらない。そういうスタイルが、リスクヘッジという観点からも重要になってきていると思います。

●細矢 どういう仕事に就くかといったことばかりが注目されているように感じます。でも、仕事があればそれだけで人が生きのびていけるわけではない。そうなると、家庭や職場の外で人と話せたり笑えたりする場所が大事になってきます。そんなサード・プレイス(第三の場所)がどんどん生まれていけばいい。そうした場があちこちにいろんなテーマで存在していれば、もっともっとまちが生きやすくなっていくと思います。実際、「山形読書会」には、UIターンの人が多く参加しています。サード・プレイスの豊富なまちには人が集まる、ということかもしれません。

●ぬまの 
東京に人や金を吸い寄せるチカラがますます強くなっています。巷ではアベノミクスが話題になっていますが、ずっと経済が成長し続けるわけがない。仮にそうだとしても、ヤマガタは割を食う側。だったら、自分らが生きのびていくのに国家なんか必要ない。もともと僕の地元は、山賊が出ると言われるような「奥の細道」。そこには、農や漁を営みつつ、「山賊が出る」と迂回させて最上川を舟で渡して生計を立てるようなしたたかな営みがあったと言います。要するに「半農・半漁・半賊」。そういう土地で生きてきた「まつろわぬ民」の末裔が僕です。そこには、国家に頼らずとも自立して生きていくたくましさがある。「目指せ、梁山泊!」ですよ。

――なるほど。生きのびていくためには、手づくりの、独立系の小さな居場所づくりが重要だということですね。では、いったいどうすれば、そういう場所をあちこちに多様なかたちで産出していくことができるでしょうか?

●杉沼 ここまで活動を続けてくることができたのは、ゆるく、ひろく、ムリなくやってきたからだと思っています。変にムリしていないから楽しいし、楽しいからみんな集まってくる。

●田口 拠点を複数もつのも大事だと思います。一枚岩でない、ゆるいコミュニティがたくさんある、というイメージ。そういう、ゆるくて弱いつながりのなかにいると、何かあると連絡が来る。弱いつながりの強さです。

●細矢 いろんな場所があるとして、でもその存在や情報を知る機会がありません。なので、場所のマッチング・サイトのようなものがあるといいのかなと思います。

●ぬまの メキシコの「サパティスタ」は、ゲリラでありながら、かわいいサパティスタ人形をデザインして世界中に売って資金を調達しています。自治なんですよね。僕らも自治を模索していけばいいんだと思います。

――みなさんのような「独立系の小さな居場所づくり」に資源が流れるしくみをどうつくるか、今後の私の課題にしたいと思います。おかげさまで希望のある議論ができました。ありがとうございました! (了)

アートワークショップの現場から(3)

第3回:すべての物が「素材」になる ~物と私の関係を再考する

毎日寒い日が続きますね。「まどあかり」の夏号から、アートワークショップの活動について書かせてもらっています、イシザワと申します。
突然ですが、みなさんは何か工作をしたいと思ったときに、どこで、どんなふうに素材を集めますか。
最近はホームセンターの品揃えが豊富ですし、100円均一のクオリティも高いので、様々な素材をすぐに手に入れることができます。しかし、購入する以外にも自分の身の周りを見つめ直すことで「素材」を集めることもできます。
今回は、アートワークショップにはかかせない素材にスポットを当てて、お話していきたいと思います。

①物との関わり方を増やす・捉え方を変える
まず、私がアートワークショップの内容を考えるときは、身近な物を使うようにしています。
アイディアがある程度まとまったら、使いそうな素材を用意して、実際に手を動かしながら考えていきます。
そのさいに大切なのは、物との関わり方を増やすことです。
1つの素材でどんなことができるか、徹底的に試行錯誤していきます。
例えば、布だったら、中に新聞紙を入れて口を縛ってボリュームを出してみたり、裂いて織ってみたり。
普段はしない物との関わり方を増やしていくことで、素材の可能性を広げる時間を大切にしています。
物との関わり方が面白いアートワークショップだと、子どもも大人も楽しんでくれることが多いです。
また、物の捉え方を変えることも重要です。
私たちは普段から無意識に「紙コップは飲み物を飲むときに使う」という考え方で使用しています。
しかし、アートワークショップで紙コップを使おうと思った時、切込みを入れてUFOにしてみたり、糸電話の受話器にしてみたり、2つ合わせてマラカスを作ってみたり。
あれれ?「飲み物を飲むときに使う」という正しい使い方から外れているよ、となります。
でも、これもみんなが普段から無意識にしていること。
物の使用目的が変われば、物の捉え方はいくらでも変化していくのです。
そして、普段の使い方との違いが大きければ大きいほど「この道具はこんなふうにも使えるのね!」という驚きや意外性を生み出すことになります。
まさに物の見方を変える行為です。

②捨ててしまう物・落ちている物・地域の廃材を見つめなおす
先ほどまで、物との「関わり方」と「捉え方」を変化させていく様子を見てきました。
これさえできれば、身の周りのすべての物は「素材」になります!
改めて、自分の身の周りを見てみましょう。生活で出るゴミを観察してみると、ペットボトル、色んな大きさのビン、プラスティックのキャップ、空き箱など、多種多様な物にあふれています。
それらをきれいに洗って、色や材質ごとに分けるだけでも、「素材」として活用しやすくなります。
また、視点を外に向けると私たちの暮らす山形は自然の宝庫です。
これを使わない手はありません。
散歩で行く公園や山には植物や石、海に行けば貝がらや流木など、素敵な「素材」たちに出会うことがきます。
そして、最後に自分の生活を越えて、地域の工場などをのぞいてみましょう。
工場では同じ製品を大量に作っているので、同じ形の廃材が一定量出ます。
以前、ニット工場に勤める知人から、倉庫を見せていただく機会がありました。
そこには、たくさんの毛糸が使わないものとして置かれていました。
1つの商品を作り終わってしまい使わなくなったり、量が少なくて機械にセットできなかったりする物があるらしいのです。
こういった素材をいただいたり、購入したりして、その素材から内容を考えたアートワークショップもたくさんあります。
活動のさいには、素材を紹介しながら、地元の産業についてお話したり、なぜこの素材が廃材になるのかを参加者の方に説明します。
活動を通して、参加者に地場産業について知ってもらう機会にしていければと思っています。
イシザワさん(3)①
③すべての物が「素材」になる
これまで見てきたように、「これ、何かに使えるかも」というワクワク感を持っていれば、「素材」はいろんな表情を見せてくれます。
それを読み取っていく事も、アートワークショップをしていてとても楽しいことです。
ただし、こうしていると日々、物は増えます! 
整理整頓と自分が確保できる量を意識することは、物と付き合う中で大切なポイントです。  (了)

「芸術の収穫祭 かっきりまつり」を訪ねて

11月22日、まどあかり編集部で、山形県小国町の休校舎をアトリエにして活動している「studioこぐま」で行われている、『芸術の収穫祭 かっきりまつり』(毎年11月に町内外の作家の作品を集めて芸術の収穫を祝う展覧会)を観てきました。
山形市から小国まで車で2時間弱、更に市街地から小玉川まで山の中をしばらく分け入ると展覧会の舞台である休校舎が見えてきました。

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展覧会は、studioこぐまのメンバーや東北芸工大の学生・卒業生、地域の人々が出品し、展示スペースは、子供たちのいなくなった静かな休校舎内に、現代アートや地域の子供達がワークショップで作った作品などが差別化されることなく混然となってエネルギーを発していて、不思議で魅力的な空間になっており、メンバーはわくわく感のなか休校舎内を歩き回り作品を探しました。
作品の配置は出品したアーティストが実際に現場を見て場所を決め、搬入出も作家自らで行ったとのこと。なかには、小国に来てみて作品の構成を変えた作家もいるそうです。

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印象に残った作品としては、今年小国で滞在制作を行い学校敷地内にあるプールから幻想的なイメージを引き出した高山晴香「ゆうゆう」、元教室の黒板にチョークで温もりを感じさせる巣を描き出しそこに冬眠する熊の映像を重ねた藤本真理「忘れた頃に」、キャンバスに瑞々しい果実をイメージさせる清新な感触のドローイングを行った阿部亮平「果実1」・「果実2」があります。

地域アートのようにその土地に根ざして行っている活動は実際にその土地を訪れてみないとなかなか雰囲気がつかめません。
鮮烈な作品や難解とも思える作品が設置された「studioこぐま」が、人家のまばらな集落やごつごつとした岩肌の山々に囲まれた雄大な自然のなかにあることで、その存在がより際立たされているように感じました。
また、説明を聞かないと意図が分からないような作品がごろっとむきだしで転がっている展示空間は、地域の人々の日常に驚きや刺激をもたらすであろう「異物」としての存在感を放っていました。

その後、元職員室で現在応接室(?)として使っている部屋で、studioこぐまのメンバー3人にお話を聞きました。
「小国に来た当初は、地域の人に良くしてもらっているので、喜ばれるような作品を作りたいという気持ちがあって、それがプレッシャーになることもあった」、「学生時代は制作ばかりしていたが、小国に来てからはここで生活することをまず楽しむ、という風に意識が変わり、関心の幅が広がった」などのように、地域とのかかわりの中で表現者としての力だけでなく人間力じたいが上がった様子がうかがえました。
小国で活動を始めた当初は、「何をしているのか分からない」等のような意見を寄せられることもあったそうですが、地域の祭りなどに積極的に参加する中で、地域の人々との絆が深められてきたそうです。
今では、近隣の住民が進んで展覧会の宣伝をしてくれたり、校舎内の案内をしてくれることもあるそうで、地域にとって「異物」であるアーティストを受け入れることによって地域住民もまた少しずつ変化しているのを感じるようです。

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私たちが訪れた日はたまたま比較的暖かい日でしたが、メンバーはいつ降ってもおかしくない雪に備えて、屋外に展示していた作品を撤収したばかりとのこと。
メンバーの感覚では「かっきりまつり」が終わると「冬」になるのだそうです。
興味深いお話を伺っているうちにあっという間に夕闇が訪れ、近づく大雪の予感におののく周囲の山々が見守る中、編集部は帰路につきました。

text by 山田正一郎
アートについての勉強会 「夜間美術大学」主催者
(https://m.facebook.com/yakanbidai)

山形読書会 〜Yamagata Reading Club〜  細矢 江里   

■活動のきっかけ 

山形読書会の活動のきっかけは、岩手県盛岡市にて「読書朝食会リーラボいわて」に参加していたことです。大学卒業後、就職した私は単身盛岡へ。
社会人なりたて、知り合いが全くいない。
仕事も忙しく辛く、プライベートも寂しい。
孤独な修行のような日々。
今考えると「人とのつながり」に飢えていたのだと思います。
だからこそ、本を通して人と話し、つながり、本から得た気づきに共感しあう刺激的な時間を過ごせる場に出会えた時、大きな癒しと感動を覚えたのだと思います。

そこで知り合った人々は本当に優しい方ばかりでした。
食事やお茶に誘ってくれたり、盛岡の素敵な場所や人を紹介してくれたり、当時父を亡くした私の悩みを聞いてくれたり心配してくださったり。
私は盛岡のまちとひとが大好きになりました。
そしてついに、私が盛岡を離れ山形に帰る日。
その当日の読書会ではとても温かく見送ってくれました。
そこで知り合った人々とのつながりと思い出はずっと私の宝物です。

すっかり読書会の魅力にとりつかれた私は、この感動を山形でも味わいたくて、他の人にも知ってほしくて、読書会を開くことにしました。

■活動内容 

読書会は月に一回、山形市内のカフェや公共施設など魅力ある場所を巡り、休日の午前中に行っています。
お気に入りの本を参加者が持ち寄り、4人グループで「本の紹介3分、フリートーク5分」を順番に行い、グループを変えて2巡します。
本のジャンルはなんでもOK。
最後に参加者からの各種イベント・PRの情報発信コーナーを設けています。
申し込みはブログ、facebook、mixiから。
ブログでは読書会の様子をレポート、facebookでは本やそれに関連するイベント等の情報発信も行っています。

■これまでの活動を振り返って 

2013年4月から活動を開始し、これまで約60名、延べ人数約170名の方にご参加いただきました。
たくさんの素敵な本と人との出会いがあり、多くの山形の魅力ある場所を知ることができました。
10年ぶりに帰ってきた山形。
はじめは正直つまらない場所だと感じていた故郷。読書会を通して山形のまちとひとがやっぱり好きになってきています。
盛岡の時と同じように。

読書会を通して嬉しく感じたこと~初参加の方からの「こんな場所待ってた!」の声。
遠くは埼玉県、仙台市、米沢市、天童市、尾花沢市、酒田市、山辺町からもわざわざ足をお運びいただけたこと。
東京から転勤してきた方からの「オアシスのような場!」の声。
参加者の方々どうしが読書会を離れた場でも交流を深めていることがわかった時。参加者の方が会場に来られた時の「こんないい場所あったんだ」の声。
最近では会場となったカフェ「喫茶チャノマ」さんに小さくささやかながら「山形読書会おすすめ本コーナー」を設けていただいたこと。
などなど。

一方で課題もあります。
ひとつは会場探し。
市内で10人以上が集まれる場所を探すのはなかなか大変です。
クルマ社会の山形では交通アクセスや駐車場も問題になります。最近は参加者の方によい場所をご紹介いただき助けられています。
※これをお読みの方、よい場所・お貸しいただける場所があればお教えください!もうひとつは開催日程。
平日や朝の開催を望む声がありますが私一人での開催は難しく、どのようにご協力をいただきながらクリアしていくのかが課題です。

私自身、盛岡で経験をして感じたのですが、人生や生活の豊かさとは人とのつながりだと思うのです。
これからも、参加者の方の時間がより豊かになるような場づくりを心がけていきたいと思います。

山形読書会 〜Yamagata Reading Club〜
ブログ: http://ameblo.jp/yamagata-reading-club/

たとえ日本が潰れても、 里山でレベルを上げれば サバイブできる。 田口比呂貴

安倍政権は「景気回復、この道しかない!」って言っているけど、人口は増えないんだし、高齢者を中心に保有資産をジャブジャブ使わない限り、格差なんて縮まらない。
(まぁ、景気=気分なので、気分を上向きにしてお金を使わせようという言う意味であれば間違ってはいないと思うけど…)
資本主義社会では稼いだ人がそのお金を使うことで富が再分配されるからシステムとして回るのであって、お金を貯め込んでいる人がたくさんいる以上、行き詰ってしまうよね…って思っちゃいます。
金融工学でごまかしたり、マネーゲームみたいなことはできるかもしれないけれど、お金だけを操作して成り立つ社会なんてどう考えても不自然過ぎる。
経済成長することを前提として積み上げていった借金やツケは、人口減少が始まった今では完全に首が回らなくなっているはず…。
でもその恩恵を受けている人が五万といるから後戻りができない。経済成長をして前に進むしかない状態になっているんじゃないかな。

僕は、30年後くらいに日本は外からの何らかの圧力でカオスになると思っている。
歴史的に見ても黒船がやってきた時も、原爆が落ちた時も海外の力によって日本社会が大きく変わった。実は東日本大震災は日本人の意識を変えるための引き金で、日本が激変するのはこれから…なんてことを思う。
日本が破綻して一万円が紙切れになったり、全ての土地が国有化されたり、首都直下型地震で東京がこの世の終わりくらいにパニックになったり、外国人がお隣さんレベルの身近な存在になったり。
あと山形の場合、置賜・村山・最上・庄内は、交流しても文化的に一つになること・融合することはありえないと思うので廃県置藩になるかも。

この誇大妄想に根拠はないけれど、このくらい大変なことが未来に起こるのかなぁ…って思っていて、それに対して僕は、漠然とした不安を抱えるんじゃなくて、生きる力をしっかり付けた上で、楽しく待ち構えていたい。ほら、江戸時代末期に「ええじゃないか」ってありましたよね。
こんなことがあった日には僕も一緒に踊り狂っていたいんですよね。

僕は今、鶴岡市地域おこし協力隊として山形県鶴岡市の大鳥地域というところに住んでいる。
標高300m弱くらいの山奥に地域があって、積雪は3m以上という豪雪地帯でもあります。
人口90人弱で、高齢化率が70%。鶴岡で一番天国に近い集落で、20代は僕一人。
 
だけれども、僕はここで生きる技をたくさん学んでいる。草刈り、雪囲い、雪下ろし、稲作、塩漬け、漬物、山菜・薬草採り、狩猟…。
ドラクエ風に言うと、「せいけんづき」とか「ハッスルダンス」とかの技を一個ずつ覚えているような感じ。
お金にならない生業は捨てられてきたけれど、食やエネルギーを自給する力、家を作る力、仲間を作る力、物々交換する力といった、流行り廃りと関係ない生き抜く力があればまずは死なない。
更には、現代のマッチョな消費社会の中で支出を下げられる手段になる。
生業をしながらであれば支出が少ないので月に10万稼げば普通に暮らしていける。
カオスな未来がきても、こういう暮らしをしていれば生き抜けると思うんですよね。しかも、自分で暮らしを創るって楽しい。
地球が生まれてから45億年経っているのに、どう頑張っても80年くらいしか生きられないし、地球上に70億人いる内の所詮たったの一人なのだから、僕が多少変な生き方したくらいでは世の中何も変わらないですよ。
そんなゴマ粒ほどの小さな歯車でしかないので、せめて自分の好きなことをして楽しく生きていきたい。そう、強く思います。

田口比呂貴ブログ [ひろろーぐ] http://hirotaguchi.net/

若者活動ゼミナール@置賜 開催します!

県内4地域から集まった異分野の若者活動団体による事例発表をもとに、パネルトークやディスカッションを行います。やまがたの若者活動についてみんなで考え、熱く楽しく語り合う時間です。
ご興味のある人は、ぜひお越しください!

若者活動ゼミナール置賜チラシ


■日時:12月13日(土) 13:00−16:30
■会場:ワトワセンター南陽 (南陽市勤労者総合福祉センター) 研修室
 〒992-0472  山形県南陽市宮内4526−1


=====【事例発表団体・個人】=====
HOPE(南陽市)
 ご当地ヒーロー「南陽宣隊アルカディオン〜ARCADION〜」プロジェクトで、地域の魅力を元気にユニークにPR!
鶴岡市地域おこし協力隊(鶴岡市)
 鶴岡市大鳥地区で、山暮らしを体現しつつ、循環型の村作りを目指してアクティブに活動する、若きマタギ見習い!
山形読書会〜Yamagata Reading Club〜 (山形市)
 読書を通して人とつながる。そのつながりが巡り巡って山形を元気にする力に!
ぬまのひろし(新庄市)
 シェアスペース「よろず布袋屋」代表。自作楽器やミラクルメガネの販売・実演。表現者。謎多き最上の若者のキーマン!

=====【タイムテーブル】=====
13:00-13:15 受付、あいさつ
13:15-14:15 〈第一部〉若者団体活動事例発表(10分)+感想シート記入時間(5分)×4団体  
14:15-14:25 休憩  
14:25-15:15 〈第二部〉パネルトーク   15:15-15:25 休憩  
15:25−16:05 〈第三部〉テーブルディスカッション   16:05-16:25 テーブルごとに発表     16:25-16:30 まとめ・あいさつ

■申込・問合:ぷらっとほーむ 
   住所:〒990-0041山形市緑町4丁目10-3 ファートンビル3階A
   Tel&Fax:023-664-2275   E-mail:hodohodokayako@yahoo.co.jp(担当:黄木)

主催:ぷらっとほーむ 「やまがた若者活動支援事業2014」
    この事業は「一般財団法人人間塾」の助成を受けて運営しています。

講演会&シンポジウム 「不登校・ひきこもりを考える」

11/16(日)、山形市保健センターにて、「不登校・ひきこもりを考える」と題し、「一般財団法人人間塾」塾長の仲野好重(なかのよしえ)さんの講演会「今日はじめよう、ありのままの自分から」(第一部)と、シンポジウム「わたしたちと“不登校・ひきこもり”――どんな支援に意味があったのか――」(第二部)を開催しました。

*     *     *

第一部の仲野さんの講演会は、とても心があたたかくなるお話でした。
学校では点数や偏差値で評価されるが、数字で人間を価値づけるほどアホらしいことはないという話に、まったくそのとおりだと思いました。
人間としての偏差値なんてないのだ、ということでした。
わたしは「クローバーの会@やまがた」という不登校・ひきこもりの親の会を主宰しており、その親の会でもよく出る話題なのですが、子どもが不登校・ひきこもりになってしまうと、親は子どもを「待つ」ことが出来ずにイライラしたり、つらい思いをしたりしがちです。
仲野さんは待つことの大切さを教えてくださいました。
子どもには子どものペースがある、大人のスピードを「早く、早く」と押しつけてはいないか。
「早く」とは「待たないよ」と同じ意味があるとのこと。
これは、日本の高度経済成長と共にスピードが角一化されてきたからだそうです。
そして今もなお、そうした平均像をめざしている親、教師、学校がほとんどであることもそのとおりだなぁと感じました。
みんな一人一人違う、だからおもしろい! なのに、社会全体がそれぞれの人生の「時」を待つことが出来なくなってしまっているということでした。

人間塾①

そして、元気が出る言葉――「人生は50歳から! 50歳までは助走」「自分の人生の主人公はあなた」「一生懸命生きているからこそ考えたり悩んだり立ち止まるのだ」――もたくさんいただきました。
演題の「今日はじめよう、ありのままの自分から」のとおり、どんな姿になろうとも、何か失敗したとしても、社会から受け入れられなくても、「ありのままのあなたは大事な人」ということを若者に伝えていきたいし、「自分は捨てたもんじゃない」と思って欲しいとおっしゃっていました。

会場から 「ひきこもりの子どもをいつまで待てばいいのか? 出てくるタイミングは見ていてわかるのか?」という質問がありました、仲野さんは「それは突然やってくるかもしれないし、じわじわやってくるかもしれない、本人にもそのタイミングはわからないのです。
まわりは日々たんたんと普通に過ごして待っていてください。
飯盒で米を炊くとき、途中でふたを開けたら失敗するでしょ。
出来上がりまで待ちましょう」と答えてくださいました。
第二部のシンポジウムは、コメンテーターとして引き続き 仲野好重さんをお迎えし、パネリストには亀山勇樹さんと設楽晴子さん(不登校・ひきこもり経験者)、松井愛さん(不登校・ひきこもり支援者)、そしてそのコーディネイトを「ぷらっとほーむ」共同代表の滝口克典さんがつとめました。

人間塾②

経験者からは、ひきこもりの始まりからの心情はどうだったか、どういうきっかけでまた社会とつながろうと思ったか、どんな支援がありがたかったか、などの貴重なお話を聞くことができました。
また、支援者からは、どんな気持ちで関わってきたか、当事者に支援と感じさせない支援のありかた、つながりやすくするためにさまざまな入り口をつくっていることなど、「ぷらっとほーむ」の活動を通して感じたことをきくことができました。
そこに仲野さんの語りが加わって、とても学びが多いシンポジウムとなりました。

重いテーマではありますが、仲野さんの明るいお人柄、松井さんのユーモアで楽しい時間でした。
最後に、勇気を出して大勢の人びとの前で自分の経験を話してくださった経験者のお二人に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました!


◆一般財団法人人間塾    http://ningenjuku.or.jp/
◆クローバーの会@やまがた http://samidare.jp/oya-ibasho/

(文責:樋口愛子)

「ぷらフェス」を振り返って。


はじめに 
11月2日(日)、山形まなび館(山形市本町)において、「ぷらフェス(ぷらっとほーむ発 若者文化のミュージアム)」という文化祭イベントが開催されました。
「ぷらフェス」では、山形まなび館をほぼ貸し切りにして、部屋ごとにイベントが同時進行で行われていきました。
私は「ぷらフェス」にて「歌声喫茶」の運営を担当しました。
その他にも、様々なイベントに参加しましたので、当日の「ぷらフェス」の雰囲気を伝えられればと思います。
私が、当日参加した時間系列で、イベントの紹介と感想を書かせていただきます。

フリースペース 交流ルーム② 10:00‐16:00 
「ぷらほ」の日常を体験してほしいということもあり、「ぷらほ」のフリースペースを、山形まなび館にそのままもってきました。「ぷらほ」から、畳やテーブルを運び込んでフリースペースを再現しました。
「ぷらフェス」に来られた方が、靴を脱いでお茶を飲み、お菓子を食べるなどして過ごしていました。

歌声喫茶 交流ルーム② 11:00‐11:30 
フリースペース内で、昭和歌謡曲を中心に演奏して、なおかつ、知っている曲なら一緒に合唱してもらうというのが「歌声喫茶」の概要です。
歌のしおりも作成して、フリースペースに来られた方に配布していました。
「歌声喫茶」の運営は、「ぷらほ」メンバーの植木さんと2人で行いました。
植木さんがウクレレ担当、私がキーボード、アコーディオン、リコーダーを担当しました。
最初は、一緒に歌うことに抵抗があるのか、なかなか歌ってもらえなかったのですが、「Let it go」など、聞き覚えがある曲になると、一緒に歌ってくれる方もでてきました。
そんな中、一番盛り上がった曲が、「ハッピバースデートゥーユー」だったのが意外でした。

花笠踊り 交流ルーム⑦ 12:00-12:30 
今年の花笠まつりには「ぷらほ」も参加の予定でしたが、豪雨&雷により、まつり自体が無念の中止となってしまいました。
そんな中、「ぷらフェス」で花笠踊りを披露する機会があり、参加しました。
8月以来の花笠おどりだったので、振り付けを覚えているか不安でしたが、花笠音頭が流れると身体が覚えていて何とか踊ることができました。
花笠おどりを見にきた方から拍手や掛け声などをいただき、花笠まつりの雰囲気を味わうことができました。
おどりが終わり、見に来てくれた方たちを交流ルームからお見送りしていると、年配の夫婦の方から、「とても良かったです、私も踊りたくなってきました。」と感想をいただき、花笠踊りを披露した一同は、とてもうれしく、踊って良かったと思いました。

伊吹瑠香さんトーク&ミニライブ 多目的ホール 13:00‐14:00 
伊吹瑠香さんはシンガーソングライターで、ギターを担いで、全国の不登校支援活動を行っている場所を訪ねては、そこで歌を披露する活動をしています。
そのなかで、伊吹さんが2006年に、「ぷらほ」を訪ねてくださったことがきっかけで、定期的に「ぷらほ」に足を運んでいただき、その度に、歌を披露してくれました。
この後、「ぷらほバンド」で使用されるドラムセットや、ギターを背にして、椅子に座ってのトークが始まりました。
トークでは、伊吹さんが中学生のとき、不登校を経験していた話や、今の活動をするいきさつについての話をしてくれました。その中で、中島みゆきの「糸」や、不登校をしていた15歳の時に作詞、作曲をした歌を披露してもらい、ゆったりとした時間が流れました。

ぷらフェス

ぷらほバンド ミニライブ 13:45‐14:00
トークが終わると、伊吹さんがボーカルで、「ぷらほ」を利用しているメンバーたちが、この日のために練習してきたブルーハーツの「TRAIN TRAIN」を披露しました。
伊吹さんのトークを聞いていた方たちが、そのまま観客へと変わるのですが、その中には様々なコスプレをしている方もいて、独特な雰囲気に包まれました(そういう私も、バカボンのパパの格好)。
ちなみに、隣には、マイケルジャクソンの格好をしている方もいました。
曲が始まると同時に、コスプレをしている方がサイリウムを振り始めました(サイリウムとは、主にライブで使用される、少し大きいサイズのペンライトのようなものです)。
掛け声も完璧で、歌い終わった後、伊吹さんがマイクを利用して「前もって掛け声の練習してた?」と聞くぐらい、一体感のあるライブになりました。

マイケルジャクソンものまねショー 交流ルーム⑦ 14:30-15:00 
「ぷらほバンド」ミニライブの中で、マイケルジャクソン(以下MJ)の格好をしている方がいたと書きましたが、その方は「ぷらほ」メンバーの大原さんで、このショーの準備の合間に伊吹さんのトークライブに来ていたのでした。
スーパースターだけあって、MJの認知度は高く、交流ルームは満員になりました。
大原さん本人が、この日のために編集してきたCDをかけて、「MJものまねショー」が始まりました。
30分を越えるノンストップのダンス&パフォーマンスの熱演もあって、観客からは「マイケル!」「日本のMJ!!」など歓声があがりました。
ショーが終わると拍手が沸き起こりました。

歌声喫茶 2回目 交流ルーム② 15:30-16:00 
フリースペース終了時間まで、歌声喫茶を披露する事になり、「Let it go」や「さよなら人類」などを演奏しました。
その他に、フリースペースに来られた方に、誕生月を聞いては、「ハッピーバースデー」などを演奏してお祝いしていたところ、先ほどライブをおこなった伊吹瑠香さんが、ギターの弾き語りをして「歌声喫茶」に参加してくださいました。
伊吹さんが演奏する「泳げたいやきくん」や「恋するフォーチュンクッキー」をみんなで合唱しました。
伊吹さんがギターで弾き語りをしてくれたこともあって、「歌声喫茶」は盛況の中、幕を閉じることができました。

レディオサイエンス トーク&ミニライブ 多目的ホール 17:30-18:30 
「レディオサイエンス」は、3年前に「さくらんぼテレビ」のイメージソングを担当した、男性2人組ユニットです。
山形在住の方でしたら、「Day by day by day」の歌詞から始まる曲を、耳にした方もいるのではないでしょうか? 
その後もライブツアーや、ミニライブで定期的に山形を訪れていて、何かと山形とゆかりのあるアーティストです。
そして、「ぷらほ」と様々な方たちとの縁があったこともあり、今回実現した企画でもありました。
前半は、事前申し込みで当選した方たちの質問に答えるトークショー。
後半は、ライブという構成でした。
アットホームな雰囲気の中、トークとライブが行われました。
ライブの感想ですが、人に言葉を伝える表現力があるからこそ、これだけの人が応援して、曲を聴くのだろうと感じました。

さいごに
今回、初めての試みでもあった「ぷらフェス」は、大きなトラブルもなく、無事に終了することができました。初めてということもあり、参加したメンバーからは、様々な反省点がでてきています。もし2回、3回とこの企画が続くならば、この反省を生かしていければと思います。以上が、「ぷらフェス」の参加ルポになります。「ぷらフェス」をきっかけに、「ぷらほ」の存在を知っていただければ幸いです。興味がありましたら、「ぷらほ」のフリースペース開設時間に、是非おこしください。
(文責:大場茂慶)

ぷらフェス②

第27回 遅筆堂文庫 生活者大学校 「地域と図書館」

「生活者の視点で自らの暮らしをもう一度見つめ直そう」という井上ひさしの提唱により、遅筆堂文庫開館の翌年(1987年)からはじまった遅筆堂文庫生活者大学校は今年で27回目を迎えました。
生活の質を高めるための手段として読書を最も重視していた井上ひさしですが、今年の生活者大学校は10月25日(土)、26日(日)の2日間にわたって、「地域と図書館」というテーマで開催されました。

1日目は開校式と、文筆家の猪谷千香さん、慶応義塾大学文学部教授の糸賀雅児さんそれぞれの講座。
2日目は編集者・評論家で「週刊読書人」取締役の山口昭男さん、農業・作家の山下惣一さんそれぞれの講座と、講座終了後の全体の質疑討論、閉校式に参加してきました。
「地域と図書館」というテーマは、1日目の講座を中心に展開されました。

猪谷千香さんは、『つながる図書館~コミュニティの核をめざす試み』(ちくま新書 2014)などの著書もあり、全国の公共図書館や地方自治などについての取材をされています。
講座では全国各地の公共図書館の様々な取り組みが紹介されました。
現在、公共図書館の新しい流れは2極化しているようです。図書館という、自治体にとって金食い虫でもある機関を経済効果を狙った集客施設として、観光資源として活用するという方向に代表される、民間企業が指定管理者として運営し全国にフォロワーを生み出した武雄市図書館のような取り組み。
一方で、図書館を地域のコミュニティ拠点として捉え、地域課題の解決や住民の交流を目的とした様々な工夫や、限られた予算の範囲内で補助金に頼らず行っている独自の取り組みなど、各地の図書館の事例が紹介されました。
いずれの方向もまちづくりとして一定の成果を上げているものではありますが、図書館の運営は長期的な視野に立ち、「『知の拠点』であると同時に『知のセイフティネット』」という図書館本来の役割を未来につないで維持していくものでなければならない、そのためには地域にとってどのような図書館が望ましいかをそれぞれの地域が考えていく必要があるとのお話でした。
 
糸賀雅児さんは、文部科学省「公立図書館の設置及び運営上の望ましい基準」の策定、改正など、国の図書館政策にも関わり、図書館情報学の研究・教育のかたわら、全国各地の図書館で経営に関わってこられました。
講座では、地域の情報拠点が支える住民自治という視点から、まちづくり、生涯学習、情報社会、地方自治と図書館の結びつきについてお話しいただきました。「まちづくり」は「ひとづくり」であり、読書の意義とは自分で考える人を育てること、子どもにとっては物語の登場人物になる経験が、相手の立場に立てる、思いやりを育てることにつながる大事な役割をはたすことなどのお話から、図書館がそのような個人学習が主体の生涯学習に欠くことのできない施設であることを強調されました。
図書館は二次情報(情報に関する情報)を扱える施設であり、情報リテラシー能力を育て、住民自治を支える「自治基本条例」を資料と情報の提供で実体化する役割があることから、図書館への住民参画の重要性についてもご説明いただきました。
具体的な図書館の取り組みについては、レファレンスサービスを可視化する工夫や、大人と子どもがそれぞれに本を読む姿を見ることができる居場所づくりについて、また、展示などについては、集団的自衛権や原発など、政治的に対立意見がある問題について、多様な意見を提示する、民主主義を育てる意識的な取り組みの事例などが報告されました。

2日目の質疑討論では、過疎の地域の移動図書館の運営や、被災地での図書館サービスのありかたについての意見が交わされ、また図書館職員の非正規化などの問題も質疑されました。
猪谷さんからは、公共図書館の司書の専門的業務は、任用止めによる人員の入れ替えではなり立たず、待遇の改善は急務であるとのご回答がありました。

閉会式では、遅筆堂文庫 阿部孝夫館長から、ある雑誌のインタビューに答えた井上ひさしの発言が紹介されました。
「図書館の魅力は各館の個性の豊かさ・専門性と、専門化した図書館相互のネットワーク化にある」というものです。
阿部館長の、「本が本当に好きな人たちで伝えていかなければならない」「図書館の司書が本を読む時間もないというのは最悪である」という言葉も大変印象に残りました。

ヤマガタにも、非正規雇用で働いている、または働いた経験を持つ司書有資格者が数多く存在します。
これからの図書館や司書の専門性を、地域や労働の問題も含めてあらためて考える場を作ってみたいと思い、勉強会を企画していますが、大変示唆に富む多くの言葉が交わされた生活者大学校でした。
(文責:小林澄子)

アートワークショップの現場から(2)

第2回:こだわりの「場所」づくり 

こんにちは。
前回の夏号に引き続き、今回も記事を書かせてもらっています、イシザワと申します。
今回は、活動を行う「場所」づくりについて焦点を当ててご紹介していきたいと思います。
これまで私は、公民館のロビーや野外で不特定多数の人を相手にアートワークショップを行ってきました。
そのため、アートに興味のない人に興味を持ってもらい、足をとめてもらうためには、「場所」づくりにたくさんの工夫が必要だということに気づきました。
特に公民館などの公共の施設では「誰もが使いやすいように」という考えが前提にあるため、机やイスなどが無機質な物でまとめられていたり、部屋の使われ方が決まっていたりします。
使いやすさという点では問題はないのですが、ついつい足をとめてしまうような魅力的な「場所」をつくるためには、「誰か」のこだわりが必要であることを改めて感じます。
それでは、つい足をとめてしまうような「場所」をつくるためにはどうしたらいいのでしょうか。私の場合は4つの点に気をつけています。

①何を伝えたいかを整理する 
まずは、「誰に」、「どんなことをするのか」、「何を伝えたいのか」を整理します。
ゆっくりお話できるようにしたい時には個室のような空間がいいかもしれないですし、子どもたちと体を動かしたいという時は、広い「場所」や野外のスペースを考えます。活動内容を整理することで、どこに、何を配置するのかを考えやすくなります。

②きっかけをたくさん用意する
次に、足をとめてもらえるような、きっかけをたくさん用意します。
例えば、遠くからでも活動していることがわかるように大きな看板――板、布、段ボール何でもアリ!――を用意して活動タイトルや内容を書きます。
また、実際につくる作品のサンプルや素材を用意したりします。
普段とは違う「場所」であることが分かるように、「場所」の雰囲気を変える工夫もします。
私の場合は、古いお酒のケースを棚にしたり、家にあった古い長椅子を持ってきたりします。
古い道具を使うことは、地域にあるものを活用していきたいというメッセージの役割と、年齢層の高い人との会話のきっかけとして使用しています。
このように、言葉、素材、視覚に訴える様々なものを用意することで、足をとめるきっかけをたくさん用意しています。

③さまざまな参加方法をつくる
参加者との距離感も大切です。
活動に興味を持ってくれた人には、「こんなことをしています」と短く説明をします。ここで参加を強制することは絶対にしません。
見ているだけでもよし、参加しなくてもよし、さまざまな参加方法を伝えて、参加者が活動方法を選べるようにしています。
そのためのポイントとして、入口に立った時に活動風景が見えるような配置にします。
どんな空間なのかを参加者の人に把握してもらうことで、参加するかどうかを判断してもらいやすくなります。

イシザワさん(2)

④参加者が楽しんでいる姿が見えるようにする
そして、一番の大切なことが参加者が笑ったり、楽しそうに活動していたりする姿が見えることが、他の参加者の足をとめる一番のきっかけになります。
また、アートワークショップでは参加者の人たちが作った作品を飾れるような「場所」も用意しておきます。
参加者の人たちの手によって「場所」を拡張させていくことで、いきいきとした「場所」をつくることができます。
 
今回紹介した例は、1つの事例です。
「この例は当てはまらないなぁ」という人には、自分の大好きなお店や「場所」(カフェ、本屋、居酒屋なんでもOK)をじっくり観察することをお勧めします。
どこにどんな物を置いているのかという分析をするだけで、その「場所」のこだわりが見えてきます。
他の人がつくる「場所」へのこだわりを探しながら、自分の「場所」づくりを深めていくことも、毎日を楽しく過ごす1つの方法になるのではないかと思います。

==========================================

〈プロフィール〉
イシザワエリ
中山町出身。東北芸術工科大学に在学中に、ものづくりを通して地域の居場所づくりを行うアートワークショップを始める。工場、家で余っているものをみると、何かしてやりたくなってしまう。社会人3年目の現在は、芸工大の卒業生を中心に天童市を拠点にして活動している「天童アートロードプロジェクト」に参加。また、あちこちでワークショップを実践している。これからのワークショップ・展覧会の予定はFBをご覧ください。(「天童アートロードプロジェクト」、「イシザワエリ」で検索。)

【ワークショップ】
「ショウギ粘土でつくろう ――オリジナル将棋駒をつくろう――」
日時:2014年11月2日(日) 
将棋駒をつくるために出てしまう木くずを粘土にして、自由な形のオリジナル将棋駒を作ってみよう。 (*申込みが必要ですのでFBをご覧ください)

【展覧会】
「てんてん展 ――えがく・ほる・つむぐ 日々をたがやす人たち――」
会期:2014年11月16日(日)~11月30日(日) 9:30~18:00
場所:天童市美術館 (*月曜日は休館 *最終日は15:00まで)
天童を拠点に活動する若手アーティスト、自分のできることを活かして地域で活動されている方々の表現を一同に集めた展覧会。絵画、地域の歴史と風景を描いた「乱川百景」、さらにものづくり活動を行うこともできます。ぜひ、会場に遊びにきてください。

農的暮らし研究所:こまつかおる

私、こまつかおると主人のこまつひろゆきとで活動する農的暮らし研究所は、酒田市中山間地域内にある畑付の古民家を拠点に2012年より開始しました。

もともと7年ほど前からグリーンツーリズムを通して里山の魅力や農ある暮らしの美しさ豊かさの情報発信、イベントの提供をしてきたのですが、3.11以降、エネルギーの問題・これからのコミュニティのあり方・仕事のカタチを模索する中で出会ったパーマカルチャー(石油に依存しない自然に配慮した農を中心とした循環型の暮らし)に共鳴。
自給自足とまではいかなくても50年前まで受け継がれてきた農を中心とした日本の暮らしを現代の生活に落とし込みつつ、緩やかに近代の生活様式を見直すきっかけになればと、小さなワークショップを通して皆さんにサスティナブルなライフスタイルの提案をしています。
小さなワークショップには、次のようなものがあります。

○地産地消のエネルギーと地産地消の野菜を使った郷土料理教室【庄内の四季を楽しむ、一汁一菜の会】
○地域の手仕事を体験しつつ郷土お菓子を楽しむ【手しごとカフェ】
○自然エネルギーの仕組みと組み立て方を学ぶ【ほどほど電力ソーラーワークショップ】
○誰でも出来るような循環型家庭菜園での農体験・畑の土を利用して五穀豊穣の祈りを込めて作る【縄文土器土偶ワークショップ】

傍から見ると何の脈略もない様にみえますが、全てが、地域の中に忘れ去られていた大切なもの、自然エネルギーに直結した暮らしに大切なものを題材にしています。

なかでも力を入れているワークショップが、毎月第二木曜日に酒田市光ヶ丘にあるエネルギー循環型施設【太陽の家】で開催している【一汁一菜の会】です。
パーマカルチャーでは雑草を見て、その植生を知り、どんな野菜がその土地に合っているのかを参考に畑作りをします。
自分が好きな野菜だからといって土地や気候に合わないような野菜は植えず、もともとその土地にあった在来作物や、おばあちゃんおじいちゃんが長年作ってきた畑で育てられている植物を参考に野菜を選び、畑を作っていくのです。
そうする事で、無駄なエネルギーも使わずにその場所に適し、雑草が勢いよく育つように野菜も適している環境の中グングン育っていくといった考えです。
そうなって来ると、必然的にその野菜や収穫物を使った料理をしなければいけないことになり、郷土料理の大切さに気付くことになります。
郷土料理はこの50年間、食の欧米化や外食産業・スーパーやコンビニでの加工食品の充実によって食べる機会も作る機会も減り、作り方さえ曖昧になりつつあります。
そこで、私が祖母や母から受け継いだ郷土料理や中山間地域のおばあちゃんたちから聞いた生活の知恵が詰まった郷土料理を、若い人でも気軽に作れ、カラダにも心にも優しいレシピにして提供しています。
教室は、私が先生というよりは知っている人が先生になったり、地域の安心した食生活の情報を共有する場であったり、地方にいても同じ価値観のお友だち作りが出来たりするように促し、帰る頃には初対面同士なのに全員がお友達になり楽しさの共有ができるような場所づくりをしています。

便利過ぎるがゆえに、今の時代は誰でもひとりで生きて行けるような錯覚をしてしまいます。
確かに、群なすことはしがらみも多く人間関係の難しさなどから絶望した事もあります。
しかし、「農的暮らし研究所」の活動を通して、自然と同じように互いに配慮しつつ、励まし合い・分かち合い・協力し合う仲間がいれば地方だろうが都市部だろうが関係なく皆さんの日常は希望に満ち溢れていると私は信じています。
それぞれ感じ方や考え方は違うと思いますが、私たちの活動が、それを通して何か考えるきっかけにでもなってくれれば嬉しいです。

================================

〈プロフィール〉
こまつかおる
1980年生まれ。庄内町出身。2007年より、夫婦で個人的に酒田市中山間の集落へ入り農業や里山暮らしの情報収集と情報発信・グリーンツーリズムを始める。3.11以降、パーマカルチャーと出会い自然に配慮した暮らしのワークショップなどを開催している。「農的暮らし研究所」主宰。



プロフィール

Author:ぷらっとほーむ 「まどあかり」編集部
山形市にある「NPOぷらっとほーむ」の〈若者の居場所づくり活動支援事業〉のブログです。
山形県内各地で活動している若者団体や個人のインタビュー、イベント情報や参加レポートなどを随時更新していきます。

2014年度の本事業は、〈一般財団法人 人間塾〉の助成を受けて取組んでいるものです。
〈一般財団法人 人間塾〉

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